12、夢のような出来事
支度を済ませ早朝の澄み切った空気を大きく吸い込んだヘリオス。ゆっくり吐き出すと鏡にうつる自分の姿を確認する。飛び出た髪の毛をなでつけながら1階へと降りていく。
「おはようございます。ゴドーさん」
「ふわぁ、おはようさんヘリオス」
「眠っていらっしゃいます?」
「ああ。お前さんの薬のお陰でな。婆さん起きているから客来たら呼びな。後は....昨日の、アレ。憲兵に引き渡してきたよ、朝から叩き起こされて不機嫌だったが俺の顔見てようやく目が覚めたようだったぜ」
ガッハッハと豪快に笑い飛ばしたゴドーは絨毯の上に寝そべると間もなくいびきをかきはじめた。
「―――いい天気だなぁ。昨日の出来事が夢みたいだ。何だ?」
コツコツと音が聞こえ窓ガラスを開けると一匹の鳩が頭上をぐるぐると旋回した黄金色の鳩はヘリオスの頭の上にとまる。
「?、??」
「伝書鳩だね、それも特別に生み出された」
のっそりと起き上がった女性が頭を押さえながらヘリオスを手招きする。
「おはようございます。無理に起き上がらないでください」
「大丈夫、よ。それよりその子確認したほうがいいんじゃない?」
そう言われて頭の上にいた鳩をそっと掴む。大人しく自分を見つめる鳩。
脚にくくりつけられた紙を解く。そこには12時には戻ってこいと書かれていた。
「お姉さん、昨日って何があったんですか?」
「――ふぅ。思い返せば夢のような出来事よ。今も本当にあったことなのか信じられない」
ラリサと名乗った女性はゆっくりと語り始めた。悪夢のような昨日の出来事を。
「まあ、格好から気付いていると思うけど歓楽街で働いているの。お得意様の家に向かっている最中だったわ」
******
夜になり輝きを放つ街、大帝国の歓楽街。人々の欲望渦巻く夜の街。賑やかで眩しい喧騒を抜け、仲睦まじく男女は薄暗い夜道を歩いていた。ふと女性は違和感を抱いた。深夜とはいえ全く人通りがない、それどころかどの家も静まり返っていることに。
「ねえ、ナイエル様? この辺とっても静か、本当に人が住んでいるの?」(不気味過ぎるんだけど、だからといって屋敷には娘が居て気まずいでしょうし、私は慣れっこだったからどうも思わなかったけど)
「ふふ、勿論。彼らはいるさ。それよりラリサ、私のことは家名ではなく名前で呼んでくれって言っただろう?」
「あら、お家を思い出して嫌なのね? 伯爵様。」
「ラリサ、君はとっても意地悪だね。お願いだよ、僕をあまりいじめないでおくれ」
「うふふ、仕方ないわ。ルベルス様。お嬢様が悲しむんじゃない?」
「ハッハ、そんなことはないさ。それならラリサ、君が姉弟を彼女の為にさ?」
「あら、ヤダ。伯爵様ったら。素敵なお話。ウフフ」(悪くはないわね。伯爵なら私の負債なんすぐに支払えるでしょうし。子供出来ちゃえば、理由ができる。娘さんとはお友達として仲良くするのもありだわ。まあ相手次第だけど)
酒に酔っていた2人は気付かなかった。低い低い唸り声、異様な空気と視線に。
「そうだ。この辺で最近怪物が出るらしいぞ?」
「怪物? あはは、なあにそれっ」
橋を渡った先が自分の家だとルベルスは半ばで足を止めた。どうしたのかとラリサは疑問に思う。
(ああ、娘さんがいるのが気まずいのかしら? でも別荘だって言っていなかったかしら)
「ラリサ」
ルベルスが突然抱きつき結婚しようと言った。奥さんを最近亡くし寂しいのはわかるが突然過ぎた。ルベルスがどんな人物なのかまだろくに知り得ていない今、安易に返事出来かねた。ラリサとしては歓楽街で働かずにすむなら頷きたいところだが...
「ラリサ、書類は揃っている。君がサインすれば伯爵夫人だ。僕はね、君なら信じられるとそう思ったんだ」
「――何を言っているんですか。どうしようもない悪女だったらどうするんです?」
「そんなこと、ないさ。だって君は....」
何を言いかけていたのか、突然の出来事だった。黒い影が彼の後ろに現れ川へと引き寄せられるように手すりを乗り越え落ちていく。黒い川の底へと向かってゆっくりゆっくり落ちていく。ただその瞬間をラリサは何も出来ずに見ていた。
ドボンっと大きな水しぶきと音でやっと現実に引き戻されたラリサは呆然とした。ふらふらと手すりの下を覗き込み、そして何かが見つめ返した。
金色に光る片目が橋の下から見ていた。
「キャーーーっ!!」
目があった瞬間それは飛びかかり反射的に後ろにのけぞった。
「うぅッ....」
反対の手すりに強く頭をぶつけ、うずくまる。ヒタヒタと近づく子鬼のような黒い影。まっすぐ飛びかかり必死に横に転がる。ドレスの裾が掠め太腿に鋭い痛み。さらなる影の追撃に覚悟し頭を抱え伏せる。
(もう、駄目だ....)
ラリサは運が良かった。飛びかかってきた影は勢いよく手すりの上を越え落ちていく。ドボンという音にルベルスがゆっくり落下していく姿は脳裏に思い浮かぶ。手すりに身を乗り出して覗き込むと金色の目のルベルスが自分をみて嘲笑うのだ。
「イヤ、イヤー!来ないで!!」
******
「今でも信じられないわ。ルベルスなんて人、ほんとにいたのかしら?ルベルスの提案にしても都合のいい夢のような話....」
「話してくれてありがとうございます。ラリサさん。」
「いいえ。私も聞いてくれて少し落ち着いたわ。」
「これから....」
「取り敢えず、ルベルスの家に行ってみるわ。お嬢さんと連絡とって....それから無事であることを祈るばかりだわ。おかしいわね、そんなに思い出のある人じゃないのに....」
「それは、関係ないですよ。あそこのゴドーさんも昨日あったばかりですけど大好きです」(ゴドーさんだけじゃなくて、みんな大好きだ。村ではどこか一線引いていた。実の両親すらも。帝国も可笑しいけど、同じぐらいそれ以上村も可笑しかったんじゃないだろうか?)
「ふふ。可愛いわね。ありがとう慰めてくれて」
「い、いいえ!俺なんて....ちょ、朝食作ってきます」
「あら、ぜひ私にやらせて。この宿の女将さんにもお礼をしたいし」
「そ、そうですかっ。僕は店番やっています」
にっこりとへ笑顔を浮かべたラリサの美しさに頬が熱くなる。2人の会話に耳を傾けていたコドーは薄っすらと目を開けた。黄色い目が間近に迫っていた。
「ウワッ!! は、鳩!?」
「あ、コラッ! ジョーンそんなところに。ごめんなさいコドーさん」
「あ、いいけどよ。ジョーンって名前か?」
「はい! ラリサさんと一緒に名付けました。ルベルスさんが男の子だったら名付けたいって言っていた名前らしいです」
「(ヘリオス本当にその名前でいいのか)そうか素敵な名前じゃないか。えっと、俺はもう少し寝るわ」
「はい、おやすみなさい!」
コドーは目を瞑りながらさっきの話が夢に出てきそうだと呟いた。
*****
「お前達の仕事はなんだ? ヘリオス」
「情報収集先に依頼を出すこと、です」
「ではケゲン。我々に許されている行動権限は?」
「個人の能力を考慮し命の安全が保証された場所です」
「そうだ。ケゲン。昨日お前たちが向かった先は噂とはいえ行動権限内での活動だったかな?」
「いいえ。非戦闘員には許可されないレベルのものでした」
後方情報部長のミケは胸を大きく揺らし椅子に座り込むと深いため息をついた。元々、ソロで活動していたケゲンは兄への強い憧れのあまり自身を顧みず危険に平気で飛び込む悪い癖があった。後輩ができ多少落ち着くと思えば大間違い。ヘリオスも大人し目でブレーキ役になるかと思ったら一番、情報を得た上に動くとは考えもしなかった。さらにそんな二人に開戦のジジイが合流すればどうなるかは明白だった。
(ああ、悔しい。情報部の部長だっていうのに見抜けないなんて!!もう歳なのかしら。自信なくなるわね....)
「とにかくあなた達は謹慎、外出禁止!! 運が悪ければ死んだかも知れないんだからねっ心身ともに鍛え直してきなさい!」
情報部から追い出され前にもこんな事があったなと2人は笑った。ケゲンはミケから手渡された紙を読み終えると首を左右に振った。
「おい、ヘリオス。読んだか? 一ヶ月も謹慎だってよーなげぇな。あの事件もどうなったか一切分からなくなっちまったし....憲兵来ちゃえば俺たちの出番はないんだけどさ。納得いかねーよな、ラリサって女がみた金色の影って絶対に狂人だろ」
「街には結界が張ってあって入れないって」
「魔物は入って来れないけど。外で金貨に魅入られて狂人化したやつは例外だよ。普通入ってこれないはずだけど。はぁあーお前、体術だの剣術入っているじゃん。まあ、お互い頑張ろうな」
(でも、それなら。タルマはどうして街の中で狂人化したんだ?)




