10、不審な街の空気と噂
*少しずつ、動き始めます・・・
登場人物まとめ
・「ヘリオス」 主人公(後方情報部所属)
・「ケゲン・アギット」 後方情報部所属 主人公のバディ
・「ミケ」後方情報部の部長
・「ブルート・ゴルドン」 ガデス・ハント協会の会長兼リッテン王国団長
・「セレスティア・ゴルドン」 ブルートの娘、金髪の少女
・「ルーキス」 ガデス・ハント協会の副会長
「「おっはようさーん。皆!! 今日も一日頑張ろう! さあ、今日の抱負をケゲンっ君だー!!」」
大胆に胸元があらわになった下着のような服にジャケットを羽織っただけの後方情報部長のミケ。男物の下着の方が丈があると叫びたくなるような太腿があらわになったパンツ。ヒールの高いロングブーツをダンっと高鳴らせビシッとケゲンを指差した。
「今日も一日頑張ります」
「「グッジョーブ!! ヘリオス、こんな先輩見習っちゃだめだぞー! さあ、解散。働け働けー!」」
ぞろぞろとそれぞれの持ち場につく先輩たちにケゲンは朝から元気なミケ部長をうらめがましい目で睨む。
「無茶苦茶だよな、あの人」
「おっはようさん。呼んだかケゲン」
このこのっと突かれているケゲン。昨日、徹夜で見張りの仕事をしていたらしくご機嫌斜めであった。
「ヘスっち。昨日の銀貨で美味しいもん食べたかい?」
「あ、えっと。あのそれなんですけど。どっかで失くしてしまって....通った道を何度も確認したのですが....」
「ええ!?そうなの、おっちょこちょいだなぁ。仕方ない。ケゲンに持たせるから今日は二人共外で情報収集してきなさいっ」
谷間に手を突っ込んだミケにヘリオスは半歩後ろに下がって目を逸した。ケゲンは嫌そうに銀貨を摘むとヘリオスの上着で銀貨を拭いた。勿論、そんな無礼を部長が許すはずもなく技をかけられノックアウトしたケゲンを引きずるように街に繰り出した。
******
「という名の休みだぜ、今日は」
店先のテントの下でハンバーガーにがっつく男、ケゲンは目の下にくっきりと存在する隈をなぞった。
「見ろよ、これ。いくら俺が仕事熱心だからって夜通し働かされたんだぜ? しっかも、潜入先は歓楽街。ボーイの格好しているしいかがわしい店でもねえのにクソ野郎共が銀貨をチラつかせやがって。今日のお小遣いも嫌がらせかとおもったわ」
しばらく銀貨は見たくねぇとつぶやくケゲンを宥める。ふとテーブルに広げられた銀貨の1枚を手に取った。表には大帝国100シルバーと書かれている。その裏には女の人が描かれていた。
「帝国の銀貨は使われているんですね」
「銅貨もな。不服なことに錆びねぇし、長持ちだからよ。未だに流通しているのさ。なにっせ、大帝国産だからな」
皮肉のこもった言い方に、今日の荒みっぷりも合わさって今日のケゲンは少し怖い。それでも、疑問に答えてくれるケゲン。心なしか、饒舌である。
「ちなみに、この女の人は誰ですか?」
「帝国。当時は王国な。建国した王が溺愛した女性、さ。その美しさに国中の男は虜になり、王が幽閉したほどだとか。王妃に逢わせろと騒ぐ連中にこの銀貨をばらまき黙らせたって逸話があるぜ」
「なんか、色々凄いですね」
「帝国は発祥から可笑しかったのさ。逸話のせいで歓楽街だので取引されるのはこの銀貨と決まっているのさ。部長はきっとたんまり持っているぜ?それと、庶民の間じゃ100シルバーは珍しいから一生困らせないって告白の時に使うらしいぜ?指輪よりよっぽど大変さ」
「外出れば、大分贅沢出来ますよね?」
「うん、女も下手すりゃ買える。(冗談)」
「!?」
全てを悟ったような真顔を向けられヘリオスが引いているとたっぷり間をおいて目に光を取り戻したケゲン。
「あ、ごめん。昨日の感覚がちょっと抜けてなくて」
「いや、ゆっくり休んで」
「ああ、そうするよ。一旦、精算してきて。割増で払ってお前もなんか食えよ?起きても、この銀貨だったらお前を....グゥ。」
口の周りにベッタリとソースつけたまま眠りについたケゲン。銀貨を手に取ると、店の中に入り適当に頼みケゲンの言うとおり余分に支払った。
「お釣り、90シルバーで結構です。あの席です」
「かしこまりました。ごゆっくりおくつろぎください」
難なくこなせた自分を心の中で称賛する。帝国にもなれ始めたとしみじみしながらサンドイッチを頬張った。新作だという茶色いケーキはコーヒー味かと思ったら違かった。甘くて美味しくてつい、追加で頼んでしまった。起きそうもないケゲンをチラリと確認する。ケゲンは休みだというがそうもいかないだろう。おかわりのケーキはついでに店員さんに話しかけた。
客もまばらになりすっかり打ち解けた店員さんと世間話をはじめた。はじめはケーキの話だったが、段々と関係のない内容が増え、ついには不穏なものへと変化していった。
「――ここは閑静で穏やかそうですけど」
「それが、そうでもないのよ。っあ、パイナップルケーキもいかがです? どうぞ、どうぞ」
「美味しいですね、甘酸っぱい果物ですか?」
「美味しいでしょう? 新作なのよ、それでね。何だったかしら? 夜になるとどこからうめき声が聞こえるんですって」
「うめき声?」
「ええ。地を這う恐ろしいうめき声。このあたりで最近、行方不明者や死体が出てるの。怪物が人を食べているんだって噂になっているわ。だからね、この辺は深夜に外を出ちゃだめって言われているの」
「調査とか、ないんですか?」
「ウ~ン、こういう噂が皆に広まったのも最近でね。今までその、行方不明になってもおかしくない人たちばかりで....でも3日前に、名の知れたお医者様がここで見つかって騒ぎになったの」
「連絡したばかりってことですか」
「そう、お医者様はご家族がいらっしゃらないから詳しい調査依頼が出ないのだと思うの。今はまだこの辺だけの噂だけど、街に広まるのも時間の問題だし。お店に影響が出ないか心配なのよ」
「怖いですね。ちょっと詳しい人がいるので俺から相談してみます!」
「あら、そうしてくださると助かるわ。聞いてくれたサービスにさくらんぼケーキよ。お兄さんと召し上がれ」
「(お兄さん....!)ありがとうございます!!」
席に戻る途中でヘリオスは自分が調査員ぽかったことに気付き気分が高揚した。
「ふぁ、よく寝た....?あれ、どっか行っていたのかヘリオス」
「店員さんとお話してた。はい、サービスだって」
「お、サンキュー。さくらんぼ、いいね。ウマい!!めっちゃ、酒効いてる」
ぶるっと身を震わせたヘリオスにケゲンは笑う。
「うわぁ、変なの」
「酒初めてかよ。っで、なんか面白い話しあった?」
「うん。最近、このあたりで行方不明者と死体が出てくるんだって」
ヘリオスの突然の重い話にケゲンは口の中で転がしていたさくらんぼ丸々1粒を飲み込み咳き込んだ。
「ゴホッ、へ、ヘリオス。なんだって??」
「へ? 何が??」
不思議そうに聞き返され、すっかりケーキに夢中になっているヘリオスを待って話を聞いた。
******
「という名の休日だったというのにしっかり仕事をしてきたようだな、ケゲン。お前の今日の抱負をしっかりとこなしたわけだ」
ミケ部長は、ケゲンの背中をバンバンと強く叩く。ゲッソリした顔のケゲンは力なく首を横に振った。
「違いますよ、うちのヘリオスが拾って来たんです。真偽を確かめる為にその後周辺を聞き込みしてまわってきました。住人共は口が固くて苦戦しましたよ」
「はい、何故か皆さん口を閉ざしてしまうのです」
「まあ、それは。ここに住む人間全般に言える特徴だな」
「それでも、おかしいっすよ。浮浪者ですら、銀貨をチラつかせても一言も発しないんですから。ただ首振るだけだし。気味悪いのなんの」
「ただ単に所属している情報屋じゃないか?そう気にする事もあるまい」
「えぇ、でも変ですって」
「だからといって、危険なことはしていまいな?」
ミケの手が2人の肩に置かれギリギリと軋み始めた。
「!?」
「してないですっ、部長!?聞き込みだけですよ」
ならいいと手を下ろしたミケは部長室のソファにかけると考え込んだ。
「微妙なラインだな。情報が少ないのに前方諜報部に引き渡してもいいかどうか....金貨の関わりがあればすぐにでも知らせるのだが。かと言って私達で処理できるかといえば、出来ない!」
「うちは非戦闘員ですからね〜。部長ぐらいなもんでしょう? 戦えるの」
「そうだ。人手不足のせいでな。ウ~ン。取り敢えず、酒場に伝達しよう。ということでもうひと仕事だ、ケゲン&ヘリオスよ」
部長室を追い出された2人は、顔を合わせると肩を竦めた。ケゲンは大きく欠伸をすると地下への道を指差した。
「ケゲン。地下は牢獄だって聞きましたけど」
「おぅ、知ってたのか。その反対側の扉が更に地下に潜る階段になっているんだよ」
「そうだったんだ」
「地下のマップはないからなぁ。分かんねえよな。ねみぃ。おっと、こんなとこに銀貨落としたの誰だ?」
地下一階へと続く階段の途中で、ケゲンがしゃがみ込んだ。その手には、銀色に輝く....
「帝国銀貨じゃありませんね。」
「ああ、そうだ。これは....リッテンの旧1銀貨。珍しいな....ヘリオス失くしたって言ってたっけ? まさか部長からこれもらったわけじゃないし、持っているの会長くらいだろ」
もらっとけと差し出された銀貨を受け取り裏に返す。鳥が花をくわえている絵柄。
「好事家に売れば2倍にも5倍になるかもな。なにせそれも曰くのある銀貨だからさ」
「どういう意味があるんです」
「『あなたを愛しています』だったかな? その鳥が祝い事専用の伝令鳩なんだよ。そのくわえている花、リッテンの王様はユーモア溢れる人でそれぞれ意味が微妙に違うらしいんだ。詳しくないからしらんけど、良い意味なのは絶対だぜ」
詳しいやつに聞きなというケゲンの声が遠ざかっていく。銀貨を何度もひっくり返していたヘリオスは壁に手を置いた。そして振り返り階上を見上げた。
「あれは夢かと思ったのに。ここも何度も確認し、あの子が持っていたのかな?まさかはじめからリッテンの銀貨だったはずはないし....」
「「おーい、ヘリオスー!!」」
「はい!!」
補足:階段に落ちていた銀貨。前話9話にて、金髪の少女セレスティアが入れ替えたもの。