表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/39

2、帝王と金貨の物語

 

 大帝国の皇帝はある日、気づいた。


テーブルにいっぱい広がる金貨がどれも同じに見えること。他国の金貨に混じりわからないのが非常に腹に立った。


『どの国よりも輝く黄金の金貨を作れ』


皇帝は命令を出し、その方法を見つけたものには願いを一つ叶えることを約束した。


それから我こそはと皇帝の元へと集まった。しかしどれもが元の輝きを超えることは出来ない。


それでもなお、研究が続けられていたある日。


黒雲が空を覆い、稲妻が走り耳を塞ぎたくなるほどの雷鳴轟く、恐ろしい雨の日。


ずぶ濡れの2人組の人間が水をしたたせながら皇帝の前に金色のシミが滲む大きな麻袋を差し出してきた。


「皇帝陛下。これこそ金の輝きを増す最良の材料でございます」


 ローブの男が興奮した様子で声高に説明しはじめた。


もうひとりの魔物ハンターだという大男に何かを指示すると短剣を取り出し麻袋を切りつけた。


 天井へ向け勢いよく流れ出す黄金。



 麻袋をわけ出てきたのは金色の魔物。美しい黄金色の髪を持つ女人の姿をした何か。切りつけられた腕から留めなく流れるなにかであった。


男は、それを”血”だといった。


「この黄金の血をくぐらせるのです。このように」


 分厚い手袋をしたローブの男は尚も滴らせる血に金貨を押し当てる。雑に塗りたくると足早に窓辺へ駆け寄る。豪雨に流し、戻ってきた男の手には虹色に輝かんばかりの金貨が手にあった。


雷鳴を宿したかのような輝き。その美しさに外のことなど忘れて人々は見惚れていた。


 皇帝は歓喜した。頬を上気させ、今すぐにでも男たちに褒美を与えると言った。


 顔を歪めた魔物ハンターは、もうすでに報酬をもらったとその場を立ち去りローブの男は皇帝に願った。


「黄金の金貨の製造を、私めに一任して欲しい」とそして、かの不思議な生物の研究をさせてくれと。


 皇帝はすぐに、頷いた。魔物の怨嗟の籠もった忌まわしい目をサッサとどこかへやってしまいたかったからだ。


 皇帝は奇妙な存在のことを深くは聞かずに、彼のために地下の研究場を与えた。すぐに身の毛のよだつ美しくも醜い魔物のことなど頭から消し去り、箱いっぱいに詰められた虹色に輝く金貨に満足気に眺めるのであった。


――帝国歴686年 6月6日 雷雨 この日から悪夢は始まった。いや、あるいはもっと前から。それを知る者は今はもういない。




 ******




「でも、あれって。童話でしょう?」


 男は話し終えると、帽子を再び深く被り直した。そして分厚いコートの内ポケットから手のひらに収まる透明なケースに金貨を入れた。


「――違う、本当にあったことだ。知らないのか? “帝国の金貨は魔物をも魅了する。"有名な言葉だろう?」

「そ。その言葉は聞いたことありますけど、でもどういう意味ですか? それだけ美しいって言葉だと....」

「金貨を持てるのは大金持ちだけ、更に一番美しい金貨は諸国を魅了し、誰もが手に入れようと躍起になった。勿論、そのままも意味もあるが....」


 哀れみのこもった眼差しに少しムッとする。ケース越しだというのに輝きを失わない金貨が不思議でしょうがなかった。確かに童話の話の表現のように虹色に輝いている。まさか、本当にありえるのだろうか?


「金貨が、魔物を......」


――――ドォォォオー――ン....


 突然の地鳴りと轟音。煙が立ちのぼるその方向は街の北門がある場所。俺たちがここへ来るときに使った、主要な大門。男の顔を見上げれば、忌々しげに顔を顰めていた。


「ッチ、彼奴等。他にも何枚かばら撒きやがっていたな」


 立ち去ろうとしていた男のズボンを咄嗟に掴み、射殺されそうなほど恐ろしい視線を投げかけられる。引き止めたからには何かを言わなくてはいけないのだが思い浮かばなかった。

 そして咄嗟に口から飛び出したのは....


「金貨の代金、ちゃんと払ってください!!」


 フッと空気が緩み、男がおかしなやつを見るような目を向けられ、顔が熱くなる。

(仕方ないじゃん! これくらいしか思い浮かばなかったんだ。)


「――それなら、お前の相棒を縄で頑丈にくくり動けないようにしとけ。それから、北門に来るんだな。魔物をも魅了する、その意味が直にみられるだろうだろうさ」


 皮肉交じりの笑みを見送り、床にうずくまり、歯を剥き出しに荒い呼吸を繰り返すタルマに視線をうつす。縄を手に持つ、申し訳ないと思いながらもぐるぐると幾重にも巻きつけ柱に縛りつけた。


「ごめん。ごめんな、タルマ....」


 その間も、悲鳴と怒号が止むことなく聞こえてくる。たくさんの人々が北から押しのけやってくる。


「ママー!!」

「おい、魔物だ! 化け物だ、悪夢が戻ってきた」

「お父さん――!」

「ルアーナ!! 一体どこにいるルアーナ!」

「どけ! 俺が通るんだ、どけ!」


 誰もがおかしな俺の行動など目に入らぬようだった。沢山の人々が通り過ぎていく中で聞こえてくる情報。北門に大量の魔物が襲撃してきたという。おかしなやつが猛然と叫びながら一人走っていったかと思ったら大穴ができ、そこから出てきたのだと。


額の汗を拭う。やっと、縛り終えた頃には閑散としている大通り。その道を俺は走った。数刻前には4頭立ての立派な馬車達が往来していた大通りを。




 北門周辺は、人の気配がしない。家の窓ガラスは木が打ち付けられ、疑問に思った。


――こういうことが珍しくないんだろうか?


ふと、視界の端に違和感を覚える。足を止め、視線を落とす。


 綺麗に整備されていた石畳はひび割れている。その隙間に赤黒い液体が流れ自分の方へと伝ってきた。ブーツの先を染め、それが何なのか頭は完全に理解しないまま俺は走り出した。


 門の外の光景は彼の想像を遥かに越える悲惨なものだった。魔物の残骸があちこちに散らばり、よくよくみれば人のようなものある。


 凄惨な光景は、狩りの後始末で慣れていたと思っていた自負を容易く破壊し、何度も吐いた。


 血生臭い匂い、焼けた匂い。タルマのおかしな姿に凄惨な光景が順番に繰り返し頭に浮かんでは吐き続けた。もう、胃はからっぽだというのに吐き気が収まることはない。


 どこか物語で聞いた地獄のように恐ろしい場所に関わらず、平然と闊歩する“彼ら”は一体何者だというのか? 耳の奥底で退屈な日々を嘆く自分の声が何度も何度も反芻した。



 *****



 死骸を蹴飛ばし、踏み付け、彷徨う黒装束の彼ら。一体何を探しているというのだろう?


 喉が胃酸にやられヒリつき強烈な痛みとなって襲いかかってくる。城壁を伝いふらふらと前へと進む。次第に視界がぼやけはじめ意識が飛びかけた瞬間、水を頭からかぶった。


「よぉ、ボウズ。その気概、褒めてやるよ」


 帽子の男がケラケラと愉快そうに笑っていた。癪に障る笑い声を聞いているうちに不思議と吐き気が収まっていくのを感じていた。それと引き換えにポタポタと零れ落ちた水滴は服を濡らし不快感に苛まれる。


「――貴方の言葉通りにきました」


 手のひらを男に差し出すとまた笑いだした。


「いやはや、俺の感動を返してほしいねぇ。まさかただ金にがめついだけの少年だったとは」


 その言葉にムッとする。水袋を差し出され、奪い取るよう乱暴に受け取る。それを一気に飲み干した。未だひりつき奥底に酸味があるが大分マシになり、意識はっきりとしてくる。


「じゃー行くぞー。ここにもう用はない。さっ」


 男が急に言葉を切ったのを不審に思っていた次の瞬間、地面がぐらつき尻もちをついた。


「――いった....」


 《“グルルルッッ――。”》


 体を起こそうとして、止まった。


 低い唸り声、肩に滴り落ちる粘りのある液体。生温かい風が濡れた髪をなびかせた。


 本能が、全身が全力で警告していた。


 動いてはいけない。振り向いてはいけない。見てはいけない。その瞬間、自分は死ぬのだと。


 それにも関わらず首はゆっくりと後ろにまわる。


(あぁ、わかっていたのに....)


 巨大な闇がそこにあった。


 白く鋭い門が開き、飲み込もうとしているのだ。髪がざわざわと動き、全身に汗がふきだす。


 覚悟した瞬間、視界は真っ赤に染まった。


「グァァァー、ガッ、ハ。ヴヴゥ....」


 魔獣の断末魔と同時に自分の口から飛び出るつんざくような悲鳴。


 強烈で燃えるような痛みが両目を襲った。我慢ならない痛みに“原因”をえぐり出そうと頬に手をやる。一瞬の間を置き、力いっぱい引き下げた。


 焦点のあわない真っ赤に染まった視界。


 何が何でも痛みを取り出そうと躍起になり見つけた、赤い視界に迫る五本の影。


 指先がぬめりのある球体に触れた。


「やめな。現実をもう見たくねえってなら止めねえがよ」


 ケラケラと笑って調子のいい男の声が聞こえ手を退ける。沸々と怒りがこみ上げてきた。立ち上がり声のした方へ手をのばすが空をきるばかりだった。


「一体、俺に何をしたんだ!! 口封じか? 殺すならサッサと殺せ!」

「心外だな。目をパッチリ見開いていたお前が悪いんだぜ?無防備にまぁ、浴びちゃって。むしろ助けてやったんだ。お礼を言うべきだぜ」


 毒なのを知らないのかと小馬鹿にしたような声音に殴り飛ばしたい衝動に駆られ、手をのばすも空をきるだけであった。


「ヨォ! ガデスのハンターサンよ。収穫はあったのかな??」


 濁声の男が近くを通った気配を察する。帽子の男とは随分と親しげな様子で耳を澄ませる。


「いいや、全く」


 急に男の口調が固めになったを不審に思う。


「まぁ、ハンターは見つけても隠すだろうな。それにしても何だぁこのガキは。お前さんの部下にしては弱っちそうだし。もしかしてお薬? 残念ながら今日は持ち合わせてないんでな。哀れな哀れな一般人さん♪」

「シルベスタイン」

「あーはいはい。これは失礼しまし、た」


 街に着てからというもののこんなことばかりで胸の奥深くがキュッと痛む。みすぼらしい恰好だと、奴隷呼ばわり、あざ笑われ、さっきの男にもきっと蔑みの言葉を投げかけられた。拳を強く握り締める。


 そして、ふと思った。帽子の男の言葉に不快感が無いことに。腹は立つが不思議だった。


「一体、何だよ。意味わからないッ。アンタも! さっきのやつも、なんなんだよ!! タルマも一体なにが、なにが....起きたんだよ....」


 ポンっと肩に人の手がのせられた。


「金貨を追う者。ガデス・ハンター協会会長ブルート・ゴルドン、だ。詳しく知りたければお前の相棒、タルマだっけ? を連れて....」


 誰もが知る有名な英雄の名。俺が知るわけもなく。男が煙草を咥え、火がともった瞬間、気を失った。



*修正 22.8.27 若干の加筆、修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ