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第9話 二人きり

改稿時に追加(R5.6.7)

 婚約者となったウィルとは宮殿に来て以来毎日会っている。


 いくらお互い同じ宮殿内に住んでいたとしても、ウィルは皇太子だ。そう毎日のように会えるわけではないのだろうと思っていたのだが、当初の予想に反して毎日顔を会わせることとなった。


 最初は私が勉強中だったり、リヴィとのお茶会中だったりする時にどこからともなくウィルが姿を現して、『近くを通りかかったから』と言ってちょっと話していく程度だった。それが、どんどん滞在時間が長くなっていき、お仕事は大丈夫なのかしら……と思っていたら、やはり痺れを切らしたランドール様が迎えに来た。聞くと、『最初はちょっと顔を見に行くだけ、というから目こぼししていたが、限度を過ぎたので迎えにきた』とのことだった。ウィルはランバート様に叱られたことよりも、私に会えなくなる方がつらいとしょげていた。


 仕方がないので、ランドール様と交渉して毎日お茶の時間を設けて、私が会いに来てもいい時間を捻出してもらうことになった。私に全く会えなくなったら仕事に支障が出そうなので、こちらからも是非お願いしたい、と大賛成してもらえた。

 忙しいウィルの負担にはなりたくないけれど、私に会いたいと思ってくれるのは素直に嬉しかったし、私からは会いたいなんてわがままは到底言えなかったと思うので、ウィルとのお茶の時間を設けてもらえることになって、私もとても嬉しかった。


 せっかく忙しい時間を割いてもらえるのだから、ウィルやランドール様やフィルさんに少しでもゆっくりして疲れをとってもらえるように、私は宮殿メイド直伝の方法でお茶を入れたり、パティシエ直伝のレシピでお菓子を焼いて持って行ったりした。


 宮殿で働いている方たちは私がお願いすることを皆快く聞いて、手伝ってくれた。

 私たちの婚約が好意的に受け入れられているように感じられて、胸が温かくなったことを覚えている。





 しばらくして宮殿の生活にも慣れた頃、ウィルから時間を作ってほしいと申し入れがあった。

 約束の時間になると改まった態度のウィルが私の部屋を訪れ、私に密かに話したいことがあるといって、使用人や護衛をみんな部屋から追い出してしまった。


「本当はまだ教えちゃだめなんだけど、先に教えておくね」


 二人きりになると、途端に改まった表情を崩して、私だけのウィルになる。

 彼を独り占めしていると実感できるこの瞬間が、私は大好きだった。


(だめだめ、真面目な話なんだから、しっかり聞かないと……)


 私が自分を叱咤していると、ウィルが「その前に、これだけは知っておいてほしい」と告げ、また真剣な表情で私の瞳をのぞき込む。


「僕はたとえなにがあってもティアを諦めないから」


 私は幸せな気持ちで応える。


「私も、ウィルのことだけは諦められないと思うの」


 ウィルは私の額に何かを誓うように口づけて、空色の瞳を細め、とろけるような笑みを見せてくれた。


「じゃあ、案内するね」


 それは本来ならば皇家の人間しか知ってはいけない情報だということで、最初に人払いをしたのだという。


「ここにね、隠し通路があるんだ」

「待って……! 私、まだ皇家の一員になってな……」


 私の必死の制止もむなしく、ウィルはすでに隠し通路を開けたあとだった。


「手順は見ていた? ここの板を外して、それからこのレバーを引くと……」

「ばっちり見ちゃったけど!」


 私が涙目で訴えると、ウィルはさわやかな顔で笑いながら言った。


「大丈夫。僕はティアとしか結婚する気ないから」


 きっぱりと言い切られると、それ以上は何も言えなかった。


(もう、見ちゃったしね……)


 私は反論を諦め、ウィルの手をとった。


「責任とってね」

「喜んで」


 ウィルは満面の笑みで即答し、私がつないだ手にふわりと力を込めた。



 通路は薄暗くて埃っぽかったが、隣にウィルがいてくれるだけで心細さは半減した。むしろ、等間隔に道の両脇へ設置された明かりが、いい雰囲気を作っているようにすら見えてくるので不思議だ。しかし、二人で歩きながら、ウィルから詳細な道順についての説明を受けていると、ふと疑問が湧いてくる。


「ウィル……この隠し通路について記した地図はないの?」


 複雑すぎて、図面を見ながらでないと覚えられる気がしなかった。もし地図が存在しなければ、すべての道を歩いてみなければならなくなる。


「もちろんあるよ」


 私はハッとして隣を歩くウィルの顔を仰ぎ見る。


「ごめん。ティアと二人きりになる口実に使えるかなって……」


(つまり、地図を見せて確認すればいいだけだったけれど、それだと二人きりになれないから……)


 遠回しに『ティアと二人きりになりたかった』と言われて、怒ればいいのか喜べばいいのか、私は咄嗟にわからなくなってしまった。私だってウィルと二人きりの時間を切望していたのは同じだから。


 ウィルも私も常に忙しいし、周りに人がいる環境から逃れられない。


 それはわかっているし、受け入れてもいるのだけど、だからといって二人の時間を諦めなければならない理由にはならないだろう、とウィルは言った。


 つながれた手を引っぱられ、その場できつく抱きしめられた。


「ティアが足りなかった」

 

 ウィルの拗ねたような物言いに、私は笑ってしまった。 


「もう。いつも会ってるじゃない」


 ウィルの背に手を回し、胸に顔をうずめると、私なんかすっぽりと包み込まれてしまう。ウィルの胸に耳を当てると、少し速くなった鼓動がすぐそばで聞こえた。


「はやく結婚したいな。そうしたら、二人きりで過ごせる時間も増える」

「もう少しだけ待っててね。今、頑張って勉強してるから」

「僕が皇太子なんかじゃなかったらティアを苦労させなかったのに……」


 ウィルは残念そうにため息をついたけれど、私は皇太子じゃないウィルを想像できなかった。


「ウィルは最初から私の“王子様”だったわ」


 平民が王子様を手に入れるなんて奇跡は、物語の中でしか起きない。その奇跡が私にはなぜだか起きてしまった。未だ夢見ごこちだけれど、夢を現実にするためには途方もない努力が必要なことくらいはわかる。


「王子様らしく、僕がもっと早くティアを迎えに行けていたらよかったのにね」

「ウィル……」

 

 ウィルは悲しそうに笑って、身体を起こした。


「行こう」


 ウィルに差し出された手を再びつなぎ直し、私たちは道を歩き始めた。




 再び歩き出した私たちの会話の中心は、ルスネリア公爵家についてだった。


 義父ロバートはティアナの義妹であるアマンダを皇太子妃に据えることを昔から画策していたという。思い出してみると、アマンダもすっかり皇太子妃になったかのようにふるまっていたが、その根拠として父が何とかしてくれるという信頼があったのかもしれないと想像した。


 ただ、ルスネリア公爵家の娘として私が嫁ぐのだから、それでよしとはならないことが残念だった。


(やっぱり、私は家族の一員として受け入れられていないのだわ……)


 義父とは命令をされるとき以外に会話をしたこといからどんな人間なのかもわからなければ、何を考えているのかも全くわからない。けれど、私が使用人として働いていることを彼が知らないわけはなかったし、知っていてそれを放置していたのだから、私が娘として尊重されることはないだろうということは感じていた。


(でも、今さらアマンダに譲れない)


 こういう政争に自分が巻き込まれるとは思っていなかったけれど、好きな人のためなら喜んで何にでも巻き込まれる所存である。それに私は自覚はなかったけれど、プロスペリアの王女なのだ。自分と向き合うという意味でも、このような政治的な問題から目を背けてはいけないのだ。皇太子妃、ひいては皇后になろうとしているのだからなおさらだ。自分には何ができて、何を成すべきなのかをしっかり考えていかなければいけない。


「ロバートが動くなら、僕たちの結婚が成立する前だと思うんだ」

「わかった。私もきちんと警戒しておくね」


 そう話しながら、私たちは久しぶりに訪れた二人きりの時間を目一杯楽しんだ。


 

(目の前の、できることから少しずつ……)

 

 ウィルとの楽しい時間を終え、自室に戻った私は、ウィルから借りた隠し通路の地図を黙々と頭に詰め込むのであった――。



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