表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルヴァスカ王の落とし子  作者: 村田天
第一章 落とし子でした
23/79

追われて逃げて


 リュシュカは走っていた。

 クラングランに言われた通りの道を全力で駆け抜け、いくつか角を曲がり、大きな建物の裏にまわると屈み込んで身を丸め、呼吸を整えながら息を潜める。


 しばらくすると人の気配があって、びくりと揺れる。違ったらどうしようと思っていたが、予定通りにちゃんとクラングランが現れた。


「リュシュカ。無事か?」


「うん。誰も来てない。もう大丈夫?」


「ああ、いくらか撒いて残りはのしてきた」


 人数が多かったせいかクラングランも珍しく息が上がっているし、疲れているのか説明が雑だ。


 リュシュカは大きく息を吐いた。


「久しぶりに悪そうなのに狙われたなあ……」


「ああ、お前最近自分の状況忘れてたろ」


「忘れられるわけないけど……なるべく忘れて楽しもうとはしてたよ」


「……それもまた豪胆だな」


「わたしがここにいるのなんで知られてんだろ」


「最近はだいぶ道草を食っていたからな。捕まえようとする奴ら以外にも、目撃して報告する人間がいるんだろう。そもそも何人くらいが動いているのかもわかってないしな」


「んで、さっきのは誰の手先だったの?」


「エルヴァスカの人間ということしかわからないな。例の目玉系ではなかったが、そこそこ荒い」


「うん。みんな悪そうな顔してたね」


 猪系のように薄汚くはなかったけれど、全員しっかりごろつき特有の悪い顔をしていた。

 それになにしろ街に入るなり待ち伏せのように襲われたのだ。話が通じる輩じゃない。人数も多かった。


「あーもー……わたし……なんもしてないのになぁ」


 リュシュカは疲れた声でぼやく。

 一日中歩いてやっとこレニクの街に入れたのに、結局あちこち走って逃げて、すぐに抜けただけだった。もう陽が暮れかかっている。


「疲れた……もう今日は早めに休みたい」


「わかってると思うが今レニクには戻れないぞ。街道は外れたほうがいい」


「わかってる。野営でいい」


 そんなことを話していると前に立ち塞がる人影があった。


 短刀を手に、ニヤニヤと笑いながらそこに立つ四人組の男たちは皆薄汚く、髭もじゃで、服は汚れている。


「お、おわ〜……」


 またもや猪一族の再来だ。ゼルツィニにいた奴らとは全員顔が違うけれど……やっぱり目玉なの……? 目玉をくり抜くのが大好きな方たちなの……?


「ぐっふふ。俺らは今機嫌がいいんだよぉ。だから今日は特別にあり金全部置いていけば酷いことはしねえで見逃してやるよ?」


 そう言う猪人はわずかに顔が赤く、酔っ払っているように見える。

 リュシュカはかなりびくついたが、クラングランは落ち着き払った様子で言う。


「大丈夫。ただの山賊だ」

「あ、そうなんだ。よかった」


 ……よく考えたら何が大丈夫なんだ。


 クラングランは緩く笑って腰から剣を抜く。俄然楽しそうな顔をしていてちょっと呆れた。


「離れてろ」

「はぁい」


 リュシュカは少し離れた場所に座り込んで終わるのを待った。


 頬杖をついてそっと観察する。

 何度か見ててわかったけれど、クラングランの戦い方は、基礎は正当な剣術だが、それをわざと崩して身軽さを生かしたトリッキーな動きを混ぜこんでいくスタイルだ。

 だから新しい動きを試して、いろいろと進化させていっているようで、楽しそうだ。男の子って、ほんと元気だなあ。


 リュシュカはため息を吐いた。

 なんだかわからないけれど、今日はこんなことばかりで、ついてない。



   ***



 赤い炎がパチパチ燃えている。

 リュシュカは無言でそれを見つめていた。


「クラングラン……」


 剣の手入れをしているクラングランに声をかける。


「なんだ?」

「もう寝る?」


 眠い。けれど、今日は変なのに追われたり山賊が出たりしたせいで、興奮していて寝つける気がしない。いつもより夜が怖かった。


 リュシュカはクラングランが座るすぐ横に移動して寝転んだ。


 リュシュカは元来ものすごい寂しがりの甘ったれだ。

 幼い頃にはすぐ爺ちゃんの肩によじ登っていたし、やたらと抱っこをせがみ、構われないと火がついたように泣くような子だった。

 長じてからも爺ちゃんが長期間家を空けるのはよしとしなかったし、夜中に目が覚めて寂しくなった時にはすぐ爺ちゃんの寝床に潜り込んでいた。


 リュシュカはラクシャの街でクラングランと喧嘩してから、彼に対して爺ちゃんのように甘えてはならないと自分を戒めていた。そもそもがクラングランは夜にリュシュカが近寄ることを嫌がっているふしもあった。だから特に夜は距離感を保っていた。


 けれど、この間野営していた時に寝ぼけてうっかりクラングランの近くに移動してしまった。

 うっすら目が覚めた時、嫌がられるかと思ったけれど、彼は頭を撫でただけで、引き離そうとはしてこなかった。おまけに落ち込んでいる時に頼んだらぎゅうぎゅうしてくれた。

 だいぶ気が緩んでいる自覚はあるが、思ったほど距離を取らなくても許されるかもしれないと思ったのだ。


 しかし、すぐそばに身を丸めたリュシュカに、クラングランは軽く眉根を寄せた。


「そこで寝るのか?」


「な、なるべく近くのが……危なくないと思って……」


 クラングランは火の前で胡座をかき、頬杖をついたまま、静かに言う。


「……俺は危なくないのか?」


「? 危なくないよ」


 即答したあとで少しばかり野卑な冗談だったのだと気づいてバッと顔を上げる。

 リュシュカはすでに真っ赤になっていた。

 そうしてクラングランから離れたところにすすすと移動した。


「悪い。少し疲れていて、からかいたくなった」


「…………」


 この男は疲れるとからかいたくなるのか。なら、あまり疲れないでほしい。


「あまり離れるな」


「クラングラン……危なくない?」


 リュシュカが真面目に心配そうな顔で言ったのでクラングランは吹き出した。


「大丈夫だ。まったく危なくない」


「……それって、ぜんぜん興味ないってこと?」


 それはそれで、なんだか悲しい。

 リュシュカは若干面倒くさい思考にはまっていた。


「いや、我慢できるよ」


 クラングランが苦笑いの優しい声でわりと大人に返答を返してくれて、リュシュカは彼の横に戻る。


 やはり眠れない。まんじりともせずに横になっていると、クラングランも眠るのか、隣に寝転んだ。


「眠れないのか?」


「……うん」


「何か話してれば眠くなるんじゃないか?」


「あー、うん。なるべくどうでもいい話がいいな…………」


 今、リュシュカが置かれている状況だとか、そんなものとは少し離れた、緊迫感が薄いものがいい。リュシュカは考えて言う。


「クラングランて……好きな女性のタイプとかあるの?」


「……今、どうでもいい話と言ってなかったか?」


「うん。友達同士がしそうな他愛ない話がいいなと思って。昔からどんなタイプを求めてた?」


 クラングランは間をおかず迷いなく答えてくる。


「政略的効果が高い女が好ましいな。貴族、王族、できる限り身分が高く、金持ちで身内に要人がいれば尚良い。昔からそう考えていた」


「へえ。清々しいまでにえげつないね! あ、でも金はないし身内の要人は死んでるけど、だいたいわたしだ!」


「そうだ。俺は理想の女を探し求めて辺境にきた」


「うんうんそこにいた理想の女、それがわたし……でも、そういうんじゃなくてさ〜、もうちょっと……自分より美しくなきゃ駄目とか、はちきれんばかりの巨乳がいいとか……尻もでかいほうがいいとか、そういう魂の好みを聞いてるんだよわたしは」


「……お前は俺を馬鹿にしてるのか?」


「いや、今のはもののたとえだよ! 尻と胸は単なる爺ちゃんの好みだし」


「……俺はそもそも、好きだのなんだの言って互いの気持ちを試しあうような恋愛遊戯に興味がないんだ。そういうのには付き合わされたくない」


 モ……モテなそう。激しくモテなそう。


「じゃあ魂は好みとかそもそもないんだ?」


「そうだな……貴族女性や王族は良くも悪くも裏表や建前が強いのが目立つ。恋愛遊戯もしたがる。俺はそういうのは面倒だ……素直な女が可愛いと思う」


「……ふうん」


 最初に言ったのと矛盾してるのに気づいてないんだろうか。

 いや、たぶん知っている。相反していても、どちらも、彼の一部が求めているものなのだろう。


「リュシュカ、お前はあるのか?」


「爺ちゃんより強い男」


「……お前一生結婚できないぞ」


「政略結婚するから関係ありません」


 リュシュカはそこで小さなあくびをして、ようやく目を閉じた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ