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17.王立研究所(1)

 ウィスが連れていかれた検査室の外にその会話は漏れ出ない。そういう場所だ。


「乖離はまだ顕著ではないわね。幸いなことに」

「ここを出てから、まだ片手で数えるほどしか使っていない。大丈夫だろう」

「でも、予兆としては十分ね。気をつけなさいよ」

「ウィス、終わった?」


 ガチャリ。

 そのタイミングをもってドアキーが自動解除された音を開いてシンは医務室へ足を踏み入れた。

 研究者なのか医者なのか判断のつかない白衣の数人に囲まれて、ウィスは丸椅子に腰掛けていた。

 上半身は裸だ。シンの方こそ「あっ」と一瞬足を止めかけたが、ウィスは慌てたそぶりも見せずに僅かに少し笑って聞き返してくる。


「ちょうど終わったところだよ。どうかしたか?」

「結構時間かかってるからどうしたのかなって」

「あぁ、体重測定から内部診断までフルコースでやられたからな……」


 うんざりと思い出した様子でウィスは上着を着込んでいる。


「まだまだ甘いわね。フルコースなんてやったら一日じゃ終わらないわよ」

「何をそんなにするって言うんだ」

「そりゃあんなことやこんなことも……ふふふ」


 閉口しながら立ち上がる。そのまま後ろに二、三歩退いて彼はアーネストと距離をとった。


「アーネストって診察も出来るんだ。すごいね」

「医者のまねごとは出来ないわよー? データを解析するのは得意だけどね」


 あぁ検査と言う名のデータ採取だったのか。シンは理解した。


「一応礼は言っておく。シン、行こう」


 シンはウィスに着いて医務室を出る。アーネストもシンに着いて医務室を出た。

 それから。


「……なんで着いて来るんだ?」


 長い廊下を歩きながら、ウィスが前を向いたままそう言うまでに結構な時間が経っていた。


「おもしろそうだから私も行くわ」

「そんな理由で着いてこさせると思うか?」

「わかったわ。じゃあ、私という研究の集大成を証明するために着いて行くことにするわ」

「言い方を変えても……」

「いいんじゃない?」

「!」


 それほど意外だったろうか。ようやくウィスが振り返る。その視線の先にいるのはアーネストではなくもちろんシンである。


「アーネストの知識は私たちには必要だよ。ただ、危ない目にあった時が心配だけど」

「大丈夫よ~星晶研究者のたしなみとして、術が使えるから」

「ならいいよね。ウィス?」


 少しだけ詰まるような間があったものの


「……まぁ、シンがそういうなら」


 割合あっさりウィスは折れた。


「あら? 意外とあんた弱いのね。新発見だわ」

「うるさい」


 今の温暖なやりとりが嘘のようにほぼほぼ無表情ですたすたとウィスは先に歩いていく。その先には応接室があってフィンたちが待っていた。


「あ、アーネストも一緒に行くですか?」

「おー」

「心強いような、不安なような……」


 フィンがうっかり本音を漏らしている。

 アーネストは「ちょっと待っててね!」というとダッシュで去っていき、十分ほどして戻ってきた。白衣の代わりに髪色と同じ緑の上着を着込んで大きな晶石がはめこまれた杖を持っている。

 たしなみというには大層な品だった。あれを使いこなせるならば、相当大きな晶術も使えるのではなかろうか。


「目指すはシグルスよ。あ、浮遊クルーザー使いましょ」


 そういってアーネストは研究所の横手にあったシャッターを開けた。そこにはエイのような形をした車輪のない乗り物があった。


「こっちの世界はこういう乗り物が多いの?」

「あんた、確かアースタリアの人間よね? 何でそんなこと聞くのよ」

「シンは記憶喪失なのよ。三年前にアースタリアからあたしたちの世界に来たときからね」

「ほうほうほう」


 アーネストは興味津々だ。かまうな、と釘を刺してウィスが間に割って入る。


「で、質問の答えは?」

「多くもないわ。少なくもないけど」

「ホワイトノアのような大型の艇は国が所有しているけど、一般的にはあまり動力を使わない原始的な乗り物が推奨されているんだ」


 つまり馬車などだろうか。エネルギー問題を考えれば、星にやさしいのはそういうものになるのかもしれない。とても高い技術力を持つ反面、バランスをうまく取っている答えだった。

 乗り込むと浮遊クルーザーは滑るように森の中を進んでいく。水の上を渡れても高度は上げられないらしく、小さな湖や近い湾を渡って更に林を抜けると風景が開ける。


「あんまり目立つとまずいから、ここから徒歩で行きましょ」


 しばらく草原を進むと、浮遊クルーザーを森に隠して徒歩でシグルスへ向かうことにした。風の良く通る草原の向こうには、尖塔が見える。王城だろうか。


「アーネスト、アルディラスはどこにあるか知ってる?」

「王立研究所よ。ま、私がいれば顔パスだけど」

「意外と役立つわね、あんた」

「意外ととは何よ、意外ととは」


 三十センチはありそうな身長差にもめげずアーネストはイーヴを前にふんぞり返っている。態度だけは引けを取っていない。


「ウィスはどうする?」

「いざと言う時は役立つと思う。一緒に行こう」


 いざと言う時が来ないことを願う。

 ウィスは顔を隠すためにローブをまとい、フードを目深にかぶっている。逆に目立つのではないかと言う格好だ。が、王都はさすがに人も多くお互いのことなどあまり気にしてもいないようだった。

 ふんふんと鼻歌を歌いながら先を行くアーネストについて歩くと、王立研究所は幸いなことに城の敷地外にあった。


「たのもー」

「アーネスト博士ですか。お久しぶりです」


 言ったとおり顔パスだった。


「後ろの方々は?」

「新しい助手よ。人手が増えて何よりだわ~」


 それらしいことを言いながらずかずかと奥へ進んでいく。

 見たこともない人々、建物、技術の気配にきょろきょろと見まわしそうになるリエットやフィンにあまり視線を迷わせないようアーネストはらしくない小声で警告を発してもいた。


「アルディラスは?」

「一番奥の研究室よ。まだ解明されてない部分も多くてね」


 ということは、倉庫に保管、などということはないだろう。アーネストは行く手をさえぎるいくつかの扉のロックをなんなくはずしていたが、ある扉の前で歩を止める。


「さて、どうする?」


 くるりと振り向く。動きに合わせて背中で結ばれた布製の飾りベルトが大きく弧を描いた。


「正攻法で行くか、アグレッシブに行くか」

「違いがわからないんだけど」

「限りなく手順を踏んで、研究室に行ってみるか。それとも実力行使で行くかってことよ」


 リエットがきょとんと首をかしげている。


「危険がないなら正攻法がいいのでは?」

「時間はロスするわよ。その分、追求されるリスクも高くなるわね」


 実力行使をすれば、手っ取り早く済むが、それもまたリスク。おそらく早い段階で何らかのチェック機構に引っかかる。


「私的には実力行使をお勧めするわ」

「理由は」


 ウィスが聞いた。付き合いは短くてもなんとなくシンにも返事が分かってしまう気がした。


「まだるっこしいのが嫌いだからよ」

「アルディラスを奪取したら、全力で逃げる。そうなるのかな?」

「そーいうこと」


 悩んだが、時間のロスは痛い。フィンができるのならと実力行使を推し、かわいい外見に反して突撃型のリエットの同意、強い反発的な主張をしないイーヴの「しょうがないわね」で決まってしまう。

 ウィスは出来れば慎重に行ってほしいところだが、いかんせん時間をかけるほど自分の存在がリスクになりかねないのでそこは任せるしかない。

 この先は実力行使も有効である場所であることを、彼はおそらく知っている。


「アルディラスの部屋までは私もパスを知ってるわ。でもアルディラスをつないでいるであろう機器を解除するパスコードをハッキングする必要がある。だから誰か来たら時間稼ぎよろしくっ」


 再びくるりと向きを変えると扉が二重にスライドした。そんな扉を抜けるたびになんだか空気が冷たくなっている気がする。

 人気もなかった。このまま誰も来なければいいが……


「ここがアルディラスの保管所よ」


 最後の扉は意外なほどに頑強ではなかった。シュン、と軽い音を立てて左右に扉が開く。

 そこにあったのは一振りの剣であった。

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