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28、お化け城の日常

 

 歪んだ空間の行き先は古城だった。もう何年も放置されていたであろう廃城。更に詳しくいえば誰かの寝室であった。


「お、おい....ヘリオス? 不味いんじゃないのか、凄まじい冷気を感じるぞ。一体どんな辺境に飛ばされたんだ?? 真冬でもおかしくない」


 ガクガクと唇をふるわせるビルード。セレスティアにくっついて殴られている。そして自分に抱きついてきて何故か殴られていた。


「あー、ティア駄目だよ。何が起こるかわからないんだから」


「くっつきすぎ、ダメ」


 ぎゃあぎゃあと騒いでしまったからか、絶対に起こしてはいけない者の眠りを覚ましてしまった。のちに後悔することとなる出来事の始まりだった。


 大きな天蓋付きのベット、金で装飾された豪華な仕様。入口も目視で探せないほどに広い部屋。大きな肖像画。誰かは気付くべきだった。この部屋が、この城の主である人物の寝室であることを。


 視界の端に、ゆらりと黒い影が奔る。言い争う2人からヘリオスは視線を移す。天蓋の奥にうごめく影。視線が外せない。人影はゆっくりと起き上がる。僅かに動く、手で2人に知らせる。


「あれ....」


 ゴクリと、唾を飲み込む音が嫌に響く。風もないというのに揺らめくカーテン。カタカタと遠くで物音がして冷汗が背中に伝う。3人はピッタリくっつくと、影の行方を見守る。それしかできなかった。


 ベットから飛び出る足のようなシルエット。窓から注ぐ月光を浴びた瞬間、透明であるが確かに人だった。急な強風に目をつぶる。ゆっくり目を開けると綺麗な素足がそこにあった。ゆっくりと視線を上げていく。艶やかな太もも、きわどい線でやっと現れたワンピースの裾。くびれたウエスト、そして顔が見えないほどの大きなバス......


 頬の痛みに、べちっと、目を覆い隠されて戸惑う。小さくて体温の高い手はセレスティアであろうが、突然の行動に困惑する。真っ暗な視界の中、頭の中に声が響く。


『貴様らは、何者だ――。』

 怒気を孕んだ恐ろしい声音。声だけで身が凍りそうだった。

『ここが、王の寝所だと知っての狼藉か?』

 となりのビルードが身じろぎする。

「もしや、メルネスの女王陛下ではありませんか? 私はエレント公国、大公の息子ビルードと申します。異空間に閉じ込められ、ここに飛ばされました」

 僅かに緊張感が緩和する。

『その、赤髪。見覚えがあると思えば帝国の血か。その者たちは』

 鋭い視線を感じて身がすくむ。

「ヘリオスとセレスティア。私の親友です」

『ふむ......』

 手をそっと外した眼前に人の顔が間近にあった。

「うわっ!」

 失礼なと顔を歪めた、顔ですら美しいと思った。「これが魔性の女」と横で呟いていたが一体どういう意味なのか。至高の芸術品のような幽霊は、ゆったりとした足取りで窓際に立つと

『我の願いを叶えよ、さすればその罪。赦してやろう』

 あとで聞いた話だが、メルネス王国の貞操概念が強く、たとえ既婚者であろうと女人の寝室に立ち入ることは重罪なんだとか。女王であればなおさら、その場での極刑が当たり前らしい。美しすぎて男を惑わすと言われるメルネス国起源の血筋のせいと彼女らを守るための法であったのだろう。

「それで、女王陛下。我々にお願いすることとは?」

『この城から解放されること。我らは城にしばりつけられ、日常を繰り返している。変わらない平和で楽しい日常と一日の終わりに訪れる激しい苦しみをな』

 そういった、女王はローブを羽織ると、首に何かをかけた。それは虹色に光る....

「金貨....!?」

『む、これが何か知っているのか?』

 ビルードに袖を引っ張られ「メルネスが滅亡したのは金貨の存在が世界に広まる前の出来事だ」と素早く耳打ちされる。

「えっと、金貨です。魔物や人に憑りついて暴走させます!」

 女王は、金貨をまじまじと見つめる。自然と胸元に視線がいってしまうのはしょうがない。

『そうか、我らが死した時。やつらが持っていたものなのだが』

「詳しく、お聞きしても?」

『うむ、なんてことない日常だ。カラスが森の中から一斉に飛び立ち、炎が上がった。それに、気が逸れていた時、城中に霧が立ち込めた。黒い霧だ。死のように冷たく静かな黒い霧。音もなく広がり、我らの命を一瞬で奪い取っていった』

 シュッと首を刎ねるような動作をする女王。

『自分が死んだのに気付かないほどだ。眠りにつくよりも簡単だ。私は自分の死体を置き去りに城の中を彷徨った。何があったのか、皆は無事なのか確認するためだ』

 王冠を被り、王笏を手に持った。手招きをされ、女王について歩く。

『生存者は居なかったよ。私の国の者は除いてな』

 たどり着いたのは、謁見室だった。玉座の前に4人の遺体が何十もの槍に突き刺され死に絶えていた。いや、一人を除いて。

『不思議と念力は生前と変わらなく行使できてね、こいつらが犯人であろうと串刺しにしたのだ。霧は止まったが、最奥に居た王の元までやってきた「死」に誰一人として逃れられるわけがなかった。私は泣いたよ、一瞬ですべてを失った。灰色の視界の中で唯一色を持つ金貨が苛つかせた。もぎ取って、消し去ってやろうとした瞬間』

 女王は、玉座に座ると、金貨を掲げた。七色の光が部屋を照らす。光が収まると、幽霊たちが女王の前で跪いていた。

『この通りだ、皆が幽霊として戻ってきたのだ。私は城中を駆け回った。元の城に戻ったしかし、これはやってはいけないことだった』

 女王は力なく、手を振ると立ち去っていく騎士やメイドたち。

『彼らは眠りについていたのに私が起こしてしまった。私が寂しいという理由だけで縛り付けてしまったのだ。皆は私に謝って来るがな、その言葉を聞くたびに胸が痛いのだ。彼らを解放したい、そして最愛の娘の幸せを一度だけかなえてほしい』

 女王の後ろから現れた、影。金貨の光にあたり、徐々にその姿を現し始めた。若い女性。20歳には満たないであろう、咲き初めの可愛らしい女性。儚げに微笑む、女王にそっくりな整った顔立ち。ビルードが後ずさりしたのを怪訝に思う。女性は、小さな唇を開く。

『ビルード・エレント様....はじめまして、私の事をご存じでしょうか』

「ええ、忘れるはずもありませんグレイシー様....私の、婚約者、ですから......」

「「えッ!!」」

「2人ともそんな驚かなくても。そんなにおかしいかよ」

『うふふ、本当に、残念です。出てくるつもりはなかったのですが、少し気になってしまって。貴方が私の旦那様になる方だったのですね』

「あー姫君。私と結婚することにならなくてよかったですよ。ろくでもないのは自覚しておりますので」

『あら、今。お話しただけでもとても楽しいですわ。未だ、ご結婚されていないのは私のせいでしょうか?』

「まさか、そんなことないですよ。私が結婚に向いていないからです」

 なんだか、背筋の寒くなる会話に身を震わせる。こんなところで、死んだ婚約者との対面とはなにか縁を感じざる得ない。肝心のビルードはどういう面持ちなのか。

『と、いうことじゃ。要はこの金貨だと思っている。お主らは詳しいようだし、娘の願いを叶えたら終わりにしたいと思っている』


「たしかに、気にはなっておりました。貴女の肖像はどこへ行っても手に入らないし、描こうにも情報も全然....」

『私を想ってくれていたのですか?』

「あ、いや....お、送られてきたす、姿絵を。僕、いや私が見る前に燃やしてしまって。ずっと後悔を......直接逢えばいいなどと....」


 なにやら、会話が弾んでいる様子の2人。金貨の巻き起こした騒動がなければ今頃幸せに暮らしていたのだろうか? もう過ぎた話ではあるがこういう悔しさが、村を出てから沢山遭遇する。

『お似合いじゃろう? 高い、ぼったくり占術師を呼んでわざわざ頼んだのじゃよ。わが娘に最高の婿を用意したかった』

「えっと、ビルードさんが王配になるところだったのですか?」

『ああ、その才があるらしいぞ奴に言わせればな。もし占い師にあったらとんでもない目にあったと文句を言っておいてくれ。私が死んでも死に切れん理由はお前だと』

「はい、たしかに伝えときます」

 壁に寄りかかりながらぼそぼそといつものビルードらしからぬ姿に口がにやける。

「なんか、微笑ましいですね」

『私から言わせればお主らも気恥ずかしいぐらいだがな』

「??」

『さて、あの二人は置いといて我々だけで話をしよう』

 意思疎通でもできるのか、女王に手を振ったグレイシーはビルードの手を取ると部屋を出て行ってしまった。

『まず初めに、どれだけ串刺しにしても死に絶えない。うごめいているこやつを殺すこと。何者か探ること、そして最後にパーティーを行おうと思う。娘が一番夢見ていた、結婚披露パーティーをな......』


 ******


 女王が消え、静まり返った部屋でぐちゃぐちゃと気色の悪い音を立てる存在にゆっくり近づく。

「ヘリオス、これなあに?」

「多分、狂人だよ。金貨が呼び寄せる魔物に憑りつかれ魔物化した人間のことだよ」

 不思議そうに、眺めるセレスティアは何も知らないようだった。

 うつ伏せでバタついている狂人の頭を手で触れる。

 〈――グァッ!!〉

 突然、頭を振り手を引っ込める。

(噛みつかれるかと思った)

 バクバクと鳴る心臓を落ち着かせながら、わずかに残った髪を鷲掴みに持ち上げる。嫌な肉と金属が擦れる感触が伝わる。セレスティアに持たせるわけにもいかず、左手で剣を掴むと金色に輝く目に突き刺した。ブチュッっという何かが弾ける音、目をそっと開くとさらさらと灰のようなものになって落ちていった。

「――ふぅ......(話や授業の通りでよかった)」

「すごい!」

「えっと、それじゃあ。探らないと....」

 とりあえず、床に突き刺さった槍を引っこ抜いていく。女王の恨みは相当なもので一本ですら労力を要した。

「えっと、財布に....死体あさりしている気分だな。白骨化しているから楽ではあるんだけど。それにしても容赦ないなぁ....」

「ヘリオス、ヘリオス。この紋章はなあに?」

「なんだろう? どこかでみたような気もするし....ルーなら何か知っているかも。剣にはそれぞれ違う何かが刻まれている」

 一つは教会を象徴する模様が刺繍されたローブ。これだけはわかる。他には剣と、財布と、女性用の下着......

「この教会の人は、女の人だったんだね」

「ヘリオス、それはよこしなさい」

「あ、はい」

 セレスティアは奪い取ると窓に投げ捨てた。満足げに戻ってくる。

「結局、なにも分からずじまいだね?」

「ビルード呼ぶ?」

「なんか、申し訳ないから。女王様を....」

『呼んだか?』

 突然、目の前に現れた女王に驚く。衣装が変わっていた。

「えっと、服が変わってますね?」

『さっきのは寝間着だからな』

「そうですか、あの....これを確認してほしいのですが」

『ふむ、教会と傭兵2人に帝国の人間のようだな』

「これだけじゃ、よくわかりませんね。森も見たほうがよさそうです」

『そうか、しかし我らは城から離れられない。お前たちを信じてパーティーの後にでも明かしてくれ』

「いいんですか?」

『ああ、十分だ。本当は娘の笑う顔見れただけで十分だったのだよ』

「ヘリオス、ヘリオス」

 手招きをされ、窓を覗けば月明りに照らされ舞い踊るグレイシー。それを描くビルードの姿があった。ふと思い出して、魔法のバックから母親らしき肖像画を取り出す。

(結局、帝都で聞き込み全くできなかった)

 やり残した沢山の事を思い出し......お腹が鳴った。

『おや、人には食事が必要だったな。すっかり忘れていたよ』

 意外と豪快に笑う女王に食堂へ連れていかれる。久しぶりの仕事に燃える調理人の美食を堪能したのだった。

「ところで、食材は無事だったのか?」


 ビルードの言葉にヒヤリとして、フォークを持つ手を止めた。



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