26、幽霊城の掟
灰色の空、子供たちの歌が聞こえる。
楽しそうな声。
女王は大きな窓からほほえましく見守っていた。
愛犬のエドが足にすり寄る。幸せな、理想の一日。
それが突然、たった一枚の金貨によってすべてを失うとは誰も思わなかっただろう。
子供たちの声が消え、カラスたちが羽ばたく。空が赤く燃え、城に霧が立ち込める。
そして気付いたら空は黒に変わっていた。
灰色の視界。
透明な自分の姿。
下を向けば自分が横たわっていた。
******
リッテン騎士団はあらゆる機関、国が投げ出したとある亡国の調査に赴いていた。小国の自分たちに順番が回ってきたのは10年以上も経ってからだった。最近、金貨の事件が多発し、忙しいって時に押し付けてくるんだから嫌みにしか思えなかった。先日、魔物の大規模掃討が終わったとの知らせを受けたリッテンの騎士であるビル・ワーグは騎士団長に応援の要請をした。中々、返事が来ないとやきもきしていたが、まさかの団長直々に来てくれたのだ。
朝から、テンションがあがり、にやける顔をつねり、水桶を覗き、顔を確認する。
――よし、このまま真面目な顔の維持っと....
「団長、団長――。」
「....あぁ、ビル。どうした」
「起床時間ですので起こしに来ました。最近、夢見が悪いようですね?」
「....」
「うなされていましたよ、見ていられないぐらい」
ふっと、笑みを浮かべる団長。タオルを濡らし差し出した。
「悪夢は、人に話すと2度と見なくなるらしいですよ?」
「別に、悪夢ではない。娘がでてくる」
(十分、悪夢なんでは?)
私は口にださないだけでそう思った。恭しく、タオルを受け取ると。朝食の準備を始める。カチャカチャと食器の音を聞きながら、ぼうっとテントの外を眺める団長。
(絵になるなぁ....)
「今日の予定は何だったか?」
「サンドイッチとコーヒーです。予定の方は、城の見廻りですね。廃城だからって馬鹿な盗賊や冒険者が足を踏み入れるんですから」
「ゴーストどもの住処か。金貨があると言われているがいまだ見つからない」
「ええ、ですので。団長をお呼びした次第です。大規模掃討のあとで申し訳ないのですが」
「かまわない。それにしても他のハンターやコレクターでも歯が立たなかったのか」
「ええ、意志があるようなんです。上手く隠れて見つからない」
「被害は?」
「我々には今のところありません。精神的にとしか。あーひとり宝に目がくらんで重傷です。」
「城のものに手を出さなければいいのか」
「はい、そのとおりです。なんとか対話を試みましたが。城主以外は、意思の疎通ができず、下手するとどこかに連れ去られそうになります」
「....よく、いままで死傷者ゼロでいけたな」
「それが、金貨を持っていると思われる幽霊が助けるというと語弊があるかもしれませんが助かるんです」
「そうか、奇妙な幽霊もいるものだな」
報告を聞きながら、準備を終えると城へと向かう。
「しかも、最近。昼間でも物音がするというのです」
「それは本当にゴーストか?」
「ええ、姿がないというのです」
「ふむ、それなら。ゴーストがいないうちに確認したほうがいいのではないか?」
「そうですね!皆、最近は行きたがらなくなってしまって」
団長は大きくため息をついた。
「めずらしく、掃討の片付けを志願するものが多いとおもったら」
「申し訳ありませんっ」
「かまわない、心身ともに正常でないとな。話に聞くと教会のアイテムを持ち歩かない方がよさそうだな」
無色透明な液体が入った瓶を傾ける。それをポイッと投げ、思わずキャッチするビル。無駄に凝った装飾に、瓶だけでも売れそうだった。
(流石、教会。変なところに金を使っているな。おっと、私見ですよ....)
ビルは馬にくくり付けたバックに雑に突っ込む。
「それでは急ぎましょう。ぶっ続けは大変ですからね」
おどろおどろしい、城門を潜り抜ける。これより先は、馬がダメになってしまうと、ビルは降り、バックを背負った。
「更に、この先、門番たちが出迎えます。彼らは昼夜問わず居て、とても働き者ですね」
「城の中は変わらず、日常を送っているということか?」
「どう、なんでしょう?でも確かにそうかもしれません。連れていかれそうになった者がいた場所は....」
この国について書かれた本の内容を必死に思い出す。
「適齢期の過ぎたメイドたち、商人が襲われかけ大変だったとか....午後8時の演習場、戦いに飢えた騎士とか....噂話が好きな貴婦人。たしかに事故と照らし合わせると」
「共通点があると、その本は手元にないのか?」
「それが残念ながら、国にはあるかと」
「連絡をとり確認しよう。安全なルートの確保が出来そうだ」
「そうですね!! なんで気付かなかったんでしょう」
ピューーィと口笛を吹く。飛んできた鳥に手紙をくくり付ける。そうこうしているうちに扉が破壊され見るも無残な入口が見えてくる。
「着きました!正面の入口は常に開け放たれています、しかしそのまま入ると攻撃されます。ですので....」
すぅっと大きく息を吸い込むと、叫んだ。
「「我々はリッテン国より参りましたー!! 私と団長2名の入城の許可を頂きたい!」」
辺りが急に冷え、寒気がする。軽くしかめっ面の団長に入口の横と塔の上を見るように言う。ぼんやりと白い人影が2つ現れ、それが何かを指差した。
『――武器の持ち込みは許されない....』
『認められない....』
頭の中に直接、語りかけられるような不思議な感覚。
「おかしいな? いつもは剣を持っていても通してくれるのに」
「....そのバックだろう。聖水が入っている」
「おお、そうでした! では、その辺の茂みに隠すとして....おや、こんなところに、女性用の下着が? 団長、変な目で見ないでください! バックに入っていたものじゃないですから、これでどうでしょう!」
モヤは頷くと、姿を消した。
「ふむ、ここまで意思のあるゴーストも珍しいな? 存在感というべきか」
「そうですよね! やっぱり、なにかが違いますよね」
自分の思っていたことを言われうれしくなる。ゴーストと出会う機会は早々ないため共感してくれた人は誰一人いなかったのだ。
城の中は、朝だというのに薄暗い。影の濃い場所は真っ暗で何も見えないが、歩くのに困難というほどでもない。
「松明も嫌われます。どうやら、この城が滅ぶ前に近くで大火事があったようで」
「魔法の明かりはどうだ?」
「普段、そちらを使っています」
「さて」
あごに手をあて、悩むようなしぐさの団長。
「とりあえず、危険地帯をさけ、一周してみますか?」
「――ビル。なんだか、騒がしくないか? さっきから足音や物音....まるで」
耳を澄ませば、沢山の足音やガチャガチャと騒がしい。物音なんてすっかり慣れてしまって怖くもなんともないが。
「むむ、確かにそうですね。これは....建国祭を思い出します。人がバタバタと走り回り俺たち騎士は真面目に見張りしているだけだというのに無能扱い、メイドたちにお前らも突っ立ってないでなにか手伝えなどと....」
「この国にとっての記念日があるのか?」
「いいえ? 女王陛下のお誕生日も建国祭も今まで、なんの動きもありませんでした」
「ふむ、なにか異変が起こっているということか?」
その時、背中に巨大な何かがぶつかった気がした。後ろを振り向けば、姿の透けたメイドが大きなツボを抱え涙目で突っ立っていた。
「これは....」
『も、もうしわけありません!』
「あ、いや。構いませんよ。ところで今日はなにかあるんですかな?」
少し透けているとはいえ、人とそう変わらない。そもそも、すり抜けないなんて。
『そ、それは....』
『こら!! マリア! こんなとこでなに油売っているんだい!?』
『もうしわけ、ありませんメイド長』
『さっさと、お行き!!』
『はい、申し訳ございませんでした』
ぱたぱたと走り去っていくメイド、2m程度だろうか?影に溶け込み姿は見えなくなった。
「団長、今のみました?」
『騎士様方、こんな忙しいというのに随分と暇そうですな』
ずんずんと太めの夫人が近づいてくる。
(なんだ、この覚えのあるパターンは)
『丁度、人手が足りなかったんだ。他国の騎士だろうが手伝ってもらうよ!ちゃんとこなせばお前たちもパーティーに参加できるよう掛け合ってやろうじゃないか』
「だ、団長!!どうしましょう?」
「ふむ、丁度いいじゃないか。夫人、ぜひ手伝わせてくれ」
『それじゃあ、パーティー会場の道が岩でふさがれちまっているんだ。ここの騎士はへっぽこで未だ岩を取り除けていない。だから、あれだけ念力を鍛えろといったんだ。今じゃあ女の方が物を動かせるよ! 女王の手を煩わせたくない、さっさと行きな!』
メイド長の腕が体を貫通する、ぞくりと冷気が体中に広がる。
「はぁ、なんだか。一緒じゃないですか?」
「今まで、パーティー会場は入れずじまいだったのか?」
「ええ、勝手にやると怒られますから。それにしても今日はやけに霊たちの姿がくっきりしていますね? なんかありましたっけ?」
「降霊祭のようなものもないはずだがな」
「ですよね、団長これがその岩です」
魔法で作り出されたであろう岩石の壁。ツルツルの表面に剣ははじかれる。
「どうしましょう? いまからピッケルでも持ってきます??」
「これぐらい、燃やせると思うがな」
団長が手のひらをかざすと、ドロドロと溶け始めた。
「さすが、団長!!....うわっ」
高熱の溶岩が足元に流れてくる。咄嗟に横に跳ね、何かにぶつかった。しかし、何も見えない。背筋がスーッと冷えていく。前に向き直った瞬間、眼前の顔に悲鳴をあげた。
「「うわぁぁぁー-!!」」
『失礼な、騎士だ』
心臓がバクバクと早鐘を打つ。冷ややかに見下ろしてくる真っ黒なドレスの熟女。団長の足にしがみつく。
「部下が失礼した。メイド長殿に頼まれていたのだが」
『ああ、お客人なのにすまない。助かったよ。うちの騎士どもはツボすら持ち上げられなくてな。ついでにホールの掃除をお願いしてもいいだろうか?』
いつの間にか、箒やモップが空中に浮いていた。女が消えた瞬間、カランと音を立てて地面に落ちた。それを恐る恐る、手を伸ばす。
――カタっ
「ヒィッ!」
「はぁ、それは普通の掃除用具だ。呪いの類はないから安心しろ」
「団長、本当に掃除をするつもりですか?」
箒を手に会場に向かっていく、団長を目で追う。
「いままでの話を聞く限り、呪い殺されそうだがな」
「確かに、騎士に対してなんの恨みがあるんだというぐらい酷い扱いでしたけど」
「城を、人を、女王を誰一人守れなかったんだ。ああいう風になるだろう」
「まあ、確かにそうですね」
箒を片手に、埃たちは掃いても掃いても底が見えない。
「それにしても、突然パーティーなんてどうしたんですかね?」
「さあな、おいビル。後ろ....」
「はい?....ってうわ」
『いたたた....ってうわっ!人間!!』
背中に何かがぶつかり、振り返る。尻もちをついた騎士のような幽霊が怯えていた。
(なぜ、幽霊が怖がっているんだ)
『すいません、すいません、すいません! 騎士なんかが、お客様にぶつかってすみません、許してください。侍女長様!』
がたがたと震える幽霊、となりに来た団長がめったに見れない光景だと呟くのが聞こえる。
「あの、大丈夫ですか? ところで、お客様ってなんですかね」
『あれ! よくみたら、騎士じゃないですか!! お客様ではなかったのですね、良かったです。危うく昇天される所でした』
幽霊に手を差し出しかけて、引っ込めた。
『私も、お手伝いすることになりました! 一緒に頑張りましょう!!』
やる気に満ち溢れている様子の騎士。団長に視線を移す。
「どうしましょう、このまま作業続けていて平気なんですかね?」
「そうするしかあるまい」
どんな悪夢が待ち受けているのか、恐ろしくてしょうがなかった。しかし、どこか心に余裕があるのは『英雄』がとなりにいるからだろうか?
長いので27話に続きます....




