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第10話 暗雲


「なに!? 一足遅かっただと……!?」


 その日、いつものようにティアナがウィルバートの執務室に足を運ぶと、彼の声を抑えた叫び声が聞こえた。


(ランドール様とお話し中なのかしら? でも、フィルさんは入っていいって言っていたし……どうしよう?)


 ティアナが適温に温められた紅茶を見ながら、出直そうかと迷う間にも会話は進んでいく。


「ロバートに宝玉を渡した!? マリウス国王陛下がそう仰ったのか? あの男の手に渡ったとしたら……。現状、あの男がティアのために動くとは到底考えられない」


(……え? 私の話?)


 何やら深刻そうな会話の中に自分の名前が出てきて、盗み聞きはいけないと思いつつも、ティアナは一気に会話の内容に興味を引かれる。


「プロスペリアの宝玉がこちらに手に入らないとなると、父上がすぐにでも僕とティアとの婚約を破棄しかねない……!」


 こちらに背を向けているので彼の表情はわからないが、とても逼迫した状況を伝えてくる声色だった。


(婚約破棄……?)


 ティアナは頭が真っ白になっていた。


 まだ衝撃は収まっていなかったが、何が起こっているのかを把握するために、ティアナは気が遠くなりそうになるのを抑えるように唇をぐっと噛みしめながら話に聞き入る。


(盗み聞きしてごめんなさい! でも、絶対に婚約破棄は嫌だ……!)


「どうすればいい! ……ああ、そうだな。まずは宝玉を取り戻そう。…………だめだ。ティアにはもうあの家には一度たりとも戻ってほしくない。危険だ。それ以外の方法でなんとか穏便に取り戻せる方法を……」


 通信魔法で会話をしているらしく相手の声は聞こえてこないが、ウィルバート達はどうやらロバートに出し抜かれて対応が後手に回っているらしいこと、まずはロバートに奪われた宝玉を取り戻そうとしていること、それを取り戻せないとティアナとウィルバートの婚約が破棄されるかもしれないことを理解した。

 ――そして、ティアナが動けば穏便に宝玉を取り戻せるかもしれないことも。


(ウィルは私を危険に晒したくないと言っているけれど、私だってそんなにやわじゃないわ。通信相手は私がルスネリア公爵家に帰って、宝玉とともにまた宮殿に戻ってくればいいと提案しているみたいだし……それくらいなら私にだってきっとできるわ)


 いや、やってみせる――! ティアナは闘志をみなぎらせながら、音を立てないようにその場を立ち去った。


 ウィルバート陣営の対応が後手に回っているなら、彼が言っていたようにルスネリア公爵邸に帰るのはやはり危険かもしれない。ティアナ以外の誰かが危険に晒されるのを避けるためには、自分の行動は誰にも知られないほうがいい。そう考えたティアナは、以前ウィルバートに教わった皇族に伝わる隠し通路を使って自分の部屋まで急いで戻った。


「ミリィいる? ちょっとお願いしたいことがあるのだけれど……」

「あら? ティアナ様いつの間にお戻りになったのですか?」

「二人で話したいので少し外してもらってもいいかしら?」


 ティアナはミリアーナだけ残して、部屋にいたメイドや侍女を下がらせた。


「どうしたの? 殿下のところに行っていたのではなかった?」

「ええ。ちょっとウィルに頼まれたんだけどね、ルスネリア公爵家に大事なものを取りに行きたいの」

「殿下に頼まれて? ティアが一人で?」


 ティアナはこくんと頷く。早く早くと気が焦って、両手は胸の前で左手で作った拳を右手で包むようにして握りこまれている。


 その様子を確認したミリアーナは断言する。


「嘘ね。早く目的を果たしたいのなら本当のことを話して。あなたは嘘をつくのが壊滅的に下手なのだから諦めなさい」


 ティアナはすぐに悟った。こういう時は諦めが肝心だ。ティアナのことをよく知るミリアーナ相手に嘘を突き通すのは明らかに悪手であった。潔く諦めたティアナは早口で一気に話した。


「わかったわ。誰にも言わないと約束してね。実は、私が継承するはずのプロスペリア王家の宝玉がロバートに奪われてしまったらしいの。それで、悪用される前に早く取り戻さないといけないのだけれど、私がルスネリア公爵邸に取り戻しに行くのが一番穏便に済むだろうという話になってね……」


(大切なのは真実にほんのちょっと嘘を織り込むこと、って誰かが言っていたものね)


 ティアナは普段めったに嘘をつかないので、内心はひどく緊張していた。


「なるほど。ランバート様から粗方聞いてはいたけれど、最悪の事態になったみたいね。いいわ。私がついて行く。絶対に宝玉を取り戻しましょう」


 ティアナは目を見開いた。


「だめよ。私ひとりで行くわ。ミリィは事情を知る数少ない私たちの味方だもの。あなたはここに残って、ウィルとランドール様たちの指示に従って」


(危険なところへミリィは連れて行けないわ……!)


「何言ってるの?それこそ許せるわけないじゃない。ティアをひとりで行かせられないわ」

「ミリィお願い。急いでいるの」


(ここで押し問答してても仕方ないのに……どうしたらわかってもらえるかしら……)


 ティアナが焦って考えあぐねていると、扉の方から宮殿のメイド服を着た人物が現れた。


「でしたら、私がティアナ様をお連れします」

「……メアリー?」


(どうしてメアリーがここに? ああ、きっと彼女もルスネリア公爵家を辞めて宮殿で再雇用してもらったのね。あれ? でも彼女はお針子じゃなかったっけ? なんでこんなところに……ああ、細かいところはいいわ!)


「申し訳ありません。殿下からお茶の準備が整ったことを伝えるよう言付かって来たのですが、お声掛けしてもお返事がなかったので失礼ながら入らせていただきました。お話を伺うつもりはなかったのですが……」

「いいのよ、メアリー言伝をありがとう。では、急がないといけないわね」


(もう、こうなったらメアリーについてきてもらうしかないわ。ミリィには時間稼ぎに残てんってもらう他ないし……よし、決めた!)


「ではメアリー、ルスネリア公爵家までついてきてくれるかしら?」

「しかし……! ティアナ様……」


 ミリアーナは心配そうにティアナを伺っている。


「ミリィ、ありがとう。できれば、あなたには残って時間稼ぎをしてほしいのよ。体調が悪いからお茶会には行けないとウィルに伝えてくれるかしら? さっき焼いたこの自信作のケーキは必ず渡してね。それで、私は寝室で休んでいるって伝えておいて。晩餐には間に合うように戻るからうまく誤魔化しておいてね。あなただけが頼りよ。よろしく頼むわね!」


 ティアナは 早口でまくし立てると、ミリアーナの返事も待たずにメアリーの手を掴んで急いで部屋を出た。


 部屋に残されたミリアーナはしばらく呆気にとられていたが、思考が開始するとゆっくりと頭を抱えて呟いた。


「どうすればいいのよ……」


 その顔には、この数分で色濃い疲れがはりついていた。


◆◆◆


「メアリー、巻き込んでごめんなさいね」


 ティアナは人通りの少ない道を選んで宮殿内を進んでいた。少し遠回りになるが、できる限り人目につかないように抜け出すためにはやむを得ない。


「いいえ。お役に立てたようでよかったです。それと、これを。こういうこともあろうかと仕立てておいたのです」


 差し出されたのは、メアリーも着ている宮殿のメイドの制服だった。広げて身体に当ててみると、ぴったりティアナのサイズだった。


「いつの間に!? メアリーって昔から如才ない人だとは思っていたけど……」

 

 メアリーにはルスネリア公爵家でドレスの仕立て方を教えてもらったので、ティアナは彼女のお針子としての腕の良さは誰よりもよく知っていた。

 けれど、彼女はそれだけでなく、洗濯や給仕や侍女の仕事まで、なんでもこなせる特別な人財だったのだ。


 メアリーはティアナが困っているといつもどこからか現れて助けてくれるので、疑問を覚えるはずの場面でも『だってメアリーですものね』で納得できるようになっていた。なんとも適当な性格をしているティアナである。


『さすがメアリーだわ』と思いながら空き部屋に入って渡されたメイド服に着替える間、ティアナが適当に納得していた疑問の答えはメアリー本人がすんなりと明かしてくれた。


「知っている人は知っているのですが、私、実は幼少の頃からロバート様の奥方様のエリザ様に仕えていたんです。エリザ様の衣装を誂える腕を鍛えるために『ブランシュ』へ勤めていた時期もありましたが、基本的にはずっと。実家の男爵家が没落して……両親も亡くなって兄と二人で路頭に迷っていた時、私たちと同じくらい幼かったエリザ様に拾っていただいたんです」


 それはティアナが初めて聞くメアリーの過去だった。

 確かエリザはアマンダを産んだ後、産後の肥立ちが悪くそのまま床に伏せりがちになってしまったため、何年も公爵家の領地で療養していると聞いたことがある。


(婚家についていくほどエリザ様を慕っているのに、どうしてこの間まで皇都のルスネリア公爵邸にいたのかしら?)


「ふふ。相変わらずティアナ様はわかりやすいですね。私がロバート様とアマンダ様のところにいたのはエリザ様のご指示だったからですよ」


 考えていたことが顔に出ていたようで、ティアナは恥ずかしくなった。


「さあ、続きは移動しながらお話しします。私はこれでも騎士の家系出身なので剣が扱えるのですよ。いざという時は私が御身をお守りしますので。急ぎましょう」


 メアリーの話を聞きながら身支度を整えていたティアナは、すっかりメイドの姿に様変わりしていた。

それから二人は人目につかないように裏口まで移動し、それらしい理由をつけて宮殿の外に出た。


 その頃、宮殿の表にはルスネリア公爵家の家紋が入った馬車が停まっていたのだが、そのことに二人が気づくことはなかった。

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