5、初の仕事は『ガデス・ハント』というギルド
修正:旧6話、7話がまとまっています。
俺は、施設内での生活が窮屈で仕方くなり、つい先日、『ヘリオス』という名を与えられた。昔の名前と一緒に記憶を封じたとかなんとか。おかげで頭が割れそうな発作はすっかりなくなった。ただ、睡眠時はその封印が弱まるらしく、睡眠薬は欠かせない。少し前まで夕食が終わってもルーキスが立ち去らず、監視された気分になって鬱々としていた。が理由があったのだ。飲んだ後は絶対安静、まどろんだまま何処かに行ったら危ないからと見守っていてくれていたのだった。そうともしらず当時は大分、険しい顔で彼を睨みつけていたに違いない。
「赤ん坊ではないのですから食べ物で遊ばないでください」
「!?」
手からスプーンが落ちかけた。ノックもナシに入ってきたルーキスに無性に腹が立って睨みつける。しかし、満面の笑みでかえされた。
「随分と、リラックス出来るようになったのですね。上々です」
もう食べないのかという言葉にうなずく、急に食欲がなくなって、雑にスプーンをトレーに戻した。ため息をわざと大きく聞こえるようにつく。ストレスで心がいっぱいだ。この先の心配ばかり、こればっかりは封印した記憶とは別の悩み。名前が助けてはくれない。ルーキスは、淡々と食器をワゴンに乗っけている。2つ穴の開いた紙を取り出すと、何やら書き込み始めた。
「ここへ来た当初より随分と顔の表情に変化が出てきました。喜ばしいことです。この調子で負の感情以外を表現できるようになれば更に良いのですね」
聞きたくない長い説経を聞かされている気分になる。口の端をひん曲げ、抗議の意を込めてルーキスに視線を向ける。しかし、そのうち瞼が重たくなり、抗いがたい眠気が襲ってくる。
――がチャリ....
のっそり、視線を向けると小さな子供がこちらを覗き込んでいた。
金髪の女の子。5歳ぐらいだろうか? 視界がぼやけて顔はわからない。なぜか惹かれてよく見ようと身を乗り出す。這って行こうと思っていたその先に地面がなかった。両手が宙をかき、思うように動かない身体は倒れた。その時、心は妙に静かで落ち着いていた。
「危ないですよ」
後ろ襟を掴まれ地面には叩きつけられずにすんだ。体が宙に浮いている。首を強く締め付けられ苦しい。たださえぼうっとした頭が暗く閉じていくようだ。霞んでいく視界の中、少し開いた扉の向こうにあったはずの金色の光はいつの間にか消えていた。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「ああ、すみません。お水をどうぞ」
さっきまでの反抗的な態度など忘れて、大人しく水を貰い、一口飲んだ。無理やり押し込んだような不快感に眉を顰める。
――やっぱり、いらなかったな
「ありがどうございます....あの、さっきの女の子は一体?」
「―――みえましたか....」
「....えっ?」
不穏さを感じる重々しい口調に眠気が多少、吹き飛ぶ。目を開きルーキスを凝視する。
(まさか、村で聞いたことのある亡霊という存在だろうか? みえる人とそうでない人がいて人と変わらない姿をしているから足を見ろというあの....強力な亡霊ともなれば近くに寄ってしまっただけで呪殺されるという恐ろしいそんざ....)
「団長の娘さんです」
「......?」
ルーキスは険しい表情を浮かべている。団長の話になるとテンションの上がる彼の事だから、可愛がっていそうなものだけど違うのだろうか? そんなことより、眠い。
「私は彼女に嫌われています。事情を知る....この屋敷の殆どの人間が彼女に対して完全に好意的になれない事情がありまして、よければ仲良くして下さい。どうしても私は....彼女に罪はないのですが、彼女もまた人の感情に敏感なのです」
首がカクンと前に倒れて、ハッとする。しかしすぐに頭の中に霧がかかる。ルーキスの声も遠のき何を言っているのか定かではない。
「――なので、どうか。仲良くしてあげてください。人間とそう変わらないのですから」
「....??」
「おやすみなさい。実は団長が働かないか提案していましたよ。また明日詳しく伝えますね」
穏やかな笑みを携えるルーキス。部屋の電気が消された瞬間、眠りに落ちた。
******
ガデス・ハントは金貨ハンターである。金貨の専門家。それだけでは、最近は依頼件数も減っているため疑わしいものも引き受け、憲兵に代わって街の治安維持に貢献していた。後者の方は帝都限定らしい。未だに警戒しているんだって。そんな帝都のガデス・ハントで俺は何をしているのかというと情報の整理や受付なのだが....初日は少し特殊だった。働いたことないからわからないが街の案内から始まったのだ。
ルーキスに付き添われ、たどり着いた部屋にいたのはとんでもない女の人だった。比較的温暖な村から来た俺でもみたことない布面積。一瞬、下着じゃないかと疑った。暑いとかではなさそうだった。ルーキスの顔はいたって普通だ。街では普通の格好なのだろうか? と疑問に思っているとつやつやと光を反射する唇が開いた。
「へぇ、新人なんて随分と久しぶりだね。よろしくねヘリオス。私が後方情報部の長。ミケだ。早速だけど仕事だ。君の先輩でバディを組んでもらうケゲンとおつかいだよ」
「バディ....?」
「それでは後はよろしく」
ルーキスが立ち去るなり、ずいっと距離を縮めてきたミケ。近くに接近されてぎょっと驚いた。豊富に食べ物があったわけではない村では見られなかった光景。胸部が異常に発達し、不思議でしょうがなかった。ガシッと強く腕を掴まれ、胸の間に挟まる。なんとも言えない柔らかさに思考が停止した。
――俺は何しに来たんだっけ....
「ちょっとー聞いてる? ヘリオス君??」
「は、ひゃい!!」
首を軽く傾げるミケ。その声は甘味があって、漂う香りも甘ったるい。心臓の動悸が妙に速く、胸に手をあてる。
――治っていなかったのか? それともなんかの病気??
とんちんかんな考え事をしていたその時、後ろから声がかけられた。若い男の人の声。
「はぁ、うちの可愛い後輩をあまり虐めないでくれます? ミケ部長」
真っ赤な髪が印象的な青年。ドアにもたれかかり呆れた顔で俺とミケに交互に視線を向けた。
「なによぅ、ケゲン。コミュニケーションよぅ。彼がさっき伝えたケゲンよ。年もあなたと近いし上手くやっていけると思うわ」
「絶対に、やめてください。純然たる青少年を惑わさないように。ヘリオス? だっけ。はやくこっち来い。うちの部長はその道の達人だから間合いに入らないように気を付けな。まあ、これから行く場所もある意味危険な場所だけど」
手を引かれ、ドアの向こうに押し出される。ミケの声に足を止めたケゲン。彼の隙間から覗いたミケは目を潤ませていた。ケゲンに切実に訴える。
「彼奴等にやられる前にと思ったのにー」
その言葉にケゲンは目を剥く。そこまで過剰に反応することなのかと疑問に思う。そもそも、奴らとはなんなのか。いきなり、危険な場所に行かされるというのか。でも、少し楽しみだったりする。
「ふざけるな。奴らにもやらせないよ。はあ、なんであんなのがうちの部長なんだ....ヘリオス??」
「は、はい!」
ケゲンに引きずられ部屋をでた。久しぶりの外は暗い路地裏だった。ケゲンによれば、裏口の一つで普段は使わないそうだ。大通りに面したこの建物の正面口は人で溢れているため考慮してくれたのだとか。
「改めて、ケゲンだ。部長の言っていた通り久しぶりの新人だ。5年前に入団した俺が今まで一番下でな。基本的に、外での活動は2人で動くのが鉄則だ。っで、これから行くのがガデス教の教会。情報提供者の1人がそこで司祭をやっていて、報告書の受け取りが今日の仕事」
路地裏を歩き続け、俺は高い建物を見上げ、わずかに差し込んだ日差しに目を細めた。
「この辺の建物はみんな背が高いですね」
「うん? ああ、ヘリオスは田舎出身だって聞いたっけ? この辺じゃ珍しくもない一般的な高さだよ。敷地の大きさはうちが飛び抜けてデカいけどな。『流石、俺らのリッテン!』ってあのおっさんならいいそうだな」
最後だけ小さくつぶやきニカッと笑ったケゲン。彼もまたリッテンの人間なのだろうかと疑問に思っているとケゲンに手招きされ大通りの向こうを指差した。
――人が通っていない大通りなんて異常だったんだ
建物から恐る恐る覗き込む。あの日、走り抜けた大通りが馬車に埋まっていて驚いた。
「あれが、ガデス教会。女神様を信仰している。分かっているとは思うがガデスが女神の意味。金貨の女神クレーテもかの教会では信仰の対象だ。帝国の金貨は女神の血。人の手に余る大いなるもの。神なる黄金のクレーテに手を出せば神罰が下されるってね。大陸中に広めてくれたのがガデス教だよ」
そのおかげで人々が安易に金貨に近づかなくなったのだとか。しかし、教会など近くに存在しなかった俺には知らない話だ。魔物だの神だのと言われるクレーテ。
「ガデス・クレーテ....黄金の血....魔物狩りと研究者が連れてきたっていう」
「そう、人を象った黄金の魔物。女神にすることで安易に触れてはいけない存在だと知らしめた裏の人物こそリッテンの王子様さ。君もあっただろう? あの人も色々謎だよな。ハハ」
銀髪に、その場に自然とひれ伏したくなるほどのプレッシャー。すごく、若いリッテンの王太子殿下。ガデス・ハントに用事のあったという王子。ブルートに特になにも告げられずにたどりついた場所で拝謁した。あの時はとんでもなく緊張した。思い出したくないくらいに。
「あの、この大通りってどうやって渡るんですか?」
「うん? ああ、一定時間で流れを止めることになっているけど今は....施設から繋がっている地下道を通るか歩道橋まで行くかだな。こっちだ。歩道橋はちょっと遠回りになるけどヘリオスの気分転換を兼ねて、な」
全てが石で覆われた都市の建物の隙間を通り、階段を登り入り組んだ道を進んでいく。
「あの、ケゲンさん。水のない川のようなとこはなんですか?」
柵に身を乗り出し下を指差した。地面が石で舗装されていない幅のある通り道。
「あー、そこは汽車が通る予定だったんだ。金貨のせいで計画はいつの間にか頓挫して今もなお夢の乗り物さ」
「乗り物?」
「トロッコの凄いやつって思ってくれればいいよ。人やモノを長距離、一気に運ぶ夢の乗り物さ。しばらくこの線路に沿っていくから下を見続けてな。名残りがみれるぜ」
下から風がふき髪がなびいた。手すりに手を置くと言われた通りなぞるように歩いていく。柵の下は一定の幅を保ち変わらない。
「本来ならこの歩道橋の下は汽車が通っていはずだったんだ。黒い木炭の煙をあげ、俺達は今頃真っ黒になっていたかもな」
歩道橋の真ん中で立ち止まったケゲンは指をさした。2本の鉄の棒の下に横にわたった木が地面に埋まっている。それが何なのかヘリオスには分からなかったが枯れ草に埋もれ、もの悲しさを感じた。
「――っさ、もうすぐだ。そうだあのレールが終わっているところ右が酒場『夢の終わり』。そこも情報提供元だから覚えておいてくれ」
パチンと両手を叩いたケゲン。いつの間にか遠くにいて灰色の壁をペシペシと叩いていた。
「っで、ここがガデス教会だ。えっと、言い忘れていたんだがここの神官が厄介な人物で....多分、少年じゃないから平気だと思いたいけど分からないから気をつけてくれ!」
険しい表情で、揺さぶられる。何度も忠告され、最後の方には適当に相槌を打っていた。あまりのしつこさにあきれる。
――さすがに、子供じゃないんだから
「やあ、ようこそ。ガデス教会へ」
天井がはるか遠く、吹き抜けになった空間に俺は圧倒された。カラフルなガラスに精巧な石像、わけのわからない未知の空間に興味が尽きることはない。
――これが教会! あれが神様の姿!?
「どうも、定期報告を受け取りに....」
「彼....」
妙な視線をケゲンの隣に立つ人物から感じて足を止める。蛇のようなねちっこい陰鬱な視線に寒気がした。そういえば、挨拶をしていなかったことを思い出す。距離が大分遠いがお辞儀する。視線が外れたのをみて、再び探索に出た。
「この女神像だけ、目が金色....」
「黄金の女神、クレーテ様です」
突然、声を掛けられ振り向く。その姿に固まった。白いローブに身を包んだ人物。ケゲンの話す人物よりも質素なローブ。丸いキノコのような形の髪型。前髪が切り揃えられ、なにより奇妙だったのが性別がわからないことだった。声はどっちともにとれる。顔も、身長は女性にしては高い部類。
――さすがに、聞くのは失礼だよな....
「あの、教えてくれてありがとうございます」
「いえ、女神様たちの祝福がありますように」
穏やかな笑みを浮かべ、立ち去っていく神官。ケゲンの仕事も無事に終わったらしく何やら必死に手を振っている。急いでかけつけると、腕を引っ張られ足早に教会を後にした。
ふと、視線を感じ振り向くと笑みを浮かべた神官長がいるだけだった。なんだかもう二度と来たくないと思うのはなぜだろうか? それよりもケゲンはどこまでいこうとしているのか、教会からでて結構走った。
「――さん、ケゲンさんっ!!」
息が切れはじめ、のどの奥が熱い。繋がれた腕を必死に振った。ようやく足を止めた。
「うわっ、ヘリオスどうした!? 顔が真っ赤じゃないか。病み上がりだって聞いたのに」
「ケゲンさんこそ、どうしたんですかっ。突然教会で走り出して、声をかけても無反応だし」
俺のせいかと、その場にしゃがみこんだケゲンがポケットから小さな財布のようなものを取り出した。そこに手を突っ込むと、財布の中からありえない大きさの水袋が出てくる。言葉もなく固まっていると、隣の地面をポンポンと叩いた。しゃがむと水を手渡される。ケゲンは、暗い顔をすると語り始めた。
「あ、ハハハ....ちょっと嫌な思い出があの人にあってね....そうだな、ヘリオスには話しておくよ。あの人、神官というかあの教会の人達は中性でいないといけないんだ。信仰対象が女神様だからね」
ケゲンは途切れたレールを見つめながら、ブルート・ゴルドンにはじめてあった日の事を語り始めた。教会の人間として働いていたかもしれなかった彼にとって悪夢の日々と一緒に。
「当時、帝国では奴隷や人身売買が合法で市場も賑わっていた。帝王をはじめとして世間では若い女性以上に価値のある者達がいた。それは、今の君よりももっと幼い男の子。思春期を迎えるか迎えないかの狭間の少年達だ」
修正:旧6、7話のまとめ。順番の入れ替え、視点を主人公に固定、加筆 22.8.29