13、となり街へ探しに
ぐつぐつといい香りを漂わせるキッチン。冬眠明けの熊のような大男は、スプーンにも見えてしまうおたまで鍋を中をかき混ぜる。びちゃっと撥ねた赤いソースが男の頬にかかり、形相も相まって彼のことを知らぬものがみたら誤解のうけそうな状況だ。男は何でもないように口の周りについたソースを舌で舐める。味に満足なのかニヤリと今にも何かやらかしそうな悪者の笑みを浮かべる。もしくは事後。その時、準備中にも関わらず店のベルが鳴る。来客はいないはずだと男は怪訝な表情で店内を覗いた。
「あ、お久しぶりです。コドーさん。ごめんなさい、開店前なのに....」
ぺこりと丁寧にお辞儀した青年はまだ子供らしさが抜けきっていない顔。驚く様子がない来客はどうやらよく知れた人物のようだった。
「構わんさ。ただしヘリオスだけな」
店主の言葉に声にふんと鼻で笑うふてぶてしい態度の青年はカウンターに座ると
「残念ながら、仕事中バディは特別な理由がない限り離れられない」
「知っているぞ、それはお前たちだけの特別仕様だろうが」
「....誰かさんのせいですけどね」
「そのおせっかいな誰かさんがいなければ人が死んでいたかも知れないぜ?」
「くっそう、部長め。ぺらぺらと話しやがったな」
「当たり前じゃないか。聴取しない訳ないじゃろうが」
喧嘩のような言い合いをしながらもコドーは二人にコーヒーを淹れる。コッソリ、ヘリオスに砂糖を使いすぎるなよと忠告する。
(ヘリオスは甘党なのか? エッグノッグもすっごい喜んでたよな。今度、お菓子でも焼いておくか。それにしても憎たらしさは変わんねえな、ケゲンのやつめ)
「そいつの言うことは気にするな。シュガーポットの中身全部使おうが俺の店がつぶれることはない」
「あの、最近はコーヒーにだいぶ慣れたので平気です。医務室の先生がコーヒーがお好きで苦さに慣れました!!」
「羨ましいぜ。俺なんか毎日毎日。運動、運動って」
対照的な二人の様子の兄弟のような空気感に笑みがこぼれる。ゴドーは自身の笑顔が凶悪さを増すのを自覚していてタオルで顔を拭った。そしてタオルにべったりと染めた赤い色を見て嫌な予感がした。
「俺、ソース....マズイ!?」
バタバタとキッチンに駆け込んでいくコドーの姿を2人は見送ると顔を合わせた。
「なあ、あの様子からしてどう思う?」
「どう、だろう?? 部長たちよりかは何か得られそうだけど」
どたどたと額の汗を拭いながら戻ってきたコドーはカウンターに立つと口を開いた。
「あー、あぶねえ。危うくママにどやされるところだった。まあその、俺がそそのかしたって言うのはあるわな。謹慎ご苦労だったな。お前たちがここに来たのはあれだろう例の事件についてだろ?」
二人は息ぴったりに頷いた。
*******
「まず、憲兵が処理した路地に挟まっていた女の死体だがナイフのようなもので何回も刺されていた。という情報だけしか得られなかった。ろくに調べないで燃やしちまったらしくてね。次に橋にいた女だがラリサといったかな。彼女は伯爵夫人になった。そんなもんかな」
首を傾げ唸っているコドーは本当に思い浮かばない様子でケゲンが思わずと声をあげた。
「いや、もっとあるでしょう!! 伯爵夫人は置いといて、一緒にいた男の人や犯人が見つかったのかとか!」
こほんと咳払いすると、素面じゃ調子が出ないと言い訳したコドーはコーヒーをしかめっ面で飲んでいるヘリオスに気づいて追加でミルクと砂糖を渡す。
「あー、男は見つからなかった。さすがに行方不明者が伯爵様じゃ動かざる得なかっただろうな。珍しく憲兵達が頑張ったんだがなぁ、ジャケットや装飾品がいくつか見つかっただけで捜査は終わった。ちなみに犯人だが、それっぽい人物は見つかった。伯爵様のついでって感じでな。協会がなんとか回収して調査中だ。そいつがラリサの話にもあったように片目が....金色かはわからないが片目がつぶれもう片方はくり抜かれた、狂人のような特徴の水死体らしい」
幸せそうにほとんどミルクなコーヒーを一気に飲み干したヘリオスはコドーの話の内容に疑問を抱いた。
「それは、おかしいですよね? 狂人って目を刺して灰になるんじゃなかったでしたっけ?」
「その通りだよヘリオス。ラリサの話が本当なら狂人だが、水に落ちたぐらいで死なない、たまたま目を刺すなんてそうそうないだろう?」
「気味が悪いな....」
「そういえばラリサさんも言っていましたね。まるで....」
「夢のようだ、だっけか? 確かになあの日以来、不気味な声は聞かないって言っているし。ナイエル伯爵だけが見つからないってのはおかしいし、水死体は血が全部抜けていたし、目玉がないしわからないことばかりだ」
「噂を聞かないって一番重要な話じゃないっすか。伯爵は川に落ちただけなら生きている可能性ありますかね」
コドーは頭をポリポリと掻いて悩まし気に眉を顰める。
「ぱっと思い出せねぇんだよ。あとはなんかあったかな?」
「ラリサさんのその後です」
「そうだな。ラリサの嬢ちゃんの話の通り、伯爵は事件の前に婚姻証書を用意していたんだ。伯爵は行方不明扱いで死亡確認が取れる前に教会に提出すれば伯爵夫人になれる訳だ。憲兵の捜査が終わるまでは待って見つからなかった。結局、娘さんとも話し合って晴れて伯爵夫人になったわけだ。娘さんがまだ未成年で親戚に譲るぐらいならラリサが信じられるって....よっぽど意地の悪い奴らなんだろうな」
「すごいですね....貴族なんて、想像もつかな」
「いや、ヘリオス。そういうがリッテンの王太子殿下の方が身分は上で謁見済みだしコドーさんもこう見えてリッテンでは準男爵様だし、会長は侯爵、ルーキス様も男爵だし。」
「えっ!?そんな、俺....すごい会っている....」
「こう見えては余計だ。まあ、俺は領地もねえし名誉爵位って感じだよ。」
「すごい!そんなすごい人にお会いしていたなんて。」
「ヘリオス、口調は変えなくてもいいからな。ケゲンは改める必要があるがな」
おずおずと手を挙げたヘリオスは、
「話が戻ってしまうのですけど、ナイエル伯爵が狂人になったとは考えられませんか?」
静まり返る店内。険しい表情のケゲンが口をひらいた。
「ナイエル伯の後ろに現れた影が金貨のシャドーだとして襲いかかってきたのもナイエル伯だったってこと?」
「ラリサの嬢ちゃんが意図的に隠したか、ただ単にパニック状態でそうみえたか」
「俺が思ったのは、そうじゃなくて。影はラリサさんじゃなくてナイエル伯爵を追ってわざと落ちたんじゃないかなって」
「そこか、確かにそう思えなくもない。か? 間抜けな犯人だとか思ったが」
ますます、わからなくなっていく状況に押し黙る面々。ケゲンは耐えきれなくなったのか立ち上がった。
「一旦、この話は終わり! 気が滅入っちまう。他に俺たちが追えることはないかね」
「うーん、ナイエル伯爵が見つかればいいんですけど....顔ってわからないですよね」
「今、お前たちができるのはそれくらいか。伯爵がどこかで生きているとして顔がわからなきゃ探しようもないからな」
「ラリサ、伯爵夫人はまだ忙しいから....どうすっかな。貴族名鑑集に姿絵あったりしません?」
「ナイエル伯爵家は王国時代からの古い貴族だがそう大きくない、名前と簡単な情報の記載だけだろうさ。だが、確実に約束出来ないが肖像画なら一か所思い当たる場所がある。人の絵画を集める変人、旧帝国領エレント公国大公殿下の次男。ビルード・ゲテンス子爵だ」
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旧帝国領エレント公国、金貨に魅入られた帝王とは兄弟にあたる人物。先皇が優秀な息子達を推し量るために用意した場所の一つ。継承争いに敗れた皇子は皇族からの除籍を望み才能を惜しんだ皇帝によって与えられた土地と爵位であった。比較的できたばかりの領地にも関わらず『強力な助力のあった』もう一人の皇子とは違い、ずば抜けた手腕、自力で全盛期の帝国首都にも迫る勢いであった。勿論、多大な損失はあったのだが金貨の脅威を乗り越えた今もさほど変わらない。それには大きな理由がある。
「謹慎早々、長期休暇を取るなんて何事だってどやされましたよ。当たり前っすけど」
金貨の脅威の後処理を行う小国のリッテンが主導しているハンター協会。ガデス・ハント協会の後方情報部所属のけだるげな青年、ケゲンは馬車に揺られながら目の前の2人に話しかけた。
「それでもよくミケの嬢ちゃんが許可したな」
広い4頭立ての馬車の半分以上は占拠している大男ゴドーは揺れに酔ってしまった幼さの残る顔立ちの青年が椅子から落っこちないように手を添えていた。足を折り曲げ窮屈そうに膝で唸る相方ヘリオスの姿に頑なにゴドーの傍になぜ居たがるのか疑問だった。彼曰く、安定感と安心感があるのだとか。
「仕事があるんですよ、信用のできる人物にまかせたい手紙の配達ですって。丁度、人を探していた時に俺が話しかけちゃったもんだから....まあ幸いですね」
いつの間にか眠っていたケゲンは背中に挟んだバックの中身を確認した。例え信頼の置ける人物の前でも警戒を怠らない。変わらぬ中身にホッと息をつく。そしていつの間にか眠っていた。
ヘリオスもいつの間にか復活し、外を眺めていたがすっかり夜は更けていた。こくりこくりと眠りかけているゴドー。ケゲンは、ただぼんやりと何も見えない窓を眺めるヘリオスに声をかけた。
「ヘリオス、俺たち丸一日馬車で移動だって言っただろう?」
「うん、もうすぐ着くんだよね」
「ああ、そうだ。馬で行けばもう少し早く着く。ヘリオスもそのうち乗馬習ったほうがいいかもな。前線に行くならよく使う移動手段だぜ....ってそうじゃなくて。まえにさ、汽車の話したの覚えているか?」
「うん、『夢の終わり』近くの線路の乗り物だよね?」
「それだ、まず最初に帝国から公国の間を走る予定だったんだ。それから、港を通り帝国の端から端まで続くはずだった。それが事件が起こってそれどころじゃなくなった」
「うん。(計画が頓挫したって言っていたっけ)」
「周辺の村々から働き手をかき集め、道をならし準備をしていた時の知らせ。それまで働いた給金は支払われず村に帰っても女子供に老人ばかりの村は野盗たちの滑降の餌食で....帰ったころには村がなくなっていたり、無事でも飢饉状態だの魔物に襲撃されていたりひどい有様だったって」
ケゲンは大きく息を吸い込むと再び語り始める。
「うちの親父も例にもれず。焼き払われた村を見て何を思ったのか。いまだ行方不明さ。責任感の強い人だったらしいからそもそも帰っていないかもしれないな。稼いで帰ってくるって大見得切って飛び出したらし、ってそんなことはどうでもいいんだ。つまり、このなっがーい時間も本当は数時間でたどり着いていたかも知れないんだぜ! すごいだろう? 夢みたいだよな」
それまでの重苦しい口調から一転、にかっと口を大きく開き笑うケゲン。その姿に痛々しさを感じるヘリオスだった。
(僕は本当になにも知らなすぎた。汽車の存在も金貨が人々に何をもたらしたのか。まわりはゆっくり知っていけばいいっていうけどそれではダメな気がする。タルマを一日も早く探し出すために)
「そういえば、ビルード・ゲテンス子爵だっけ? 自身も絵を描くとか。特徴を聞いただけで描き上げるんだってすごいよなぁ。一日に一枚は描かないと寝られないとかって。その日に見た人とか出会った人とか....彼の絵で屋敷が埋まるって執事が危惧しているって情報もあったなぁ」
(絵を描くって父さんに怒られたっけ? タルマが村長の隠していた額縁を見せてくれて女神様だって教えてくれたんだ。その日の夜。夢で絵画の女神様みたいにきれいな人が現れて地面に描いて怒られた)
『そんなものいったいどこでお前は!! 今すぐにやめろ!』
(無口な父さんが声を荒げて怒鳴られた。描いていたのも足で消されてそれから文字を習う時も恐ろしかったっけ。今も時々、手が止まるときがある)
「お前はどうだ?絵の才能の方は」
「――俺は、全くです。父さんにダメだと言われたので」
「なんだそりゃ!お前の親父さんってどんなやつなんだよ。あ、悪い。どういう方なんだ?」
「ハハハ、別に言い直さなくても。無口でコドーさんみたいに大きくてすごく強い人だったよ。村の食料のほとんどが父さんが狩りで捕ってきたものだった」
「へぇ、それにしちゃ。剣も扱ったことないし、お前ってちっこいよな? 俺は成長期にろくに食えなかったからだけどこれから伸びるのか?」
「どうだろう? 母さんも女性にしてはがたいがよくて身長も高かったけど」
「将来有望だな~。俺をこえる日も近い! ひとつヘリオスに聞きたかったんだが、探しているタルマってどういう人物なんだ?」
「幼馴染です。同じ歳は彼しかいなくて、村の村長の息子です。俺よりも細身で、身長も低くて髪は栗毛、目はアンバー。顔にはそばかすがありますね....」
「ヘリオスよりひょろいってその村大丈夫か?食べ物ないとか」
「それは、父がなくなってから食料は減ったけど母が....」
――カタ、コト、ガタンッ。
馬車が止まり、完全に眠りについていたコドーに押しつぶされるヘリオス。揺らしてもおきそうになかった。
(酔っている間ずっと気にしていてくれたからなんだか申し訳なさすぎる。ケゲンは容赦なく叩いているけど、なんか恨みがあるんだろうか?あの時の雪辱をとか言っているし、この二人の関係も謎なんだよな....)
「ふがッ。――おい、ケゲン。その振り上げたこぶしは一体なんだ?」
半分だけ開いた眼を向けのっそりと立ち上がったゴドー。大人が中腰ほどの高さしかない場所な上わずかな天井の明かりを全て彼の頭が覆った。光を背に目を細めた彼に迫られる恐怖と迫力は相当だろう。
(ケゲン、涙目になってる。)
一向に馬車から出てこない3人を心配して馬車に近寄った御者が丁度、扉を開けたゴドーと顔を合わせ悲鳴をあげて倒れた。ゴドーは何も珍しくないと、御者に代わり馬車を置いてくると別れる。御者を背負い、公国の検問で引っ掛かり戻ってきたゴドーを見た憲兵たちと更にひと悶着起こるのであった。




