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番外編 マリアとメアリー(Side Mary)

たくさんの評価、ブックマークありがとうございます。

「おはよう〜」

愛梨沙(ありさ)、おはよう。またゲームしてて夜更かししたの?」

「うん……。なんだかプロローグがやたら長かったんだけど、進めていくうちに続きが気になって、夢中になっちゃって……」

「あら……? それってもしかして『森の中のプリンセス』?」


 眠そうに目を擦っていた東雲(しののめ)愛梨沙(ありさ)は驚いた。母の口から自分がいま夢中になっている乙女ゲームのタイトルが出てくるとは思わなかったからだ。


「え! なんで知ってるの?」

「私も独身時代にやってたのよ! 会社のお昼休憩の時間とか、通勤時間とかも費やしてたのよ。まだ配信終了してなかったのね!」

「……! え、普通にすごくない?」

「いいえ。このすごさは普通じゃないと思う」


 母が真面目に言うので笑ってしまった。


 『森の中のプリンセス』は、それこそ母が独身だった時代から、娘の私が大学に入学するまで配信が続いているスマホ版乙女ゲームアプリである。

 時がたつと配信終了するアプリが多い中、根強い人気のため未だに現役で配信が続いている知る人ぞ知るロングランゲームなのである。

 よくあるスマホゲームアプリのように、名前とアバターを自分好みにカスタマイズできるもので、自分のアバターを推しまみれにして応援することもできる。

 また、通常のシナリオを進める他に、定期的にシナリオライター書き下ろしのシナリオイベントなども開催され、イベントフレンドを募って力を合わせるとミッションもクリアしやすくなるので、プレイヤー同士の交流も盛んに行われているのだ。


「じゃあ、検索すればお母さんのアカウントも出てくるってこと?」

「そういうことになるよね……」

「なんて名前でプレイしてたの?」


 愛梨沙は早速スマホを取り出し、アプリをタップしながら訪ねた。


「……マリアだったかな」

「え。なんでマリア? あ、お母さんの旧姓って麻生(あそう)だったよね。マリ・アソウでマリアね」

「だって、ヒロインの見た目が真梨(まり)っぽくなかったから……」

「あーね、フランス人形みたいに可愛いもんね」

「そういう愛梨沙は? なんていう名前で登録したの?」

「メアリー」

「東雲愛梨沙だからメアリーね。完全に私と同じ思考回路じゃない」

「親子だからね」


 真梨と愛梨沙は顔を見合わせて笑った。


「あ。本当にいた。マリア意外とたくさんいるけど、このマリアでしょ?」

「あ、これこれ! 懐かしーい! 残してくれているものなのねー」

「ウィルルート攻略中になってる。アバターもウィルだらけじゃん。なんかわかる気がするけど。ウィル推しだったの?」

「だってウィルって可愛いじゃない? 一生懸命で、ちょっと頼りないところも母性本能をくすぐられるというか……」

「だよね。ウィルってちょっとお父さんっぽいもんね。残念イケメンっぷりが」

「……そんなこと愛梨沙に言われてるって知ったらお父さんリアルに泣くよ」


 父が娘大好きすぎてちょっと面倒臭いことは周知の事実である。もう思春期も過ぎ去った愛梨沙にとってちょっと面倒に思うこともあるが、その愛情はありがたいものだと理解している。くすぐったかったり、恥ずかしかったりする思いはあるが、素直に嬉しいと感じている。

 ただ、若干、少しだけ、うざったいので、父がリアルに泣く姿を想像して無表情になった愛梨沙である。「残念イケメン」は父の前では禁句にしようと心に決めて、話を変えた。


「私は断然マリウスだなー! 禁断の愛、いいよね」

「愛梨沙、現実ではそういうのダメだからね」

「もうー。当たり前でしょー! まったく、お母さんは堅いんだから。しかもマリウスルートは禁断の愛ってキャッチコピーなだけで、本当はヒロインとは血が繋がってないから禁断でもなんでもないじゃん」

「そうだったっけ? お母さん昔すぎて細かい設定は忘れちゃった」

「……」

「……」


 まだ会話は続いていたが、楽しげな母娘の声はだんだんと遠ざかっていった。



「久しぶりに見たな、この夢……」

 

 メアリーは机に突っ伏したまま寝ていたようだ。その手元には、大量の原稿らしきものが散乱している。


「ああ。どれくらい寝ちゃったんだろう? 続き! 早く書かなきゃ……」


 メアリーが一心不乱に書き殴っているのは、「女神と恋に落ちた皇太子」という小説である。

 前世で夢中になっていた『森の中のプリンセス』(略して森プリ)で読んだシナリオをベースに、ウィルバート本人やティアナの親友ミリアーナに聞き込みをして、この世界のヒロイン、ティアナの物語を綴っている。

 最初はブランシュのメンバーに拝み倒す勢いで頼まれて仕方なく始めた作業だったが、メアリーは自分にこんな才能があったことに驚いたし、メイドよりも向いているかもしれないと感じた。

 自分の書いた小説が世間で認められて大ヒットしたときは、自分の存在が認められたようで心底嬉しかったが、ベースは前世のシナリオライターの作品なので、あまり得意にはなれないでいた。


「マリアもメアリーもいるなんて、奇遇よね」


 メアリーはモブなので小説には登場しないが、マリアはヒロインの母親なのでがっつり登場する。

 メアリーは小説を書きながらマリアに前世の母を重ねてしまったことに気づいたが、それを知っているのはこの世界ではメアリーだけなので、あえて修正せず、好きに書かせてもらった。


「ここからだよね。元のシナリオからはだいぶ変わっちゃったけど、ルート分岐まで長いのは一緒だったなぁ……」


 『森プリ』は、個別ルートを選ぶ前段階、普通だとプロローグにあたる部分がやたら長いことで有名だった。

 その部分だけでも十分楽しめるため、個別ルートを選択せずに読了するプレイヤーも多かったと聞く。でも、本当のファンはもちろんルートも選択して読み込む。ルート選択後は恋人となったイケメンとの激甘ストーリーが楽しめるので、そこも人気を博した大きな要因だった。

 ただ、問題は正規ルートであるウィルバート以外を選ぶと略奪愛ルートに強制突入することになってしまう点だった。どうして普通の恋人同士になれないのかと疑問に思ったものだが、「略奪されるのがいい!」と言うプレイヤーがとても多かったことを覚えている。その辺りもロングランの秘訣だったのかもしれない。


「確かにね……。マリウス様に略奪されるシーンは何周しても尊かった……」


 前世のゲームのシーンを回想していたメアリーは、ふと視界に入った時計を見て現実に引き戻された。


「やばい! 脱線してる時間なかった! えっと、現実のティアナ様が選んだお相手は……」


 「神恋」の大ヒットによってメアリーは物理的にメイドを続けられなくなり、今や家にこもって必死の形相で紙にペンを走らせる毎日である。


「……ふぅ。この後の激甘ストーリーは二人だけの秘密になるから、想像で書くしかなくなるわねぇ。ふふふ。どう激甘にしようかしら? 腕がなるわぁー!」


 今日もメアリーは売れっ子作家として、睡魔と妄想の世界への誘惑と原稿の締め切りと……たくさんのものと戦いつつ、人生を謳歌しているのであった。

ありがとうございます!


まだ投稿しきれていない話もあるので、また機会を見て更新します。


引き続きよろしくお願いします。

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