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第34話 駆け引き

ーーフランネル帝国の宮殿では、ランドール・クラークが姉であるアンジェリーナからの報告を受け取っていた。


「姉上‥‥」


ランドールは深く息を吐いた。ため息にも似た長い吐息だった。


「あの人はいつも厄介ごとを持ち込んでくるなぁ‥‥」


ランドールはシルバーブロンドの髪をくしゃりとかき混ぜ、今や流行の発信地となったブランシュを創業した時を思い出していた。


「あの時も、僕が奔走して店の経営を軌道に乗せたんだったなぁ‥‥」


アンジェリーナはデザイナーとしての才能には溢れていたが、経営者としての手腕は皆無だった。そんな姉を献身的にサポートしたのがランドールだった。


「‥‥ティアナ嬢に人質解放のために必要なドレス作りを手伝ってもらっていると‥‥しかもスペンサー伯爵家のサミュエル殿も一緒に‥‥」


もう一度深い息を吐いたランドールは、アンジェリーナからの報告書を閉じ、別の書類をめくり始めた。


「うーん、アマンダ様の動向は見張らせていたから人質の所在は掴んでいたよね。‥‥あ、あった。よしよし。彼女に人殺しをさせるわけにはいかないし、人質を助け出す算段はついているから、それはそのまま実行に移せばよくて‥‥」


確認を終えたランドールは執務机に書類の束を置いた。そして天を仰ぎながら目を瞑り、座っていた椅子の背もたれに体重を預けた。いつも自らの考えをまとめる時にとる体勢である。


「ティアナ嬢のことは‥‥ウィルには黙っておくかなー。皇帝派が崩れるのも時間の問題だから今は慎重に行動したい時だし。もーそれにしてもアマンダ様は余計なことしかしないなぁ‥‥そんなにティアナ嬢を敵視する何かがあるのかなー。彼女が皇太子妃になったらやっとまとまった反皇帝派の高位貴族たちが皆離れて行っちゃうよ‥‥。なんであんなにウィルに執着してるんだろ?ウィルのティアナ嬢に対する執着といい勝負じゃない?早くウィルから引き離したいなー。でもルスネリア公爵家との親睦はことが終わるまで深めておきたいし‥‥もう少し辛抱だなぁー。」


誰もいない部屋で言いたい放題愚痴ったランドールは満足して目を開けた。


「よし。人質はこっそり解放。んー、誘拐は許しがたいけど断罪は追々。ティアナ嬢のことはウィルには内緒にして姉上に一任。ウィルには全て事後報告。アマンダ様は引き続き問題を起こさないよう監視!」


各方面に指示を伝えるために、ランドールは執務室を後にした。


◆◆◆


一方、ブランシュではティアナが作業に入る前に、食事と睡眠をきちんととるようにと体制を整えさせていた。アンジェリーナは自分も必死になってしまって、従業員の健康面に配慮できていなかったと大いに反省した。


「やっぱりティアナ様に来ていただいて良かったですわ。私はブランシュを開店する時にも弟に頼りっきりで‥‥お恥ずかしいことにわたくし一人では何もできないのですわ。」


「違いますよ。アンジェリーナ様にはこんなに素敵なお店を開けるセンスと皆が憧れる素晴らしいドレスを生み出す才能があるではないですか。適材適所というものです。世の中に一人で何でもできると言われる人はいるかもしれないですけれど、その人だって必ず誰かの助けを得ているはずですよ。」


そう言ってアンジェリーナを励ますように美しい笑みを見せるティアナを見て、アンジェリーナは『心身共に美しい人というのはティアナ様のような人のことを言うのですわ』と思っていた。


アンジェリーナは、ティアナに助けを求めるまで、アマンダからもたらされた窮地にパニックに陥って大切なことを見落としていた。健康な心と身体がないといいドレスは作れないのだ。


その証拠に、アンジェリーナの目にはさっきまで暗い空気に包まれていた作業場が、いつもの活気を取り戻しつつあるように見えていた。従業員の表情がやる気に満ちているのだ。

ティアナの手配のおかげで目標がはっきりとし、食欲も睡眠欲も満たされて力が漲っている様子である。おまけに、ティアナに誰も完璧に真似できなかった素晴らしい模様の刺し方を教えてもらえるのだ。


もう悲壮な表情をしている者は一人としていなかった。


「さあ、皆さま、やりますわよ!」



◆◆◆


わいわいとティアナを囲んで作業が開始された影で、サミュエルとメアリーが小声でやりとりしていた。


「ちょっとサミー、せっかくついてきたんだからティアナ様に頑張ってアプローチしなさいよ。」


「‥‥私の気持ちはどこまで筒抜けなのですか‥‥」


「あら、知らないのはティアナ様だけじゃない?」


「‥‥。」


「あんな熱い視線送っていて気付かない人なんていないわよ。」


サミュエルは諦めた顔で熱いため息をついて額を抑え、その場にしゃがみ込んだ。しかし、目線はティアナから離さないままだ。


「どうしたらいいのかわからないのです‥‥」


「ま、頑張って。私は幼馴染みのよしみでサミールートを応援しているから。」


「はい‥‥。ルート‥‥?」


サミュエルの訝しげな独り言を後に、メアリーはティアナを囲む輪に加わろうと足を踏み出した。


「あの刺繍で表現した模様、現代の日本でも珍しいと思うのよね。ヒロインのチート能力かしら?貴族のご婦人たちに人気みたいだし、特許の仕組みとか作って売り出したらいいんじゃないかと思うのよね。あとで提案してみようっと!」


メアリーはそんなことを呟きながらティアナのもとへ向かったのだった。

お読みいただきありがとうございました!

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