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竜の瞳の行く末は  作者: 三浦常春
第2章 海中都市オロペディオ

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21話 白魚の指

「魔族の方とお見受けします。わたくしの話を聞いていただけませんか」


 その声に抑揚はなかった。表情もまた冷たい。だがその内に秘める流水――魔力は熱を潜めようとはしなかった。あまりにも強く豊富な加護が、帳の奥で(うご)いていた。


 不思議な女性だ。気付けば、警戒心はすっかり四散していた。この人は危険ではない。そう知っているかのように、呆れるほど平然と女性に向き直っていた。


「キミは人間族じゃないよね。何者?」


「わたくしはスキュラ――魚人族のマリネラと申します。海上でお二方を見かけ、一族を代表して追って参りました」


 魚人族。その言葉に僕の身体は震えた。


 僕達が求めていた、古くから人間界に住まう種族の一つではないか。まさか僕が探すまでもなく、向こうから会いに来てくれるとは。驚愕と感動。それが僕の呼吸を乱す。


「よ、よく分かったね、僕達が――それだって」


「魔力の様子がよく似ていましたので」


 するとマリネラと名乗った女性は、僕の傍に膝を付く。彼女の肩から金色の髪が零れた。魚人族の身震いする程の美貌は噂に聞いていたが、それは確かだった。間違いはなかった。憂いを帯びた表情を見せられては、手を差し伸べずにはいられない。目前の魚人族は、そんな雰囲気を纏っていた。


 硬直した僕を、穏やかな視線が撫でる。足元から外套を被った頭の先まで、それがまるで礼儀であるかのように。


「失礼ですが、お触りしても……?」


「さわ……え?」


 マリネラの瞳が僕の後ろ、カーンに流れる。彼に決定権があると見抜いたのだろう。その通りだ。


 開いた壁の隙間を縫って、不意に突き付けられた凶器の如き観察眼。心臓の辺りがキュッと捩れる。彼女の目には、纏う気配には、秘密を一切許さぬと言わんばかりの模様がある。たかが線の細い女性と舐めて掛かると痛い目を見ることは明白だ。僕は改めて気を引き締めた。


 カーンは許可したらしかった。マリネラの手が僕のフードの中に入って来る。冷たい、まるで氷のような手だ。それは僕の頬を撫で、カーンの物より鋭い耳、さらには側頭部のそれをなぞる。擽ったい。僕は思わず身体を捻った。


「――このような顔をなさっているのですね。魔力の寵愛を受けし子。どのような方かと思いましたが……とても可愛らしいお方ですね」


 彼女は褒め言葉のつもりで発したのだろうが、それは僕の口角を歪める結果にしかならなかった。僕も男だ。可愛らしいと言われて素直に喜べるほど、幼くはない。


 そんな僕に遠慮することなく、白魚のような指が頬を、そして唇の端を這う。それは次第に揉むような仕草へと変化を遂げた。


「……マリネラ、目が見えない訳じゃないよね。そんなに僕の顔、見えづらかった?」


「半分その通りです。盲目――ではありませんが、魚人族には陸目が効かない者が多いのです」


 私もそれに属します。そうなだらかに発せられる言葉だったが、僕は視線を沈めた。陸目、と聞き慣れない単語を咀嚼する。


「陸目って、陸上で物を見る目って解釈……でいいの?」


「はい」


 となると、これ程の美貌だ。道案内に乗じて何処かに連れ込まれそうになったり、下心を持つ者から声を掛けられたりと、苦労したのではないか。


 もしもの未来を想像して、勝手にハラハラとする僕の一方、マリネラは平然としていた。慣れているのか、それともそのような目には遭わなかったのか、気苦労を経た素振りは見せない。霞を眺めるかの如く、視点の定まらない宝石を白い肌に浮かべている。


 しばらく僕の顔を触っていたマリネラだったが、相棒の気配が僅かな棘を含み始めたところで、ようやく手を放した。


 彼女は僕を撫でるばかりで、カーンに同じことを施そうとはしなかった。興味がないのか、違和なくあの美丈夫と触れ合える絶好の機会だというのに、彼女はちらりと様子を窺ったきり、視界から外している。その様子はどこか、泥に塗れた賤民を前にした貴族と似ていた。


「本題に入っても、よろしいでしょうか」


「あ、もちろん」


 すっかり逸れてしまった話題を元に戻して、先を促す。橙の光が差し込む瞳を持ち上げて、マリネラはゆっくりと艶やかな唇を動かした。


「……お二方は、魔界の者とこの界域の者とが戦をしていた時代をご存知ですか?」


「知識程度には」


 僕は応じる。するとマリネラは微かな安堵を滲ませた。


「わたくし共には“黒の母”と“白の母”、そう呼ばれる二人の母がおります。彼女達のお蔭でスキュラは安寧の国を築き、豊かな生活を送ってきました。しかし戦の時代、魔族の手によって、片方の母――白の母は失われてしまいました。豊饒の女神がいなくなった今、スキュラは衰退の一途を辿り、今や最盛期の半分を数える程にまで減少しました」


 マリネラは静かに語る。伏せ目がちの彼女は、一旦言葉を区切った後、噛み締めるように言葉を紡いだ。


「このままでは、スキュラは滅びてしまいます。どうか母の解放のため、力を貸していただけませんか?」


「あっ、お母さん、生きてたんだ」


 僕はほっと息を吐く。一族の復興か“白の母”の蘇生を依頼されるのかと思っていたのだ。そのような難題でなくてよかった。緊張からか、どくどくと鳴る心臓を押さえつけて、僕は重ねて問いかけた。


「解放って具体的にどんな感じなの? まさか、それすら分かっていない?」


「いいえ。……白の母は、“深く冷たい谷”に閉じ込められています。スキュラの民ですら滅多に近付かない、冷たい場所です。彼女には魔族による〈封印の魔術〉が施されており、わたくしたちではそれを解くことができません」


 ゆるりと彼女は髪を揺らす。


「それを……解いて頂きたいのです。わたくし共のために」


 〈封印の魔術〉――その術は今日にも伝承されている、対象の行動を制限するために用いられる魔術である。それを人間界で目にすることは、僕の経験上、限りなく無に等しい。


 人間族と魔族の間に巻き起こった戦、その時代に封じられた白の母。僕の脳は歴史と、そしてこれまで目にしてきた、魔界における〈封印の魔術〉の事例を探り始める。しかし大昔に学んだ事柄故か、その記憶はひどく色褪せていた。


「魔族と人間族の戦争……それって、結構前に起こったはずだよね。人間族と神族が争うよりも、ずっとずっと前。いつの事だっけ?」


「およそ二百年前と言われています」


 カーンの助言の下、僕は思考を巡らせる。その最中(さなか)、あっと思い出した。白の母の解放以前に、僕の前には手強い相手が立ち塞がっていたのだ。僕は恐る恐る背後を――「保護者」の方を窺う。


「カーン、いいよね?」


「なぜ先に相談してくださらないのですか」


 呆れた様子の赤い瞳だったが、拒絶は感じられない。かと言って、賛同という訳でもなさそうだ。


「ごめんごめん。次からはちゃんと相談するから……。ね、いいでしょ?」


「本当に貴方は……」


 カーンは肩を揺らす。子供のねだりを享受する好々爺のようだ。しかしすぐにマリネラの方に厳しい目を向けると、


「マリネラとやら。“深く冷たい谷”に至る方法は、考えておいでか」


「わたくし共は、過去に一度、人間の子を迎えております。その際に使用した『外気の泡』を再び用いようかと」


「危険はないのだな」


「……全力を尽くす所存でございます」


 危険がない訳ではない。それは訊かずとも承知していた。


 彼女の言うスキュラ、つまり僕達の言う魚人族は、基本海の中に住まいを置き、活動の場もまた水中である。陸上を歩く僕たちがそこへ出掛けるとなれば、不慮の事故が発生する可能性も無視できない。


 そんな場所へ向かおうとしているのだ。カーンは、せめてもの救いとして言質を取っておきたかったのだろう。我々では対処しようのない事態に陥った場合、守る意志があるのかどうか。


 少なくともマリネラに、協力の意志はありそうだ。もちろん、彼女の言葉が嘘でなければ、という条件付きではあるが。


「ね、カーン。大丈夫でしょう?」


 僕は確認を取る。相棒は数回の瞬きの間の末、渋々といった様子ではあったが頷いた。


「……そうですね」


 珍しく食い下がらない。何か裏があるのではないかと思うほど、彼の返答は拍子抜けだった。反対を表したところで、僕の意志が曲がる保障はないのだが。


 カーンの許可を得た僕は、嬉々として依頼主に向き直る。話を進めるべく、まず初めに事の顛末(てんまつ)を求めた。


「どうしてキミたちのお母さん(・・・・)は封印されたの?」


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