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エルヴァスカ王の落とし子  作者: 村田天
第二章 新しい生活
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夜会(4)


 ラチェスタの屋敷の護衛騎士が、何人かこちらに向かって走ってくる。中にはヨルイドとミュラン、スノウもいた。


「ラチェスタ様!」


「何かありましたか」


「中に侵入者です! グラスター卿が何者かに刺殺されたそうです!」


「犯人は?」


「いえ、誰だかわからないんです。気がついたときには血まみれで倒れていたようで。今、扉付近は人で溢れています」


「俺が見てくる」


 クラングランがそう言って、ジャケットを脱ぎ捨てる。建物の上部にある窓枠に跳び移り、ステンドグラスを叩き割ってあっという間に中に入っていく。


「うわ、なんだあいつ。あんなとこから……」


 ヨルイドがおののいている。

 屋内はパニックなのだろう。また悲鳴が聞こえて、リュシュカはクラングランが気になった。


「ヨルイド、ちょっと頼みが」


「え……」


 リュシュカは靴を脱いで、ヨルイドに足場になってもらい上に乗った。軽く背伸びをしてクラングランが入っていった窓の中を覗き込もうとする。

 まだ、ぜんぜん高さが足りない。少し離れたところから中を見ようとするが、多くの悲鳴と人が動きまわっている気配だけで、なんだかよくわからない。


「ひっ……!」

「うわあぁ!」


 急に視界の先に人が現れたのでびっくりして小さく悲鳴を上げると、下にいたヨルイドもその声に驚いて悲鳴を上げる。

 しかし、それはただのクラングランだった。相変わらず動きが速い。出かけた直後に忘れ物したみたいな早さで帰ってきた。


 クラングランはラチェスタに向かって訊く。


「三人ほど借りれるか?」


「お、俺たちが!」


 リュシュカの下でヨルイドが叫んだ。

 ミュランとスノウが駆け寄ってきたので、リュシュカはヨルイドから降りた。


「侵入者はまだ中にいる。ひとりだが、おそらくかなり腕が立つ。対象の特徴と攻撃時の位置取りを教える」


「でも、中にはとても入れる感じじゃ……」


「俺が入れるように中から誘導する。この中で天井の梁に乗り移れる者は?」


「あ、俺が……」


 どんな質問だよ……と思っているとスノウが答えて前に出た。


「なら、お前は俺と援護にまわれ」


 三人はクラングランと共にあっという間に屋内に向かっていく。ラチェスタの顔を見た。


「……おそらくイオラス殿下絡みでしょう」


「え、あのえぐい危ない王子?」


「彼はマフィアと暗殺者にパイプがあるんですよ。それを使って自分の邪魔をしてくる者、気に入らない者はすぐに始末します。今回珍しく参加していると思ったら……標的がいたんでしょう」


「な、なにそれ危なすぎるでしょ! 檻に入れておいたほうがいいんじゃないの?」


「彼は若い頃の王によく似ていますよ」


「えぇ……」


 今だいぶ丸くなってるみたいだけど、あの爺さんそんな危険物だったのかよ。


「ただ、王はソロン殿下のような狡猾さを併せ持っていましたから、そこがあるのとないのとではだいぶ違いますよ」


 ほどなくして四人が戻ってきた。

 クラングラン以外は全員息を切らしている。特にミュランはなにやら瀕死の様相だった。


 三人は戻ってくるなりヨロヨロと座り込んだ。

 ラチェスタが彼らの前に出て聞く。


「状況の報告を」


 ミュランが立ち上がり一歩前に出てゼェハァ言いながら報告をする。


「ひい! はぁ! ひゃんにんふぁ場内の警邏が捕縛しましゅた!」


 ぜんぜん息が落ち着いていない。フガフガしてて可愛くなってる。


「ふぅ、はぁ……夜会の参加者みたいな格好してました。なのに……めちゃくちゃ強くて……殺されるかと思いましゅた」


「生きていてなによりです」


 クラングランが口を挟む。


「今夜の参加者の手引きで潜り込んだ可能性が高い。あとはそっちで調べてくれ」


「はい」


 スノウがクラングランを見上げて言う。


「……あんたひとりでいけたんじゃないの?」


「俺は通りすがりの無関係な人間だ。捕まえたのはお前たちエルヴァスカの警邏だろ」


 クラングランの言葉にラチェスタが答える。


「承知しました。そのように処理しましょう」


「それから……誘導と援護のためにシャンデリアを故意に三つ壊した。犯人と併せてそこの騎士たちがやったことにしておいてくれ」


 ミュランが手を挙げる。


「……ひとつは俺がられかけた時に落ちてきて命拾いしたので……実質俺が壊したようなもんです」


「……わかりました」


「では、俺はこれで失礼する」


 それだけ言うと、クラングランは落としていたジャケットを拾い、さっと踵を返す。リュシュカはしばらくぽかんと見ていたけれど、ハッとする。クラングランが帰ってしまう。


「待って、クラングラン!」


 大声で呼ぶとクラングランがだいぶ先で立ち止まってくれた。裸足のまま走って追いかける。


 屋内への渡り廊下の手前で向かい合った。リュシュカは言葉を言おうとする。


「あの……あのさ」


 けれど、何も出てこない。

 このまま帰してしまったら、この先会う機会だって得られるかはわからない。あったとしてもきっとだいぶ先になる。今、何か思い残すことがあってはならない。焦っていた。けれど、特例後見人を持ち、自分についてのすべての権利を手放しているリュシュカにできることはそうなかった。

 クラングランは緩く腕組みをしたまま、急かすでもなくずっとリュシュカが何か言うのを待っていた。


「お願いがある……」


「今度はなんだ?」


「あー、えっと……やっぱ無理……これはさすがに無理かも」


 あと、恥ずかしい。喉がカラカラになる。


「無理かどうかは俺が判断する。とりあえず言ってみればいいだろ」


 優しい目で見られて、胸の高鳴りが激しくなる。


「えっと……あのね……」


「ああ」


「………………キス、したい」


 クラングランはだいぶ面食らった顔をした。


「急に何を言い出すんだ。お前は本当に突拍子がないな……」


 だいぶ呆れた顔をされたが、クラングランはすぐに答えてくれた。


「べつに……それくらい構わない」


「ほ、ほんと?」


「ああ、もしかしたら……」


「え?」


「もう、二度と会えないかもしれないしな」


 リュシュカはぐっと息を呑んだ。堂々と「そんなことはない」と言えないのがもどかしかった。クラングランをキッと睨んで、ふんと息を吐く。


「じゃあする」


 リュシュカはあたりを見まわして、クラングランと柱の陰へと入った。


「え……と、本当に、していい?」


「ああ」


 リュシュカは背伸びをして手を伸ばし、クラングランの頬を捕まえる。そうして、彼の顔を自分に引き寄せた。


 唇に自分のそれをぴったりと合わせる。

 やわらかくて、温かい。

 記念的な瞬間。貴重な感触。


 ドキドキしながらたっぷり五秒くらいは感触を確かめた。


 顔を離すと、クラングランがうっすらと笑う。


「そんなんで、足りるわけないだろ」


「え?」


 リュシュカは後頭部を抑えられて、再び彼と唇が重なった。


「ん……んんっ」


 開いた口から舌が捩じ込まれて、貪られる。

 身体の芯が熱くなる激しいキスだ。

 クラングランの舌は暴力的なまでに攻め込んでくる。

 後頭部と背中には彼の硬い手が這う。

 体がむずむずする熱を持って興奮を煽られる。必死に舌を混ぜ合わせ、擦り合わせる。


 頭の一部が蕩けていく感覚で、どれくらいの時間が経っているのかもわからない。甘くて、どこか背徳的なそれに夢中になった。


 身を離したとき、リュシュカはだいぶ息を切らせていた。クラングランに腰を支えられていなければ崩れていただろう。ぼうっとしていた。


「リュシュカ!」


 遠くからスノウに呼ばれる。


「あ、呼んでるや……あの……えっと」


「ああ」


「またね!」


 クラングランはその言葉には返さなかった。手を振り、そのまま去っていく。


 まだ心臓だけはどくどくいってるのに、なんだか幻みたいだった。


 リュシュカはヨレヨレの三人が固まってしゃがみこんでいるところに戻った。


「なあ、なんだったんだ、あの人……」


 ヨルイドの声は相変わらず疲れている。


「なー! なんなんだよなあ!? 俺なら俺の手柄で捕まえた! って吹聴するけどなあ」


「そこかよ……」


「クラングランは、他国の人間だからさ」


 相手が誰だかわからないうちは面倒を避けたほうが賢明だと判断したのだろう。もし実際にイオラスの案件だったなら無駄に彼に目をつけられることになっていた。国の警邏が捕まえたことにしておいたほうが問題がない。


「他国って、どこ?」


 スノウが疲れた顔で聞く。


「セシフィール」


「…………」

「え、どこ?」

「聞いたことない」


 残念な反応を返される。彼らはルノイ出身だったはずだが、面してる国が異様に多いせいか、影の薄い小国は名前すら覚えられていないものなんだろうか。


「あ、そだ。スノウ、なんか用だった?」

「え?」

「さっき、呼ばなかった?」


 スノウは頭をガリガリ掻いて、抱えた。


「空耳そらみみ〜」


 ミュランがスノウの肩をぽんぽんしながら言う。

 あんなにはっきり聞こえる空耳があるかい。

 そう思ってもう少し追及しようとしたところでラチェスタが来た。


「三人とも、そろそろ警邏に合流してください」


「はいっ!」

「ひゃい……」

「はい」


 各々返事をして立ち上がり、屋内の人を外に出す誘導へと行った。リュシュカはラチェスタとそこに残された。


 腕組みしたラチェスタがリュシュカを見てため息をひとつ吐き、どこか呆れた声を出す。


「あの見た目は、かなり油断させられますね」


「ん? クラングランのこと?」


「はい、私が初めて見た彼はかなり殴られた直後で……血まみれだったので、きちんと顔を見ておりませんでした」


「そうだね、治っててよかった」


「それに、生意気な弱小国の馬の骨かと思っていたら……なるほど。ゾマドとよく似ていますね」


 ラチェスタのこぼした言葉にドキッとした。


 それからラチェスタの顔をそっと盗み見たけれど、相変わらずその顔は、思考を読み取らせないものだった。




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