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17、公国城の人々

 エレントの城で働く御者は今日もうんざりしていた。額の汗をしきりに拭い苦労の絶えない執事。彼から今日もお坊ちゃんを連れて帰るよう厳命されていた。正確には領主の父親である大公殿下からの命令である。


「旦那様も放って置けばいいのに。20も後半の息子ですよ?自分で生活できる程度には稼いでいらっしゃるらしいじゃないですか」


「そういうお前も飽きずに同じことばかり言っているな」

 厩舎番がふてくされる同僚にコップを手渡した。鼻を突き抜けるような匂いが漂う。

「これなしじゃ、やっていられないな」


 もしゃもしゃと今日の相棒である馬たちに髪の毛を弄ばれながら、御者は飽きずに文句を続けていた。べっちょりと唾液を滴らせる同僚。そのままで行くつもりなのか重い腰をあげ御者台に登ろうとしていた。流石に大公家の御者としても人としても色々おかしい姿に厩舎番が引き止める。


「おいおい、ちょっと待て。その姿で向かうつもりか?」

「俺はお坊ちゃんに言われたんだ。『お前はいつも代り映えしない。特徴もあまりない。せめて描きたくなるような格好して来い』と」

「すげー、気にしているじゃないか。そんな胸を抑えて苦しそうに語らないでくれ」

「それじゃあどうすれば?俺にはもうこれしかない」

「早まるな、20後半とはいえお前だけに反抗期なのかもしれないぞ。そのうち、よく懐いていた頃の坊ちゃんに戻るって(大公家に関するものが嫌だからつっけんどんな態度のはず(多分)」

 手綱を握りシクシクと泣き始めた同僚に一度大きくため息をついた。

「執事に大公殿下に報いたいってのと坊ちゃんの好きにさせたいと挟まれているんだな。そんなに深刻にとらえるな。今日こそ帰ってきてくれるさ。そうだ、真っ赤なテカテカシャツを手に入れたがそれをきていけ」

「ありがとう、友よ....頭洗って、そのシャツで行ってくる!!」

(舞台衣装のギラギラとよだれとだとどっちが品位を落とさずにいられるか。どっちだろうな)

 厩舎番は長らくこの決断を後悔することになる。


 晴れやかな顔で旅立った同僚は一か月ぶりにまともな仕事をして帰ってきた。それもお友達を連れてきたらしく親のように喜んでいた。

(20歳後半云々いっていたの誰だよ。まったく。でも、友達かぁ)

 その日以降、舞台衣装のおかげだと勘違いした同僚の服は日に日に派手さを増していった。ついにはかぶりものまでつけはじめ、馬にもつけようとして全力で阻止した。

(大公家のそういうとこが坊ちゃん嫌いなんでは!?)

 まだ文句を言っていた時のほうが平和だったと、馬に髪を弄ばれながら思った。


 それからさらに月日が流れ、街では有名な御者になった。そしてますますお坊ちゃんには嫌われた。


『このあいだ、絵をかいて頂いたんだ!! 題名は何だっけな古代語でファ、ファーなんとか俺うれしすぎてすぐに伝えたくてさ。今度、仕上げてあげるからって』


(それは、よかったな。お友達がいらした時だけ乗ってくれるっていっていたっけ。ビルード様の嫌そうな顔、面白かったなー。アイツ全然気づいてないんだもん)


『おい、ジグ。幼馴染だろ?ベンの奇行止めろよ!!家の前で騒いで滅茶苦茶恥ずかしいんだぞ』


(久しぶりに坊ちゃんに話しかけられてうれしいって思っちゃう俺も大公家の人間なんだろうな。そのとき薄ら笑い浮かべちゃったかな?気を付けたんだけど。ひゅって言っていたな)

「ジーーーグ!! 見てくれッ。どうだッ。ビルード様喜んでくれるだろうか」

(声もでかくなって騒がしくなった気がする。衣装の影響か)

 御者に対してビルードが心を開くのにまだまだ時間がかかるのであった。....他ならぬ自身のふるまいのせいで。



 ******


 三人の青年の間に重苦しい沈黙がおちていた。特にどんよりとキャンバスを抱える1人の様子を2人はうかがっていた。

「馬車酔いか」「体調悪くなったとか?」


「君たち....」


 背に黒いオーラを感じてビクッと肩をふるわせた。

「ど、どうされましたか....?」

 手をこまねいて、ケゲンの珍しいゴマすりモードにヘリオスも調子をあわせる。さすが、大公の息子なだけあって威圧感がすさまじい。


「ルーさん、な、なにか不都合がありましたでしょうかっ(合ってる??)」


 ゴマすりの手を急いで付け足す。


「....」

「「........」」


 バッと振り返ったビルード。わなわなと腕をふるわせると深刻な面持ちで口を開いた。


「いいか君たち。」

「「――ゴクリ」」

「ここの奴らはおかしい」

「「――――こくこくっ」」

「この城で見聞きしたことは他言無用だ。」

「「――――――はいっ」」


 いったい、どんな恐ろしい場所だというのか。大公殿下はとてもいい人そうだというのに。2人が疑問に思っていると耳が張り裂けそうな大声がどこからともなく聞こえてきた。


「「「ビルードおぼっちゃまのおかえりだーー!!」」」


 ぐわんぐわんと焦点がぶれる。しかし、真の恐怖はこれからだった。


「「っ!?」」


 ドドドドッという地響きが聞こえ後ろを振り向いた2人は方向転換すると反射的に走った。


「っちょ、まて! なんだあのメイドの集団は!?」

「駄目だ!! ケゲン反対からも違う集団が迫ってっっ」


 ビルードがいないのに気づいて振り返る、ただ俯いて表情はみえない。


 哀愁漂う立ち姿。


 まるで戦場の最後の一人。死を覚悟した戦士のようだった。



「俺たちはなにを....自分の命欲しさに先輩を見捨てるなど」


「なんてことを(なんか、すごい罪悪感に苛まれてる)」


 ビルードの元へ急いで戻る2人。


 そのとき、ビルードはズボンのポケットからなにかを取り出しのど元へと持っていく。



「まさか、自決しようというのか!? だめだ、まだッ」


「(ケゲンいつもと違う)」

「「「ピーー--------ッ!!」」」


 2度目の爆音に耳をふさぐ。それでも、頭がずきずきと痛む。


「今のはルーさんの笛??」


 足音がやんだのに気づいてあたりを見渡す。

 ひざまずく、通路を埋める沢山の使用人たち。


「紹介する。私の友人。ケゲン・アギットとヘリオスだ」


「「おかえりなさいませビルード様!! ようこそいらっしゃいませ。ケゲン様、ヘリオス様」」


 息ぴったりの挨拶の迫力に尻込みするケゲンとヘリオス。


「私の部屋に参る。今のように騒ぐのは絶対にやめろっ! そしてついてくるなよ!!」


 ビシッ、ビシッと何人かの使用人を指さしたビルードはまだ言い足りない表情を浮かべながらもさっとひらいた道を先導する。


「こっちだ、ケゲン、ヘリオス」

「あー先輩のいった意味が今わかりましたよ」

「本当にすまない。ここの奴らはおかしいんだよ。色々、表現というかすべてが過剰。チューブからだしただけの絵具。水分の飛んだペンキに煮過ぎたスープ。サマンサのつくるケーキ。とにっかく濃い、しつこい」


 肩を上下させ息荒く文句をいうビルード。ヘリオスは後ろをちらりと確認する。


(背中にすさまじい視線を感じるとおもったらすごいついてきている。隠れながらだけどっ)


 ビルードの行きたがらない理由を身をもって体験した2人だった。


「特に、一か月ぶりだから余計過剰になっている。婿に行ったわけでもないのに本当に毎度毎度。うちに女の子がいなくてよかったよ。一生、嫁に行けなかっだろうね。絶対、新郎ひとり一発ずつ殴られる」


「あの、お兄さんに対してもあんな感じなんですか」


「変わらないよ。兄は黙々と受け入れているけど。もみくちゃにされても平然としているし本当信じられない」


「ははは、本当にすごい迫力でした」


「今思えば、ベンはまだましな部類だった。着いたよ。ここが俺の部屋だ。その隣が絵の保管室。向かいが集めた自画像がある。」


「「わお。」」


 そのすさまじい埋蔵数に気圧されながらも手分けし、さっそくとりかかった。


 ヘリオスのあてられた部屋は、図書室のように棚がずらりと並んでいた。仕舞われているのが本ではなく絵画。一枚ずつ丁寧に取り出しては確認していく。大きい作品は壁にかけられている。

「すごいなぁ、今のところみんなどこかの王族の方々だ。縁がないと思ったけど俺会っているんだよね。地図も勉強しとけばよかった。名前も全然からないし....ドーミネンって最後の皇帝陛下?」


  ところどころ焼け焦げたあとのある肖像画。この人が金貨を生み出すきっかけになった人。災厄の始まり。こんなところに伯爵の肖像画があるわけもなく、立ち去ろうとしたとき、奥の部屋の存在にきづいた。


 額縁のようなデザイン、上手く馴染み見逃すところだった。よくよく見れば、ドアノブもあるし近くによれば見まごう事なき扉。ひんやりと冷たいドアノブに触れ、寒気が全身に奔る。息をひそめゆっくりとドアノブをまわす。最後までひねりきり、鍵のかかっていないことを確認する。


 一息おくと、扉を押す。


 ぶわりと埃が舞う。げほげほと咳き込む。視界が完全に晴れた先にあったのは小さな窓から日の差し込む小部屋だった。一歩、足を踏み入れた瞬間に埃が舞い上がり、床に足跡を残す。ヘリオスは不思議だった。


「こんなに手入れのされていない部屋なのにどうして、ここの石像や絵画は埃がかぶっていないんだろう?」


 細長い、元は衣装室だと思われる場所に女性の絵画と人の背ほどの石像がずらりと並んでいた。この部屋のものは他の絵画達とは違い視線を感じなかった。優しい表情を湛えるものが多いからと思ったがそうではない。唯一気配のある石像の前で立ち止まる。他がかすむほどの存在感を放っているからだと気づく。


 手を広げ、慈しみに溢れた顔。今まで、このような光景を見たことがあっただろうか? きっと、優しく抱きとめてくれるに違いない。


 ヘリオスは石像に導かれるように手を伸ばしていく。


 両手は女神像の首の横を通り円を形どっていく、母親の首に抱きつくようにゆっくり体も近づいていく。


 石像の肩に頬を預けようとした瞬間、目が金色に光った。


 ハッと意識を取り戻したヘリオスは、壁際まで下がり地面に座り込んだ。


(なんで、あんなに惹かれていたんだろう....?)


 自分のことを見下ろす女神像はもうすでに恐ろしい悪魔にしか見えなかった。目がギラギラとひかり獲物を狙う恐ろしい顔。


「たしかに金色に光った気がしたのに....」


 立ち上がると、恐ろしく見えていた表情が一変した。優しく、慈愛溢れる女神様。

(角度的にそう見えてしまうだけ??それとも、自分の心の持ちよう?)

『必ずしもそうとは言えないが恐怖は自分自身が生み出すもの。胸に手をあて考えろ。』

(父さん。恐怖ってなに。どうして俺はこんなにも惹かれるの?)

 悪魔の姿を知っていても、あの腕に抱かれたいという欲求がおさまることがなかった。


「『コンコン....おーい、ヘリオース。まだ終わらないのかー--!!』」


 心が半分に割れてしまったような感覚に陥る。


 ケゲンの声を忌まわしく思う自分と助かったと喜ぶ両極端な自分が。埃をはたき落とし、どこか上の空でケゲンの前に戻る。手を引かれながら顔はずっとあの扉の向こうを思い描いていた。


「どうした、疲れたのか? 目が死んでいるぞ??」

「....大丈夫。ケゲンは見つかった?」

「あ、ああ。いや、なにもなかったよ」

「なにもなかった?」

「いや、伯爵は見つからなかった」

「そっか」

「うん。本当に大丈夫か。ヘリオス」

「....ケゲンこそ、少し変だね。なにか見たの?」


「!?」


 ヘリオスの目が不気味に光った気がして思わず突き放した。よろけるヘリオス。全てを見透かされそうな目。


 ケゲンは視線を落とす。右手がいつの間にか切れていた。目の前の人物が違う存在に見え後ずさった。次の瞬間。


 ――ガシャーーンッ


 ガラスを突き破り、黄色い何かがヘリオスの顔に直撃した。


「いったー-。あれ、お前はあの時の鳩!!」


 頭をさすりながら起き上がってきたヘリオスはいつも通りの調子だった。ケゲンはそっと血のにじむ手を袖口に隠した。


「大丈夫か? それより、この窓ガラスどうするんだよっ!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁ。ジョーン!? なんてことをしてくれたんだ!!」


「おい、君たち。いったいなにを騒いで....ってなんじゃこりゃ。粉々だな。まあ、すぐ直せるけど。おい、リュックいるんだろ?直しといて。ヘリオスもそんなに気にするな。早く来い。伯爵の肖像画見つけたぞ」



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