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古本屋『不思議堂』  作者: いのり あめ
8/10

幕間 一節

夕陽の沈む住宅街。黄昏時が街中を包み影が伸びる時間。そんな景色を一望できるカウンター席で自称魔法使いは紅茶を嗜んでいた。

手元には林檎の刺繍が入った本が一冊置かれている。先ほどまで捲っていたのか、紙には少しだけ皺が寄っていた。

紅茶から薫るレモンと混ざり合った匂いはあたりを包み込んでおり、魔法使いもそれに満足げな表情を浮かべている。

「そろそろかなぁ。」

腕時計を見る仕草をするも、腕にはリボンが巻かれているだけで時計はついていない。

ふんふんと、鼻歌を口ずさみ始める。あたりを自称魔法使いの鼻歌とレモンの香りが満たされる頃。

部屋の中心に光の粒子が漂い始めた。ふわりふわりと漂う光の粒子はさながら海の中に浮かぶクラゲのようである。

指をくるくると宙で回し始めると、それにそって光は中心へと急速に集まる花びらとなった。

集まり始めた光は徐々に人の形を作りはじめ、やがて少女の身体になる。

「ほい。おかえり。」

「…わぁっ!!」

その場にいなかった少女の驚嘆の声が響き渡る。どさっと物体が落ちる物音と共に痛そうに呻く声がした。

「いったた…。」

「ふふん、どうだった?ニュートンの本。なかなかに面白かっただろう?」

「えぇ…。え!?あれ、戻ってる…?」

お構いなしに一人で会話を始める「それ」は相変わらず口元を弧に描いている。中から除く口は赤みを帯びたものではなく暗く黒く深遠の色をしていた。

少女は少女で突如呼び戻されたことに驚きながらあたりをきょろきょろと見渡している。

うさぎの穴には自ら飛び降りる勇気はあっても、女王のお茶会に並ぶほどの気周りが利かなかった。

「な、なんだったんだ…。」

「え?もしかしてまだ理解してない?」

「いや、だって…。」

少女は薄々察し始めていた。だが、現実的ではないという思考の偏りが理解が進むのを邪魔していた。

「え、えっと…。」

「君は本の中に入ってたんだ。おもしろいだろ?」

「え、ほ、ほん…?じゃあアイザックさんは…。」

「あくまで本の中のアイザックさんだね。だから本物では無いよ。」

「そっか…。」

尻もちをついていた体勢からゆっくりと立ち上がると、少女は後方に並ぶ無数の本棚に目を向けた。

「こんなに、あったっけ…。」

本棚には階段が付属されており、二段三段四段と高く高く積みあがっている。

多種多様の装飾が施された重層な本たちが収納されており、青く光ったり暖色に変わったりする光に灯されていた。

なんとも奇妙なさまである。暖色のときはなんてことの無い古本屋に見えるが、青くひかれば途端に海の底へと沈んだかのように錯覚させる。

「わ…きれい…。」

高く積みあがる本棚にそって上へと目を向けると吹き抜けのように天井が丸く開いておりプラネタリウムなのか、星々がきらめいていた。

ここまで大きかったのだろうか、と少女はいぶかしむ前に感嘆の方が先をいきその場をくるくると回りだす。

そのさまをみて自称魔法使いの「それ」は満足げに笑みを浮かべ続ける。

「本、楽しかっただろ?」

「え。」

「ずっと見てたもの。」

「こわ…。」

少女が本の世界に入ってから常に観察していたことを明かす「それ」に少女はわずかながら恐怖心を抱いた。

しかし、一度本の世界に入ったことで見た景色を気に入ったのかすぐに少女は先ほどの恐怖を隅に置く。

「悪くなかったかも。」

「ふふ、そうだろう?他にも読んでみるかい?」

魔法使いこと店主は提案をすると、少女は俯き思案する。

躊躇、戸惑い、期待。

「もうちょっとしたら…。読んでみようかな。」

「うん!いいとも!」

小休止を挟む少女の答えに店主は輝かしい笑顔を見せた。


少女は本の中で出会ったアイザックの在り方を羨ましく思うと同時に、次の本を取ることをためらってしまった。立ち止まろうとした。

しかし、それでいい。

今は立ち止まる時なのだろう。


________家に帰ったらこの場所についての本を書くつもりよ。もし家に着けたらだけど。

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