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18、悩みの思わぬ正体

 

 ゴドーは二人の空気が変化したことに気付いていた。正確には、大公城から帰ってきた後。城で何かがあったんではないかと気が気じゃなかった。


(あの城には、金貨の保管庫があった場所だ。他にもリッテンまでは運べない物もあるはずだし。まあ、危険なものは地上にないから平気だと思うが)


「ただ単純に喧嘩ならいいんだがな」


「おや。大将! ため息とは珍しい。大将も飲みなよ!!」

「残念だが休暇を取った分真面目に働かなくちゃならなくてね」


「そうか。残念だな〜。おーい、ぺべろぺちゃ~ん今日もカワイイー」


「あはは、まぁーた酔っ払ってる〜」


(ヘリオスって、多分未成年。だよなぁ? 二人を酒場に呼ぶわけにもいかないし。士気が下がるのは良くない。わだかまりがあるっていうなら拗らせないうちに解消しねえと)


「でも、そんな感じじゃないんだよなぁ。一方的に避けているっていうか」


「やっぱ、大将も飲みなよ~。奥さんと喧嘩したのか知れないけどー」


「お前は飲みすぎだ。俺が『隊長』に戻る前に水を飲むなりするんだな」

「ヒュっ、ヒック。ほ、程々にき、切り上げます」

「そうしろ。それに奥さんと喧嘩したのはお前さんのほうじゃろうが」


「ヒック。よくわかりましたね。た、隊長....」

「わかるさ、隊長だからな。(そうだ人の感情には非常に敏感さ)」

 ふらふらと危なっかしいかつての部下を見送り、店が終わっても頭を悩まされるのであった。


 ――カラン、コロン。


「申し訳無いが、もう店じまい――。」

「ミケよ~。駄目かしらん?」

「ようこそ、ご注文は?」

「大将やっさしーー。ってやだーイアンちゃ~んおっきできないの?」


「はぁ。お前さんまだそんな感じなのか?」


「ウ~ン。なにが??」

「こりゃ、部下が可哀想だ」

「ええ、みーんなかわいいわよぉ」

「そういうことじゃない。話は?」


 オレンジジュースをだす。見た目と違ってあまりお酒の強くないミケに早朝からアルコールを摂取させればなにが起こるかわからない。手当り次第部下たちに襲いかかるに違いない。


「やだぁ。オレンジだわ」

「さっさと本題に入れ」

「せっかちさん何だから。嫌われるわよ?」


 ゴドーは深くため息をついた。頭痛がしてこめかみを抑える。


「あはは。ごめんなさいねぇ。ちょっと。中々、言いにくい話でねぇ」


「はぁ? お前さんのことか??」


「まあ、そうとも言えるし。違うわね。貴方こそ最近悩んでない?」

「なんでだ」

「それが正しく本題だからよ」

「はぁ?ヘリオスとケゲンのことか??」

「ウ~ン。更に正確にはケゲンのこと」

「ケゲン??」


 確かに、ケゲンの方がヘリオスを避けている。それだけじゃなくて、他の人間とも一歩距離を置いている。


「これは、他言無言でお願いするわ。ここって防音結界張れるわよね?」

「あ、ああ。勿論。ちょっとまて。これで平気だが結界を張るまでのことか?」


 嫌な予感がした。魔法は貴重な力。よっぽどの緊急時以外は使われない。


「ケゲンはお兄さんと一緒に売られかけたところを団長が買った奴隷だって話は知っているわよね」


「ああ。あの狐のところだろう?」


「ええ。それじゃあ、最近お兄さんと全く連絡を取らなくなったっていうのは?そうね、公国から帰ってきてから」


「い、いや。そんなこと。なんにも聞いちゃいねぇ」

 ざわざわと怪我をした足が疼き始める。オレンジジュースをしきりに飲むミケ。普段の余裕のある態度は今はない。迷いと焦り。

「ミケ。それは、俺が『どうしても』聞かないといけないものか?」

 ミケは、間を開けてゆっくりとうなずいた。


「絶対。王太子殿下や団長が対応出来ない時、私だけで判断は難しい。それだけ大変な問題。許可はとってあるわ。だから後は伝えるだけ」


(一体、なにがあるっているんだ。ケゲンだろう?あの偉そうな坊主)


「まず。お兄さん。アーノルド・アギット卿の本当の家名はエルシュ。アーノルド・エルシュ。最後まで帝国に忠誠を誓った忠犬、そして剣であるエルシュ家の生き残り」


「――強いわけだ。しかも貴族だったのか。帝国の....待て。『まず』といったな。ケゲンは違うのか? まて、言うな。まさか、そんなはずはない、よな?」

「流石、エレントで活動していただけあるわね。エルシュ家の特徴をご存知で?」

「忘れるわけないじゃろうが。この足も他の2人も。ゴホン。エルシュ家は武芸に長けた一族。力を引き出す条件が忠誠対象の存在。代償は対象への永遠の絶対的服従」


「そう。どんなことであろうが身を挺し守る。そしてエルシュ家の幼き時期当主は儀式が済んでいると記録がある」


「忠誠を誓った相手以外は興味を持たない。そういえば、アーノルドとバディを組んでいるのは」


「大公家の長男。皇帝の血筋ね」

「つまり、アーノルドがケゲンを異常に大切にしているのは....」


「―――。」

「――――。」


「お兄さん、エルシュ卿は何よりもケゲンの安全を願っているわ。返事がないことを不安に思っているの」


「そもそも、ケゲンは知ったのか?自分が、正統な帝国の皇子だと」


「――その可能性はほぼ、ないわ。ケゲンが知ったのはアーノルドが自分の本当の兄ではないということだけ。大きなヒントになりかけた部屋はヘリオスが探したって言っていたから。大丈夫よ」


「しかし、そうなれば何が何でも自分の正体を調べるんじゃないか?エルシュ家の特徴を知れば答えは導き出されたも同然」


「そう、そうなのよ。だから、何がなんでも。今はまだ。悟られてはいけない。とにかく血のつながりがなくても兄弟には変わりないことを悟らせて欲しいの。なるべく、時間を稼ぎたいわ」


(時間?確かに衝撃的な話かもしれないが....)


「本当に、間一髪だったのか。危険なものは地下だが『一般人』に害のないものは普通に置いていたりするからな」

「あぁ、古代種の血を覚醒させる像とかね。ジャックのような悲劇が起きないようにしまわれたんだったわね」


「はぁ~~〜。なんてこったい。偉そうで生意気だと思っていたがよー! もしバレたらどうなる?」


「まず殺されそうよね。血筋を根絶やししようとする奴らもいるんだから。それとクレデンテは欲しがるでしょうね。皇帝とクレーテのシーンを再び再現しようとしているらしいし」


「んだ、それ。再現してどうするんだよ。」


「クレーテの復活?でも肝心の『邂逅』が揃わないからとかなんとか」

「カイコウ?」

「人とクレーテが出会うシーン。クレーテを引き留めるには選ばれた人間が必要で、それが研究者じゃなくて魔物狩りだっていうのよ」


「クレデンテの連中が?」


 椅子から立ち上がったミケはジャケットのフードをかぶる。両腕をまっすぐに伸ばすと手をあわせ、握った。そのまま、地面に座り込み祈るような姿勢をとると「そう」と微かに聞こえる程度の声でつぶやく。


 急にバッと左腕を横に伸ばすと早口でしゃべり始めた。その瞬間、ゴドーの中で嫌な思い出が甦る。唾を飛ばし目を血走らせ、死ぬ瞬間までクレーテの代弁者を名乗る男は語り続けた。


「『姿をくらました神に選ばれし人間、羨ましい。羨ましい。神の愛を!一身に受ける身でありながらその人間はクレーテ様を捨てた!!恨めしい。我々とクレーテ様とを繋いだだけのきっかけにであるがゆえにッ』」


 痛みを感じるほどの静寂が2人の間に流れる。


 ゴドーは顔を急いで取り繕いながらわざと気持ち高めに話しかける。いまだ、姿勢を変えないミケに鳥肌が立った。


「――迫真だな。ゾッとしたよ、一瞬、奴らが目の前にいたのかと思ったぐらい」


「どういたしまして。そういうことで、ケゲンの優先度は選ばれし人間の次だから大丈夫。それよりも、クレーテ様に選ばれた人間の情報があったらすぐにお願いね」


 帰ってきた返事は、いつも通りの調子。演技に長けているのを知っていても肝を冷やした。カウンターに潜ませていた剣の柄から手を離し、額の汗を拭った。


「ああ、そんな情報ちっとも聞かねえけどな」

「――本当に姿かたちも何故か記録にない。本当に本当に厄介」


「ミケ?」


 さっきからミケの姿がクレデンテの連中と重なってしょうがない。

「オホホ、じゃあよろしくね〜」

「ちょっと待てっ、ケゲンのことはどうす....」

 身軽に飛び出していったミケに、持ち上げた手を虚しく下げる。テーブルから椅子を引っ張り出すと肘をついて頭を抱えた。突っ伏しこのまま眠ってしまいたかった。


「はぁ~〜〜〜〜〜〜。とんでもねぇ、もん。抱えやがってッ。皇帝こそ悪の元凶って考える奴は多い。だが、きっかけ。きっかけに過ぎないんだよな。あくまで、何度かチャンスがあった。それに、ミケ。アイツもなにか....」



『クレーテ様に選ばれた人間の――。』



「ガデス・クレーテに『様』をつけるのは奴らしかいないんだぞ。ただの言い間違いならいいが、忠告だったとしたら?リッテンの国王が突然、違う主張はじめたのは?こりゃおちおち寝ていられねぇ。」


 水を一杯一気に飲み干すとダンッと荒々しくテーブルに置く。


「はぁ。そもそも俺は後方だし、いつまで戦場に立たせられるんだ――ここは今でも最前線ってか? もしくは、すでに背後に周られていた、か。おい、ねたふりしてねぇで起きろイアン。」


「あはは、おはようございます。隊長ー。私は何も聞いてませ。」

 店の出口に向かおうとしていたイアンの首根っこを掴んで椅子に座らせる。不満げな顔を隠そうともせず、ぶつぶつと文句を言う。

「思いっきり聞いてんじゃねえか。いつからだ」

「ミケさんに起こされたときですよ。酔いもすっかり覚めちゃって。どうしてくれるんですか」

 腕に何かを刺されたのか、同じジェスチャーを繰り返すイアン。

「起こされた、のか?」

「ええ、パッチリと」

「わざとか?」

「だと、思いますね。いや〜知りませんでしたどうするんです?彼女、すごく曖昧な立ち位置になりましたね」


 ひどく他人事のように言いのけるイアンの顔を睨みつける。自分の顔を見ても怯えないのはうれしいが少しは反応を示してほしいものである。


「完全に裏切ったわけではなさそうだが....きわめて向こう側だろうな」

「じゃあ。私は帰ります。で」


「――と、いくと思っているのか?」


「思っていませんよ。協会に入れって言うんですか?」

 ずるずるとおとなしく引きずられるイアン。本気で嫌なら俺程度いつでも逃げられるはずだがそうしないのは少なからず興味はあるのだろう。


「当たり前だろうが、ケゲンの護衛をやれ。流石に俺一人じゃ無理だ。あと、ヘリオスってのに剣術教えてやってくれや」


「えぇ〜。ヤダー折角の休暇ー」


「十分休んだろう?そう言わずに、イアン」

「はぁ。団長の右腕である私が、敵の息子のお守りなんて....」

「複雑なのはわかるがな」

「私はまだ、マシなほうさ。失うものがない。ところでこの件を知っているのは団長たちか?」

 今までの複雑そうな顔を一転、目を輝かせる。

(昔っから、本当に他人に興味ないよな。奴を唯一動かせるのは)

「ああ、団長から詳しく聞いてみたらどうだ?」

「そうだな、そうしよう。団長と俺だけの秘密の共有!」

(なんで、団長の周りは変態のような奴しかいないんだ。そりゃ、戦場では頼もしい俺たちにとっては戦神だったけどよ。あれか、王太子に毒されているのか)


「――いや、俺もミケも知っているけどな。聞いちゃいねえ」


「♪団長からの~お願い~。だんちょーからの~....」


 くるくると周り、自分が飲み過ぎでつぶれていたのを忘れていたのか床にぶちまける。ひとしきり吐くと、店のどこからとりだしたのか剣を手に、舞をはじめだした。


(あぁ~。そうだ、コイツのいかれ具合こんなだったな。あいつらに悪影響しかなさそうだ。どうする、今からでも....むしろいいのか?いや情のない人間に育ちそうか。下手すれば、)

「ところでゴドー。この剣っていったい誰のだ? 騎士団で支給されてたやつっぽいけど」


 口の周りのゲロを袖口で拭いながら剣を手に近づいてくるイアン。妙に眼力があって子供なら泣き出してしまうような迫力がある。


「まったく、ゲロをそこら中につけてとんでもなく臭いぞ」


「これぐらい臭いうちに入らない。ところでこれはいったい誰の」

「オリヴァーのだ」

「う?狂人になっちゃった??」

「その、オリヴァーであっているよ」

「....じゃあ。亡骸の残らざるとも国のために最後まで戦い抜いた勇敢なる騎士。君の遺志が無駄にならぬよう私が引き継ごう。ということで、オリヴァー君を起こして悪いけどこの剣は私がもらうよ」

「勝手だな。せめて、オリヴァーの友人には許可をとってくれよ。たまに酒場に来るからな」



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