第5話 謀略
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――時は少し遡ってティアナが客室に運ばれてすぐ後の話。
皇太子殿下に話しかけられたロバートは混乱の最中にいた。
(どうして皇太子殿下がティアナを? この短い時間で見初めたのか? それとも別の意図があるのか……?)
ロバートは皇太子殿下を前に考えを巡らせていた。
(殿下はティアナを皇太子妃にするつもりなのか……? 確かめるか)
猜疑心を隠し、穏やかに笑みを浮かべたロバートは目線で婚約者になる予定の男を探した。
(トーマスは……、使えない男だったな。まぁいい)
「そうでしたか。実はバッカス侯爵家のトーマス殿がティアナの婚約者になる予定でして。娘のことは彼に任せていただければと思うのですが……」
「そうでしたか。彼女は一人でいたので、光栄にも私がエスコートの役を引き受けていたのですが、面目もないことに少し疲れさせてしまったようで……今は用意させた客室で休んでもらっているところです」
「それはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。すぐに私が引き取りに行きます」
「いえ、それがよほど疲れていたのか眠ってしまいまして。心配だったので医師を呼び、目覚めたら診察を受けていただくように手配しております。トーマス殿には私から伝えておきますし、診察が終わりましたら貴殿にも連絡をいたします」
「殿下にお気遣いいただいて娘も恐縮しているでしょう。大変ありがたき幸せにございます。ところで、殿下は私のもう一人の娘のアマンダを覚えていらっしゃるでしょうか?今日は久しぶりに殿下にお会いできることを非常に楽しみにしておりましてね。ほら、あちらにおりますので一曲踊っていただけませんでしょうか」
ロバートが示した先には、目敏くウィルの姿を見つけ、そそくさとこちらに近寄ってくるアマンダが見えた。
「申し訳ありませんが、心配ですのでティアナ嬢が目覚めるまで側についていてあげたいのです。アマンダ嬢とのダンスはまた今度。彼女は美しく成長されましたね。引く手数多でしょう。結婚式には是非招待してほしいとお伝えください。ティアナ嬢の妹君なら、私の妹も同然ですからね」
そう言ってにっこりと微笑む皇太子を前に、ロバートは穏やかな笑みを崩さないよう耐えた。
「では、良い夜を」
極上の笑みを浮かべた皇太子殿下は、周りの令嬢たちの恍惚とした表情を全て綺麗に躱し、その場を去っていった。
その後ろ姿を追いすがるように見つめるのは、やっとロバートの元までたどり着いたアマンダである。
「お父様! ウィルバート様はなぜ行ってしまわれたのですか! 私とダンスを踊ってくださる予定だったではないですか!」
そんな予定はなかったが、ロバートが口添えすれば断られることはないとアマンダは思っていた。
(なるほど。皇太子はティアナを見初めたらしいな。やはりアマンダは単体では使えない。こうなるとティアナはすぐにでも隠した方が得策か)
ロバートの耳には娘の言葉など少しも届いていなかった。
(皇太子がティアナを見初めたのは予定外だったが、計画を修正できないほどではないか)
「お父様! 聞いていらっしゃるのですか? ウィルバート様を連れ戻してきてくださいまし!」
小声で必死に訴えかけてくるアマンダを横目に、ロバートは自身の考えに深く没頭していた。