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竜の瞳の行く末は  作者: 三浦常春
第1章 ヴァーゲ交易港
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17話 太陽の導きがあらんことを

 結局僕は、前言を撤回することができなかった。つまり、僕もカーンも魔族に分類されると認めた。


 そんな僕を、オルティラは嘘が下手だと笑った。分かり易いと憐れんだ。僕は肩を竦めて、それを聞いているしかできなかった。


 人間界に並んで三界と称される世界、魔界。そこを主な住処とする魔族。大昔、人間族と争いを繰り広げたそれは、一部の種族から悪者も同然の認識を受けている――という。


 少なくとも、オルティラは「一部の種族」ではないようだ。

 僕たちが魔族であると知ってもなお、笑顔を絶やすことなく、それどころか、いっそう馴れ馴れしく接してくる。それが有り難かった。


「オルティラ、ずっと黙っていたことは申し訳なかったと思ってる。でも、僕たちにも事情があるんだ。黙っていてもらえないかな」


「構わないよ。……口止め料をくれたらね」


 カラカラとオルティラは笑う。小馬鹿にした様子の彼女だったが、金で一時の信頼を築けるのならば安いものだ。僕は一枚の金貨を手渡した。


「……は?」


 女戦士の笑顔が固まる。手に乗った硬貨と僕とを見比べて、もう一度困惑の声をあげた。


 少なかっただろうか。僕の胸に不安が広がる。


「それで足りる?」


「……十分すぎるっていうか、予想外だわ。怖い、何このガキ。本当に嫌なんだけど」


「嫌なら別の形で用意するけど……何がいい? ご飯とか?」


「飯の方が怖いわ!」


 毒を盛られかねない。そう彼女は声を荒げる。まさか、僕たちの「事情」のために命を消されるとでも思っているのだろうか。


 相棒ならばやりかねないが、少なくとも、今は僕がいる。制御役がいる。だから心配は必要ないのだが、オルティラには伝わらなかったようだ。


「こんな所で出費して、大丈夫? 目的地まで行けるかい?」


 妙におどおどとした様子で、オルティラは尋ねてくる。問題ない。僕はそう頷いた。


 幸いにも、僕たちの旅の資金は、〈兵器〉捜索の依頼主であるローレンツ王から、たんまりと貰っている。無駄遣いをせず、且つ順調に旅を進めることができれば、半年は持つだろう。


 支援はありがたいが、それが僕たちの文字通りの重荷になっていることは確かだった。


 そんな恨みの一部を受け取ったオルティラは、自分の荷物の中へとそれを仕舞い込む。先程の妙な顔とは一転して、その横顔は本当に嬉しそうだ。


「――そうだ、私からも情報をあげよう」


 突然彼女は膝を打つ。そして得意げに、怪談話でも奏するかのように、口角を持ち上げた。


「〈天使の羊水〉って知ってる?」


「なぁに、それ」


「万病を治すと言われている薬だよ。病気から怪我から呪いから、何でも治せるんだってさ。私は働きながらそれをずーっと探してるんだけど、何でも、ここから海を渡って、ドドドーっと東の方に行った所にある山に、それが眠っているらしい」


 ここ、ヴェルトラオム島から東といえば、僕たちが目指している方角である。目的の一つである、古代より住まう種族、馬人族と相見えるために。


「でも、よかったの? 僕たちに教えて。オルティラも探してるんでしょ?」


「そうだよ、探してるよ」


 さも当たり前のように彼女は言う。だから尚更、僕の頭を悩ませる。


「僕たちが先に見つけちゃったら、どうするつもり?」


「考えてなかった。その時は、まあ……その時?」


 曖昧に言って、オルティラは笑った。


 もしもの時は、最大限の努力をする。オルティラは、その覚悟なのだろう。彼女の言う〈天使の羊水〉とやらに用はないが、敵対はしたくないものだ。


 僕の目は自然と、鎧の肩に担がれた大剣を捉えていた。


   □   □


 太陽が海から顔を出し、人々の動きが活発になり始めた頃、僕たちはヴァーゲ交易港に戻って来た。そしてオルティラに支払われるはずだった報酬の半分を受け取っていた。


 分け前は必要ない。そう伝えたが、それでは彼女の気が済まないようだ。


 しかし何よりも驚いたのは、オルティラが依頼主から払われた金額だった。僕が口止め料として渡した金貨一枚よりも、ずっと少なかったのだ。


 虫相手とはいえ、命を危険に晒したのだから、もっと報酬を高くするべきなのではないか。

 抗議の念が僕の中に湧き上がる。だが当のオルティラは、一つたりとも文句を洩らさなかった。それどころか「今日は儲けた」と頬を緩めていた。


「オルティラ、この後はどうするつもり?」


「ん? ああ――この後はもう一仕事残ってるから、そっちを済ませに行くよ。お二人さんは、もう街を出るの?」


「そうしたいけど、明日にならないと船がないんだ。さんざん笑ってたでしょ」


「はは、そういえばそうか。……じゃ、これでお別れかな」


 もうお別れか。僕は残念だった。だが、彼女を引き留めるわけにはいかない。


 僕は右手を差し出した。


「短い間だったけど、ありがとう」


「こちらこそ。体調や怪我には気を付けるんだよ、リオ」


 初めて名前を呼んでもらえた。僕の頬が熱くなる。彼女は黒い手袋を外すとタコの浮いたそれで、ぎゅっと握り返した。


 するとオルティラの活き活きと輝く目が、カーンを捉えた。順番から見ても、相棒を次の標的とするのは、全くの自然である。だが、彼女が浮かべる表情――にんまりと粘っこいそれは、まるで弱者を見つけたいじめっ子だった。


「カーン殿もする? 握手」


 案の定、カーンは顔を顰めていた。


 彼のオルティラ嫌いは最後まで治らなかった。そもそも、なぜ彼は女戦士をよく思わなかったのだろう。僕はそれが不思議で仕方ない。


「カーン、最後だから……」


「……分かりました」


 僕に促されて、カーンは渋々オルティラの手を握る。途端に二人の手の甲に筋が現れた。


「おっと、カーン殿? そんなに私との別れが寂しいのかな?」


「戯言を。これきりの縁と願う」


「縁があったら、ぜひともまたお会いしましょう」


 一頻り力比べをしてから、二人は振り払うように離れる。彼らの間には、絶えず火花がちらついていた。


 地面に置いていた荷物を持ち上げて、肩に大剣を担ぐ。身体には鎧を――あれだけ鬱陶しがっていた鎧を纏い、長い赤髪を靡かせる。ふいと逸らされた視線は、どこかバツが悪いようにも見えた。


「じゃあ、そろそろ行くよ。太陽の導きがあらんことを!」


 ひらひらと手を振って、赤髪は雑踏に紛れていく。色褪せた人々の中で、彼女だけが鮮明に浮き出ていたが、しばらくすると、その姿も溶けて見えなくなってしまった。


 僕の胸に、しんとした霞が掛かる。こうして実際に別れてみると、やはり寂しい。僕の目はしばらくオルティラの消えた方向を眺めていた。


 干渉に浸る僕を、ふと誰かが呼ぶ。喧騒の中でもよく通る、聞き慣れた声――僕は振り返った。


「どうしたの、カーン」


「明日こそ出立です。心残りはありませんか?」


「うーん。……もう一回、市場を見て回りたいかな。あっ、買い物は自重する! お金の節約、ちゃんとする。でもその前に、プランダたちの所に戻らないとね。心配しているだろうし」


「承知しました」


 ヴァーゲ交易港を訪れた日、宿のことなどすっかり頭になかった僕たちを受け入れてくれた三人の家族。彼らが読めずにいた本を読み解く代わりに、食事と寝床を提供してくれた親切な人々。


 たった半日会っていないだけなのに、長い間顔を合わせていなかったように感じる。


 僕たちは歩き出す。赤髪の戦士に背を向けて。

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