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第6話 求婚


 ティアナが目を覚ました時には、全てが整えられていた。


 なぜかその日は宮殿に泊まることになっていて驚いていたら、どうやら今日だけどころか宮殿に住み込みで働くことになっていた。

 そして、その勤務というのもオリヴィア皇女殿下のお話し相手という名目で、もちろんそれもしてもらうけど、本当の仕事は他にあるとのことだ。


 なぜそんなことになったのか、ティアナが眠りこけている間に一体何があったのか、聞きたいのは山々だが、詳しくはウィルが説明すると言われてしまえば待つより他の選択肢はない。


 手持ち無沙汰に読み始めた小説に思いの外熱中してしまっている間に時間が経っていたらしい。日付が変わる頃、少し疲れた様子のウィルが客室に姿を現した。


「待たせてごめんね、ティア」


 夜会服を着崩したその姿は、記憶にあるウィルより大分大人っぽく成長しており、会えなくなってからの時間の経過を感じさせた。

 だが、眉尻を下げて、困ったように笑うその表情はティアナが知っている、昔のままだ。


「ウィル! 会いたかった……!」


 駆け寄ると当然のように抱きしめてくれる。再び懐かしい匂いに包まれると“私の幸せがやっと帰ってきた”とティアナには感じられた。


「僕も会いたかった。何も言わずに急にいなくなったから、何か事件に巻き込まれたのかって心配したし、元気にしてるって知ってからは、連絡すらくれないのは僕に愛想をつかしたからかなって本気で悩んだ」

「違うの……! 連絡したかったんだけど、環境も変わってしまったからどうすればいいかわからなくて……ウィルに迷惑かけそうで怖かったの」

「わかっているよ。ご両親のことは残念だったね。僕も大好きな二人だったから悲しかったけど、ティアはそれ以上だっただろう。寂しい思いはしていないか、それだけが気がかりだったんだ」


 ウィルは眉を下げたまま、気づかわし気にティアナの頬を撫でた。指が震えていて、温度も冷たく感じられたので、ティアナは自分の手の熱を分け与えるようにそっとウィルの手の上に自分のそれを重ねた。


「ええ。父と母の遺体はロバート様が探してくれたと聞いたけど、結局見つからなかったみたいなの。だから、まだどこかで生きているような気がして。もういないって頭ではわかってるのに……」


 ティア、とウィルは両手でティアナの頬をふわりとはさみ、美しい空色の瞳を柔らかく細めて言った。 


「二人の代わりには到底及ばないけど、これからは僕がティアのそばにいて、守るから。絶対に幸せにする」

「……なにそれ? プロポーズ?」


 ティアナは喜びを冗談で隠すようにそう言って、涙の滲んだ瞳でウィルの顔を見上げた。

 ウィルの真実味を帯びた瞳がそこにはあって、ティアナは息を呑んだ。


「ティアナ。一年間、僕たちはお互いの素性をほとんど知らずに付き合っていたけれど。それでもティアナは僕のことが好きだと、結婚したいと言ってくれたね」

「ええ。その気持ちに変わりはないけれど……」


 ティアナはさっきまでロバートにあてがわれたトーマス・バッカスと結婚するつもりだった。ロバートには義父として自分のことを養ってくれた恩があるし、ティアナだって今や貴族令嬢。政略結婚は義務だと覚悟もしていた。

 しかし、ウィルに再会したことで、全て頭から抜けてしまった。恩返しも覚悟も、どうでもよくなってしまったのだ。


(私は結婚するならウィルがいい。恩知らずと詰られようとも、家を出る覚悟はできている。でも、私が貴族でなくなってしまったら、もしかしたらウィルとは結婚できないのかもしれない……)


 ティアナの考えとしては、ウィルは実はかなり高位の貴族令息なんじゃないかと思っている。だから、もしルスネリア公爵家を出なければならないとしたら、ウィルとは結ばれない可能性が高いのだ。

 ティアナが不安そうに瞳を揺らすと、ウィルは「わかっている」とでも言うように愛おし気に目を細めてティアナの額に自分の額を重ねた。


「ティアは僕のこと以外、何も考えなくていい」

「何も……?」

「お互いの家のことや、家族のことは全部僕が解決して、僕たちの間には何も障害は存在しないとして……」

「うん」

「ティアは、僕と結婚したい?」


 ティアナは間髪入れずに頷いた。


「ええ。結婚するならウィルがいい」

「その言葉が聞きたかったんだ……! ああ、嬉しくて泣きそうだ」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるウィルの顔を見上げながら、愛しい人を喜ばせることができた事実にティアナの口元が孤を描く。


 ウィルはぎゅうっと力一杯抱きしめたあとに抱擁している腕をほどき、ティアナの目の前に跪いた。


「ティアナ・ルスネリア嬢」


 目を丸くしているティアナを真剣な瞳で射抜き、言葉を紡ぐ。


「この私、ウィルバート・フランネアとこの先の生涯を共にしてほしい」

「……え?」

「結婚してください」


 ウィルは魔法でポンと手のひらに婚約指輪を呼び出して見せた。

 大粒の宝石が乗った指輪を目の前に、ティアナはかつてない程の衝撃を受けていたが、もちろんその大きな宝石に驚いたわけではない。


「皇太子……殿下!?」


 ティアナとしては、ウィルはかなり高位の貴族だろうとは思っていたが、まさか皇太子殿下であろうとは少しも考えていなかった。


「そう。ティアは僕の妻だから皇太子妃になるね。でも大丈夫だよ。明日から妃教育を受けられるように手配済みだから。それが明日からのティアの本当の仕事」


 にっこりと幸せそうな笑みを向けるウィルに、ティアナはNOと言えるはずもなく……



「はい。喜んでお受けします」



 若干苦笑気味ではあったが、ティアナはウィルバートのプロポーズを笑顔で受け入れたのであった。



テ「ウィルバート様って呼んだ方がいいのかしら?」

ウ「そんな他人行儀な呼び方嫌だよ。婚約者になるんだから今まで通り愛称で呼んでくれて構わないよ」

テ「じゃあ……ウィル様?」

ウ(それもいいな……)「でも、やっぱり様はいらないかな」

テ「何が『でも』なの?」

ウ「なんでもない。こっちの話」


そんなやりとりがあったりなかったり……

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