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 階段の終着は、地底王国でも下層の人々の住処。魔物が下から湧き上がることはしょっちゅうであちこちに死骸が転がっている。腐った匂いが充満し、和らげるために焚かれた香は人の体に良いものではない。幻覚作用のある香は、外の世界では高値で取引されるものだった。『奈落草』地底王国のみ育つその草はその名の通り、精神を蝕み、いずれは肉体までも蝕んでいく危険な草である。


「そういうことだ。なるべく吸うな。廃人になりたくなかったらな」


 俺はフードを深く被り、腕の中にいるセレスティアを抱えなおす。足音も立てずに静かに歩いていく。人の住む下層から中層への道は最下層の階段と真反対に存在する。香が焚かれ、人々が落ち着いている今を狙った。息を潜め、歩く。汚物まみれの水たまりに、血だまり、天井からぶら下がる肉塊。マントに隠された腕の中の小さな少女がぎゅっと胸に顔を埋める。支える手に力を込める。中層への階段がみえてくる。壁はなくむき出しの階段。ぐるりと大穴の外周に沿った階段。所々、欠けた場所もある。


「言っていなかったな。なぜここのやつらは上らないのか? 中毒で体力がないってのもあるが....」


 シルベスタインが全員に隠れるようにいう。建物に身を隠し、上へと向かう1人の住人に目を向ける。途中まで順調に歩いていく、が、突然どこからか矢が飛んでくる。足に刺さりながらも這って歩く住人。しかし、突然。壁から吹き飛ばされるように宙に投げ出される。そのまま落下し、不快な音がかすかに耳に届く。


「足の引っ張り合いだ。挑戦し、敗れ、死ぬ。上層でなにかやらかした人間は最下層に突き落とされ、ここで足踏みすることになる。いままで上層に戻れた者の話は、聞いたことないな」


「やばいね、あまりここにいるのも危険だろう?」


 奈落草の恐怖と、容赦のない階段での攻撃。魔物より厄介な問題にどうすればよいのか。望遠鏡を覗くシルベスタインは手招きで呼ばれる。受け取り、男が落とされた辺りを探る。小さな四角い窓のようなものがある。見入っていると、首が締り急いで、ティアを抱えなおした。


「内側にも階段があるはずということですか?」

「そうだろう、あの穴からなにかが飛び出すのがみえた。とりあえず、香が漂ってこない所まで避難しよう。どこかにまともな人間一人くらいはいるだろう」


 シルベスタインの言葉に全員が頷き、分かれて捜索することになった。俺はセレスティアを抱えたまま、探索に赴く。生きているか死んでいるかも分からない人々。一人でいたら暗く沈みそうなほど陰気な場所。あてもなく彷徨い歩く、光石はすべて壁に埋め込まれ、家の中までは届かない。溝の川にかけられた橋で足を止めたときどこからともなく人の歌声が聞こえてくる。


「ティア、聞こえる?」

「うん、人の声」


 橋を渡った先に、他の家より小高い場所にある家。ほとんど腐った梯子に足をかけた。

 ――バキッ....

 案の定壊れてしまった。地面を足で土を避け、その上にセレスティアを下ろす。


「ティア、俺が上に先に登るから。少しここで待っててくれるかい?」


 よじ登り、引き上げる。抱き上げたそのまま、家に近づいていく。女の歌声。家の周りにヘドロのようなものもなく綺麗だ。臭いも少しばかり薄い。慎重に近づきノックする。


「すみません、この場所についてお伺いしたいことがあるんですが」


 歌が止み、警戒されているのがわかる。しばらくすると、僅かに扉が開く。


「こんなところになんの用だ」

 しゃがれた女の人の声。安心させようとセレスティアを前に出す。が、仮面なんて被って逆効果だったかと後悔する。


「上層に戻らないといけなくて」

「ふぅん、その体格。よそ者だね。階段を使わないってことは見たんだろう?」

「え、ええ。ほかの方法を探しています」

 ぎぃぃぃと音を立て、扉が完全に開いた。自分の半分ほどの身長。しかし、肉付きのよい大人な女性の人間が立っていた。

「どうぞ、入りな」


 案内された土で作られた家。家具は石を削りだし作られているようだ。


「あの、仲間を全員呼んでもよろしいでしょうか」


 呆気にとられた顔を浮かべる女性。メリーと名乗った熟年の女性は、軽くため息をつくと構わないと承諾した。



 小さな土の家のリビング。ぎゅうぎゅうに膝をつき合わせた面々にメリーはどこか嬉しそうに眺めていた。

「こんなに、人が来るなんて珍しいね」

「ここは、素晴らしい位置にありますね」

「そうさ、私の家族が残してくれた安息の地だ」

 メリーは下層で生まれたらしい。64年間小高い、家から色んな事を見てきたのだとか。彼女によると、確かに内側の階段は存在するのだという。かつて、初めて下層にたどり着いた街の人々がここで2つに分裂したのだとか。競うようにそれぞれ上を目指したらしい。その名残が今も下層に残っているのだとか。


「噂だが、壁の階段は途中で止まっているらしい。居住地にもなっていて。固い岩を砕けなくてね。それで妨害に力を入れ始めたのさ」

「結局、あの階段を登るしかないのか....」

「同時で....」

「うん?」

「同時に攻略すればいいんじゃないのか? ポティが壁面を崩したように、最後だけ外の階段を使えばいい」

「なるほど、内側の攻撃を無力化、一人が外の連中を引きつける」

「ある程度上にいければ、矢も届かない距離になるそこから外の階段を使うってことだな」

「一人の方が、動きやすい」

「いや、外は2人いたほうがいいんじゃないか? 追いかけてきたらどうする」

「しかし、戦力的にシルベスタインとヘリオスだけだろう? 飛んでくる矢を避けれるのと、内側の階段を殴りこみにいける人物なんて」

 全員の視線が二人に注がれる。

「いや、ファビアンも戦えるだろ?」

「ちょっと、どこでばれたわけ??」

「その脚だ。この俺が褒めたぐらいだ。お前さんが適任じゃないか?」

「ふざけないで、レディがそんなことするわけないでしょ」

「注目されるのが好きだとおっしゃっていたじゃないですかぁ~、僕は応援してますよ」

「そういう注目は要らないの」


 視線が俺に集中して結局、そうなるのかとため息をついた。不安げなセレスティアの頭を撫でる。実は、心の中で攻略法を考えていた。情報が少なくてとにかく避けて走るとしかないけど少しワクワクしていた。俺なら余裕じゃないかと。魔物よりはマシだとも思ったが人の方が容赦なく、えぐいことに後で気付く。




 遥か上まで続く階段を見上げ、大きく息を吸って、吐く。腰に差した短剣を確認し、靴紐を限界まで締め上げる。目を瞑り、呼吸を整える。ドクン、ドクンと脈打つ心臓。胸に手をあて、その時を待つ。カタカタと地面が震え、どこからか怒号が飛び交う。バタバタと人の動く振動。シューという音と火薬の匂い。


 ――パーンッ....

 小さな花火が弾ける音を聞き、目を見開く。俺は足を思いっきり踏み込んだ。手を大きく振り、階段の一段目に足をのせる。2段飛ばしでテンポよくのぼっていく。下をみれば目をくらみそうな高さに来たとき、どこから嫌な気配を感じる。咄嗟に、しゃがめば頭があった場所に矢が刺さっていた。読める動きはいけないと、スピードを変えながら登っていく。足や、頭なの急所を完璧に狙ってくる矢。特に正確な矢は同じ場所からとんでくる。俺は気付いて笑った。

「おかしいと思った。女の人があんなところで、悠々自適に暮らすなんて」

 小高い丘にある家。そこの主の役割に気付いた。

「なぜ、存在を教えてくれるのかはわからないけどッ」

 矢に気をとられていて忘れていた。ちいさな穴から槍が突き出てくる。危機一髪避けるが、矢が足をかすめた。


「....ッ」


 短剣で槍を叩き折り、次の穴からは土のブロックがせりだしてくる。前に進めないでいると、矢が集中的に飛んでくる。一歩下がれば槍の危険がある。


 ――スピードじゃなくて、盾を持てばよかった


 後悔しても遅い、致命を狙って飛んでくるものだけ叩き落とし、矢を受ける。肩に突き刺さり、舌打ちをする。すぐに引き抜き捨てる。壁の攻略が苦戦しているのか、足止めを食らう。次の矢がつがえ終わっているであろう時までブロックが引っ込む気配がない。隙が出来るのを覚悟にブロックに飛び乗る。ひゅんッという音に素早く、転がるように降りる。ブーツの底に刺さり、ほっと息をつく。息を止めると、再び走り出した。ここまで飛んでくる矢の数が減ったのも束の間。階段の崩落した場所にでる。三段程度は難なくとび越えられるだろうと足に力を入れた瞬間、視界がぐらりと揺れた。簡単にとび越えられたはずの場所に挟まり、足は宙にぶら下がる。視界がかすみ、吐き気がし、両手に上手く力が入らない。唇を思いっきり噛み、何とか意識を保つ、血の味に震えながらもよじ登る。なんとか助かったが、息が荒く、呼吸が整わない。吐き気が収まらず、視界がぶれる。立ち上がっても上下の感覚が麻痺していた。壁に手を添えながらゆっくりと歩く、額からとめどなく冷汗が落ちる。矢はもう、飛んでくる気配はない。壁の穴さえ気をつけていれば、平気だ。


「うッ....」


 立っていられないくらいの頭痛が襲い掛かってくる。聴覚までもぼんやりと音がはっきりと聞こえなくなる。


「な、なんだ....?これは......」


 矢を受けた肩に触れる。べっとりと手につく血の匂いに混じった下層で散々嗅いだ不快な臭い。


「まさか、奈落草....?」


 酷く喉が乾き、立っているのがままならなくなる。それでも、すこしずつ、血だかゲロだか判らないものを吐きながら進んでいく。もう矢はとんでこない。そう、思い込んでいた。金色の光が視界に横切り、急に心臓を握り潰されたような強烈な痛みが襲う。下層に落ちていく金色の鳥。ジョーンとなずけた金色の鳩。俺は苦痛のなか奈落に落ちていく鳥になすすべもなくただ見ていた。捩るような痛みが引き、多少症状が和らぐ。震える足を叩き、再び立ち上がる。いつの間にか奈落草の臭いも、異臭も消えていく。壁の穴もなくなったことに気付かず進んでいく。



「――ご苦労様、ヘリオス....」

 シルベスタインの想像も出来ない、温かみの籠った声を最後に意識を手放した。




 金色の鳩が、突然顔面目掛けて飛んできた。太陽の光を浴びてきたのか、お日様のにおいがする。ふわふわの羽毛に顔を埋めていると突然、ジョーンが鳴き声をあげた。珍しいなと引きはがすと、首を傾けるジョーン。翼を羽ばたかせはじめ、手を離すと頭の上に飛び乗った。そしてどこか一点をしばらく見つめていたジョーンは太陽に向かって飛び立っていってしまった。頭に残るぬくもりが冷め、急に右肩が冷たくなっていく。目の前が急に暗くなってヘリオスはその場にしゃがんだ。



 肩の強烈な痛みに目を覚ます。飛び起きると、真っ暗だった。地面はざらざらとよく触りなれた地底王国の土。

「誰か....」

 ぼぅっと、ランプが灯り照らされた顔はビルードだった。ほっと胸を撫でおろす。

「ビルード..」

「ッシ....」

 声を潜めるようビルードが囁く。

「ここは、どこだ?」

「中層だ。下層よりはマシだが、よそ者には縁のない場所。未だ、地底国にとっては隠された場所なんだよ」

「一体、地底国ってなんだんだ?」

 違う気配がすぐそばにして、声を上げそうになる。賢者のドゥルだった。

「正直いうとね。その調査も兼ねていたんだよね」

 声を更に潜めたドゥル。

「昔から密告があってね? 奈落草をどうにかしてほしいって。でもさ、今って金貨で大忙しでしょ? そんなに調べたいなら自分で行けって言われちゃったの。丁度、言い訳があったじゃん? それで来てみたら地底国ツアーに案内されてもうお腹いっぱいなぐらい。はやく引きこもりたいよ」

「今、他の4人が調べにいってくれているんだ」

「4人? もう一人は??」

「足元にいるだろう?」

「ティア....」

「....本当、ご苦労様だよ。ありがとうな。ジョーンの事は残念だった」

「ジョーン....そうか、あの夢は」

 人の足音が聞こえ、戻ってきたようだ。

「ヘリオス、起きたか。早々、申し訳ないが....俺と一緒に中層の階段を探してほしい」

 重々しい口調のシルベスタイン。灯りのない、中層では探索が困難だという。鉛のような身体を起こし、両側を支えられる。足が何かにあたって手を伸ばすが何もない。腰のあたりに柵のようなものがあった。目を凝らし見えたのは、階下に蠢く魔物達だった。下層や最下層に続く大穴、埋め尽くす魔物。

「なぜ、こんなところに魔物が」

「ランプで照らせる場所には限りがある。下層の奴らが上がってこないのはこれもあるからかもしれんな」

「でも上層に、人が住んでいるんだ。必ず、どこかに....」

 身を乗り出し、上層へ続く穴を見上げる。細い糸のようなものが垂れ、魔物が一匹吊り上げられていく。魚を釣り上げるように....

「わざと....この魔物は、彼らにとっての魚だ。上から釣り上げるている」

「あぁ? この気色悪い芋虫を?? 肝心の上に行く方法は?」

「人が来た、エレベーターがすぐ近くに」

「ほう、今回は簡単にいきそうで何よりだ」




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