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6.ティータイム

 そこから更に少し歩いて行く先には、小さな酒場がある。「宝言の酒場トレジュアル」と書かれた看板をくぐりリースのついたドアを押すとちりりん、とベルが鳴って来訪者を迎え入れた。


「はぁい、マスター。元気にしてた?」

「イーヴか? 久しぶりだな」


 カウンターの奥でグラスを磨いていたのは初老の男だ。口ひげを蓄えた中肉中背の姿は、どこか品のよさも感じられる。

 カウンターテーブルにつくとイーヴは片肘をついて、「いつものね」と人差し指を立ててオーダーした。イーヴの動きは、口調とは裏腹に洗練されて見える。


「ぼさっとしてないであんたも座ったら」


 促されてフィンもシンの隣に座った。


「今日はまた、珍しい面子だな。こっちの坊ちゃんはとてもイーヴの仲間には見えないが……」

「ちょっと訳ありなのよ。それで聞きたいことがあるんだけど」

「おいおい、いきなりか。随分急いでいるんだな」


 昼食には少し早いが、シンも軽く食べておこうとスープを頼む。フィンはまだ昼前で人気のない店内を見回した。


「マスターは元盗賊でね。情報収集が趣味なんだ。ここの情報料は、食事の注文」


安いものだ。シンは先に出されたパンをとりあえず横に置いてフィンに教える。倣ってフィンもホットサンドと飲み物を注文していた。


「テールディがどこかの大晶石を狙っているって話はない?」

「大晶石を? これはまた物騒なネタだな。エクエスで何かあったのか」

「まだないわ。でもありそうだから困るのよ」

「お前さんが?」


 眉を寄せたイーヴは言われて気づいたようだ。


「あたしは困ってないんだけどね?」

「いや、困るでしょ。きな臭くなったらおちおち空賊もやってられないだろうし」


 その隙を突いて、リンドブルムの面子を脱出させると言うことはできるかもしれないが、今は関係ないので黙っておくことにする。


「それで、何か情報は入ってない?」

「ないな。三年前にエルブレス戦争が停戦してからこっち、それなりに平穏なものさ。ただな……」


 一番後に頼んだフィンのホットサンドが一番先に出てきた。フィンは話に集中していて手をつけようとはしない。次に出てきたのはシンのスープでシンはそれを黙って口に運んだ。


「アオスブルフには近づかないほうがいいぞ。どうもアドリア海の辺りがきな臭いって話だ」


 アドリア海は先の戦争で戦地になった場所だ。三年前にはそれぞれの大陸の二つの港を拠点に、アオスブルフの海軍とテールディの騎士団が海上でぶつかりあったらしい。

 らしい、というのはシンが記憶を失う前の話だったから人から伝え聞いた話でしか知らないからだ。アオスブルフへ行くこともないし様子はよく知らなかった。

 最後にイーヴの頼んだキムチパスタが出てきた。


「少し食べる?」

「いらない」


 シンは丁重にお断りをして黙々と食事を続けた。



  * * *



「収穫なし、か」


 小腹を満たしてそれでも情報は満たせずフィンはため息とともに空を見上げた。


「そうでもないよ。情報がないってことはテールディは無関係かもしれないってことだし」

「そうね。情報が届いてないだけかもしれないから困るんだけど……とりあえず、人海戦術かしら」


 人海戦術というには人手が足りないが、仕方ないだろう。三人はそれぞれ分かれて情報収集をすることにする。

 イーヴは港へ、フィンは橋のほうへと引き返していったのでシンは更に高台にある広場へと向かう。

 広場への道は店が立ち並んでいた。こちらは市とは違い、花屋やパン屋など、町並みがしっかりして見える。

 その町並みの、宿……だろう。決して安宿ではなさそうな建物の前に、いた。

 誰が? ……ブルーフォレストで会った彼らである。フリージアと呼ばれていた少女がテラスの木製の椅子に座って、フィンと対峙した時の動きが嘘のようにぼーっとしている。

 その横ではラウルがティーカップを並べていた。


「……あなた」


 さすがに驚いて足を止めていると気づいたのはフリージアの方だ。ラウルが気づいたときには少女は席を離れると拳を固め、戦闘体制に入っていた。


「フリージア、おやめなさい」


 しかしラウルに制止され、異常なほどおとなしくそれに従いまた元の席へ戻るとすとんと座る。敵意は消えていた。


「ラウル……でしたっけ?」

「はい、こんにちは。……えーと」


 呼びあぐねているらしい。シンは名乗ることにする。


「シンです」

「シン様、お茶はいかがです?」


 コポポ、と暖かな湯気を立てた紅茶をカップに注ぐ。どうぞ、と差し出されシンは首をかしげた。


「あなたたちは、何なの? テールディの人?」


温かい紅茶を前にフリージアはやはりぼーっとしている。何も考えていない感じだ。


「いいえ、僕はコンシェルジュですが」

「コンシェルジュ……って何ですか?」


 率直にぶつけてみると率直に返答があった。


「みなさんのあらゆる要望に応える事をモットーとしているお仕事です」

「それはお茶を入れたりすることなのかな」

「えぇ、他にもご要望があればパイを焼いたり、家事もこなしますが」

「……このパイはあなたが?」


 テーブルの上に乗っている茶菓子を指し示して、シンは問うた。


「いえ、ここではさすがに焼く設備がありませんので……」

「あれ? 君、ここで何してるのさ」


 唐突に背後に現れる。それは、ソルと呼ばれた青年だった。紙袋を抱えたソルはそのままつかつかとシンの横を通り過ぎ、フリージアの正面に座る。

 ラウルはすぐに紅茶を一つ注ぎ足した。


「今、お茶に呼ばれたところです」

「ふーん、じゃあ座れば?」


 なんなのだろう。この人たちは。

 自分のことは棚に上げて疑問を抱くシン。

 フリージアがようやく動いたかと思えば黙々とパイを食べている。

 ソルもほどよい大きさにカットされたそれをつまんで口に運んだ。


「あなたもどうぞ」

「いただきます」


 先日の遺恨はどこへやら。シンもラウルが立っている横の椅子に腰をかけるとパイを手に取る。甘い。クランベリーパイだった。


「聞いてもいいですか?」

「いいよ」


 答えたのはソルだ。シンはティーカップを一口分だけ口元に傾けてから聞いてみる。


「あなたがたは大晶石の前で何をしようとしてたんです?」

「内緒」

「皆さんどこの人ですか」

「秘密」

「……クランベリーパイがお好きなんですか」

「かなりね」


 これは駄目だ。何も教えてくれそうもない。まぁ教えられたことが本当とも限らないので、黙秘しているだけタチは悪くないかもしれない、などと考える。

 もう一口パイを口にした。甘いものは別腹とはよく言ったものだ。食後なのに、意外と入る。


「そういえば、もう一人誰か来るとか言ってませんでしたっけ」

「あぁウィス? 彼は怖いよ、今はでかけてるけど……食べたらさっさと仲間のところに帰るんだね、でないと」


 ソルは円形のウッドテーブルに頬杖をついて満面に笑みを浮かべ、微笑んだ。


「殺すよ?」

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