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エルヴァスカ王の落とし子  作者: 村田天
第三章 めざせ政略結婚!
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目覚め


 リュシュカが目覚めたのは二日後だった。

 セシフィール王城の、用意してもらった二階の部屋にいた。

 

 うっすら目を開けると、クラングランが部屋を出ていく背中がぼんやり見えた。

 バタンと戸が閉じる音を聞き、上体を起こしてぼうっと動けずにいると、戸が叩かれてラチェスタが入ってくる。


「リュシュカ、起きたんですね」


 ラチェスタはそう言って寝台の横にあった椅子に腰掛けた。


「うん……絶対寝過ぎ……」


 まだ体に独特のだるさがある。もう今回は聞かなくても魔術を過剰に使った後遺症で眠っていたのだとわかる。


「今さっきクラングランがそこにいた気がしたんだけど……気のせい?」


 ラチェスタは、はぁとため息を吐いて呆れた顔をしている。


「あの男なら執務がない時間はずっとここに入り浸っていましたよ……私はあれほど素直じゃない男を知り………………ゾマドしか知りません」


「うんうん、爺ちゃんとクラングランはちょっと似てるよね」


 まだ半分夢の中のリュシュカは猫のように顔をごしごし擦りながら適当に返事をする。


「そういえばラチェスタ、結局セシフィールになんの用だったの?」


「貴方を見張っていたらイオラス殿下がおかしな動きを始め、貴方を追っていったようでした。うまくすれば両方の用が同時に片付くかと思い私も出たんです」


「ああ、そうだったんだ」


「ただ、その時点ではまだイオラス殿下の狙いがはっきりしなかったのと、貴方はセシフィールの王子が一緒なのもあり、油断して警護を薄くしてしまいました。結果、泳がせて捕まえたような形になってしまい……その点申し訳なかったです」


「ううん。そもそも付けてもらった護衛振り払って来ちゃってるのはわたしだし。王都からそんなにたくさん連れてこれないだろうしね。こっちにまわせなかったでしょ」


「いえ……貴方のほうに多く見張りをつけると、イオラス殿下が気づいてしまうので、こちらが動きにくくなるのもありました」


「ああ、うん」


「これから私は先に国へ戻ってイオラス殿下の始末に注力しようかと思っています」


「始末って……殺すの?」


「まさか。荒事は私の領分じゃありませんから。きっちり大人の世界のやり方で、ソロン殿下と共に追い込んで潰しをかけます。もう裏ではかなりソロン殿下の蜘蛛の巣が張られてましたから……焦っていたでしょうね」


「ラチェスタはべつに、ソロン派ってわけじゃないんだよね?」


「ええ……私はこれまでも、これからも、どこにも属しません。ただ、貴方への攻撃は後見している私への舐めきった侮辱であり、攻撃ですから。倒すべき敵が共通していれば共闘はやぶさかではありません」


 そう言ったラチェスタの目はどこか執念深く粘着質な強い光を帯びていて、生き生きしている。敵にまわしたくないなあと思いつつも心強い。


「それでは、私はイオラス殿下にトドメを刺す仕事に行ってきます。彼が貴方に二度と危害を加えることはないと、先に断言しておきますよ」


 ラチェスタは椅子から立ち上がった。


「時期が来たら帰宅要請を出しますので、貴方はそれまでゆっくりしていてください」


「あ、ラチェスタ」


 扉を開けた状態でラチェスタが立ち止まる。


「いってらっしゃい。気をつけて」


「はい。いってきます」


 ラチェスタは微笑んでぱたんと扉を閉めた。



   ***



「ですから一日一度、あの妙薬を飲むと足腰の軽さがだいぶ違うという触れ込みで……」


「いえいえ、あれは結局併せて運動をしないときちんと効果が得られないという話ですよ」


「それじゃあ単に運動が効いてるだけかもしれんじゃないですか!」


 扉を出ると近くの廊下にマルセルがいた。なにやら、健康の話でほかの老人と盛り上がっているようだった。


「おやリュシュカ様、もうおかげんはよろしいんですか?」


「うん。ありがと」


 もうひとりの老人が慌てたような声で言う。


「そうだ! リュシュカ様、疲労によく効く妙薬がありますよ。お持ちしましょうか?」


「いやいやエドモント、あれは、年寄り向けですよ。それならば私めがこの間購入した健康満載汁のほうが……」


「あ、もう元気だから大丈夫」


 ここの人たちはなんだかんだ、みんな温かい。

 ラチェスタのところもそうだけれど、きっと、集団を牽引する人間の個性が下で働く人間に影響を与えている。


「ねえ、クラングランはどこにいる?」


「この時間は執務室ですね……あっ、それはそうと、リュシュカ様……聞きましたよ!」


「ごめん! 話はあとでまた!」


 走ってクラングランの執務室に向かう。聞いていた通り、彼はそこで仕事をしていた。


「クラングラン、入るよ」


 リュシュカが入ると彼はすぐに椅子から立ち上がった。


「もう歩きまわって大丈夫なのか?」


「うん、もう少しここでお世話になるけど。体は全然大丈夫」


 クラングランはリュシュカを自分の座っていた椅子に座らせ、自分はすぐ近くに立った。


「何かしてほしいことがあれば聞く」


「え、いいの? じゃあ夕飯を、クシャドも誘って一緒に食べたい」


「わかった。今晩でいいな。あいつには俺から伝えておく」


「うん」


「あと、今日はイザークも一緒でいいか? この間ちょっとひがんでたから……」


「もちろん」


 それから、一番聞きたかったことを聞く。


「……クラングラン、この間言ってたの、本当?」


 夢や聞き違いだったかもしれないと、声にほんの少し恐怖がにじむ。クラングランは腕組みして少し考えるような顔をしてから言う。


「……マルセルが腰痛に効く薬の詐欺にかかった話か? それとも城下にあるパイの店の限定品の話か?」


「違う! 果てしなくどうでもいいわ!」


「どれだ?」


「わ……わたしと、結婚するって言ってた」


「ああ。それか。それなら本当だ。もう、そのための手続きも進めている」


「なんで気が変わったの?」


 あんなに頑なに拒絶していたのに。あの時、急に気が変わることなんてあっただろうか。


「俺は、お前が何者にも利用されずに自由で、幸せになることを一番に願っている。そこは何も変わってない」


「う、うん」


「俺といる未来には難が多いからな。先のことを考えるとこの決断がお前にとって本当に良いことなのかだってわからない」


 リュシュカはクラングランの顔をじっと見る。

 クラングランは諦めたような息を吐く。


「ただ、俺は現在いま、これ以上泣かせたくなかっただけだ」


 クラングランはきっぱりと言った。


「リュシュカ、お前は……俺がそばにいれば、泣かないですむんだろ」


 リュシュカはほっとして、こくんと頷く。


 クラングランには信念があるが、未来に向けての合理性だけでなく、目先の感情のためにそれを変えられる柔軟さがある。弱さ、あるいは強さと言い換えてもいいかもしれない。彼のその部分がなければ、最初に辺境の家で会った時にリュシュカを連れていくことだってなかっただろう。

 リュシュカはクラングランの、そういうある種雑で、人間くさいところがすごく好きだった。


「それに、お前みたいな危険物をほかの奴に利用させないためにも、俺がお前を一生そばに置くよりないだろ」


 リュシュカは小さく吹き出した。


「クラングラン……また爺ちゃんみたいなことを言ってる」


「光栄だな。ゾマドは俺の長年の憧れだ」


「そうだったね」


「……ラチェスタとは違う」


 急にラチェスタ出た。クラングランはラチェスタに少しあたりが強い。あまり相性がよくないんだろうというのはうっすら感じている。


「……ただ、今回のラチェスタの動きは早かったな。俺も彼がずっとこちらにいたのは知らなかったが、おかげで異様に早く連絡がついた」


「脱走二回目だからかなぁ。一応イオラスを追ってきたらしいんだけど、わたしが里帰りで屋敷を出た時にはもう脱走の警戒はしてて、騎士は手配してたのかも」


「お前……脱走癖があるのか?」


「癖ってほどではないと思うよ。ラチェスタのとこもまだ二回目だし。爺ちゃんとこは四回家出してるけど、ちゃんと戻ってるし」


「そういえば、せいぜい逃げられないようにと嫌みを言われたな」


「ラチェスタが? そんなことを……?」


 どんだけ根性なしだと思われているんだ。

 いや、クシャドにも帰る時はちゃんと言えと念を押されたし、何かそのあたり、存在に信用がないんだろう。


 クラングランは、リュシュカが座る椅子の肘掛けに片手をついた。すがめた目でリュシュカを覗き込むように身を屈める。


「……お前が捕まえてきたんだからな。逃げられると思うなよ」


「あはは、クラングランから逃げられるとか……思うはずがな……ん」

 

 やわらかなもので唇がふさがれた。それから、かさついた指の感触がぞわりと頰を撫でる。ぞくぞくした。


 口付けはすぐに深まり、腰のあたりがじんじんしてくる。絡み合う舌はぞくぞくを喚起して、クラングランのシャツの、胸のところをぎゅっと掴んで、小さく震えながら受け入れる。


「ん……ぅ……」


 呼吸を奪われるようなキスは脳への酸素を阻害する。頭の芯がぼうっとして、いろんなことが考えられなくなる。


 クラングランは顔を離すと、にっと笑い、リュシュカの唇を親指で拭う。


「俺のために生きるんだろ。連れていってやる」


 リュシュカはすっかり赤くなった顔をクラングランの胸に押し付ける。


「……大好き」


 息みたいな小さな声はきちんとすくわれて、再び野獣みたいな目をした彼の口の中に吸い込まれた。




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