第38話 宮殿と戦闘服
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ティアナにかけられた嫌疑は晴れ、堂々と公の場に姿を見せることができるようになったので、ティアナは『そろそろ社交界に復帰しましょう』とのアンジェリーナの勧めに従うことにした。
フランネア社交界への復帰に際し、礼儀としてウィルバートにもお伺いを立てた。
なぜなら、ウィルバートに『迎えに行くまで待っていてくれ』とのお言葉を頂戴していたのにも関わらず、アンジェリーナについて来てしまい、すぐ帰るつもりが予想外なことにティアナが活躍してしまったせいでその言葉が守れなくなってしまったからだ。
ティアナがフランネア帝国にいることは既にウィルバートの耳にも届いているだろうから、経緯を詳細に報告する手紙を書き、その中で社交界への復帰に関しても触れた。
すると、『社交界復帰前に全てに片を付けた方がいいだろうから少し待ってほしい。準備を整えたいから一度宮殿に顔を出してほしい。』とのお返事をいただいた。
元々ウィルバートとはそういう約束をしていたし、宮殿に残っているミリアーナ達とも会いたかったため、二つ返事で了承した。
アンジェリーナにはとても残念な顔をされたが、『いいですわ!私が会いに行けばいいのですもの!』と言って元気を取り戻していた。
ティアナもここ数日ずっと一緒にいたアンジェリーナと離れるのは寂しかったけれど、その言葉を聞いて安心した。
現実的なことを言えばまだ残っている仕事があるので、アンジェリーナでなくともブランシュの誰かには会いに来てもらわないと困るのだがーー。
(後にこの『ティアナ様に会いに行ける権利』を巡ってブランシュ内で熾烈な争いが繰り広げられることになる。)
ーーというわけで、宮殿へと一時的に居を移すティアナに対し、まるでこれが永遠の別れかのように意気消沈したブランシュの面々は、一念発起してティアナのおかげで忙しくなった仕事の合間を縫い、彼女らが今できる限りの最上級のドレスを仕立てた。
宮殿にはまだ義妹がいるらしいと耳にした彼女たちからのティアナへの精一杯の応援である。
そんな戦闘服ともいえる最上級のドレスを贈られ、着替えさせられたティアナは、宮殿へと出発するからと最後の挨拶に訪れたブランシュにて、困惑した顔を隠せないでいる。
「あの‥‥皆様どうされたのでしょう?私、何か変なことを言いました‥‥?」
『こんなに素敵なドレスを身につけられて嬉しいです。皆様とてつもなくお忙しい中でこのようなお心遣い、大変だったと思います。ありがとうございます。』と言ったと思うけど‥‥と、先程自分が発した言葉を一つ一つ思い起こして考えてみたが、ティアナには何か変なことを言ったようには思えなかった。
それなのに、目の前にいるブランシュの従業員たちは誰もが自分を凝視して唖然としている。ドレスの出来があまりにも良くて驚いているのかな?とティアナは考えた。
「ドレス‥‥?このドレス、とっても素敵ですね!特にこのレース‥‥ネモフィラかしら?とってもかわいい。大変だったでしょう?」
胸下で切り替えられたエンパイアラインのドレスのベースは淡い青色の上質なシルクで仕立てられており、それだけでも可憐なのだが、その上を白いレースの生地が覆っており、その図柄と相まって、淡い青色のネモフィラの花が全身に咲き乱れているようなドレスとなっている。
胸元は大胆にV字にカットされているが、肩から手首まではレースで覆われており、可愛らしくも上品に仕上がっていた。
手作業で編まれたレースは非常に繊細で美しく、ティアナは嬉しく思うと同時に作り手側の大変さが理解できて申し訳なくなった。
「いいえ。ティアナ様のためのドレスですもの。他にどんな仕事をしていたとしてももちろん最優先で手を尽くさせていただきます。」
そう答えたのは例のアマンダの事件で一番の被害を被ったといえる人質として連れて行かれた女の子の母親である。彼女はレース編みの名手だったため、『ティアナ様のドレスのレースは是非自分に編ませてほしい』と言って譲らなかった。
そのおかげで滞ってしまった仕事が多数あるのだが、それはレース編みの技術者が育っていないせいだということで、今後の店の課題にもなったことは余談である。
「やはりあなたの仕事だったのですね、エメリー。相変わらず本当に見事な腕前です。素敵すぎて目にした瞬間心が躍りました!」
嬉しそうに笑みをこぼすティアナに、エメリーはゆっくりと膝をついて頭を垂れた。
「これで御礼になったとは思いませんが、本当に、本当に娘の命を救ってくださってありがとうございました。」
「‥‥!やめてください!ほら、簡単に膝をついてはだめです。」
エメリーの身体を無理矢理起こし、恐縮するエメリーの膝を払いながらティアナは続けた。
「私はアンジェリーナ様に連れて来られて、皆様に請われるがままに私の知っていることをお伝えしただけです。実際に助けを求めて行動を起こしたのはアンジェリーナ様ですし、ドレスを作ったのはブランシュの皆様、そしてアリスちゃんをこっそり助けてくれたのはランドール様です。ほら、私ってなにもしてないでしょう?」
苦笑するティアナに、ブランシュの面々はもう何も言えなくなっていた。何度言葉でお礼を伝えても、ティアナは自分の功績ではないとその言葉を受け流してしまうからだ。謙遜でもなく、本気でそう思っているのだからたちが悪い。
だから、もう行動で示すしかないと考えた従業員たちは、ティアナの助けになることならば何でもしようと誓い合っていた。
「ティアナ様が何もされていないとお感じになられていたとしても、私たちはティアナ様に感謝しています。そのレースには私の感謝の気持ちが目一杯込められています。どうぞ、皇太子殿下との謁見の際にもご活用ください。」
「本当に素敵なドレスをありがとうございます。アリスちゃんはまだ病院なのですよね?最後に会えなくて残念ですが、お大事にとお伝え下さいね。」
人質となっていたアリスは、救出された後に一応精密検査が必要ということで病院に入院している。ティアナは救出後も淡々としていた幼いアリスの心の健康を心配し、時間を見つけて毎日のようにお見舞いに通っていた。今ではアリスもティアナに心を開き、ティアナを姉のように慕っていた。
「先日お別れの挨拶に来ていただいたと寂しそうでしたが喜んでいました。ティアナ様のおかげで娘もすっかり元気を取り戻して‥‥なんとお礼を言っていいのか‥‥」
「こんなにも素敵なドレスを身につけさせてもらえただけで十分です!宮殿に行くのは少し憂鬱だったのですが、とても勇気づけられました。皆様、短い間でしたがお世話になりました!任せていただいたお仕事もありますし、用事が終わったらまた戻ってきますね。」
「それでは」と言って優雅に淑女の礼をして立ち去ったティアナだったが、終始その美しさに見惚れて既にティアナが立ち去ったことも朧気だったブランシュの面々は我に返って激しく後悔し、しばらくの間「ティアナロス」の状態が続いたという。(もちろん後から話を聞いたメアリーが命名)
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