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32850日後に死ぬらしい俺、いやそれって大往生じゃない?

作者: N通-

「いやあ、すまん。まさかトラックに轢かれて生き延びるとは思わなんだから、地獄の苦しみを20年も味合わせる事になるとはのう……」


 話しかけられて、俺はハッとした。眼下にある青と白と緑のマーブル模様を描いている地球・・に目を奪われていたのだ。

 

「地獄……」


 その言葉に俺は思いだした。俺は……俺の名前はかがり 公人きみひと。30代のはずだ。はず、というのは何か頭にもやのようなものがかかっている気分で、ふわふわとしていて確信が持てないせいでもある。

 

 俺は、確か……。一番明瞭な記憶を掘り起こすと、明確に思い浮かぶビジョンがあった。

 

 

 ――記憶が蘇る。

 

 

 そうだ。あれは俺が高校2年生の時。やきもちしながら幼馴染関係を続けていた女の子と、ようやく恋人関係になれて間もない頃。二人で下校中によそ見運転のトラックに轢かれる直前、咄嗟に彼女を突き飛ばして、俺は圧倒的に質量に跳ね飛ばされたのだ。

 

 次に意識が戻ったのは病室と思われる場所。目は開くが、全身が動かすことが出来ない。とりあえず動かせる範囲で目線をさまよわせると、看護師らしき女性と目があった。その人はとても驚いたようで、すぐさま駆け出していく。おい、待ってくれと声を出そうにも、シューという掠れた抜けるような音が出るだけであった。

 

 それから医者らしき人がどやどやとやってきて、あれこれ指示して、しばらくしてから俺はベッドごと場所を移動させられた。移動先でも一切の感覚がない、視覚だけの情報がある中で、一体どうなっているのかと答えの出ない問答に頭を悩ませていると、いつの間にかやってきた家族が泣きながら俺の顔を覗き込んでいた。両親と、生意気ながらも可愛がっていた妹。みんな口々に何かを言っているが、俺には解らない。ただ、まばたきと目を動かすくらいしかできないのだ。多分心配しただの、良かっただの言ってくれているのだろう。

 

 それから俺は、自分の状況を家族から見せられた手紙で知り、絶望した。

 

 現在の俺は神経系をやられて全身麻痺に近い状態にあること、治療のためにやむなく右腕、左足を切断されたこと。そして脳へのダメージのせいか、視覚以外の五感が失われていることなどだった。その後まばたきと目線を使ったテストのようなものを受けさせられ、俺は確かに触覚、嗅覚、触覚、聴覚が失われているのを事実として突きつけられ、更に絶望した。

 

 事故の事も詳しく教えてくれた。なんと、今は事故があってから2年後らしい。幼馴染は、事故のショックで家に閉じこもってしまい、部屋から出てこなくなっていると知った時には胸が締め付けられる思いだった。トラックの運転手は逮捕されたらしい。今は刑務所に入っているとか。だが、そんなことはどうでも良かった。俺は幼馴染の事が心配でたまらなかった。

 

 数日して、目線と瞬きでコミュニケーションを取る装置が持ち込まれた。パソコンのキーボードの代わりに、目で文字盤を追って、瞬きで入力するという、今の俺にはとても便利な装置だった。

 

 それを使って真っ先に書いたのは、幼馴染への手紙だった。内容は恥ずかしいが、簡単に言うと俺の分の人生を君が背負うことはない。だから俺のことは忘れて、自分の人生を生きてほしいと、そういう内容だった。家族に本当にこれでいいのかと、何度も念押しされたが、俺はそれを託した。

 

 すると翌日に、幼馴染の面影のある美人が髪を振り乱して病室へ飛び込んできて、何かを叫んだ後、俺の頬を張ったらしい。突然のことに居合わせた母親すら制止する事ができず、何も感じない頬に心の痛みを覚えながら、わんわんと恐らく大声を上げながら泣いている幼馴染を、母親が抱きしめて一緒に泣いていた。俺はその光景を眺めながら、涙が流れたのですら、視界が滲むまで感じることはできなかった。

 

 しばらくして落ち着いた幼馴染は、手紙でこんな事を伝えてきた。

 

「私の人生のすべてをあなたに捧げる。罪の意識もある。でもそれだけじゃない。あなたと少しでも長く一緒にいたいから」


 俺はその手紙にボロボロと涙を流した。彼女は、俺を気遣うように覆いかぶさって、そっと頬にキスをしてくれた。その様子を母親に見られていたのは非常に恥ずかしかった。

 

 それから、高校浪人をしてしまった彼女は新たに通信制の高校に入り直したらしく、登校日以外のほとんどを俺の付添へとあてていた。それから20年。途方も無い時間の中で、彼女は俺のために尽くしてくれた。いい加減彼女を解放しろと言ってきた理不尽な男も一人や二人ではきかなかったが、その度に彼女が烈火のごとく怒り、男たちは項垂うなだれて病室を出ていくのだった。それぐらい彼女はモテた。でも、俺のために人生を無駄にしているのではと思い、一度それとなく聞いてみた。

 

 結果、彼女は俺が何を訴えても三日間口を利いてくれなくなった。だというのにそばにいるのだ。圧がすごく、俺は二度とうかつな事は言うまいと心に誓った。

 

 そして終わりはあっけなく訪れた。脳のダメージがどんどんと深刻になっていき、俺はとうとう余命宣告をされた。正確には、脳死という状態に陥ると。それを知った彼女の取り乱しようといったらなかった。親父や母親が慰めてくれなかったら、彼女は自ら命を断ちそうな勢いだったのだ。

 

 そんな彼女に、俺は遺書を遺した。ある日突然終わりが来る日を思って、遺書は長くなったが。今までの感謝と、これからの人生は自分のために使って欲しい、俺の分まで長生きして欲しいと、一度目の手紙と似たような内容になったが、特に後を追うような真似はしないで欲しいと厳に戒めた。それを彼女が席を外した隙に母親へと託した。

 

 いつもの麗らかな秋の午後、彼女がうとうととしながら天使のような寝顔を見せている。俺は、釣られて目を閉じ――そして、二度と目覚めることはなかった。

 

 これが、俺の生涯。気がつけば、俺は高校2年生の当時の姿で、宇宙に座っていた。そして目の前には、貫頭衣を着た白髪でやたらと髪とヒゲの長いお爺さんが同じように座っている。

 

「実はあの事故で、お主は死ぬ宿命のはずだったんじゃよ」


「は? えっと、まずあなたは何者ですか?」


 おもむろに聞かされた意味不明な内容に、俺はいぶかしみながらたずねる。

 

「私はこの地球を含めた太陽系担当の神じゃよ」


「え? ええっ!? 神様――マ、マジで?」


「マジじゃ。そして、篝 公人くん。君は死の運命をすり抜けてしまい、いらぬ苦痛を体感させてしまった。たまにこういうバグが起こるのじゃが、本当に申し訳ない」


 言葉通り、深々と頭を下げる老人。神だと? 普通なら信じられないかもしれないが、生憎今の状況が夢や幻覚でないのだとしたら、信じるしか無い。それくらい、俺たちの下にある地球はリアルだった。

 

「じゃあ、俺は死んだ……ってことですか」


「そうじゃ。しかも、苦しみを味わって……」


「そんな事言うな! 俺と……彼女の時間は、決して苦しいだけのものじゃなかったんだから!!」


 俺は思わず神様相手に怒鳴ってしまっていた。突然の怒りに、神様は目を丸くしていたが、やがて温和な笑みを浮かべる。

 

「すまんかった。悪気はなかったのじゃ。お詫びに、彼女のその後の事を教えることが出来るが、どうするね?」


「それは――。お願い、します」


 怒鳴ってしまった手前きまずかったが、それ以上に彼女の事は気になっていた。最悪の選択をするのではないかと、心配していたからだ。

 

「ほほっ、安心せい。彼女はお前を看取ると、遺言に従って幸せな人生を歩んでおったよ。最後までな」


「えっ? 最後?」


「お主が死んでから大分時間が経ってしまっているからなあ。わしらの感覚ではあっという間なんじゃが、許しておくれ。決してお主の魂がさまよっているのを見て思い出したわけじゃないぞ。決してな」


 ……これ絶対忘れてたろ。まあ、いい。どうせ俺は死んだ身だ。

 

「それで、ここは宇宙……ですよね」


「そうじゃな。なんじゃ、もしかして天国に連れて行かれると思ったか?」


「まあ、そういう価値観で生きてきたんで」


「お主を天国に連れて行くにはまだまだ魂の修行が必要じゃしな」


「あるのかよ天国!」


「正確には天界じゃがな、あるぞ。神たちの住まう場所がな」


 こともなげに言う神様に、俺はため息をついた。しかし、何十年かぶりに声を張り上げたり、体を動かしたり出来るのは、死んだ故の僥倖か。

 

「それで、お主には生まれ変わってもらいたいのじゃよ。これは前世の仕打ちに対する贖罪もかねておる」


「生まれ変わりかあ……。また、あの子と会えるといいな」


 淡い期待を胸に、ただぽつりと呟いた。しかし、神様は目を伏せ、済まなそうに告げる。

 

「もう一度同じ時間、同じ人生を歩むことは出来ないのじゃ。それに、お主が生まれ変わるのは地球ではない」


「……さすがに驚きにも慣れてきたよ。俺はどこに生まれ変わるんです?」


「ふむ。わしの管轄外なので余り詳しくはないのじゃが、ファステアという地球によく似た環境の星じゃな」


「ファステア……。そこで俺は第二の人生を始めるのか。まあ、生まれ変わったらどうせゼロから始まるんだし、覚えてなくてもいいだろうけど」


 俺が多少投げやりに言うと、神様は片眉を器用に上げる。

 

「いやいや、お主は生まれ変わっても記憶はそのままじゃ」


「どういうことですか?」


「そのままの意味じゃよ。赤ん坊としてファステアに生を受け、そしてこの地球の記憶を持ったまま、新しい人生を始める。簡単なことじゃ」


 まてまてまて、今神様が言った事が本当だとしたら、俺は大人の記憶を持ったまま赤ん坊からスタートということになる。あんなことやこんなことを一方的にされてしまう……!

 

「それは恥ずかしすぎませんか!?」


「すぐ慣れるじゃろ」


「軽いっ!?」


「それに、大人の知識を持ったまま生まれ変わるんじゃ。お主の人生有利になると思うがの」


「それはそうかもしれませんが、俺はせいぜい高校生程度の知識しかありませんよ?」


「お主成績優秀者じゃったろ? 地球の知識は絶対に役に立つ。何しろ、向かう先は中世ヨーロッパに近い文明レベルなのでな」


「もしかして、戦争とかある世界なんですか?」


 俺の問いかけに、神様はそれと解るくらい盛大にため息を付いた。

 

「全く、人類種というのはどこの世界でも血気盛んで困るわい」


「じゃあ、盗賊とかも……」


「普通におるぞ。ついでに言うと魔物も出る」


 今、およそ現実とは思えない単語を聞いた気がした。

 

「魔物って、あの、ゲームとかによく出てくる異形の怪物の事ですか?」


「そうじゃそうじゃ、日本はやたらにアニメやゲームが発展しておるからの、こういう説明が楽でいいわい」


「そんなんが闊歩する世界嫌なんですが!?」


「絶対大丈夫、安心せい」


「どうして言い切れるんですか」


「なぜならお主は生まれてから32850日後に死ぬからじゃ」


「は?」


 一瞬、頭がフリーズした。え? どういうこと? 期限付き?

 

「解りにくかったかの? あっちの世界でも、一年は365日じゃから、普通に90年と言ったとこじゃな」


「90歳で俺死ぬんですか!? って、よく考えたら90歳って大往生なんじゃ……?」


「向こうの世界ではメチャクチャ長寿の部類に入るの、人類種としては。まあ他にも長命の種族はおるが」


「でも、それって単に寿命が保証されてるだけですよね? 怪我とか病気や、あるいは何かの事件に巻き込まれたりで死んでしまうことも

ありますよね」


 何しろ盗賊や魔物が出るのだ、その辺は不安で仕方ない。

 

「お主にはわしの加護がついておる。それは、わしだけではなく、ファステアの世界の管理者である神の加護もな。じゃから、90歳になるまでに死ぬことは絶対に有り得ないのじゃ」


「そ、それは凄いですね」


 絶対に死なないというのなら、何でも出来てしまう。良いことも、悪いことも。しかし折角生まれ変わるのだ、俺はその命尽きるまで、なるべく善行を積むようにしよう。

 

 そんな俺の決意が伝わったのか、神様はにこにこしながら、うんと一つうなずいた。

 

「それでは、お主の新しい人生に祝福を。お主の死の期限は生まれた時間と同じ午前3時ぴったりじゃ。忘れるでないぞ」


 最後に神様はそう言い残し、俺の視界が眩い光に包まれて――。

 

 

 俺は、生まれ変わった。

 

 

 生まれ変わった俺は、なんと公爵家の長男だった。名をコウトと名付けられる。

 

 それから、俺はこの世界には魔法というものまであることを知った。メイドやコックが普通に魔法を使って火をおこしたりしているのである。

 

 公爵家の長男として何不自由なく育ち、俺は5歳で社交界デビューをした。その際に、紹介された貴族令嬢の一人に、俺は目が釘付けになった。髪の色こそ違えど、彼女だ。彼女が、幼い頃の姿に生き写しでそこにいたのだ。

 

「は、はじゅめま……!」


 余りの出来事に、利発で礼儀作法も完璧と称えられていた俺がうろたえて話しかける際に噛んでしまう程だった。対して、彼女はくすりと嫌味のない可愛らしい笑みを浮かべ、上品に挨拶をしてくれた。

 

「はじめまして、コウトさま。わたくしミリア・フロイドともうします」


 これが、俺とミリアの出会いだった。後年、彼女は語る。俺という存在を初めて認識した時に、なぜか慕情が溢れてたまらなくなったのだと。

 

 ミリアとはその後仲良くなり、両家公認のカップル扱いとなった。貴族学校に通うようになってからも、俺と彼女はまさに相克の翼といった様相で、この国の貴族内でも有数のベストカップルとまで言われるようになる。

 

 そんな彼女とはトントン拍子に婚約から成婚に至り、無事長男を出産、子供が出来てからも仲の良さは変わらず、俺達は幸せの絶頂にいた。

 

 それが、60後半になるまでの話。もうひ孫も生まれようかというその年に、ミリアは思い病に倒れた。国一番の名医に見せても、もう手遅れとの診断を受けてしまう。俺は嘆き悲しんだ。折角いっしょになれたのに、俺は死ぬことが出来ない。ミリアが俺を置いて逝ってしまう。俺は一日の大半をミリアの寝室で過ごすことにした。そして、前世で彼女が俺を見守っていたのは、こんな気持ちだったのかと察した。死を待つばかりの最愛の人を前に、何も出来ない自分。だからせめて、俺は彼女に笑顔を送る。

 ……思い出した。前世の彼女も、俺の晩年は笑顔を絶やしていなかった事を。全てが、そっくりそのまま再現されている。奇しくも、彼女が息を引き取ったのも、麗らかな秋の午後のことだった。最後には、穏やかな笑みで彼女は笑いかけてきた。

 

「どうか、私の分まで生きて、後悔はしないで……最愛のあなた」


 涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら俺は何度も頷いて、彼女のことを看取った。それからはどのように生きただろう? ただ、彼女の願いは既に呪いに近い形で実現されてしまっている。俺は死ねない。90歳になるまで、死ねないのだから。

 

「俺は、彼女が愛したこの国を守る……」


 俺はそう決意した。晩年は、王のご意見番として意見具申をしまくった。地球での知識を元に、これでもかと国にテコ入れを行ったのだ。その甲斐があってか、この国はファステアでも1、2を争う大国となった。俺の知識が、この国の技術を100年は推し進めた結果だ。

 国民誰もが笑顔で幸せに生きる国。俺の目指した、彼女の望んだであろう国の姿がここにはあった。俺と王とが協力し成し遂げたのだ。

 

 

 そして、時は来る――

 

 

 俺は、今床に臥せっていた。周囲には、ベッドを囲うように親族一同や、なんと現国王までわざわざ足を運んで頂いている。俺は正確な自分の死期を知っていたため、信託が降りたとのたまい、この時間に息を引き取るであろうことを皆に伝えていたのだ。

 

「コートよ、お前の献身によって我が王国はもはやどこにも負けぬ素晴らしい国となった。現国王として、先王に代わって礼を言う」


 まだ年若い現国王は感謝を述べ、俺の手をとった。

 

「ありがたき……幸せです……国王陛下」


 今の時間をたずねると、もう午前2時55分だった。

 

 俺の中に、相反する感情がうねり狂う。

 

 嫌だ、死にたくない。もっと生きて、彼女の理想をまだまだ置い続けていきたい!

 

 早く楽になりたい、そして彼女と再びどこかで出会うのだ。

 

 そんな気持ちが堂々巡りをしている間に、時はきた。

 

 まぶたは自然と落ち、そして、全身から力が抜ける2回目の感覚。

 

 ああ、ようやくまた会えるのかな、ミリア――美里亜。それは、偶然か必然か、前世の彼女と全く同じ名前の最愛の人の名。

 

 俺は、最後の最後に、また会えますようにと、神様に祈りを捧げて、この世を去った。素晴らしき出会いに感謝を。悲しき別れに悲嘆を。この大往生に、祝福を――。

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