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エルヴァスカ王の落とし子  作者: 村田天
第三章 めざせ政略結婚!
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いってきます。ただいま。(4)


 夜半過ぎ。ラチェスタの屋敷の敷地では、使用人宿舎の前にぽつぽつと小さな灯りが灯されていた。


 行ってみるとそこではクラングランとスノウが模造刀で打ち合っていた。

 ミュランとヨルイドが宿舎の壁にもたれて座り、それを見物しながら酒を飲んでいる。楽しそうだ。


「あれ、みんなで何やってるの?」


 リュシュカが訊くと、逆にミュランに質問を返される。


「リュシュカこそ、こんな時間に何してんの?」


「いや、クラングランの部屋行ったら、いないから探してたんだ」


 床でも寝れる王子とはいえ、やはり王子。クラングランには屋敷内に広く立派な部屋が用意されていた。

 わざわざ見にいったのにすでに部屋にはいなかったのだ。


 リュシュカの言葉にミュランが小さく目を見開く。


「……結婚前からもう夜中に部屋訪ねちゃう関係なの? 王族、なかなか乱れてんなぁ」


 ヨルイドがそれに対して頭を横に振る。


「ミュラン、お前が人の乱れをどうこう言える人間か。きっちり結婚するんだからいつ関係持とうが勝手だろう!」


 ん……?

 しばらく会話の意味を測っていたリュシュカだったが、気づいて憤慨した。


「……ちょ、ちょっとぉ! 勝手にゲスの勘繰りするのやめてよ。だいたいそういうのはせめて、本人に聞こえないように話すべきではないのかな!?」


 ヨルイドとミュランは憤慨するリュシュカの顔を数秒見た。そして、小さく頷く。


「ああ……リュシュカはぜんぜん変わっていない。これはまだだ。よかったなぁスノウ……」


「いやぁ〜、どうせ近いうちに絶対奪われるのによかったもないと思うけどねぇ……」


「やめてくれ! 俺まで泣けてきただろう!」


「だ、黙れゲスどもめ……」


 リュシュカは吐き捨てると、気を取り直し打ち合っている二人に視線を移す。


 そこにはかなり一方的な攻勢があった。

 スノウはクラングランに、少しも当てられていない。完全にスノウが遊ばれている。


 スノウは動きも素早いし、太刀筋も決して悪くない。この屋敷の騎士たちの中でも剣術は頭抜けている。

 彼は相手を追い詰めるための道筋を緻密にシミュレートして正確にその絵を追っていく。だからクラングランのように正当な剣術に突然トリッキーな動きを混ぜてくるタイプは対応が難しく、苦手のようだった。

 反対にクラングランはスノウのようなタイプをものすごく得意としているようで、だからまるで歯が立たないようだった。


 ふいに、スノウがこちらを向くと、手に持った模造刀を捨て、リュシュカに向かって一気に間合いを詰めてきた。


「え……?」


 スノウはリュシュカに手を伸ばす。殴ろうとするような仕草ではなかった。ただ、捕まえようとするような。

 けれど、すんでのところでリュシュカはクラングランに肩を抱かれてその手を避けた。そのままひょいと持ち上げられる。


「ひえっ!」

 

 スノウはリュシュカを捕まえようとするが、クラングランがそのたびに妨害する。


「ひえ、ひえっ、ひえぇ〜!」


 よくわからない攻防に巻き込まれたリュシュカは、とりあえず途中からはクラングランに合わせてスノウの動きを避ける。


 ほどなくして、リュシュカは芝生にぐったり倒れていた。


「なんで……わたしが……一番疲れてるの……」


「リュシュカさぁ、王子とならダンスの練習もできそうだね」


「え……」


 ミュランも頷きながら言う。


「うん、かなり動きを合わせられていたねぇ」


 クラングランとでも……なるべくならしたくないな。いやでも、もしクラングランのために、必要なら頑張れる……気もする。


 ん? ダンス?

 リュシュカはむくりと起き上がる。


「クラングラン、もしかして踊れるの?」


「一国の王子が踊れないはずがないだろ……」


「え、踊ったことあるの? 夜会で?」


「夜会ではお前のところに直行したから踊ってない」


「前は誰と踊ってたの?」


「社交の一環だからな。いちいち覚えてない」


「いつ踊ったの? 何回くらい踊ったの? 何人と踊ったの?」


「……リュシュカ、思ったより鬱陶しいな」


 ヨルイドがやや引きながらこぼす。


「ねえ、今まで何人くらいと通算何回転くらいしたの? あっ、ねえ、クラングラーン!」


 クラングランが無言で宿舎の屋根の上に逃げた。

 そのまま端に行って見えなくなってしまう。


「あの逃げ方どうなの……」


 ミュランが呆れたようにこぼす。

 リュシュカはヨルイドをキッと見て言う。


「ヨルイド……頼む」

「えっ」


 ヨルイドに足場になってもらい、そこからなんとか屋根によじ登り、追いかける。


 クラングランは奥のほうに座っていたが、リュシュカを見ると笑った。


「クラングラン、逃げるのずるくない?」


 ぶすったれながら顔を近付けて睨みつけると、後頭部を寄せられ、さらっとした口付けを落とされた。


 顔が離されて、だいぶ赤くなったリュシュカはその場にしゃがみ込む。


「…………ず、ずるくない?」


 クラングランは口元で笑いながら知らんぷりで空を見上げている。

 リュシュカも鼻息をふんと吐いてから同じように上を見る。


 隣り合って座っていると、スノウも登ってくる。

 脚立を出したのか、ヨルイドとミュランも屋根に上がってきた。


 頭上には満天の星空が広がっている。


 ミュランがぽつりとこぼす。


「ねぇ、セシフィールってどんな国なの?」


「小さいけど綺麗で、のどかだよ。あと人があったかい」


 ミュランは聞いておいて「ふうん」と気のない返事をして、また空を見上げる。


「本当にいいの?」


「何が?」


「その……セシフィールに行くの……」


「リュシュカ……気にしてるのか? 大丈夫だぞ! 俺たちは身軽だし、今までだっていろんなとこにいた!」


 ヨルイドの言葉をミュランが継ぐ。


「そうそう、ここにだってずっといるかはわかんなかったしねぇ」


「俺も……正直場所はどこでもいい」


 スノウがぽそりとこぼす。


 もう少ししたら、ここにいるみんなとメリナでセシフィールに行く。ここからの景色も見納めになるだろう。

 ラチェスタには悪いけれど、クラングランが彼らを引き抜いてくれてよかったと、そう思う。そうでなければ余計に寂しかったろうから。


「わたし、さ……ずっと、爺ちゃんさえいればいいと思っていたんだけど……」


 呟くようにこぼすと、隣に座るクラングランがリュシュカの顔を見た。


「クラングランと……ラチェスタと、メリナと……みんなと会えてよかったなー……」


 そして、そう思えるようになった自分を誇らしくも思う。



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