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32、旅立ちの心得

 

 一夜で拾いつくしたのか早朝の街は静かだった。道端に転がっていたはずの死体も綺麗に痕跡すら片付けられている。となりで眠るビルは帰ってきて着替えもしなかったのだろう。かなりの臭いを放っている。同室の最後の1人アインはたった今戻ってきたようだ。

「あぁ、イアンがいるのかと思ったよ。あぁ、ごれじゃ眠れん」

「お疲れ様です、イアンさん」

「よく眠れるよ、気持ち悪いったらありゃしない。ヘリオス、団長が呼んでいた早く行きな」

「はい」

 外とは違い、騎士たちがせわしなく行きかう廊下。みれば、他国の者たちも入り混じっているようだ。すべての人が一様にくたびれた顔をしている。

「ヘリオス、こちらだ」

 変わらぬ姿のブルートが、皿を両手に呼んでいる。

「昨日は眠れたか?」

「はい、久しぶりのまともな寝床だったので」

「言うようになったな。さて、こっちに座れ。食いたくなくても腹に入れろ」

「こんな朝早くから、食堂開いていたのですか?」

「いや、手製だ。宿屋の主人は失踪した」

 衝撃な事実にどちらを追及するのか迷ってやめた。

「いただきます」

「昨日、お前たちから聞いた。ポティから直接聞ければよかったんだがな、一睡もしていないとセレスが教えてくれてな」

「....あんなことがあれば無理もないでしょう」

「その通りだ。それも自分が封印を解いたと思い込んでいるようだからな」

「違うのでしょうか?」

「黒いローブの男、自分でいけばいい話だろう? お前たちは無傷で出てきたんだからそう出来ない訳があった。必要だったのは、ポティか。沢山の傭兵たちに依頼したようだから誰でもよかったのかも知れない....塩気がない、好きに使え」

「あ、いえ。丁度いいです。ありがとうございます。それで、俺が呼ばれた理由はなんでしょうか」

「セレスとは何もなかっただろうね」

「何かとは? えっと、無事ですが」

 気まずい沈黙が降り、困惑する。

「ごほん、これからのことだ。忙しくなる」

「ええ」

「昔よりも、酷い」

「でも....」

「セレスティアの話をしよう。気になっているんじゃないか?」

「それは、はい。みんな口を閉ざします」

「知っているものは少ない。ただ単に出産と同時に妻をなくしたから気を使っている者がほとんどだ」

「俺が、聞いてもいいことなんですか」

「....ああ、お前しかいないだろう」

 団長はランプのようなものを取り出すと触れるように言った。

「会話を聞かれないようにするためだ」

 そうして、語りだした話は、本当に自分が聞いていいことなのか長い間悩むことになる。物語の始まりが未だ、未知であることが不気味でしょうがなかった。セレスティアとクレーテ、そしてブルートの出会いと終わりの物語。


「今でも、夢に見る。ガデス・クレーテは剣では死なない。自分を堕落した神であるといった。」


 ******


 皇帝の最後は知られてはいない。ブルートが侵入した際には既に事切れていたのだとか。連合軍は、熾烈な魔物との戦いの末、ようやく帝国へとたどり着いた。多数の犠牲を払い責任を追うべき人間が死んでいたことに絶望し動けなくなったものが沢山いたのだという。ブルートは動けるものを率いて地下の実験施設に突入する。クレーテの血を人の体に入れ、魔物を自由自在に操ろうという実験の最終段階まできていた。知性の得た魔物は凶悪で残ったのはたった3人だった。リッテンの騎士団長ブルート・ゴルドン。魔物狩りのシルベスタイン。帝国の騎士エリック・エルシュ。


 3人はそれぞれの敵と相対していた。エリックは皇帝の敵である、クレーテの代弁者。クレーテの守護者を自称する、クレデンテ教の始まりの人物。


 シルベスタインは面倒ごとはごめんだと研究者に斧を向ける。


 ブルートは、クレーテに剣を向ける。ただ微笑むだけだったという。穏やかに頬を染め、恋する乙女のような表情を浮かべる。しかし、開いた目には相対する憎悪や憤怒の感情が渦巻いているのに気付く。そもそも、ブルートはクレーテの処分を迷っていた。べつに殺す必要はなかったからだ。彼女の血が原因であって金貨同様、奥深くに隠してしまえばいいのだから。


 そんな動揺を見抜いたのか、クレーテは一瞬で距離を詰めると恋人のようにすり寄ってきたのだという。そして、甘く囁く。金貨の誘惑と同じような気配を感じた。蠱惑的な口を開くとクレーテは死を望むと言い切った。


『結局、私の愛する人は来なかった。でも、なんとなく似ているわ。懐かしい匂いがする。その剣で私を殺すの? 無理よ、私は死なないわ』


 剣を撫で、クレーテの白い肌に赤い直線が刻まれる。血は剣を伝い柄の手前で地面に落ちる。頬を包み視線を上げさせられる。

『戦いの最中でしょう? よそ見しちゃ駄目だわ。貴方だけに教えてあげる。私が死ぬ方法は私が子供を生むこと。神様は美しい私を死なせたくなかったのよ。私そっくりの美しい娘が生まれる、そうすれば、私の存在意義を失う。新しい魂が宿り、永遠に消える。容姿だけあればいいのだから中身は別でもいいの』

「なぜ、私にその話をする」

『....わからないの? 貴方がいいの。私を抱いて、子供を産めば私は死ぬ』

「根拠は?」

『そこの男が知っているわよ。私はただ愛する人と愛する子と永遠の時を過ごしたかっただけ。でも、その願いも叶わない。私を死なせたくないからとあの男に預け、恋人は私のもとを去った。永遠に、それも、それも違う女を抱いてから!』

 空気が豹変し、ぎりぎりと爪が肩に食い込む。

『だから、代わりに貴方が私を抱いてくれるでしょう? そうすれば金貨はもう増えることはない』

「金貨の力は消えないのか。それなら無意味だ。それに私には妻がいる」

『ええ、ええ。だから提案しているの』

 口を割けそうなほどに大きく開け笑うクレーテの目は狂気に染まっていた。その目に闇に突き落とされそうな恐怖。騎士となって久しぶりに恐怖した。人であれば即死するはずの心臓を突き刺す。食い込んだ爪をはがし、仰向けで倒れるクレーテ。代弁者の悲鳴が響き、エリックがとどめを刺す。

『ふふふ、残念。では、肉体を捨て憑りつきましょう? この長い間金貨を通して色々試していたの....貴方の娘は、私の娘であり、写し見よ....ふふ、ウフフフフ....』

 不気味な笑い声が、脳裏から消えない。その場で動けなくなっていると、いつの間にかクレーテの姿は消えていた。周りを見渡せば、研究者は縄で拘束され、代弁者は絶命している。エリックはシルベスタインによって取り押さえられていた。

「すまない、シルベスタイン」

「問題ない。お前のためにコイツ掴まえといたぜ。主を失い、復讐を遂げた犬っていうのは別人のように大人しくなるんだな。まるで抜け殻だよ」

 研究者の捕縛、クレーテの消滅、皇帝の死と帝国の解散。これをもって一旦、連合は解散し後始末だけが残った。


 しかし、クレーテの言葉通りまだ死んではいなかったのだ。妻の体を乗っ取った。それは娘が生まれてから気付いた。生まれてきたのは自分にも妻にも似ても似つかない金髪の女の子。生まれる前から、少しずつ病んでいき、生まれた瞬間、完全に狂い、一時間もしないでなくなった。


「つまり、セレスティアは自分の子供であるのかさえわからない。死ぬ前に伝えられない自分が今も赦せない。私たちの子であると信じたい自分もいる。いまだ、いまだに整理がつかないんだ。何十年経ったとしても....」


 ランプの明かりが消え、団長は顔を覆い俯いていた。今まで、みんなの反応に納得がいった。クレーテの娘でもある子供。セレスティアの不思議な力。動物を操るというのはクレーテと共通した能力思える。


「クレデンテや金貨との接触でなにか反応があるかと思って外界と完全に切り離していた。しかし、それが反対だと今回気付いた」


 団長は金貨を取り出した。金貨は虹色の光を放っていなかった。


「セレスには金貨の怨念を浄化できた。元はクレーテの想いだ、似た存在のセレスをクレーテと勘違いして想いが消えたんじゃないか、と推測に過ぎないがね」


「それは、彼女を旅に同行させるということですか?」


「そうしたい、だが私は少し有名すぎる。彼女も注目されるだろう、だから。関係ない自由な冒険者として金貨を集めて欲しいんだ。もちろん、浄化だけでもいい」

「そんな、いきなり....」

「少数の方が良いこともある....正直に言おう、今はだれが味方か、敵かわからない。後方情報部長ミケはクレデンテの教団員だ」

「ミケ、部長が....」

「首都には戻るな、そこはもう危険だ。蝶が舞い降りたらしい。結界も破壊され、連絡が取れない。城に戻れ、最終的な拠点はメルネスにするように。手続きも済ませた。連絡場所もそこだ」

「なんだか、今すぐいかないといけないような口調、ですね?」

 肩を掴まれ、目をまっすぐに射貫く。

「最後に、セレスティアはクレーテと性質がほぼ一緒なのだろう。純潔は必ず守れ、セレスはこの後片付けを完全に終わらせるカギだ。一時の情に流されないこと、今よりも美しく成長する。周りからも必ず守れ」

「なにを....本当に」

「誓えッ、今すぐ!!」

 声を荒げるブルート。必死な形相は冗談ではない。食堂は静まり返り、皆の視線にさらされる。俺は立ち上がると、まっすぐにブルートの目を見た。

「誓います。セレスティアを守り抜き、金貨のすべてを終わらせると」

 無言でただ見つめ合う。先に逸らしたのはブルートだった。椅子に座ると呟いた。

「何も、そこまで言っていない。私のように英雄になりたいなら別だが」

「せっかくなので目指します。貴方を越える英雄に。男の夢でしょう?」

「ハハ、本当に言うようになったな? リッテンではその年で酒は飲める。乾杯しよう。誓いの盃だ。ついでにアルコールの恐ろしさを知るといい」

「ケゲンの姿をみて十分学びました」

「人によって酔い方は様々だ、乾杯」

「乾杯」

 初めて口にした酒は、薬よりずっと飲みやすく、鼻と喉が焼けるような感覚がした。そして、団長が2人に増えて、天井と床が逆転した。

「っくっく。青二才が格好つけるからだ」

「床に頭をぶつけたことで気を取り戻しました。では、続きを始めましょう」

「ほう? といきたいところだが、若者をいじめる気はない。ビールでいこうじゃないか」

「なんでも、いいですよ」

 並々注がれたコップ手に2度目の乾杯を。2人の飲みっぷりに朝から食堂が大盛り上がりするのであった。

「あぁ、腹減った....ってかうるせぇ、朝から騒がしいな」

「公子。もう昼ですがねって団長! ヘリオス!!」

「ああ? 何やっているんだアイツらって....げぇぇ」

「もう! 早く進んでよ!! ヘリオス!?」

 3人に止められるまで勝負は白熱していたという。

「もう! なにやっているの、朝から飲むなんて」

「すみません、ティア」

 正座をし、少女に土下座するする青年は妹に怒られる兄、妻に怒られる夫にも見えなくもないかもしれない。


 ベットに寝っ転がりながら、ヘリオスは二日酔いに苦しんでいた。

「吐いたほうが楽になるんじゃないか?」

「出そうにない」

「じゃあ、我慢しろ」

 3人は、団長に言い渡された話について相談していたのだ。

「それにしても、便利な道具だよなぁ。私も見たことない超レア品」

「ぞうが....」

「ヘリオス死にそう!」

「嬉しそうだね、ティア....」

 たわいもない話をしていたその時、バーンッと大きく音を立てて扉が開いた。そこには両目をぱんぱんに腫らせたポティが立っていた。

「たのもー-う!! ってくさ! こんなとこに酒飲みがいるのっ最悪!」

 ぐさりと心に特大のやりが突き刺さるヘリオス。胸を押さえながら訪問客を歓迎する。

「やあ、ごめんね。ちょっと事情があって....もう大丈夫かい?」

「なんだ、ヘリオスだったのね! 大丈夫じゃないけどとりあえず平気よ。心配かけたわ」

「口調随分変わったな」

「父さんもいないし、ボスもいないし、元に戻したの。そうしたら、おしゃべりも不思議と収まったの」

「そう、その方が自然よ。前は苦しくて見ていられなかった」

「ううぅ、ありがとう! セレスティアー」

「それより、どうしてここにきたんだ」

「あなたたち冒険者になるんでしょう? だからボクもついていくことにしたんだ。鍵開けに、侵入、偵察はボクの得意分野だよ! 威力はないけど、前衛もできる」

「助かるよ....ポティ」

「おい、今のは許可したのか? おい、意識を戻せ馬鹿」

「ビルード....ヘリオスの眠りを妨げるの許さない」

「うわっ! やめろお嬢様」

「......お前たち、中々面白いな。隊長は誰だ?」

「ヘリオスに決まっているでしょ」

「セレスー、物知りなビルードにしたほうがいいんじゃない? リーダーってのは忙しいんだぜ?」

「そうなの!? それはダメ。じゃあ、ビルード」

「お嬢様こそ単純だろう」


 ビルは、扉をそっと閉めた。後ろで壁に寄りかかる団長。

「彼らは、もう大丈夫ですよ。十分、最強のリッテンの騎士が育て上げたんだ。それに何があっても平気な気がします。もうすでにいくつも乗り越えたんですから」

「そうだな。いつまでも上がいては成長しない、か」

「そうですよ、私たちは私たちのやるべきことをしましょう」

「そうだな。リッテンに戻る。これからは別行動だ。公子には手紙を書かせろ」

「はい。団長」

 ほんの少しだが、弟のように可愛がっていた奴の別れがものすごく悲しかった。

「団長、苗字。彼に貸したままでもいいですか?」

「構わない」

「セレスティア・ワーグになるかもしれませんよ」

「駄目だ」

「ははは、そうですね。いつか自分で手に入れるでしょう、最強の名を。私はそんな気がします」



最新話読んで下さりありがとうございます!! 次話より『冒険者』編になります。

しばらく、修正作業に入るため投稿に間が空くかと思います....


登場人物が増。差異を出すため、今後設定の変更があるかもしれません(一人称など)前書きにメモします....

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