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竜の瞳の行く末は  作者: 三浦常春
第1章 ヴァーゲ交易港
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1話 門出

「それにしても無茶な話だよね」


 僕は呆れ返っていた。


 目の前に広がる青い海。どこまでも続く水の原に、僕は溜息を落とす。


 流石の海でも、僕の悩みは受け入れ難かったらしい。ミャアと音を変え、僕の耳に戻って来た。


「ね、そう思わない?」


 僕は呼び掛ける。それに反応するのは傍らに立つ男だ。


 僕が普段「カーン」と呼び、「リオ」と呼ばれ慕い合う青年。彼は銀色の髪を潮風に靡かせて、その瞳を細めた。


 時はつい先日、僕達が船に揺られるよりも前に遡る。


 春の陽気朗らかなその日、僕はカーンと共に呼び出されていた。


 僕達がかつて居を構えていたシュティーア王国、その宮殿。王の自室を訪れた僕を出迎えたのは、ひどく剣呑とした王の顔だった。側近や侍女、自分の孫すら部屋から追い出した彼は、小さな紙を僕に手渡したのである。


 ――〈兵器〉を捜索せよ。


 一国の王直々の勅命とは思えない程簡素で、形式の「け」の字も見られない粗末な文書だった。覚書とした方が適切であるかもしれない。


 そのような文言を受け取って断れる程、僕は忙しくなかった。それどころか、暇に暇が積み重なって、未踏の土地に思いを馳せていた頃だった。だから平穏とした生活を抜け出せるよい機会が舞い込んできたと、内心小躍りしていた。


 高揚の最中にあった僕は、その衝動赴くままに、僕は愚かにも承諾の言葉を送ってしまったのである。


「世界を救う〈兵器〉を探す――ですか」


 そう、言葉にするのは簡単なのだ。しかしそれはあまりにも大き過ぎる問題を孕んでいた。


 〈兵器〉とは、神話においてその名が見られる道具である。


 それは神代の末、つまりは神々の世界の終末にのみ姿が見られ、その世に終止符を打つ役割を負った。その道具はいつしか「世界を救う」と冠せられ、希望の剣と相成った。


 どのような形状をしているのか、誰が作ったのか。その全貌は不明である。


 突如として〈兵器〉は話の中に現れ、嵐のようにその効力を発揮した後、文字の奥深くへと埋もれていった。


 一説には、〈兵器〉は天地を分け、この世を三つに引き裂いたのだと言う。だからこの世は空と大地とが隔たれており、僕達が漂う世界――通称「人間界」以外に二つの世界が存在しているのだとか。


 そのような〈兵器〉だが、説話の中に留まれば話は簡単だった。世界各地に散らばる伝承を集め、調査すればよいだけなのだから。


 しかしそれを現実に探し出せと言われては、いくら何でも無理があると言わざるを得ない。出典が神話ゆえにその実在性は低く、手にするなど不可能に近い。


 依頼を受けるあの時、少しでも冷静な頭を持っていたら。そればかりが僕の脳を掠める。


「なんで僕達に頼んだんだろう。友達いないのかな」


「リオ様、それは流石に――」


「本当のことじゃん。あの人が部下や家族じゃない人といる所、見たことないよ?」


「確かにそうですが。……きっと切羽詰まった状況なのです。ただでさえあの国は、厄介者を相手取りましたから」


 およそ五十年前、シュティーア王国は大きな戦争を経験した。かつて〈兵器〉によって引き裂かれた世界の一つ、「神界」。それと対立し、戦火を交えたのである。


 その惨劇は、骸の川ができる程、餓死者が極端に減る程、市場に出回る衣服が一時茶染に埋め尽くされた程であったという。


 やがてその戦は終焉を迎え、数十年の太平の世が訪れたが、今で尚その余波は根強い。英雄を英雄と呼ぶことが許されず、一国の長が存在するかも怪しい道具に傾倒するくらいには。


「戦争の影響だからって……それ、余計に僕達に頼んじゃ駄目なやつじゃない?」


「そうかもしれませんね」


 赤い瞳が細まり、褐色の肌に笑みが乗る。それに釣られて、僕の口角も持ち上がった。


 一度笑顔を作ると、思考は好転しやすい。少しだけ前向きになった僕は手摺に両腕を乗せ、全身の力を抜いた。


「〈兵器〉を探すって言われても、まさかそこら辺に放棄された訳でもないだろうし……さて、どうしよっか」


「思い出してください、リオ様。先日話し合ったではありませんか」


 そう口にして、カーンは至って穏便に語る。


「この世には、古来より住まうとされる種族が存在します。それを第一の目標にすると、そう結論付けた筈ですが」


「……馬人族と魚人族、か」


 この世界、人間界に数多と住まう人間族は、比較的新しい種族だ。神代を生き延びた者がつがいとなり、人間族の祖先となったとされる。


 つまり、創造神話に倣うならば、彼等は少なくとも神々が世を斡旋していた時代よりも後に誕生した。〈兵器〉が用いられた瞬間には、存在すらしていないのである。


 一方の 馬人族に魚人族。半獣とも呼ばれる彼等は遥か昔、それも神々の生きる時代から脈々と血を繋いでいると言われている。


 そのような伝承を持ち合わせる彼等ならば、先祖代々伝わる説話も持っていよう。


 例えそれが手に入らなくても、〈兵器〉のくだりが後世の人々が作った虚構であるかどうかも明白となるに違いない。そう考えて、僕達は二つの種族に目を付けたのだ。


「彼等はどこにいるんだっけ。大陸?」


「そうですね、そう聞きました」


 鞄の中から筒が引き出される。相棒が手にしたのは、羊皮紙製の地図だった。


 針のような筆で事細かに書かき込まれた図面。それは一つの島を中心に、西と東に二つの大陸を成していた。


 先日、国を発つ際に購入した、最新の世界地図である。


 僕は地図の中央――口を開けた雛がひっくり返ったかのような島を示す。


 ヴェルトラオム島。〈兵器〉捜索の依頼主である王が治め、僕達が居を構えていた国が置かれた島だ。


 現在僕達が乗る船は南下し、大陸と島とを結ぶ主要港を目指している。赤茶けた大地広がる、不毛の土地。過酷な地でありながら、そこは物流の最前線なのだという。


「ヴァーゲ交易港。あと何日で着くのかな。楽しみだね」


「ええ」



 この時の僕は知らなかった。


 〈兵器〉を求める――それがどのような意味を持つのか。


 僕達の長い長い旅は、ここから始まるのである。


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