29、何かの一歩を踏み出す
灰色の未だ炎が燻る森。分厚いブーツだというのに灼熱の地を素足で歩いているような熱が襲い掛かっていた。決して耐えられないほどではない。騎士というよりは狩人のようなビル。使えないコンパスをぶんぶんと振るが、意味のない行為だ。クシャッと葉を踏みしめる度に灰が舞い、煙が立ち上る。口が半開きだったヘリオスは黒い煙を吸い喉が痛み始めた。
「ゴホッ、それからは、パーティーの準備に大忙しだったんですよ。衣装を作るっていってルー、ビルードなんて結婚衣装なんで一日中解放されない日もありました」
「そこから先は私が見た通り、ということか」
ビルは、周囲を警戒しながら何度も頷いた。ヘリオスは小さな物音に足を止めた。
「ビル、何か物音がします」
「確かに」
その場にしゃがむ。遮蔽物がない場所だが、舞った灰が姿をくらます効果があった。地面に近づいた分、肌の表面にじりじりと熱を感じるのは仕方ない。
「ヘリオス、黒い煙を吸わないように気をつけろ。ハンカチを巻くといい。もしかしたら黒い霧やらと同じようなものかもしれない」
「――はい....」
黒い狼が近くを通り過ぎていく、目は白く濁り生気を感じない。
「アンデットでしょうか?」
「だったら、厄介だよなぁ....神官呼ばないと」
顔を歪めるビル。声音からどちらに対してかは分らないが嫌っている様子だ。その時、一匹の狼が近づいて来ていた。
「よし、ヘリオス。攻撃して確かめよう」
二手に分かれ、木の陰から様子をうかがう。すぐ真後ろに来た瞬間、うめき声が聞こえる。ビルが注意をひきつけている間に、後ろから突き刺した。一撃で失命したらしくピクリとも動かない。
「ビルさん、なにか。手ごたえのようなものを感じないのですが」
「うーむ、なんだろうなぁ。はじめから死にかけていたって感じか?」
「言い得て妙です! まさしくそんな感じです」
「変な言葉知っているなぁ。でも、そうかぁ....ヘリオス体調はどうだ?」
「喉が軽く痛む程度です」
「もうすこし、歩いて終わりにしよう」
ビルの後ろについていく。同じような光景が続き、方向感覚が麻痺していく。ビルはわかって、進んでいるのだろうか? その時、空から何かが飛んでくる。バサッとビルの腕に止まったのは大きな鳥。
「この先、なにかがあるらしい。行ってみよう」
ビルの指差したところには馬車の残骸や人の骸が転がっていた。
「焼けた跡がありますね? ほんの少しですが」
「あらかた、燃え尽きた後に戻ってきたみたいだな。装備から帝国軍の奴らだが....うん?待てよ??これごく最近のものだ」
「帝国軍ですか? でも、五年前に解散済みでは?」
「そうだ、野盗じゃなければ....活動しているわけが」
ビルは、慎重に衣服を剝ぎ取っていく。ネックレスを持ち上げた。
「クレデンテの証だな。中身は奴らか....」
「一体、なぜ? 騎士に成りすましているんです?」
「それが、分かんねぇな....んだこれは......」
「瓶ですね....?」
空き瓶。コルクを抜き一応鼻を近づけるが、やはりただの空き瓶のようだ。ネックレスを観察しているビルの周りに灰が舞っているのをみて思いついた。地面の表面の灰を集めて瓶に詰めていく。ついでに、灰の奥の土も詰める。財布ほどの魔法のバックを取り出すと、慎重にしまった。
「688年メルネスは一夜にして滅びたとされている。疑われたのは帝国だった。すぐに疑惑は解消された。近くで金貨を運んでいただけだって」
「ビルさん、彼らの死因って分かりますか?」
「人じゃないか? とても魔物の仕業じゃないし、死肉を漁った後もない」
野垂れ死んだだけのような骸。
「人が霧で死ぬということはありますか?」
「毒とかなら」
「例えばですか、火事は帝国軍が魔物に襲われた、あるいは注意を逸らすため。城の侵入者はグルである場合、霧の正体が毒だとして解除ができる神官。助けを求めてやってきた体を装った」
「おや....」
ペンダントを短剣で突いていたビル。手元を見れば真っ二つに割れていた。
「んんっ、メルネスの滅亡はやっぱり帝国の仕業っぽいな....奴ら、というか帝王はエレント大公に嫉妬していたから」
「それだけで、燃やしたり、殺したりしますかね?」
「火事は事故かも知れなし、魔物を追い払う為かも知れない。ヘリオスの言ったとおり、目を引き付ける為かも知れない。今のところ黒幕は皇帝が有力だろうが釈然としない。今じゃあ、手がかりを探すのすら困難だろうな」
「そうですよね....帝国がこんなことする理由がエレントとの婚姻があがったからってだけなんて理由としては薄いというか....」
「逆に帝国とエレントが仲悪くなって得する奴? そんなのいるかぁ?」
「はは、全く思い浮かびません」
「私だって思い浮かばないさ」
再び、足音が聞こえてしゃがむ。ボワっと舞った灰に身を隠す。先程と同じ狼だ。
「何だか、上の空ですね?」
「変だよなぁ、この灰にも何かあるかも知れないがメルネスとは関係ないだろうし」
「ええ、本当に。わからないことばかりです....」
ふと前方に周りと違うものがあった。炎に包まれたはずの巨木。灰色に変わっただけでその姿を保っている。不思議で指先で軽く触れると、木の葉が灰となってはらはらと降ってくる。その光景が、パーティーでの最後と重なって胸が締め付けられた。
「――後で、事情を聞いたんだよ。それを知っていたら泣き崩れていただろうな....」
「はい、俺も聞きました....ビルードが絵を描き始めたきっかけでもあったそうです」
「ヘリオス、そんな話を追加するなよぉ~。年取ってから妙に涙脆いんだ、グズっ」
「話に聞いただけで描けるようにって」
「だから、やめろってヘリオス、わざとだなっ」
「えへへ、ごめんなさい。どうしても、2人の会話を思い出してしまって....ビルさんの反応が変わりに俺の気持ちの代弁してくれている気がして」
「感情が、分からない、か....特に今回の件は複雑だ。悲しいとか嬉しいの中間のような。俺でもこの気持ちが何を指しているのかわからないんだ、そんな複雑な顔すんなよ」
「――はい。時々、偽物何じゃないかっていう気がします」
「平気さ、そんなことしょっちゅうさ」
ビルと肩を組みながら、野営地まで戻る。2人の目が腫れ、何事かと騒がれた。
「あの森に蜂なんかいたか?」
「いえ、いないはずですが....」
突然、2人に抱きしめられたビルードは森で呪われたんじゃないかと本気で心配した。
******
「「号ー令ー、点呼!!」」
「「ヘリオス・ワーグ!!!」」
「はい!!」
踵を揃え、あごは少々引き気味に、視線は前。手は指先までまっすぐ下におろし....これがリッテン騎士の点呼の姿勢。
「「声が小さいぞ!! ヘリオス・ワーグ!」」
「「はい! すみません!!」」
「外周10周!....ビル・ワーグもだ!」
「なぜ!?」
「連帯責任だ」
なぜ、こんなことになったのか。原因はビル・ワーグという騎士と仲良くなりすぎたことにあった。「今日から弟だ」という宣言がされ、一時的に「ワーグ姓」を名乗ることになった。騎士団に入る条件の1つが家名があるものだからだ。
リッテン騎士団は事件が解決しメルネスから引き揚げることになる。本来なら、全員リッテンに戻る予定だったが。途中二手に分かれ、帝都に戻ることになった。セレスティアをリッテンに連れていけないのが理由らしい。
その選択が再び事件に巻き込まれるきっかけになるとは誰も思いもしなかった。
「なんとか、終わりましたね....」
「おい、まだだぞ。これから素振りが待っている」
「「終わったなら駆け足で来い!! さっさと素振りはじめ!!」」
「「はい!!」」
「だろ?」
ガタゴトと幌馬車に揺られ、揺られ、背中が限界を迎えた頃ヘリオスは飛び起きた。ビルと同期だという騎士はハスキーな笑い声をあげた。
「はっはっは。揺れになれないか? 馬に乗れればこの時間もうんと短くなるんだがな」
「ロバとはまた勝手が違うので....」
「到着する前におぼえちまったほうがいい。聞けばお嬢様の王子様だか、騎士なんだって?」
「アインさん!? 誰から聞いたんですかっ」
「お嬢様だよ、今ヘリオスに接近禁止令出ているからな」
「姿を見ないと思ったら」
「団長も素っ気ないけど男親なんだねぇ」
からかう調子のアインに反撃する言葉もなく黙り込む。夜風にあたろうと、アインの隣に座る。落ちるなよという忠告に黙ってうなずく。
「しけた面してんなぁー、訓練のことか?」
「――。」
「気にしてもしょうがないぜ?」
「ビルさんにも申し訳ないです....」
「あぁ、それなら。一人だと危ないからさ、気を使ってくれてんのさ。ああ見えて、気にしているんだぜ?」
「――二人は元気ですか?」
「毎日、喧嘩が絶えないよ。殿下....子爵も同等の扱いにしろって言うけどねぇ。出来るわけないよ」
「それは、そうですね....一緒にいると忘れがちですけど」
「――ヘリオスの周りはおえらいさんばっかりだなぁ。たまには、俺達みたいのと過ごすといい。気晴らしになるぜ!」
「アインさんも、ただならぬ気配を感じますが」
「お、目が肥えたなぁ。でも、俺ぐらいだ。」
少し寂しそうな目で遠くを見つめるアイン。視線を前に向けたまま呟く。
「ヘリオスはセンスがいいんだ。今から始めても間に合うぐらいな。目もいい。大事だ。」
「――ありがとうございます....」
「はやく寝ろ、着いたら早々にテントづくりだぞ」
「はい、おやすみなさい」
「おう、良い夢見ろよ!」
風景が変わるだけで、同じことの繰り返しの日々は次第に慣れていく。珍しく、街での宿泊。一ヶ月ぶりに親友たちに再会した。
「なんか、少し顔つきが変わったなぁ。背、伸びた? 越しただろう?」
「――――!!」
「お嬢様だんまりだがどうしたんだ? って、倒れた....」
感極まったセレスティアが倒れた理由は、男だらけの騎士団では誰一人理由のわかるものが居なかった。いや、一人だけ感づいていた。
(......セレスが倒れた!? まさか)
「なんか、背中に視線を感じるんだけど?」
「気のせいだ、というか気にするな。後ろを絶対に振り返ってはいけない」
「――ティア? 大丈夫??」
「ヘリオス......」
「借りてきた猫みたいにまぁ。くっついて。平和で何よりだ。それより、すまなかったな。長い間逢いに行けなくて」
「仕方ないよ、毎日仕事に訓練があったし....時間も合わないし」
「その分、うれしさ倍増だな!」
メルネスから魔物を討伐しながら移動して一か月。辺りでは一番大きな都市。ハリ街。精霊の森がかつてあったとされ、街の至るところに逸話がある。
「やっぱり、絵を描いてたの?」
「もちろん、ビルも、団長も、ほとんど描いたよ。でもさ、絵の道具ばっかいれていたのを後悔したよ。魔法のバックにはまだ空きがあったのにさ」
「....そうだね」
「はやく、帰って完璧に仕上げたいでも....もう少し、旅を続けたい、とも思う。なんだろうな? 描き上げたらそれが最後になっちゃう気がしてしょうがないんだよ」
声が震えていた。俯き、フードを深く被ったビルード。
「3人での冒険も楽しいだろうね」
「だろ? 実はな、ひそかに練習したんだよ。弓矢。昔、やめたけどさ....護身術だけじゃなにも出来なかったから」
グッと腕を握られ、振り向けばセレスティアは今にも泣きそうな顔をしている。
「私、も....魔法、試した、少し、できる....」
張りつめ、いつ降ってもおかしくない灰色の空。街のシンボルである時計が鳴り響いた瞬間パラパラと降りだす。願いを口に出してはいけなかった。どこでなにが聞いているかわからないから。
「今の俺にできることは、少ない....少なすぎるな......」
雨音に潜む足音、フードのビルード、時計塔を眺めるヘリオス、俯き涙を溜めるセレスティアは気付かない。忍ぶ影。妖精とは必ずしも人に良い存在であったかといえば『違う』と言える。ほとんどは、その気まぐれさから迷惑を被ることの方が多い。人を攫い、彼らの世界に連れていかれれば一生出れない場所。
「それで? どうして薄暗い洞窟にいるのかな?」
人の手によって作られたであろう洞窟。一定間隔に設置された光石が周囲を照らす。どこかで水が滴り落ちる。妙に湿り気のある場所。3人まとめて縄でぐるぐる巻きにされているが、拘束する気がない緩さである。バックも無事。
「ルー、なんか変だ」
「とりあえず、縄をどうにか....しなくてもとれるな。お嬢様無事か?」
「......無事」
順番に縄から出る、辺りに人の気配はなく、道は2つ。
「攫われたのか? さて、どっちに行くかな?」
その時、片方の向こうから甲高い声が近づいてきた。




