第49話 マリアと精霊
「ふうん。私たちの娘ってば、モテモテねぇー」
マリアはプロスペリア王国にいながら、フランネア帝国にいる娘の様子を覗き見ていた。
ティアナたちの近くにいる動物の目を借り、部屋にいながらオペラを鑑賞しているような臨場感で覗き見ることができるのである。
それを可能にしているのは、マリアの持つ莫大な魔力と、彼女に祝福を与える精霊の存在である。
マリアに祝福を与えたのは白くて丸くて小さい鳥に似た精霊である。名前は彼女によってスノウとつけられた。そして、マリアの側にはスノウと、もうひとつの精霊の存在があった。白いヒョウに似た精霊であり、名をクリスという。
実は、高位精霊の中には、他の生物の魂を精霊の身体に結びつけられるものがいる。
膨大な魔力を必要とすること、魂が身体から離れてしまう前に術を施す必要があること、などと制約が様々あるので、精霊の間でもそう実行されることも知られていることも稀な術ではあるのだが、確かにその存在はあった。そしてその術の行使を可能とするものがたまたま、マリアによってスノウと名付けられた精霊であったのだ。
マリアとクリストファーが事故に遭ったとき、マリアの母からマリアへと宝玉の継承は既に終わっていたことが不幸中の幸いであった。クリストファーがマリアの身を咄嗟に守り、命が危ないとわかった瞬間にマリアはスノウに願い、肉体と共に滅びる前に、クリストファーの魂をこの世界にとどまらせてもらったのだった。幸運なことは重なるもので、クリストファーを現世にとどまらせるに足る条件はその時すべて揃っていた。
マリアはスノウとクリストファーが側にいてくれる奇跡に感謝しながら、クリスの綺麗な毛並みを撫で、幸せそうに笑いながら言った。
「私は昔からずーっとブレずにウィルくん推しなの。あなたは?」
マリアの傍で床に寝そべって泣いている仕草をしていたヒョウに似た姿のクリスは、顔を上げて言った。ちなみに、クリスを助けた最大の功労者であるスノウは、床に寝そべるクリスの背中の上で丸くなって寝ている。大変マイペースな性格なのである。
「うう……。ティアは、ティアはパパと結婚するって言っていたじゃないか! どうして……まだ十八歳なのに……」
「一体いつの話をしているのよ。あなたが娘大好きなのは知っているけれど……。あなた、そういえばよくティアに話しかけることを我慢できたわね?」
マリアが言っているのは、ティアナがプロスペリア王国に滞在していた時の話である。
当時マリアは記憶を失っていたから、クリストファーが精霊に姿を変えて魂は生きているという事実をティアナに伝えることができなかった。しかし、クリストファーはティアナの前に姿を現して自分のことを伝えることもできたはずだ。それなのに、ティアナがプロスペリア王国を去るまで一度も接触しなかったと聞いた。
「あの時の僕は、薄情かもしれないが記憶を失くしたきみが心配でたまらなくてそれどころではなくてね……。それに、きみの記憶が戻ったと思ったらすぐにフランネア帝国に行ってしまったし。……ティアは随分悲しそうにしていたね。でも、僕の身体が死んでしまったことには違いない。僕がこんな姿になってしまったと知ったら少なからずショックを受けるかもしれない。精霊の存在にもう少し慣れてから明かした方がいいと思うんだ。あの子のためにもね」
「そうね……。まあ、あなたの死はとうに乗り越えて、いまは自分のお相手を決めるのに悩んでいるでしょうから、落ち着いてからでいいわね」
「うう……なんだかそう言われると……いやだー! 僕の娘はまだ誰にも渡せない!」
「あらぁ、そんな姿でそんなこと言っても可愛いだけだわ。私、サミュエルくんもとっても素敵だと思うのよね。ティアを見つめる瞳が熱くて、私までドキドキしちゃったもの」
「…………」
クリスはヒゲをピクピクさせながら身体をプルプル震わせている。
「でも、レオくんも昔から知っているし、応援したくなっちゃうわよね。ティアは誰を選ぶのかしら……」
「……もう、やめてくれ……」
クリスはがっくりとうなだれた。
「ふふふ」
(仲良しだなぁ)
スノウはがっくりとうなだれているクリスの背中でのんびりとくつろぎながら、目を瞑ったまま心の中で感想を呟いていた。そして片目をうっすら開けてマリアの表情を確認すると、再び目を閉じて満足そうに目尻を下げるのだった。
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