25、歴史を再び呼び起こす
『私は、死なない。普通の人のようにはな....聞きたいか?ブルート・ゴルドン。お前は世界の英雄に。私は安寧の眠りにつける。もう、疲れたのだよ。わかるだろう?』
そのためには、一人の犠牲が必要。
もし、選択を突きつけられたら....
激しい感情の渦巻く金色の目。とどめなく流れる涙と誘惑の言葉。
『あなたはとても、似ているの。だからどうしても....』
結局、自分が選んだのはなんだったのか。その場では1人の命を選んだつもりがそうではなかったようだ。いや、どこか心の中ではそう願っていたのかもしれない。
「もう、疲れた....」
そう漏らした先にいた女は一体誰だったのか?すべてを委ねろと優しく抱き締めてくれた女はいったい....。そもそも、この悲劇のはじまりはどこだったのか。いつから、世界が歪んだのだろうか?
「....う、団長、団長!!」
「....イアン?」
「やっとお目覚めですか、うなされていましたけど大丈夫ですか?」
赤いシミだらけの私服のイアンがすぐそばに立っていた。
「――ああ、問題ない。それより、どうした。戻ってきたのか?」
「そうですね、そうすることにしました。ご報告をと思いまして」
「そうか」
「はい、ゴドーが首都がまたきな臭いというので」
「そうか....やはり、終わっていないのだな」
「....ほじくり返している奴がいるんですよ。まったく迷惑なことに」
「イアン、お前は大丈夫か?」
「団長よりは平気ですよ。さっき、試し斬りしてきたのでばっちりです!」
ああ、だから血塗れ姿だったのか――。
「それは、なによりだ」
「今度こそ、完璧に終わらせましょう。そのために私は復帰を決めたので」
「無理はするなよ」
「ええ! 私の実力ご存じでしょう?」
「ああ、鈍っていなければ最強だ」
難しい顔をして首を捻るイアン。ふと、頭の中に娘の姿が浮かんだ。
「あの子も....よろしく頼む」
かつての光を取り戻そうともがくイアンの姿。私の時はあの日から動かない。
******
ヘリオスはドアノブに手を触れた。
扉を開けた瞬間、無数の手にひっぱられるように引きずり込まれ黒い扉はひとりでにしまった。
頭の後ろから聞こえる少女の悲鳴にも似た、自分の名を呼ぶ声。
ふわりと着地した先は、王の間のようだった。
顔をあげれば、玉座に座るケゲンの姿。
「ケゲン、無事だったのか! よかっ..」
一歩足を踏み出し、動く影の存在に足を止めた。
玉座の後ろからゆっくりと歩み出てくる人物。
光が差し、現れたのは、行方不明のはずの伯爵の姿だった。伯爵は恭しくケゲンにお辞儀をする。なにやら耳打ちし頷く。仰々しく手を広げる。
「やあ、ようこそいらっしゃいました。類真似なる『ただ人』よ」
すべてを見通すかのような視線、余裕を携えた笑み。
「どうして、あなたには催眠が聞かないのでしょう? ただ人という表現は間違っておりましたね? まるでその身に神聖な祝福を受けているようです」
それまでの表情を一転、目を細め、気に入らないと言わんばかりに睨みつける。
一瞬の気の迷いか、また元の狂気を孕んだ笑みに変わっていた。その時、ケゲンがカクッと僅かに動いた。
「お目覚めですか?陛下....」
――陛下??
「ああ、アモル。あの者はなんだ?」
感情の感じられない声、虚ろな目、ケゲンは本気でいっているのだろうか?
「勝手ながら、私が招き入れました。彼には、服従の意志が確認できないのです。どうすればいいでしょうか?」
「どうしても、欲しいのか?」
「はい、よい素材ですので」
「ふむ、では余興だ。丁度退屈していたのだ。弱らせよ、痛めつければ聞き分けもよくなろう」
「良い考えです。陛下のお心のままに」
パチンと指をはじく、伯爵。
音がして振り返れば、少女とビルード。さらにその後ろに会場の様子が浮かび上がっていた。ゴドーとイアン、ラリサの姿が見える。
『おい、ヘリオス!! どうなってやがるッびくともしないぞ』
『ゴドー、お嬢さんはどうした!?』
『柱が倒れたんだ、奥の部屋から避難すると....』
『クソっ、目を離すなんて....ヘリオスは』
「みな、陛下の民となる人物です。――おっと、外部からの攻撃がありますね? それでは失礼します、こちらを」
ケゲンの手に金貨を握らせた伯爵は、黒い靄になって消えた。
「ケゲン、一体これはどういうことだ!」
「貴様。偉大なるケーニッヒ・ゲルト・ドーミネンの前であるぞ!! 身の程をわきまえよ」
王笏を向け、苛立つケゲン。
「何を、言っているんだ。あの怪しい奴に騙されているぞ!」
「黙れ、皇帝の命令は絶対である――。」
ざわりと空気が変わる。全身に鳥肌が立つ。禍々しい、金貨と冷徹な視線。圧倒的な上位の存在、見上げながらその時を待つ。それだけしかできない。
――キーン
宙に放り投げられた、金貨は虹色の光を放ち落ちていく。地面を跳ね、金貨を中心に黒い靄が噴き出す。自分たちの間をふさぐように立ちはだかる魔物が現れた。
自分の5倍もあろうかという巨大なトカゲ。
「違う、これは....」
流石の俺でも知っている。竜、ドラゴン....
大口をあけ、自分目指して吐き出される炎。
「そんな....本当にドラゴンなんて」
さっきまで自分のいた場所が真っ赤に熱を放っている。神話のように溶けるほどではないが十分危険すぎる。ドラゴンはよけられたことに腹が立ったのか。大きな巨体を起こし、踏みつぶそうと迫ってくる。
「くっそッ」
早めに距離をとったつもりだったが、長い尾をすばやく打ち付けられる。
命からがら横に転がりこむ。
しかし、衝撃がいとも簡単に吹き飛ばし、壁に激突する。備え切れていない痛みに一瞬気を失いかけた。
「ゴホ、ゲホッ....くそ..あんなの何も」
再び、大口を開けたドラゴン。考える隙も無く横に全力で逃げ、体当たりとしっぽの連撃が繰り返される。ただ、直観だけで避け、剣でガードする。受けきれず吹き飛び容赦のないブレスが降り注ぐ。
――体力の限界
剣を握る手は、震え、体はボロボロ。あちこちが焼け焦げ悲鳴をあげる。
「もう、おしまいだ――。」
なにもできることなく、このまま死ぬ。ケゲンを失い、窓の向こうの2人もどうなるのかわからない。村にも帰ることなく、母の話を聞くことなく、死ぬのか。
帝都での生活になれ、新しいすべてに心奪われた、今の自分に力がないからと逃げていたのではないのか? 幼馴染の生死もわからない、きっともう死んでいるだろう? なら、せめて証拠を、どこか目的を探していた。死ぬとはどういうことだろう? 痛みとは?
肺が焼けつくようにいたい
息も吸えないほどはりつく喉、
腕は痺れ、足は必死にもがき動く、
手は命の綱である剣を握り離さない。
――まだ、あきらめていないのだろうか?
「まだ....動く。まだ、歩ける、まだ走れるッ」
ブレスを転がりよけ、すぐに立ち上がる。次の攻撃は..口を大きく開けた。
「!!?」
今しかなかった。あの竜の顎より先にもぐりこむ、ブレスを吐くときは体は無防備になる。
剣を握りこみ、突っ込んでいく。服が吸い込まれそうになびく、それよりもはやく、はやく走る、走る、ただ前だけを見据えて。
地面を大きく蹴り、滑り込む。
そこで少し安心してしまった。
後ろ足を動かした竜。回避が間に合わず右半身を大きく掠った。鋼鉄のようなうろこが物凄い威力とスビードで表面を撫でた。シュッという一瞬で表面が削り取られたのだ。
「ぐあぁぁー--ッ、ハッハ....ハハ、アハハ」
何故か、痛みを感じなかった。そして腹の底から可笑しくて笑った。
「あはは、アハハハ!!あはは....」
ブレスを吐き続けるドラゴン、自分が足元にいることにきっと気付いていないのだろう。
力の入らない右手から左に剣を持ち帰る。
(そうだ、このドラゴンの動きは少し可笑しかった。現れた場所から動こうとしていなかった。なにか理由があるとは思った。最初は狭いから飛びもしないのかと思った。そしてこの右足はピクリとも動かない)
ぼたぼたと流れる血が右目に流れる。魔物の血のほうが比べようもなく痛かった。片目を大きく開き、俺は大きく息を吸い込む。右手を添え柄を頭上まで持ち上げると思いっきり突き刺した。
〈ギャィアアアアアアアー--ッ!!!〉
つんざくような咆哮。びくとも動かない足。体重をかけ、捻り動かす。そして再び持ち上げると刺した。何度も何度も何度も、何度も。そして、カツンッと剣先に何かが触れた。
――キーン......
耳障りな、音。金貨がはじかれたあの音。大きく息を吸い込むと叫ぶ。
「「いけぇぇぇええええぇえー--!!」」
全体重をかけて、剣を押し込む、身を捩ったドラゴンの体があたる、じゃりっという嫌な音共に左肩が削がれる。足元は自分の血だまりができ視界がかすむ。
それでも、声を上げ剣を離さない。
(まだ、まだダメだ....意識を、しっかり......)
『ヘリオス....私の太陽。力を返そう....』
ぐらりと、心が真っ二つに割れた。氷のように冷めていく。そしてドラゴンの足元に視線を落とす。金貨の輝きが見えた。そして更に下、真っ黒な靄が渦巻く。
剣を素早く引き抜くと、横に差し込んだ。そしてひるんだ隙に刃の向きを変え斬り上げる。
足が簡単に裂けた、いや正確には霧のように消えていく。悲鳴もなく消えてく。
上に浮かび消えていくドラゴン。
耳の奥にサァァァ――という耳鳴りがなる。
地面に落ちた金貨を拾い上げた。
――パチ、パチ、パチ、パチ....
「「いや実に素晴らしい、余興だった」」
「陛下、お待たせしました。ここは危険ですので避難を....おや?」
黒い霧とともに戻ってきた伯爵は状況を見て驚いた様子。
「まさか、まさか、まさか。予想外でした。まあ、今回は陛下がお戻りになっただけでよしとしましょう。それでは、またお会いしましょう」
伯爵はケゲンの肩に触れ、一瞬で姿が消えた。背後の大きな爆発音など耳に入らないほどに呆然とした。
『だから、さっきやっても無理だったでしょう!?』
『わかりませんよ、お嬢様、ほら!!開いたッ!!ヘリオス、ってまてお嬢様』
「「ヘリオスー--!!」」
背後から聞こえてくる懐かしい声。暖かな陽だまりの香り。空虚な玉座を見上げた。そして手の中の金貨を握りしめた。掠れた声。
「おれは....また、何も出来なかった」
兄のように慕っていたケゲン。兄弟のように育ったタルマ。それに沢山の人々が狂人の手にかかり死んだ。地面にうずくまり、泣いた。声をあげて泣いた。
「っう、っう、うぁぁぁー....グズッ、うっ....」
バタバタと駆け寄ってくる足音。
「ヘリオス....ってなんてざまだよ! お嬢様、ポーション持たされていただろう? 今意識があるのが不思議なほどだ」
人の手が暖かった。天井から注ぐ光をぼんやりと見つめる。
まだ、眠るわけにはいかないのに、視界がぼやけ意識が遠のいていく。
「ヘリオス、ヘリオス!」
「大丈夫だ、とりあえず、命の危機はない。だが今動かすのは賢明ではないな」
焼けるように痛い痛みが優しい日差しになったころようやく意識を手放した。




