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「「不思議と無事だ。どうやら伝説は本当だったようだ。しかし、引きこもりどもは泳ぐこともできないのだな」」
ヘリオスは陸にいるシルベスタインが豆粒にみえるほど大きな泉に浮かんでいた。声が幾重にも響き今も余韻を残し響いている。隣でばたばたともがき苦しんでいる補佐官と、仮面だけ浮かんでいる賢者ドゥル。ティアは、仰向けに浮いていて、ポティは泳ぎを楽しんでいる。ビルードの姿がみえない、辺りを見渡していると、大きな水音と共に、水面に現れた。
「何していたんだ?」
「目覚めたか、そこの溺れかけている補佐官殿の足に藻? が絡まっていてとれないんだ」
ビルードに代わり、泉の中に潜る。洞窟内だというのに明るく、透き通った水は底まで見通せる。
――不思議だな....
かなり深い泉の底から一直線に、補佐官の足に絡まる藻のようなもの。細かい糸の塊は髪の毛にも見え、気味が悪い。一度、水面で呼吸を整えると、興味心から藻を伝って潜水する。目を凝らし、体温が急に冷めていく感覚に襲われる。水温のせいではない。能力の副作用。半分もいかないうちに息が苦しくなり急いで戻る。大きく息を吸い、再び潜ると剣で斬る。簡単に斬れた藻はひらひらとうねりながら底へと落ちていく。その光景に見入っていた時、背中に衝撃がはしった。反動で水を大量に飲み、急いで水面に上がる。
――ガハッ、ゲホ
鼻の奥が痛み、鼻水と涙が止まらない、荒い息を繰り返す。
「大丈夫か、ヘリオス!」
「いま、のは....?」
「わからん、女が降ってきた」
指の先にはうつ伏せのドレス姿の女が浮いていた。
「とりあえず、運ぼう」
先ほどの藻とそっくりの髪をつまむように持つと岸まで泳ぎ始めた。皆に引き渡すと、焚火のすぐ近くに座り込んだ。
「ヘリオス....折角の髪が、ほどけちゃった....」
「大丈夫、また乾いたら結びなおすよ」
「うん」
岸に目を向ければ、目の周りが真っ黒の幽霊のような女が引きずられていた。背中からひょっこり顔をだしたポティがからかう。
「あはは、打ち上げられてる!」
なんだが、ごねている様子の男4人。いつの間にか俺の膝に乗っていたポティがポンっと手を叩く。
「そっか! 人工呼吸だ!! チューだよ、チュー。教えに行ってこよう!」
るんるんと楽し気に突っ込んでいくポティ。みんな知っていて押し付け合っていたのだろう。ポティをみてほっと胸を撫でおろす姿。ポティが大きく息を吸い、間違った方法で息をふきこもうとした瞬間、甲高い悲鳴のような叫び声が洞窟に響いた。
「「アンタ達、あたしを殺す気ーー!?」」
起き上がった女は、ぎゃあぎゃあと騒いでいる。どこかで聞いたことのある特徴的な声。そしてあの胸の大きさはミケと同じ。前にもこんなことを思った気がする。
「誰だっけ?」
狸寝入りだと全員が知っていたのか、女を置いてこちらに向かってくる。あまりのやかましさにシルベスタインがキレる。
「「やかましいぞ! 敵の分際で、金貨をばら撒いて何をしたいんだ貴様は!!」」
木霊が完全に収まったころ。涙を目にいっぱい溜めた女が大声で泣き始めた。金切り声の泣き声に余計騒がしくなったと顔をしかめながらシッタが焚火の元へと戻ってきた。
「アイツは、魔物に違いない。殺してしまおう」
「嫌ですね~。賢者の前でそんなこと言わないでください~」
「だ、大丈夫でしょうか。あ、あの方は....」
「シッタ。あの女の人は酒場にいた人で間違いないですか?」
「はぁ、そうだ。不吉な金貨を投げつけてきた女さ。補佐官のすぐそばで囁き操っていた女でもある」
「犯人だったのか。どうして、落っこちたのか知らないけど....シッタは金貨を使って魔物をおびき寄せていたんじゃないですか?」
「相棒が死んだのが金貨のせいだ。それっきり、憎いものさ」
ポティが女をなだめようと必死だ。
「さてさて、これからどうします~、皆さん!」
ずぶ濡れで重たそうなローブをみてシッタが怒りを募らせている。
「脱げ、見苦しい」
「いや~ん。私、素肌をみせてはならないのです! 中立の賢者なので!!」
「嘘をつけ、他の賢者はそこまで着こんでいない」
「これが、本当の正装なんですよ?」
どんどん、空気の悪くなる。流れを変えるために俺は口を開いた。
「シッタ。ここがどこかわかりますか」
「推測だが、街が落とされたときの出発点だ。俺たちがいたのは、上層だ」
「今が最下層ってこと?」
「魔物が多いから、人は中層まで逃げたんだ。そこで力尽き、あきらめた」
「へぇ~。そんな逸話があったんですね! 賢者である僕も知りませんでした」
「引きこもりは知らねぇだろうさ」
「あなた、賢者が嫌いですね?」
「弱い奴が嫌いだ」
人が最下層にとどまらなかった理由があるはずだというシルベスタインの言葉にシッタを含めたいつもの4人で探索を始めた。かつての人たちが掘り進めたであろう階段をのぼっていく。所々、横穴がある。何かが通った後なのか、パラパラと土が落ち、脆そうで危険だ。道の端々に埋め込まれた光る石のおかげでランプ一つあれば十分な明るさ。しかし、先は曲線を描いているせいで見当もつかない。
「ここって、何世代もかけて上った、ていったよね」
「今の国王の話ではな」
「一日に二日で登り切れないとおもうんだけど」
「そのようだな。ここの横穴は他と違って頑丈だ。休憩に使っていたのだろう」
「ねえ、ねえ。ここの壁薄いよ! 掘ってみよう、掘ってみるね!!」
突然、ポティが壁を削りだした。止める間もなく、崩れた壁面の向こうに現れたのは、自分たちがいた泉だった。建物の3階くらいだろうか?
「意外と、進んでいるんじゃないー?」
「確かにな」
「魔物ってどこから出てくるんだろうー?」
「あれだろ? 岸の反対側には無数の穴があった」
シッタに望遠鏡を手渡された。確かに人がかがめば通れそうな穴が複数あいている。
「そこまで、みなかったな....」
「脆い横穴は魔物の仕業かもしれないな」
「どこも、危険」
「出来るだけ、急いで上がるのが賢明だろう」
結局、2チームに分かれて進むことになった。確かに、8人全員で進むのは多い。戦闘をこなせるだけの体力を残し、進む。だが、途中でシルベスタインがものすごいスピードで駆け上がってきた。
「「無理だ、あんな奴らと一緒にいられるか!!」」
という訴えのせいでメンバーの入れ替えが行われた。俺とセレスティア、謎の女と賢者。後衛にシッタ。ビルード、補佐官、ポティ。
「私は、ファビアンよ。よろしくねヘリオス、お嬢ちゃん」
「話しかけないで」
「あら、やだ」
「反抗期な? お嬢ちゃん、僕は賢者のドゥルだよ~」
「あんたもやだ」
「おや、おや」
シッタが嫌がる理由が分かる気がした。おしゃべりの止むことのない2人。特に内容のない会話なのでカットする。今度はティアが限界を迎えそうだ危惧した俺はファビアンに質問する。回りくどいのはめんどくさく直球で。
「貴女は何者ですか」
「ふふふ。謎のお姉さん♪」
「賢者様は何しに来たんですか?」
「うん、それはね。事件が再び起こったから自分たちの足で調べようって事になったんだよ。別件もあるけど。過去の大惨事を未然に防ごうって、各国も対応に忙しくて集まらないし....」
「謎のお姉さんは何しに来たんですか?」
「あら、怒っているの坊や?」
「会議を開ける状況じゃないんですね。賢者様方が動くなんて」
「相当な事件だよ、しかも纏められる、人が」
「うわーん、無視しないで~」
「話す気になりましたか」
「わぉ、その冷めた言い方。君、尋問官でも目指しているのかい? すべてを見通しそうな目も相まって物凄い迫力だよ。君をスカウトしちゃおうかな」
ドゥルに言われて、目を覆い隠す。能力を使うと、目に変化が起こるらしい。鋭く研ぎ澄まされた『鷹のようだ』とビルードは言った。能力は使えば使うほど、強くなるという。つい頼ってしまうが、気をつけないといけない。総じて人ではない者に近づくというから。
「賢者様。最近、儀式が解禁されたようですね」
「お、よく知っているね~。国に通達したばかりで広まっていないと思ったのに」
「能力で種族の特定は出来るものですか?」
「うーん、大体は? 興味があるなら、頑張って大陸に名を馳せる人物になるといい。九賢者の塔に入れるよ」
「時間かかりそうですね」
「もうッ、わかったわよ! 言えばいいんでしょ言えば。私は『金庫破り』の一人よ!! これで満足!? ヒィッ、その目を向けないで!!」
少なくとも嘘は言っていない。目的を話す気はないだろうけど。
「目的はなんです? クレデンテですか」
「違うわ。彼らは最近だんまりね。籠って何をしているのやら。金庫破りは雇われているの。依頼主はコレクター達よ。奴らは奪われた金貨を取り戻そうと躍起になっているの。特別な金貨っていうのが彼らの中ではあるらしくて腕利きを雇っている。混乱に乗じた火事場泥棒みたいなものよ」
「奪い合いをしているということですね。どこから雇われているかは言わないんですか?」
「黙秘」
「だ、そうですが。賢者様はご存じでしたか?」
「いいや、やっぱり。外にでてみるものだね。彼女が嘘を言っていなければだけど」
「言っていないわよ!! 酷いわ、みんなして私を嘘つき呼ばわり」
「オバサンうるさい」
「っま! なんてこと」
2人の言い争いがはじまってしまう。となりに気配を感じて横をみれば賢者が顔を覗き込んでいた。
「君、若いのに能力の覚醒者だよね」
「そうですね、偶然にです」
「そっか。『視る』って特に精神に負担がかかる能力。病み易い。他人の心だし。人が見えてはいけないものまで見える。溺れないように気をつけて」
「はい。一番は使わずにいるのがいいんですが」
「――そうもいかないわけがある。本当、嫌な時代だよね」
大きな横穴が現れ、足を止める。一定間隔に、魔物の皮が敷かれている。きっとここに寝泊りをしていたのだろう。一旦、ここで全員と合流することにした。一番最後にやってきたシルベスタインは血塗れだった。
「待たせたな。大量のモグラやら虫がでてきてな。ここの道を塞いできた。もしかしたら追ってくるかもしれないからこれからは気をつけろよ」
「怪我は....」
「あんな雑魚は相手じゃない。ただ数が厄介だ」
「はぁ。もう最悪。なんで私が薄暗い洞窟を永遠と歩き回らないといけないのよ」
「へましたからだろうが」
「....ファビアン」
「なによーヘリオスちゃん」
「貴女は王の補佐官の後ろにいましたよね?」
「ふんっ、そうよ。補佐官の周りは全部抜け落ちたの」
「では、金貨は無事なんですかね」
「うん? そうね、私がいなくなれば暗示はすぐに解けるわ。入力もまだ打ち途中って、おかしいわね。私は最初から『金庫を開けろ』と暗示したのに」
「煙はファビアンの仕掛けたもの。罠は補佐官の意思、ですか」
「そんな、私の暗示かからない奴はいないはずよ。アンタ達は今のところかかる様子ないけど。アイツめよくも私を!!」
――俺たち、暗示かけられてた?
一人で激怒するファビアン。ビルードが傍にやってくる。
「本物を豪語する『金庫破り』にしては随分と間抜けだが」
――本物??
「うーん。地底国が上だったってことかな」
ますます、分からなくなる謎の女ファビアン。ひと眠りし、明日に備え休息をとった。
光石によってほんのりと明るい横穴。薄い毛布を頭から被っていたヘリオス。忍び寄る黒い影。影はゆっくりと首をめがけて近づく手。影が触れる瞬間。身を素早く起こし、影にナイフを突きつける。こらえるような笑い声をあげた影は、手を上げた。
「降参だ、ヘリオス。ナイフを降ろせ」
「なんの冗談でしょう? シルベスタイン」
ギラギラと探ろうと見つめる鋭い眼光。シッタは手を下げると、ついてこいと言う。階段まで連れていかれ、耳を澄ませると大量の足音。
「魔物狩りのはじまりだぜ?」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべると、布を鼻まで引き上げた。強烈な匂いのする細長い布を手渡され、巻けと言う。まさか、寝起きで魔物狩りをやらされるとは思わなかった。
「なぜ、皆を起こさないんですか?」
「他は居たら邪魔だ」
「すぐ終わると思いますが?」
返事はなしに飛び出した、シッタを追う。狭い階段を埋め尽くす巨大アリの群れ。火炎瓶を投げ込み足を止めたアリに斬りかかるシッタ。処理しきれなかったアリを後ろで倒していく。
奴らは天井を自由に歩き回り、引きはがすのに投擲用のナイフを使うが足りそうにない。
落下してきたアリにとどめを刺しては回収を続ける。
たまに、自分から突っ込んでくる固体がいる。避け、素早く剣を振る。
一番厄介なのはすり抜け前からやってくるアリ。遠距離から酸を吐き出し、腕に食らう。
痛みを一時的に感じなくなる丸薬を噛み耐える。頭は刃がはじかれるほど固く胴体との間を狙って斬る。そのうち、恐れをなしたのか数が減り、最後の一匹を倒し、静かになった。荒い息を繰り返し、酸にまみれたシルベスタインが恍惚な笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。
「なあ、ヘリオス。魔物狩りってのは楽しいだろう?」
「その姿で言われると異常者のように不気味なので止めてください。酸塗れですがは平気ですか?」
「ふん、これぐらいなんともない」
ずるずると武器を引きずりながら階段を上がっていくシルベスタイン。
俺は上に戻る気がしなくてその場に座り込んだ。魔物の血が染み込んでいるのであろう布をほどき、死骸を見渡す。武器を手に取った時から、馴染むように扱えた。騎士だったかもしれない母親。体格のいい父親。こういう場所に違和感を覚えない自分が怖かった。この場所こそが自分の居場所なんではないかと思うのが嫌だった。目を瞑れば、狂ったように斧を振り回すシルベスタインの姿が思い浮かぶ。そのうち、あのようになるんではないか?
「違う、俺は金貨を追う者だ....タルマを助け出す......」
でも、やはりどこかで生存のわからない彼を本気で追う気のない自分がいる。寝っ転がり天井をぼうっと見上げる。目を覆い、暗闇に包まれる。ふっと、陽だまりの少女の顔が思い浮かぶ。小さな華奢な手が、頭を撫で、荒れた気が収まっていく。身をゆっくり起こすと、剣を杖の代わりに立ち上がると皆のもとに急いだ。




