転生した私はありのままの姿で女王へと成り上がる
「ふぅ、女王ってのも楽しいけど少し退屈ね」
あくびを噛み殺しながら私はそう呟く。私の名はアカネ。この国の全てを支配する女王だ。
私はありふれた冴えない日本のOLをやっていたのだけれど、トラックに跳ね飛ばされて死んでしまい、神様に補てんとして転生させてもらったのだ。
そんな異世界テンプレみたいな都合のいい話があるかと馬鹿にするだろうし、私も馬鹿にしていたけれど、今、私はこうして体験している。あの頃の自分に説教してやりたい。
転生する時に出会った女神は、私にどんなふうになりたいかと聞いてきた。
だから私はそこで思いつく全ての要望を伝えた。チャンスの神様はその場を過ぎてしまうと二度と取り返しがつかない。
冴えない陰キャOLだった私は、ゲームや漫画のような華々しい世界に憧れていた。イケメン達を多数はべらせた逆ハーレムの絶対権力者である女王になりたい。これが私の包み隠さない願いだった。
とはいえ、上の立場の人間は責任をともなうし、女王になっても苦労が絶えない生活は嫌だったから、私はありのままの自分をさらけ出したままで女王になりたいと伝えた。
さらに私は詳細に条件を付け加えた。
ボケた神様が間違った形で願いを叶えてしまう展開を小説とかで読んでいたから、ありのままをアリのママ……つまり女王アリに転生させるなんて馬鹿みたいなオチになる危険があったからだ。
だから私は、知的生命体の女王にして欲しいと頼んだ。
異世界はエルフとかもいるかもしれないし、地球では覇権種族の人間も、異世界では弱小種族なんてことはよくある。
「女王様、いかがなされました?」
「ちょっと昔の事を思い出していただけよ」
私は側近の執事、ウィルバートの問いに適当に相槌を打った。
私の城には数百人ほどの召使がいるが、その中で選りすぐった男達を数名周りに置いている。
飽きが来ないように違うタイプの男を用意しているし、私の世話は全て部下やメイドがやってくれている。
私の命令一つで全ての者が動くのだから、これほど愉快な事は無い。
あまりにも快適すぎて退屈さすら覚えるほどだ。
「ところでアカネ女王様、謁見を申し出ている者がいるのですが」
「謁見? 別に暇だから構わないわよ」
最初は私に歯向かう奴――特に女が多かったが、今は全員メイドにしてやったので逆らうものは誰も居ない。謁見が誰だか分からないが、私の城で私にかなう者など存在しないのだから恐れる必要は無い。
「お久しぶりですね。アカネさん」
「あら、あんたは……」
「あなたを転生させた女神ボインプルンです」
そう言って女王の間に姿を現したのは、顔よりもでかい乳を持った銀髪美人だった。ボインプルンとかいうふざけた女神だが、私をここに送り出してくれた恩人でもある。
「どうですか、女王としての生活は? 望み通りの生活を送れていますか?」
「様子を見に来たってわけ? ええ、お陰さまですこぶる快適よ。強いて言うなら順調すぎてイベントの一つや二つ起こって欲しいくらいだわ」
「そう言うと思ったので用意をしてきました」
「用意?」
「ええ、そろそろハロウィンですからね」
ボインプルンは柔和な笑みを浮かべ、私にそう言った。
そういえばそんなイベントがあったけれど、この世界には存在しないのですっかり忘れていた。
「カボチャの頭をくりぬいてオバケとかの仮装をする奴よね。懐かしいわ」
「ええ、というわけでハッピーハロウィーン!」
ボインプルンは乳の谷間に胸を突っ込んで、カボチャを取り出した。
「でかっ! ……っていうか、それ形的にカボチャの切れ端よね? どんだけ大きいカボチャなのよ!?」
私は思わずツッコミを入れた。ボインプルンが取り出したのは、黄色い身をしたカボチャのかけらだった。でも異様に大きい。両手で抱えて持たないといけないくらいの特大カボチャ切れ端だ。
「一体どこからそんなの用意し……」
そう言いかけた途端、私は固まった。
「ウィルバート!? どうしたのその姿は!?」
長身痩躯のイケメン執事ウィルバートの姿が激変していたのだ。
全身に体毛が無く、ピンクのぶよぶよした肌がむき出しで、前歯が異常に出っ張ったエイリアンみたいな怪物になっている。
「どうかされましたか女王?」
「どうかされましたかって……どうかされたのはあんたでしょ!?」
「……? 特に何も変わりありませんが」
そう言いながら、ウィルバートはボインプルンの用意した巨大カボチャの切れ端をひったくるように奪い、モリモリと食べ始めた。
「ちょ、ちょっと……一体何が起こっているの? あ、わかった! ハロウィンの仮装よね!」
そうに決まっている。そうでなくてはならない。
私は努めて明るい声でそう言おうとしたが、そこで異変に気付いた。
何故なら、私の手がほっそりした白魚のように美しい指ではなく、毛の無いモグラみたいな……ウィルバートと同じものになっていた事に気付いたからだ。
「さぁ、ハロウィンは楽しんでいただけましたか。エサですよアカネさん」
そう言って、ボインプルンが笑顔でカボチャの切れ端を渡してくる。
ああ、そうだっタ……ワタシハ……。
◆ ◆ ◆
「うわ何これキモッ! エイリアン!?」
「ええと……ハダカデバネズミだって」
とある動物園の一角、奇妙生物を展覧するコーナーで、女子高生らしき二人が喋っていた。一人は背の高い快活そうな少女で、もう片方は小柄でおとなしそうな子だった。
二人の雰囲気は友達というより、お嬢様と従者という感じだったし、事実そうだった。
同じクラスのこの二人は、いじめっ子といじめられっ子というポジションだった。今日も動物園の入場料は小柄な少女の方が二人分払っている。
「なになに……ハダカデバネズミは哺乳類で唯一、アリと同じような社会性を持った動物です。一匹の女王を中心に数匹のオスを囲い、それ以外は働き手として群れを機能させています……ねぇ」
背の高い少女が展示パネルの説明文を読みあげる。
「いいなーハダカデバネズミ。あたしも女王とかなりたいわー」
「えぇ、シシちゃん、こんなのになりたいの?」
小柄な少女の方が信じられない、とばかりにシシちゃんの方を呼ぶ。背の高い少女の名字は宍戸なのでこう呼んでいるのだ。
「ネズ子は分かってないなぁ。女王様だよ女王様。しかも逆ハーレム。最高じゃん」
小馬鹿にするような口調でシシが小柄な少女――ネズ子に話しかけた。
ネズ子というのは、竹筒をくわえて鬼になっている奴ではなく、びくびくして小さいネズミのようだからと名付けた。あだ名というより蔑称に近い。
「でも、私はこんな醜い姿になってまで女王になりたくないよ……」
「あんたってほんとグズだし馬鹿だなぁー。あたしらも人間として生まれて、フツーに人間やってるわけじゃん? このハダカなんとかに生まれて最初っからそれだったら、そもそも周りの事なんか分からないで女王様になれるワケよ」
「そうかもしれないけど……」
自信満々に言うシシに対し、ネズ子はおどおどした態度で口ごもる。確かにシシの言う通りなのかもしれないが、本当にハダカデバネズミは自分の立場を理解していないのだろうか。
「そこのお二人、ハダカデバネズミに興味がごありですか?」
「ん? おねーさん誰?」
「そこのハダカデバネズミの関係者のようなものです」
「飼育員さん?」
「まあ、近いようなものです」
二人の前に現れたのは、銀髪で顔よりもでかい乳を持った美しい女性だった。外見からして外国人かもしれない。ネズ子は少し身がまえたが、シシの方はタメ語で返事をした。
「ハダカデバネズミはキモいからどうでもいいんだけど、女王様って憧れるなーって話をしてたのよ。あ、こっちのネズ子はそんな大それた事思いつかないみたいだけど」
「そんな言い方しなくても……」
小馬鹿にされたようで、ネズ子は内心でいらだちを覚えた。
けれど、シシはクラスの女子でもハイカーストに位置している金持ちのお嬢様だ。下手に反論して揉め事に巻きこまれるより、我慢していた方が被害が少ない。
「そうですか。では、今すぐ女王様になれる手段があると聞いたらどうします?」
「えっ?」
一瞬何を言われたのか分からず、シシとネズ子は呆けた。その二人に対し、銀髪の巨乳女性は微笑みながら言葉を紡ぐ。
「実は私、ある女王の一族と縁がありまして、あなた方が望むのなら紹介してもいいのですが」
「えっ!? ホント!? 紹介してよ!」
銀髪巨乳がそう言うと、シシは真っ先に飛び付いた。一方、ネズ子の方はあまり乗り気では無いらしい。
「あなたはどうですか?」
「わ、私はいいです。知らない人と安易に関わるなって、お父さんやお母さんに言われてるし……」
「あー、そいつは放っておいていいから。上位に立つのとは無縁な女だから」
けらけらとシシが笑う。ネズ子としても不愉快だが、事実ではあるので反論せずに黙っていた。
「そうですか。では、お時間がある時にまたお会いしましょう」
「で、いつその貴族の一族と会わせてくれんの? 早い方がいいんだけど」
「すぐにお会いできますよ。ご案内しますので私と同行願えますか?」
「もちろん。あ、ネズ子、明日も学校でよろしくね。ちゃんと宿題写させてよ」
「う、うん……」
動物園の入場料まで出したのに、シシはネズ子にお礼の一つも言わず銀髪巨乳についていってしまった。もともと動物園に来たいと言い出したのはシシの方なのに、一人取り残されたネズ子はぽつんと立ちつくす。
「はぁ~……」
そして、大きな溜め息を吐いた後、肩を落とした。出来ればシシとは関係を切りたいのだが、目を付けられている以上あまり大きな動きは出来ない。
明日も学校は行きたくないが、行かなければ行かないでシシにまた嫌がらせをされるだろう。
「賢明な判断をしましたね」
「え?」
不意に、ネズ子の耳に女性の声が聞こえてきた。辺りを慌てて見回すが、家族連ればかりでそれらしい姿はまるで見えない。
「……気持ち悪。早く帰ろ」
ネズ子はそう言って、逃げるように動物園から帰宅した。
その翌日、シシは学校に来なかったし、それ以降も学校に来なかった。
ネズ子と動物園に行ったあの日からシシが行方不明になったらしい。
シシの実家はそれなりに名の通った企業の社長で、ニュースになるほどの騒ぎになった。
最後に目撃したのがネズ子だったのもあり、警察から色々と聞かれて全部話したが、銀髪の女性と一緒に去ったところまでしか知らないし、それ以降は何も聞かれなくなった。
かなり目立つ外見をしていたのに、その女性の消息も一向に掴めなかった。
結局、シシは行方不明となったが、もともと影でかなり遊んでいたらしく、どこかの男の家にでも転がりこんでいるのではという噂が流れ、やがて消えていった。
シシに対してはかなり他の生徒も被害を受けていたらしく、彼女が居なくなった事で皮肉にも他の学生達はかなり穏やかな生活を送れるようになった。当然、ネズ子もそのうちの一人だった。
それから数カ月が経ち、シシの存在すらみんなが忘れかけた頃、陽気がいいのでネズ子はまた動物園に来ていた。クラス替えもあり、新しく出来た友達とだ。当然、入園料は各自負担である。
「あ、ハダカデバネズミ……」
手洗いに行く途中、ふと通りかかったコーナーの一角で、ネズ子はふと足を止めた。
数ヶ月前にシシに脅されて連れてこられた事を思い出したのだ。思えば、あの時がシシと会話した最後だ。もっとも、もう二度と会話したいとも思わないが。
展示方式は前とほぼ同じだが、少しだけ変わっていた部分があった。
「先代女王アカネが寿命で死んだから、他のメスが女王になったんだ……」
展示パネルに追記された部分を読みあげたが、別段どうでもいい情報だった。
せっかくなので、ネズ子はハダカデバネズミの展示コーナーに目を向けた。入園者に見やすいように巣穴がアクリル越しに見えるようになっていて、向こうからもこちらを見る事が出来る。
女王の間と呼ばれる、一番奥の穴にいた一匹のハダカデバネズミが、突然アクリルに突進してきた。必死でカリカリと透明なアクリル板を掻き、まるでネズ子に助けを求めているようにも見えた。
『賢明な判断をしましたね』
唐突に、あの時の謎の女性の声を思い出した。そういえば、シシはハダカデバネズミの女王が羨ましいと言っていた。それからあの銀髪の女性と雲隠れをしてしまった。
……もしかしたら。
「なんてね」
馬鹿馬鹿しい想像に、ネズ子は苦笑した。そんな怪奇現象などあるわけないのだ。そんな事より友達を待たせている。大して興味もないハダカデバネズミより、友達とライオンを見に行くほうが大切だ。
そうしてネズ子は展示コーナーに背を向け、友達を待たせている場所に早足で向かっていった。ネズ子は一度も振りかえらなかったが、彼女の姿が消えるまで、ハダカデバネズミの女王は必死にアクリル板を前足で引っかき続けていた。