第36話 肯定と涙
「素晴らしい‥‥」
「美しい‥‥」
「最高傑作だわ‥‥」
「やはりこのティアナステッチが全体の美しさを底上げしていますよね‥‥」
皆が口を揃えて美しさを称えているのは完成したばかりのアマンダへ献上するドレスである。
「やはりその『ティアナステッチ』っていう呼称、他のものに変更したりできませんかね‥‥」
ティアナは眉毛をこれでもかと言うほど下げて、最上級の困り顔を見せながら聞いた。
「これ以上の名はございません。」
「この名が一番しっくりきます。」
「ティアナ様が編み出されたものですから!」
「諦めてくださいませ。これ以外の名称は考えられませんわ。それに、ティアナ様のお名前をお借りできればそれだけで価値がぐんと上がるのですもの。」
皆が口々にティアナの言葉を否定する中、最後の言は経営者の顔をしたアンジェリーナが発した。
「ティアナ様はご存じないでしょうけれど、紳士淑女の間で彗星の如く現れたティアナ様の美しさは語り草となっているのですわ。その御名を冠した刺繍を施したドレス‥‥これは売れますわよ!」
ぐっと豊かな胸の前で拳を握りしめ、メラメラと商魂を燃やしていたアンジェリーナは、はっとしてティアナに視線を向けた。
「申し訳ありません、ティアナ様‥‥。勝手に盛り上がっておりましたが、ご本人の意向が最優先ですわ。御名を商売に使うのがお嫌でしたら無理にとは申しません。」
一転しゅんと萎縮してしまったアンジェリーナに向かって、ティアナは困り顔はそのままに、少し笑みを浮かべた顔で答えた。
「この国では罪人である私の名がついていたらご迷惑がかかるのではないかと思っただけなのです。‥‥もし、本当に皆様のお役に立てるのでしたらもちろん使っていただいて構いません。ですが、私にはどうしてもそのような価値があるとは思えないものですから‥‥。」
ティアナは自分の名にそのような価値は微塵もないと考えていた。むしろブランシュの評判を貶めることにならないか心配だった。
短期間ではあるが、アンジェリーナを始めとするブランシュの従業員たちのことは一緒に作業をして作品を作り上げた戦友として仲間意識を感じており、その仲間たちに迷惑となることは避けたかったのである。
「価値ですか?ティアナ様のお名前ですから価値しかありませんが‥‥もし世間の皆様にとって価値がなかったとしても、私たちにとってティアナ様は恩人とも救世主とも仲間ともいえるとても大切なお方ですもの。その方のお名前を拝したものが私たちを貶めることは絶対にありませんし、世間でどう言われようとも関係ありませんわ。私たちには誇らしく思えることでしょう。」
そう言ってにっこりとアンジェリーナは笑った。その言葉を聞いていた従業員も皆頷き合い、笑ってアンジェリーナの言を肯定していた。
その瞬間、ティアナの大きな翆色の瞳から真珠のような涙がポロリと一粒、彼女の瞬きの動きに耐えきれずに流れ落ちていった。
「ごめんなさい。私‥‥こんな風に必要としてもらえたのは初めてで‥‥嬉しくて‥‥」
ティアナの美しさに見惚れていたその場の皆は、ティアナの言葉に正常な意識を取り戻し、あたふたとし始めた。
その間にもポロリポロリとティアナの頬を涙がつたう。
その涙をそっと拭ったのはメアリーだった。
「ティアナ様、ブランシュの皆様にとってティアナ様が大切な存在だということは私も重々承知しておりますが、私たちにとってもティアナ様がティアナ様であるだけでかけがえのない存在なのだとご承知おきくださいね。」
ティアナの涙を拭ったハンカチを手にしたメアリーは、その横で笑みを浮かべて強く頷くサミュエルと並んでティアナに語りかけた。
メアリーの言葉を聞いて慌てたのはアンジェリーナだ。
「ティアナ様!私たちだって!‥‥私たちだってティアナ様のその存在こそ至高だと思っていますわ!」
張り合うように目配せをするメアリーとサミュエル、アンジェリーナを始めとするブランシュのメンバー。
その様子を見たティアナの顔には、溢れんばかりの笑みがこぼれていた。
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