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エルヴァスカ王の落とし子  作者: 村田天
第二章 新しい生活
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夜会(1)


 予定されていた夜会の日は、おりしもリュシュカの十七歳の誕生日の日だった。

 リュシュカがラチェスタの屋敷に来てから、気づけば半年の月日が経っている。


 その日の午後、ラチェスタの屋敷ではメリナとテレサと、ほかにも複数の使用人たちが一緒になって大騒ぎで夜会の準備をしていた。


「ぎゃああ! 苦しい! 苦しい! コルセット、も少し緩めて! 死ぬ!」


「まだいけます。メリナ! やっておしまいなさい!」


「はい! やります!」


「ぎゃあー! テレサ……それ、完全に……悪役の……台詞……」


「ドレスOKです! リュシュカ様! 今裾踏んづけて破いたら大変なことになりますので! くれぐれも、慎重に歩いてくださいね!」


「え? 裾? あ、そっか……」


 今裾踏んづけて破いたら欠席するよりなくなるのかな……?


「お嬢様! なんてことを考えておられるんですか! まったく……そんなことを考えるなんて……! ここまで細部にこだわり抜いて仕上げてくれた仕立て屋に申し訳ないと思わないんですか!」


 心で思ってただけなのに、テレサに思考を読まれて怒られたリュシュカはしゅんとした。


「リュシュカ様、次は……メイクと髪の毛です!」


 時間内に完璧な仕上がりを目指さなければと、メリナは目を血走らせて焦っている。


「メリナ、少し落ち着きなよ。少し寝てからでも間に合うって」


「ま、間に合うはずがありません! リュシュカ様は落ち着きすぎです! 早くこっちに来てください!」


 メリナ、来た頃はもっとぽやぽやしていたのに、この頃ではだいぶしっかりしてきている。成長してるんだなぁ。嬉しいような、寂しいような。


 執事のアドニスが入ってきた。ニコニコしながらリュシュカの隣に来て言う。


「耳元ですが、今日はこちらをお着けください」


「これ……ラチェスタのじゃないの?」


 ラチェスタがいつもしている、菱形のエメラルドのイヤリングだ。


「ええ、こちら旦那様が本日限りでお貸しくださいました。宝石もとても貴重なものですし、イヤークリップの部分に王国の印も入ってますので、この世に二つとないものなんですよ」


 いつも着けてるこれは、単なるお洒落ではなく彼のトレードマークであり、何かの機会で得た記念品や、褒賞品のようなものではないかと想像していた。どうやらその通りの代物だったらしい。


「なんで?」


 金持ちのラチェスタが新しくリュシュカの装飾品を買うのを渋るとも思えない。わざわざ貸す意味がわからない。


「私が思いますに……リュシュカ様の後見人としての目印……家族の証……のようなものではないでしょうか」


「ふうん……」


 ラチェスタのことだから、おそらく政治的な狙いや牽制も兼ねているのだろうが、そう言われると、着けてもいいかなと思える。

 この執事は以前からラチェスタの誤解を招きそうな行動、敵を作りそうなキツい言葉を柔らかに翻訳して伝えるのがうまい。そして、それもあながち的外れな翻訳ではないと感じさせられる。


 背後でイヤリングを手にしたメリナが「ひえぇ」と声を上げる。


「リュシュカ様……これ絶対ものすごく高価ですよ……ドレスを全部ビリビリに破いて裸になったとしてもこれだけは絶ッ対に失くしたり壊したりしないようにしてくださいね……」


「え……そう言われると……着けたくないな」


 そんなもの着けたらうかつに暴れることもできないし、イヤリングに気を遣った動きをしなくてはならなくなる。

 もしかしてそれが狙いだったのか……?


 かくして、大奮闘の末にリュシュカの準備が整えられた。


「わぁ! すごくお似合いですよ!」


 リュシュカのドレスは艶のある翡翠色で、腰元には黒いリボンが複雑な形で巻かれている。背中が大きく開いた少し大人っぽいデザインだ。髪の毛は複雑に編み込まれたハーフアップを銀の髪飾りで纏めている。


「素敵素敵素敵です! リュシュカ様にあるエキゾチックな魅力を最大限に引き立てていますう!」


 メリナは達成感で目を潤ませ、大はしゃぎしている。


「ほんと、黙ってさえいれば美しく気高い黒猫のようです! これは……最高の仕上がりよ!」


 テレサも満足げに頷き、感動に震えている。


「……うえええ、だるい」


 ドレスは動きにくいし、コルセットがしんどい。

 立ってるだけで何かの苦行のようだった。


「もうもうもう! 可愛過ぎるので仲良しの騎士様たちにも見せましょうよ! きっと素敵さと可愛さと綺麗さの洪水にひっくり返りますよ!」


「はぁ……そうだね」


「じゃあ、お呼びしますね! そのあと旦那様も呼んできますから」


 そう言ってメリナが出ていき、リュシュカは性懲りもなく思案した。


 ここが最後のチャンスかもしれない。

 三馬鹿兄弟、あいつらにも協力してもらって逃げてしまえば、しょうもない情操教育を受けずに済む。


 そうして、三人が入ってきて、リュシュカは彼らの姿に目を丸くした。


「おっ、リュシュカ、可愛いじゃん!」


 ミュランが真っ先に軽薄な感じに褒めてくれた。

 ヨルイドも「うんうん! いつもと別人のようだ!」とだいぶモテなそうな褒めをくれる。


「……いや、三人とも、なにその格好」


 入ってきた時から気になっていたが、三人とも王国騎士団の制服を着込んでいた。ヨルイドがフッフンと鼻息を漏らして胸を張る。


「聞いて驚け! これはなッ! エルヴァスカ王国騎士団の! 制服なのだ!」


「知ってるけど……」


「似合うだろ!」


 ヨルイドがきらきらした熱い目でマッスルなポーズを取った。


「に、似合うけど……なんで?」


「いやな、実は今回リュシュカが行くから俺たちも特別に夜会の警邏に混ぜてもらえることになったんだ!」


「今日だけ俺らも王国騎士団の制服と腕章付けられるんだぜー! ひゃっはー!」


 ミュランはだらしない笑顔でカクカク踊っている。嬉しそうだ。


「い、いやあ……行きたくないんだよね」


「いやいやいやいや、行かねば夜会! 行くべきだ夜会! ヤカイッ!」


 ヨルイドはすっかり夜会に取り憑かれた目をしている。これはもう駄目だ。


「スノウも……行きたいのかな?」


 黙っていた彼に確認すると「悪い……」と言ってこくりと頷いた。


「そうか……」


 こうなると行くしかない。こいつらがここまで浮かれて喜んでいるのに、逃げるわけにはいかない。

 リュシュカの性格を知っているラチェスタが、先まわりして脱走の可能性をしっかり塞いでいたようだ。


 ふと顔を上げるとスノウと目が合った。

 彼はリュシュカを見ていたが、小さく俯いて、ぼそっと言う。


「……似合うよ」


「ありがと。スノウもよく似合ってる」


 リュシュカは渇いた息を漏らし、諦めたように「はは……」と笑った。


「リュシュカ、どうしたの?」


「うん、行こう……行くよ……夜会!」


 もうこれは腹を括って行くしかない。夜会は、ラチェスタによって定められし運命なのだ。


「そうだ! 行こう! ヤカイッ!」


 ヨルイドの張り切った声にやけくそで「ヤカイッ!」と応えた。


 ミュランも合わせてみんなで「行くぞヤカイッ!」と叫び気合を入れた。


 そうして騒いでいると、正装したラチェスタが使用人たちと共に入ってきた。


「リュシュカ、準備はできてますか? もう出ますよ」


 白地に銀の糸で細かく刺繍が入ったワンピースのようなデザインは魔導士か神官のようだ。彼の女性的な顔立ちに映えていたが、一般的な男性の夜会服とはだいぶ違う。


「旦那様……お似合いです!」

「素敵です!」

「本当に美麗ですわ!」


 女性の使用人たちがきゃっきゃとはしゃぐ中、リュシュカは冷静な声で言う。


「ねえそれ、踊れるの?」


 ラチェスタはリュシュカを見てしれっと答える。


「踊らないための衣装を選んでいます」


「あ、ずっる……」


 よく考えたらラチェスタは『結婚は自分には適正がない』とかなんとかいって縁談はのきなみ断るし、体力作りや走り込みはするけれど体術の類は絶対にやらない。


「ラチェスタ、自分は嫌なこと全部避けてるくせにずるいよ」


 ラチェスタは心外だというようなやや大袈裟な表情で言う。


「嫌なことを避けているのではありません。必要のないことをしないだけです」


「ならわたしだっていらんことしたくないよ!」


 リュシュカがフンスと鼻息荒く言う。


「私くらいの歳になると、適正も道もある程度見えてきます。貴方にはまだ可能性がたくさんありますから」


「んん? じゃあラチェスタも若い頃はダンスの練習したの?」


「そうですね……二度とやるべきではないと学習できるくらいには練習もしましたし、本番で足をもつれさせ、無様に転倒したこともあります」


「えっ、ラチェスタが!? 転んだの?」


「ダンスの相手を巻き込んで倒れて……思い切り頬を張られましたね」


 普段の彼とのギャップにやられ、リュシュカはお腹を抱えて大笑いした。見ると、周りも不自然に俯いて震えている。

 それでも鋼鉄のメンタルを持つラチェスタは涼しい顔をしている。


「その大笑いは屋敷の中だけにしておいてくださいね」


「う、うひゅん……ひ、ふふっ……」


 ラチェスタ、ありがとう。しばらくこの想像で笑いながらしのぐ。心の中で礼を言った。


「さあ、無駄話はこれくらいにして、行きますよ」


 リュシュカは元気よく返事をした。


「行きたくない!」


 リュシュカは馬車にゴトゴト乗せられて、夜会の会場に連行された。



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