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16、数多の肖像と母の素性

 

 一歩、部屋に入ってヘリオスは少し後悔した。すさまじい数の人の視線。それは家の壁に所狭しと飾られた人のスケッチやら絵だった。そして不思議な香りの漂う部屋。それは、部屋中に転がるカラフルなインクの入った液体からしていた。もしくは、絵画自体の香りかもしれない。


「ヘリオス、そこに座ってくれ。今、お茶淹れてくるから」

(一階はすべて作業スペースなのか? 机にも紙やらインクだらけだし。ってなんだ? この強烈な匂いは。なにかを思い出す刺激臭....)

 ドンッと出されたのは、いつぞやの薬そっくりな色合いに匂い。若干、薄めではある。


「これは、本当にお茶ですか?」

「うん? そうだよ。」


 なにおかしなこと言っているんだという視線を投げかけられ、意を決して一気に飲み込む。


(やっぱりあの薬と一緒じゃないか!! 若干、薄いけどッ)


「おーのど乾いていたのか じゃあ、おかわりつくってやるからちょっとまってな」

「自分でやります! コーヒーないでしょうか」

「そうか? 俺は飲まないけどあるはずだぜ。右側の棚見てくれ」


(助かった それにしても日常的にあのお茶を飲んでいるなんて恐ろしい)


 部屋に戻ると、車いすの男に熱心に語りかけているルーの姿があった。


「おー、戻ってきたか そこに座れよし、自由にしていいぞ」

 なぜか、二人と離れた場所に座らされた。そしてキャンバスを取り出してきたルーは絵を描き始めた。


「まさか、俺の絵ですか!?」

「うん、俺の事は気にしないで その辺の絵でも見ていてよ 時々、呼ぶかもしれないけど」


 これが騒いだ罰というのか、せっかくだから絵を見ることにした。


(それにしてもすごい数の、人物画だな。カラーもあればスケッチどまりのものまでどういう違いなのだろうか)


 よくよくみれば、絵画の端っこに年数と日付ものによっては人の名前が書いてあった。


「人の名前まで書いてあるんですね」


「そう 俺の生まれた時代は混沌の世の中だった 会った人が次の日には死んでいるなんてざらにあった 嫌な時代だろう? 師匠も書いていたし、だから、俺は記録しているんだ 目に映った人物の確かに存在していたという記録をね それが人探しに役立ったこともあるんだぜ」


「人探し....」


「普段、俺は簡単に人を家に入れねえけど。なんかお前は哀れな迷い子に見えてな」


「確かに、迷子ではありましたけど」


「根底的なものさ」


「....結構、古いものもありますね。まさか、40年前生きていたわけじゃないですよね?」


「まさか それは俺の師匠の作品じゃないか? 俺の絵には右下に鳥がいるだろう 師匠のは剣が描かれているはずだ」


「本当ですね あれ、これは....」


 ふと、立ち止まった。女性が街を歩いているだけの絵。その後ろにもう一枚絵が置いてあった。なぜか胸がどきどきと高鳴る。気持ち悪いぐらいにドクンドクンと脈打つ。


 今から30年も前のもの。剣のマークが描かれている。場所は帝国の首都。そして肝心の絵はとても見慣れた女性の顔だった。題名は『帝国の女騎士』。ヘリオスの母親の顔に瓜二つだった。


「そんな、まさか 他人の空似、だと思いたいけど....」


 あまりにもそっくりだった。ほくろの位置もまったく同じ。せめて名前が書かれていれば確実だったのに。


「どうした?」


「あ、の....すごく、母に似ている人がいて」


「うん? 首都から来てんだろ??」


「いや、そうじゃなくて 実家は山奥にあるんです 母の故郷なんて聞いたことなかったし、もしかしたら」


「帝国の人間だったかもって? まあ、ありえなくはないな


  あんなことのあった中心地だから逃げた人間も多い」


「そう、ですかね 騎士と書いてあるんですか....」


「うーん そんな気になるならうつしてやろうか?首都に戻ったら聞いてみなよ」


「はい、そうですね おねがいします」

「すぐだし、いいよ ちょっと戻ってきて その絵も持ってきて」

「あの、ありがとうございます」


「どうってことないよ よっし、ヘリオス 明日も来れるか?」

「明日は、用事があって 会いに行かないといけない人がいるんだ」

「そうか、ちなみにだれだ?」


「えっとクリスさんとビルード・ゲテンス子爵様 ご存じですか?」


「ご存じもなにも それ、俺たちのことじゃん」


「っえ!?」


 ばっと振り返った先にいた車いすの男性がなんとなくそうだと頷いた気がした。ルーと男性を交互に見比べる。


「ルーさんってビルードのルーさんですか??」


「だから、そうだって言っているじゃん ヘリオスって何者?」


「ガデス・ハント協会 後方情報部所属のヘリオスです」


 そう名乗った瞬間、クリスさんの表情に変化があった。それに驚いた様子のビルードに腕をつかまれ、前まで連れていかれる。


「おっさん、おっさんの意思を引き継ぐ若者だぜ! そんな歳じゃないって言いたげだな」


 嬉しそうにはしゃぐビルードに優しい眼差しを向けてくれるクリス。ゴドーさんの話に登場した騎士様の一人。一体、ジャックさんとクリスさんに何があったのだろう。少し話しただけでもとてもすごい人なのはわかる。そんな人たちをこんな姿にした決戦はどんなに恐ろしいものだったのか、母は本当に帝国の騎士だったのか。そしてなぜ逃げたのか? ぐるぐるといろんな疑問が渦巻き、胃が締め付けられる。


(母さんは何か知っていたんじゃないか? そもそも、俺たちは何を買いに行かされていたんだ? 村はわざわざ帝国まで行かせて....)


 頭を抱え、うずくまっているとカタコトと車いすが近づく音が聞こえる。唯一動くであろう手が動き、頭にのせられた。その瞬間、涙が流れた。自分でもわからない涙の理由。静かに、静かに泣いた。


「おい、ヘリオスどうしたんだよっ」

「ごめ、ごめんなさい。なんか、止まらなくって....」


「泣きたいときは泣きな。お前も重いもん背負っているんだろ?」


(そう、なのだろうか)


 押し殺すような不器用な泣き声。2人は泣き止むまで慰めてくれていた。


 ******


「いやー昨日はうちのヘリオスが世話になったそうだな」

 いくらか目の腫れがひいたヘリオスがおずおずと前に出る。

「あの、昨日はお世話になりました こんなに早く絵も描いていただけるなんて」

 頭にでっかい蜘蛛をのせた車いすの人物の左手がゆっくりと動き、手を振った。


(あれ? 左手は動かないんじゃ)


「《ヘリオス、落ち着いたかな?よかったよ。そして、久しぶりです。ゴドーさん》」


「ジャックさん? クリスさん??」


 昨日の刺激的なお茶の匂いが漂いビルードがキッチンからひょっこり顔を出した。

「ヘリオス おっさんたちは2人で1人なんだよ お互いを補っているんだ 今も信じられないんだけどおっさんの言いたいことがジャックにはわかるんだってさ」


「なんとも、不思議な人たちだな」


 お茶を受け取ったケゲンが奇妙な2人の観察で気を取られたのか一口飲んで気絶していた。


「うん? おい、なんでケゲン伸びているんだ??」

「えっと お茶に対して耐性がなかったのだと思います」


「あーそういえば 俺はもう慣れちまったがあの劇薬を薄めたやつか」


(劇薬だったのか)


 ゴドーが久しぶりの再開に楽し気に話をしていた。いったい、なにがあったのかヘリオスには聞く勇気は出なかった。


「《そうですか いまだ終わってないのですね 私も何かできればいいんですが》」


「《なにを言っているんだ 昨日もごろつきをのしたって聞いたぜ お前はよくやっているさ それに俺が色々動いているだろう》」


「《ジャックには世話をかける だって?ふんふん ゴドーも歳なんだからあまり無理をしないでくれって》」


「《なるほど 足の具合はどうだって言っているぞ》」


「そんな心配するなクリス 動かなくなってきてはいるが、まだ大丈夫だ。この間は久しぶりに走ったんだぜ? とんでもない事件に首突っ込んじまってね」


「《相変わらずだなぁ って笑っている》」




 絵を描き始めたビルードにこっそりヘリオスは話しかけた。


「皆さん、すごい仲良しなんですね」


「ああ、ここで苦楽を共にした戦友らしいぜ あと父さんをいれれば完璧さ 俺にとっては父さんより父親らしいのがクリスのおっさんだった すごい面倒見のいい人だ あとゴドーは怖い親戚のおじさん ジャックは、正直関わりたくない人だったな」


「すごい、親密な関係なんですね」


「ああ、自分たちの仕事がありながらも遊んでくれたんだ。母も心労で倒れ育児をする余裕なくて乳母なんか見つかるわけもない 兄さんはその方面には不器用だったし」


「へぇ~ お兄様が協会の人だって聞きましたけど」


「そうそう 父さんみたいにすごく強いんだけど、領主としての勉強が苦手で協会に行ったんだよ。そこの伸びてるやつの兄と同じ配属らしいからさっき話聞いたよ。元気そうで何より。父さん的には複雑だろうけど」


「跡取り問題ですか」


「父さんが優秀すぎるんだよね 広い公国をまとめ上げられる人物なんて早々いないよ 一応候補はいるけどさ....俺たちの従弟」


「ンぐッ そ、それってまさか あの最後の帝国の」


「そう 秘密な 俺も居場所知らないよ 城で匿っているって噂もある お前とそう変わらない年のはず」


「へ、へぇ......」


「聞きたくなかったって顔だな くっくっく これからどんどん増えていくぜ ヘリオス、ちょっと横向いてくれ」


「今度、何を描いているんです?」


「記念の絵だよ そうだな題名は『かけがえのない親友と新しい友』かな」


「....なんか、素敵ですね」


「お前も入っているよ?」


「もちろん、ビルードさんもですよね」


「そうだな、忘れないように描かないと それとルーだけでいいよ」


「はい、よろしくルー」


「ああ よろしく、ヘリオス よっし、探し物行ってきな 2階の俺の寝室以外は絵画の倉庫だ 年号もバラバラだから大変だと思うけど」


「いえ、お邪魔します」


「うん、気を付けてね たまに絵具転がっているから」

 ぎしぎしと音を立てる梯子といっても過言ではない急な階段を登りきる。通路の一番奥はビーの部屋らしくその他の部屋だけでも4部屋もある。とりあえず手前の部屋を開けると突き刺さるたくさんの視線。今にも動き出しそうな彼らの絵。新参者を観察しているような空気を感じるのだ。


「よっし....」

 弱りかけた心に気合いを入れ直し片っ端から確認していく。ナイエル伯爵の特徴は、赤茶色の髪の毛に深緑色の目。男性。


(って、似たような人多いなー。あとは年号と名前....)



 アナスタシア、アイザック、イゴール、イアン、イアン、イリア、イグレス・ザック・ガールトン、デイジー......


「五十音順かと思ったけど違うな 規則性ないって言っていたし」

(それに場所もバラバラ この人は帝国で、こっちは砂漠 雪国に、公国、リッテンもある! 村の近くものあるかもっ)


「おー、凄い こんなとこまで来ているんだ 村に近い一番大きな街 リゼー この部屋だけで2枚もある どっちも師匠さんも作品かな?」




『リゼーの新郎新婦 丁度結婚式だった。祝いに渡す。忘れないうちに、新郎は茶髪、光にあたるとレンガ色のよう。襟は家を象徴とする緑色で....』




『怒った人 描いていると破られてしまった 何か事情があるのだろうか? でも大丈夫 一度見たものは忘れない 簡単なスケッチのようなものになってしまうが』



「怒った人って、この絵の存在を知ったらすごく怒るのでは? 絵も迫ってくる恐ろしさがあるし なんか今にも殴りかかってきそう」



 結局、他の部屋も見つからず成果のないまま一階に向かう。階段を慎重に降りていてやけに丸まった背中に気づいた。背中が動き、ぜぇぜぇと雑音混じりの声が聞こえてきた。



「ゲフっ....ヘリオス。ゴメン。ずっとねでだみたいだ」


「ケゲン。大丈夫。伯爵らしき人はいなかったよ」


「ぞうが、じゃあ。やっばり大公城の方にあるのかもしれないな」


 視界の隅に動く白い壁が横切りしゃべりはじめた。


「おう。お前ら、戻ってきていたのか。どうだった?」


「ルーさん。ありませんでした」


「そうか、その人。貴族だって言っていたよな? 城のアトリエの方、俺が案内しようか? 本当は行きたくないけど、あの三人おしゃべりが終わらないようだし」


「あ~、まだ喋っているんですか? 飽きないっすねー」


「今日のノルマは達成したし、今すぐ行くよ。あ、でも。馬車にはまだ時間があるから。もう一杯、お茶飲んでいく?」



「「結構ですッ!!」」



「ざんねん。」


(ルーさんってあのお茶を淹れるの好きなのか? それとも、わざと!?)

 ヘリオスのビルードへの疑惑はますます深まっていった。





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