30、街の底に眠るもの
前半過去編です。
視点と時間がかなり前後します。そのうち、まとめます....
時系列順
傭兵たち〈1〉→傭兵たち〈2〉→28話後半→リッテン騎士〈1〉傭兵たち〈3〉→30話前半→30話傭兵たち〈4〉→リッテン騎士〈2〉
――帝国歴686年 6月 6日
ぼたぼたと大粒の雨が染み込みやがて全身を濡らす、抱えきれない雨は靴にたまりそれでも溢れた水は地面へとこぼれ川へと流れていく。まるで私の代弁を天がしてくれている。私はそう思った。前を歩く自分より遥かに大きい男のローブを掴まえる。
「ここは、とても不思議ね。岩で出来た街だわ。地面がないの」
――そうだ、ここは首都だからな
「昨日、一緒に散策しようって言っていたわよね?」
――そうだ、いつかな
「ねえ、どこに行くの」
――......。
「お店もやっていないのね」
大きな屋根のお店で雨宿りをする。男は今にも破れそうな地図とにらみ合っている。その姿にも心が高鳴る。髪から水が滴り落る。あなたに一度でも触れたもの、その雫が落ちるたびにもったいないと指をくわえる。後ろからこっそり男に近づく抱きつこうとした瞬間振り返った。
――なにをしている
「なんでもないわ。場所はわかったの?」
――そうだな
男は不愛想に返事を返す。再び雨の中に足を踏み入れようとする男。いつからだろう?彼は変わってしまった。あの男に出会ってから?それとも私と契りをかわしたあの日から?秘密を打ち明けた日??
私にはわからない。悲しみが胸をチクチクとさして痛い。
「ねえ、疲れたわ。少し休みましょう」
振り返った男の顔にゾッとした。目を見開き、疑いに満ちた顔。掴んでいたローブの裾を離してしまった。
――お前が? 人とは違う存在が??
その時違う男から言われた言葉が頭の中で反芻する。
『まるで女神だ!!』『その力で世界を変えられる』『もっともっと大きな研究と素材と材料が必要だ』『私にとっての女神だよ』『どうなっている? 感覚や感情は人と同じものなのか?』『そのためには血が必要なんだ』『あの男と添い遂げたいんだろう?』『人として』
「いた....大丈夫......」
ばしゃばしゃと水を撥ねながら私を残し前へ進んでいく。撥ねた泥水は膝を濡らし、黒いローブに僅かなシミをつくる。戻ってきた男は私を乱暴に抱えた。逞しい首に手をまわしそっと噛みつく。きっと雨に気を取られてわかるまい。宿屋に戻った男が雨に濡れた衣服を剥ぎベットに投げ飛ばしたときどんなに扱いが雑でもどんなに歓喜したかわかるまい。しかし期待したことは起こらなかった。いつの間にか眠り、次に目覚めたのは私を睥睨しナイフを振り上げた愛おしい男の姿だった。
腕の痛みよりも遥かに男が私の元から去っていく胸の痛みが大きかった。どうして行ってしまうの? あなたは私を愛するといったでしょう? どこへ行くの、首都を散策しようと言っていたでしょう? だから、街を『そのまま』にしないといけない。私はあなたと約束した。私はあなたがいないと生きていけない。もどって、戻って、はやくきて・・・
「「素晴らしい!! そなたに褒美を......っ!?」」
気持ち悪い視線を感じ、麻袋を引き上げる。これはどういう状況なのだろう? 本当に私と一生過ごすための研究? どうして、あの男の持っている金貨から私の気配がするの?
その時すべての元凶に気付いた。私を外の世界に引っ張り出した男。貴様のせいで私の平和は壊れた。ああ、外に出なければよかった。そうすれば、そうすればこんな気色の悪い視線にさらされることはなかった。
でも結局はわたしがいけなかったのだろうか? あの秘密を打ち明けてしまった私の過ち。深く深く愛しているが故の重い重い私の秘密。きっと彼が私に対して情がなければ受け入れられた話に違いない。
「ああ、あぁ。愛おしい人。狂おしい、狂おしいほどあなたを私は愛している」
******
【視点:傭兵たち〈1〉】
ハリの街。いたずら好きの妖精たちを起源に持つ人間が多い。金貨への興味も一際強かった。しかし、それで何かをするわけではない。自分たちのテリトリーにあれば満足な不思議な町人。地中奥深く、この街に蓄えられた金貨は発行されたものの半分にものぼる。土地柄ゆえか、運がいいからかどこから拾ってきては地下に落とす。『♪金色、きらきら、井戸投げれば、たちまち叶う、願いの井戸。金色....』願掛けの一つで、特に帝国金貨は願いが叶いやすいという噂が町人達で広まった。
なぜか、他の土地までは噂が広まることはなかった。各国が必死に金貨の行方を探している。半分以上の金貨はどこに行ったのか? 決戦から10年経った今も、警戒が緩まないのには訳がある。『すべてを見通す目』『未来予知』ですら妖精たちの領域まで探ることはできなかった。
目では見えない場所では、心を。帝国の首都。仕事を失い怠惰に生きている傭兵たちの元に珍しく客が来ていた。真面目に働く気のない彼らがすることといえば、決まっている。
「命が惜しくなかったら、有り金置いて出てきな」
野盗になり下がった彼らに一切怯む様子のないローブの男。
「いいのですか? 仕事を引き受けてさえくれれば何倍もお支払いしますよ?」
その言葉に、傭兵たちが次々に身を起こし、男を取り囲んだ。代表であろう人一倍凶悪な顔の男が鉈を手に近づく。
「そこまでして、一体俺らに何を頼みたいのかな?」
「お宝探しです」
「おやおやおや、こう見えても専門は魔物だ」
「ええ、存じてます」
喉元に鉈を突きつけられても平然としている。男から異質な空気を感じていた。人ではない何か。知性のない魔物とも少し違う。傭兵は悩んでいた。一人一人の能力が特別高いわけではない自分たち。数を持って強大な魔物に立ち向かう。死のリスクは低い、しかし金がかかる。貴族も減り、首都を中心に活動していた自分たちには依頼もなくなっていった。魔物除けの効果も大きい。魔物狩りは、魔物を狩ることに生きがいを。見返りを求めない。金貨ハンター達は、金貨に関わる魔物を。国が関わっている事が多く、一定の報酬がある。それに個人の戦闘能力が高いものが多い。命を優先として依頼料の高い自分たちが消えるのは必然だった。
「落ちぶれ、傭兵たちに何ができる?」
「人が必要なのです。それに道のりが、少々、危険ですので、魔物と戦える方たちをと」
「首都周辺の依頼しか受けないんだが?」
「ふむ? それは困りました。場所はハリの街なのですが....」
「随分遠いな」
「前金で500シルバーでどうでしょう? 残りは金貨を参加人数分お渡しします」
「ほう? 9人全員参加するってぇと、九枚くれるのか」
「きりよく、10枚差し上げます」
「いつだ」
「今すぐに、です」
「準備の時間が必要だ」
「それでは3日後。そのために多く渡していることをお忘れなく。私は一足先にハリにいますので。できるだけ早く来てくださいね?」
「おい、まて。名前と、どこで」
「宿屋、『野端の妖精』で....そうですね、なまえ..アモルでいいでしょう」
めんどくさいですし、と呟くローブの男。
(めんどくさいってなんだ)
結局、傭兵は仕事を引き受けることにした。男が立ち去ると目くばせする。しかし、すぐに戻ってきた仲間は首を振った。
「ボス、だめでさぁ。周辺を見て回ったが消えちまった」
「残念だな、仕方ねえ。胡散臭い依頼だが、酒を絶って3日。タイミングの良すぎるが丁度いい。今日中に装備を整えろッ!」
「「おうッ!」」
久しぶりの依頼、それもお宝探しなんて言われちゃ、男心がくすぐられるってものだ。500シルバーなんて準備を整えても十分余る。最悪、依頼を断って逃げようと考えていた。なにせ命が大事だ。だがそうも言っていられない。あと一枚。『切りよく10枚差し上げます』おまえの分も、仕事をしてもぎ取ってやりたかった。ソファの下に隠された地下倉庫に降り、かつての装備を手に取る。手入れをしていなかったせいか、ベルトがちぎれていた。
「ッチ、使えねえな」
ふと、仲間の遺品に手を伸ばす。同じく手入れのしていないはずのそれには生々しい赤い染み。汚れている以外は使えそうだった。胸に奔る傷をなぞる。俺を2度も庇い、死んでいった最高の友。悲劇を忘れない為にも、傭兵は防具を抱えて1階に戻った。
。。。。。。
【視点:傭兵たち〈2〉】
久しぶりの遠出はあっけないぐらい平穏だった。魔物の戦闘もろくになく、自分たちが来る必要は感じられなかった。自分たちに仕事が来ないのも納得だ。街道を歩けば安全に目的地にたどり着く。凄腕の傭兵1人居れば事足りるのだから。金貨もほとんど回収されて、魔物除けが効かないやつもでてこない。生ぬるい平和な世界に思わずつぶやいた。
「金貨があれば少しは変わるのかね」
少なくとも、魔物の凶暴性は増すだろう。魔物除けが効かず依頼も増える。自分たちの職の心配もなくなる。
ローブの男は『願いの井戸』の底に金貨が眠っていると言った。
井戸を覗き込む、ランタンをかざしても底まで見えない。一番、小柄な者を呼びつけると、ランタンを持たせ縄をくくり付けた。勇敢な友とは似ても似つかない小男。きいきいと羽虫のような声にはうんざりする。
「ボス、落とさないでくださいね」
俺じゃない。やるのは部下の仕事である。金貨がこんなところにあるとは思えないが、どこか頭がいかれている町人達は本当だと言った。
『えぇ? もちろんだよ、金貨を見つけたら井戸に投げる。そうすれば願いをかなえてくれるのさぁ』
『願いはかなったのか?』
『僕たちは、この街にいられるだけで幸せぇ』
似たような問答しかしない気味の悪い住人。俺の様子を伺う部下。
「さっさと確認しろ」
逆さ吊りに、中の様子を探らせる。くぐもった声はよく聞こえない。
「一旦、引き上げよう。様子が変だ」
足を掴んでいた傭兵が声を上げた。引き上げようとして、引っ張られる。予想に反した動きに手を離してしまう。
「ボス!! ボス! 変です、おかしいです」
小男1人に2人の大男が引きずられる。先頭の男が足を井戸にぶつけ、ロープが止まる。傭兵は急いで淵の向こうにあった足を掴もうとするが空を切る。ロープを手繰り寄せようと掴むが切れていた。
「なんだ....これは」
傭兵から縄をぶんどると石をくくり付け井戸に投げ込んだ。
「ボス....?」
なめらかな断面。顔を見合わせた。切れたわけでも、ちぎれたわけでもない。落ちたはずなら何か音があってもおかしくない。傭兵は縄を垂らした、短くなって戻ってきたそれをただ、しばらく見つめた。そして宿屋『野端の妖精』へと急いだ。
。。。。。。
【視点:傭兵たち〈3〉】
傭兵は荒々しく扉を開け放つ。
「おい、アモル!! 仲間の一人が井戸に消えたぞ、どうなってやがる!」
一等部屋のベランダで一点を見つめたままの男に怒鳴りこんだ。
「まあまあ、皆さんご心配なく。計画は順調に進んでおります。井戸にお戻りください面白い光景が見れますよ?」
振り返った男が何かを指差す。ゆっくりとベランダへと近づく。
「何を言って....」
「ボス! 同業者らしきやつらが街に押しかけています!!」
外にいた連中が、流れ込んでくる。
「どういうことだ? ボス、そいつの言う通り井戸にいたほうがいいんじゃ」
「昔、見たことあるやつもいる」
「外は騒ぎだ、街の連中も浮足立っている」
がやがやと騒がしい中でも、はっきりと聞こえる男の声。まるで、頭の中に直接語りかけられているようで気味が悪い。
「彼らのいう通りです。急ぎなさい」
「クソっ」
******
【リッテン騎士団〈1〉】
「3人が居なくなった? お前たちはいったい何をしていたんだ」
宿での手続きを終わらせ、久しぶりにくつろげると思った矢先の報告だった。優秀な部下たちを付けていたというのになんという失態か。
「申し訳ありません」
「団長、4人も見張っていましたが忽然と消えたのです」
ふと、この街の伝承を思い出す。王太子殿下が急遽、ルートを変えるようにと命令された滞在先。田舎の中では大きな街。特に不穏な噂もなく安心しきっていた。だが、あの王太子がわざわざ変更したのだ、何もないはずはなかった。
「消えただと? 妖精の仕業とでも? ただの噂だろう」
焦りと苛立ちから、感情がにじみ出てしまう。団長として冷静でいなくてはいけない、だが、歳をとるほどに難しくなっていくのを感じていた。自分が受けた理不尽な態度も段々と分かってくるから嫌になる。
「そう思いたいのですが....」
ノックもせずに飛び込んできた部下に、眉間を押さえる。殿下の皮肉な言葉が頭に思い浮かぶ。
(入団テストに礼儀も追加するべきか)
別のことを考えて心をなんとか落ち着かせる。
「団長! おかしな事が起きています!!」
すっと、無表情に戻した顔を上げる。
「どうした、ビル」
「なぜか、街に魔物狩りや、コレクター達が集まっているのです!! とにかく沢山の人が押しかけています」
急いで、装備を整えると全員叩き起こし、外へと赴いた。
【リッテン騎士団〈2〉】
黄金の雨を見上げながら、空を羽ばたく存在の姿を捉えた。自分が確かに刺したはずの女神であり魔物でもある存在。妻の死の原因。
「いや、よく見れば違う」
うわごとのように呟き、人波を避けながら進んでいく。蝶は一瞬、建物の影に消えると天高く飛び立ってしまった。その時、空から何かが降ってきて手に取る。金色に光る硬貨。懐かしいリッテンの金貨。カツンッと足に何かが当たり、視線を落とす。拾い上げると帝国の金貨だった。
「ビル!! 帝国の金貨の回収を急げ! あの魔物が纏っている光は金貨だ!!」
「ッ!? 聞こえたな、回収を急げ!!」
「「っは!!」」
猛前と走り去っていく部下を見送り、蝶が舞い降りた場所へと急ぐ。人々が金貨に夢中になり、赤と金が入り混じる。たどり着いたのは『願いを叶える井戸』があった場所。円形の広場。凄惨な光景。壁に倒れ伏す、人。中心には、ヘリオスが一人立っていた。地面から何かを引っ張り出そうとしている。
「「ヘリオス!!」」




