15、新たな地への出会い
「まさか、かの有名な笛吹き殿とご一緒できるとは思いもしませんでした」
リッテンから遥々やってきたエレント大公は我々を歓迎した。一生に二度とないだろう豪華な部屋に通された。だだっ広くて高そうな装飾品がゴロゴロ飾られた場所は全く気が落ち着かない。ろくに眠れなかった。やはり俺は根っからの貧乏性なのだろうと今にも閉じそうな目をこすった。となりに壁のようにそそりたつ大男を見上げる。返事はない。無視されたのだろうか。
「あの....」
「ふむ? わしに話しかけたのか? てっきり」
「笛吹きに有名と言われて私の訳がないでしょう」
気配もなく、となりに現れた黒装束の男がゴドーの腹をつついた。王子殿下の3人目の護衛である。しかし、彼は隠密であるため表向きには2人だけとなっている。
「ところで今までどこにいたんですか? なんとお呼びすれば?」
「好きに 私は貴殿らのとなりにずっといましたよ」
一体どこに、疑問が顔にでていたのだろう。ジャックと心の中で勝手に名付けた人物になぜか爆笑された。
「アッハッハッハ!! 肩とかにも乗っていましたよ」
「!?(俺はからかわれているのだろうか?)」
「あぁ、背中がむずかゆいと思ったらやはりおまえさんだったか」
「!!?(どういうことだよっ)」
「シェイプシフターって知ってます? 私の血に混ざっているんですけど人以外の生物なら大抵擬態できます」
「そう、だったんですか それはとっても諜報向きですね」
「驚かないんですね もしかして同類とか?」
「リッテンでは珍しくないでしょう 私はただの人間だと思いますが....」
ちらりと見上げたゴドーをみて確信した。それに、リッテン王家にも古代種族の血が流れているという噂がある。なにも珍しいことではない。シェイプシフターだろうが巨人だろうが、妖精だろうが関係ない。意思疎通ができるなら人とみなしている。
「なるほど? なんで君が選ばれたのか疑問だったけど。偏見がないのと正直者だからかな」
護衛中だということをすっかり忘れおしゃべりに興じていた。バタンッと大きな音を立てて開いき額に青筋を浮かび上がらせた王子殿下が立っていた。
「お前たち、仲がよいのはいいが職務中であること忘れていないかな? 大公殿には聞こえていないが私の耳にはしかと届いているぞ。今回は特別罰を与えないが2度目はない」
「「申し訳ございません!!!」」
「はぁ、よい。お前たちには証人になってもらう。今後の話もするから中に入れ」
「殿下、それでは護衛は」「エレントの者に任せよ。早く来い、ゴドー。お前たちもだ」
「「はっ!!」」
大公様の第一印象は穏やかそうな人であった。もちろん印象通りの人ではないのは皇太子と張り合った事実だけでもわかるだろう。その才能は先代皇帝も惜しんだというのだから。ただ少しばかり人の支持を得られなかったというだけ。意外なのは陽気な人物であること、また壁のない人だった。ちょっと、ダメな人感もあって、それが敗因じゃないかと少し思った。それすらも見せかけだったら人を信用できなくなりそうだからこれ以上探るのはやめておこう。
「やあ、リッテンの一般国民としての質問や意見はないかい?」
にこにこと我々に問いかけてきた大公に迷いもせずに手を挙げた。
「今回の同盟。あくまで金貨としていますが。エレントは帝国領です。それも皇帝陛下の弟君であらせられる殿下の治める領地です。反意を疑われたりも当然あると思いますが、そのあたりは?」
「あー、兄上ねぇ。金貨にすっかり魅了されちゃってその辺は大丈夫と言いたいところだけど、帝国の統治下にある国がうるさそうだよねぇ。でもね、公表するころには追及しているような余裕もなくなると思うよ」
「公表は、遅らせる。いまだ意見がまとまらないということで拠点をここにつくる。大公の言うように表向きの正式な同盟の締結はまだ先だ。そのころにはこぞって助けを求めて来るだろうな。敵対国でも」
「ハハ、コテンパンにやられたもんね。兄上のばか。リッテンに手を出しちゃいけないって習わなかったのかな?『神秘に人が触れることなかれ、人の身には収まらず滅びる。』今まさにこの状況もそうだと思うなぁ」
「金色の魔物もその類なのだろうが情報が全くない。研究者や魔物ハンターがしっているのだろうが。研究所にはどうしても忍び込めないし」
「そうだよねー。そもそも魔物ハンターなんていたのってぐらい足取り追えないんだよね」
「調べたのですか」
「もちろん。兄上の様子は異常だったよ。彼らはすぐに口を閉ざすし何も知らないし、どこで捕まえたのかだけしりたいなぁって。私ひとりじゃ限界を感じたし」
パシンと両手を合わせた大公は話は終わりと立ち上がった。王子殿下も立ち上がると両者は固く握手をかわす。そしてなぜか俺たちも大公と握手することになった。
(なぜ?)
「うわー、彼面白いね。ここまで真っ白な人初めて! 王太子殿下のこと好き?」
「好きじゃなければ騎士などやっていませんが」
他の人には何も言わなかったのに、はしゃぐ大公の意図が全くわからずに困惑する。ぱっと手を離した大公は俺たちを見渡すと大きく頷いた。
「さて、いいかな? それじゃあ、これからよろしくね」
「ええ、こちらこそ」
「じゃあ、さっそくだけど。同盟の締結を記念してパーティーを開くよ! 私の息子も参加するからよろしくね!!」
しばらく眠れそうにない様子に少しげんなりした。
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「とまあ、そのパーティーですっかり意気投合しちまってな。俺とクリス、ジャックがエレントで情報収集をすることになったんだ。ほとんどそこで過ごしたかな。大公とは戦友みたいなものさ、公国に魔物が襲来したこともあって一緒に戦ったし。首都潜入の際に一緒に地下掘りした中でもある。」
立派なあごひげをなでながら思い出に浸るゴドー。
「へぇ、他のお二人もまだこちらにいらっしゃるのですか?」
「......」
急に口を閉ざしてしまったゴドーにヘリオスは焦った。
「ふぅ、大公も言っていたが。人の身には神秘の力は手に余ると、ジャックの奴は」
「《全く、失礼なやつだな。その言い方は死んでしまったようじゃないか》」
どこからともなく人の声がする。だが、その姿は見えない。
「おお、ジャック元気だったか?」
ゴドーが床からなにかを拾い上げ、手のひらに向かて話しかけている、奇妙な光景にケゲンがついにいかれたかと呟いた。
「ジャックだ。俺たちの後輩だぜ」
ゴドーの手のひらには大きな蜘蛛がいた。八つの目がぎょろりとこちらを向いた。となりで覗いていたケゲンが無言の悲鳴をあげ、ヘリオスはまじまじとその蜘蛛を観察した。
「あの、はじめまして。ヘリオスです」
「お前!?蜘蛛に向かってなにをっ」
「《ジャックだ。よろしくな。そこの青年も。私と同じ名無しか?》」
「いえ、ケゲンです」
「生きていらっしゃったのですね」
「《人としては死んだがな。決戦の際に能力を酷使しすぎて戻れなくなってしまった。まあ、言葉が喋れるだけましだな》」
「お前、クリスの奴は大丈夫かよ」
「《眠っているさ。明日、ぜひ会いに来てくれよ。次男坊のアトリエの近くだからさ》」
「ああ、もちろん。そうさせてもらうよ」
蜘蛛はぴょんッと手のひらから降りるとカサコソとドアの隙間から出て行った。
「大きさ変えられるんですね」
「そうらしい、蜘蛛以外には変えられないがな」
「それにしても、ちょっと衝撃ですね。まさか、蜘蛛になるなんて」
「やつに未練はないらしいぞ。比較的自由で、人の頃にあった副作用に苦しまなくていいってな。特殊な血の持ち主は色々、大変なんだ。だから、普通は能力を使わぬ場面が少ない森の奥深くに隠れ住む」
もしかしたら、俺の先祖もそうなのだろうか? 人が決して訪れない秘境の村。近くに魔物の存在しない安全地帯。山深い生まれ故郷。しかし、そんな話聞いたこともない。もしかしたら村長の隠し持っていた絵画にヒントがあったんではないだろうか?
そして決戦の日。始まりの物語は皆、語ってくれるが終わりは口を閉ざした。文書で調べようにもない。ケゲンも詳しくは知らないらしい。ガデス・クレーテが消えた日。その日一体何があったというのだろう?きっと壮絶な戦いがあったに違いない。
「ヘリオス。なにぼーっとしてんだよ。外にでて昼食でも食いに行くぞー!大公様のせいで宿屋の朝食は食いっぱぐれたからな」
「まったく、誰に対してもその言葉づかいか。いったいどこにいればそんなに口が悪くなるんだ」
「仕方ないだろうー今までの俺の潜入先はあそこだったんだから」
「それは知っているがな。はぁ、まったく。さて、明日に備えて食いに行くぞっ!」
「おうっ」
そして思いもよらないトラブルに巻き込まれることになった。
(いい年して迷子とか。はっずい。どうしてもこの人が気になっちゃって)
ヘリオスはしゃがむと、車いすの男に目線をあわせる。
「あの、ひとりではあぶないですよ」
男は、ただヘリオスを見つめてくるだけだった。その目は大丈夫だと言っているような気がする。しかし、周りに倒れ伏す人たちはどう見てもごろつきのようだった。
(この人が倒したのかな? でも、さっきからピクリとも動かないし)
とりあえず、周りの人を壁に寄せる。男の視線がはじめて動いたのに気づいた。視線の先には一振りの剣が落ちていた。拾い上げると、剣を追っているのがわかる。試しに持って移動してみるがやはり視線は剣を追っていた。特別なものには見えない。装飾もないシンプルな片手剣。
「あれ、これって....」
ヘリオスは急いでバックから銀貨を取り出す。リッテン国の旧銀貨。鳥の後ろに描かれているのはリッテンの紋章。同じものが剣にも刻まれていた。
(リッテンの人? 他の剣には興味を示さないし。渡してみれば何か反応があるかも?)
しかし、ただじっと見るだけだった。
「これ、あなたのですか。」
「......」
「こ、困ったな。あの人たちのだったら窃盗罪で憲兵たちにつかまっちゃうし」
うろうろとあたりを見渡しても人気のない。とその時、服の裾を引っ張られた。まっすぐに見つめてくる男性。
(右手だけは動くのか?)
裾から手を離した男性は視線を下に向けた。よく見れば剣のさやが車いすに取り付けられていた。ぴったりと納まりヘリオスはほっとした。
「よかった。本当にこの人のだったようだけど。本当に、この状況は彼がやったことなのかな?」
(あ、つい言葉にでてた。あれ、ひとりでに動いた!?)
カタコトと動き始めた車いす。一体、どういう仕掛けなんだろうと考え込んでいる間に見えなくなりかけていた。
「だ、だから。ひとりではあぶないですってっっ!」
大通りに向かっていた車いすを急いで引き止める。その前に、止まっていたような気がしたが気のせいだろうか。不思議な感覚に困惑していると見知らぬ男性の声が聞こえた。
「はぁ、騒がしいから出てきてみれば何事? っておっさんじゃん。こんなとこでなにしているわけ? ってうわっ。うちの前に死体が!? 気持ち悪ッッ」
自分よりも10も変わらないであろう男性、外に出ないのか肌は真っ青なほど白い。目のクマがくっきりとあり、手はよくわからない色で染まっていた。死体を細い棒でつついている。
「その人たち、死んでいないかと....」
「ふぅん。ところでお前なにもん? この辺じゃみないけど」
「えっと旧首都から。ヘリオスっていいます」
「そう、おっさんとはどんな知り合い?」
「そういうのじゃなくて。道に迷ってたら、あの人の周りにいっぱい人倒れていて剣を戻したらどこかに行こうとしたのであぶないなぁと」
「なるほどね。あの人は一人でも大丈夫だよ。これ、やったのおっさんだから」
「まさか」
「まあ、信じなくてもいいよ。本当だけど。おっさん。元気か? 久しぶりだな」
カタコトと戻ってきていた車いすが彼の前に止まった。そして、ハグをする。その時の男の顔が悲しげにゆがんだのをヘリオスは見逃さなかった。
「今日は、翻訳いないんだな。おっさんほっぽってどこ行ったんだよ。俺が直接おっさんと話せればよかったのにな」
車いすの男はただ穏やかに微笑むだけだった。鼻をすすった男はヘリオスにルーと名乗った。
「おっさんに会わせてくれたから特別に家に招待してやるよ。騒がしくした迷惑料はなしだ」
「えーどうもありがとうございます?」
「おっさん。俺のうち来てくれよ。あいつら起きたらおっさんが追い払うんだぞ。おっさんのせいだからな」
随分と親し気に話しかけるルー。彼の言葉に静かに微笑む車いすの男。2人の関係がいったいどういうものなのか迷子になっていたことなどすっかり忘れて、ルーの家にお邪魔した。




