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第1話 ルスネリア公爵家


「ちょっと! このドレスはなんなのよ! こんな貧相なドレスじゃ全然私の美貌がアピールできないじゃない! 私はウィルバート様のために誰よりも美しく着飾らないといけないのよ!」



 フランネル帝国のルスネリア公爵家、その豪華な一室にて淑女にあるまじき金切り声を上げるこの人は私の義妹であり従妹にあたるアマンダ・ルスネリアである。


 どうして従妹が義妹なのか――?

 それを説明するには私の生い立ちについて少し触れる必要がある。


 四年前、私の両親は事故によって儚くなった。両親から親族について何も知らされていなかった私は路頭に迷うところだったが、運よく私の存在を見つけてくれた叔父によってここへ連れてこられた。

 その叔父というのがルスネリア公爵家現当主だったというわけだ。私の父はどうやらルスネリア公爵家の嫡男だったらしい、ということをそこで初めて知って驚いたものだ。


 それから表向きは「いい人」を装っているこの叔父家族に私、ティアナ・ルスネリアは使用人として扱われている。


 それでも屋根のあるところで寝られて、ごはんも三食お腹いっぱい食べられる。

 両親を失った私は、あのままだとどこかで行き倒れていた可能性が高い。そうならなかっただけで私は幸せで、これ以上を望むなど贅沢だ。私の存在など取るに足らないものなのだから。


 話を戻そう。


 現在、アマンダがご執心の「ウィルバート様」とはこの国の皇太子殿下のことである。


 彼女はハニーブラウンの艶々の髪にヘーゼルの瞳もくりくりとしていてとても愛らしいので、確かに皇太子殿下の目にも留まりそうな美しさではある。


 ――言動も美しくなれば、という但し書き付きではあるが。




 今日に限らず、彼女が私を呼びつけてやることなすことに文句をつけるのはもはや日常茶飯事だ。




 でも、彼女がいつも身につけているやたら豪奢で煌びやかな衣装より、この控えめなフリルや美しいレースで飾り付けられたふんわりとした可愛らしいドレスの方が彼女の雰囲気に合っていると私は思うのだ。




「お言葉ですが、こちらのドレスの方がアマンダ様の魅力をより引き立ててくれると思います」




 その言葉を聞き、アマンダは激昂した。




「はっ!? お情けで侍女の仕事を与えてみたらすぐ調子に乗ってこれだもの。お控えなさい! 平民風情が!」




 アマンダは手に持たされたドレスと揃いの扇子を振り上げ、ティアナの顔に叩きつける。




 パシン、と乾いた音がした。

 同時にティアナの額に引っ掻き傷が残り、その跡に少し血が滲んだ。


 その様子を見ていくらか溜飲が下がったのか、アマンダは落ち着きを取り戻した様子で口を開いた。




「そうね、私の優秀な侍女と違って平民でメイド風情のあなたが知らなくても当然ね。仕方ないから説明してあげるわ。いい? ウィルバート様はそれはもう見目麗しいの。帝国中の令嬢が一目見て恋に落ちる程にね。それ程に麗しい方の隣に立つには、それにふさわしい装いが必要なのよ」




 皇太子殿下のご尊顔がどれ程素晴らしいのかは会ったことがないから知らないけれど、幼少の頃から大変聡明で、性格も柔和で周りに敵を作らず、ご遊学に出られてからは各地で勉強しながら優秀な実績を残されていると噂で聞いた。




「今度の舞踏会はあんたも名目上は仕方ないから出席させるようだけど、勘違いはしないことね。お父様のご慈悲でこの公爵家の娘となれたことに感謝して、この家の婿となる男にせいぜいきちんと媚を売るのよ」




 ティアナは目を伏せていつもの通り答える。




「かしこまりました」


「あんたはもういいわ。これ以上私にその醜い顔を見せないで」


「かしこまりました。失礼いたします」




 ティアナが退出する様子を眺めていたアマンダは、侍女にドレスを脱がせるよう指示を出しながら呟いた。




「平民が貴族に嫁げるなんて、それだけでも夢物語のようだけれど。婿をとらせて公爵家を継がせるなんて。あの女にそこまでの慈悲を与えるほどの価値はないように見えるけど、一体お父様は何を考えていらっしゃるのかしらね……。まあ、私がウィルバート様に嫁いでしまえばこの家を継ぐ人間がいなくなってしまうから、お父様としても苦渋の決断といったところかしらね」




 アマンダがうっとりと自らが皇太子妃、果ては皇后になる未来に想いを馳せている間、ドレスを脱がせていた侍女は無表情のまま冷めた目でアマンダのその様子を観察していた。





◆◆◆





 フランネア帝国は緑豊かな森林から人で溢れる港まで、広大な土地と資源を保有する大帝国である。


 三百年前に歴史上侵略王と名高い当時のフランネア国王が周辺の国々を次々と武力やあるときは話し合いでまとめ上げ、国がほぼ今の規模まで大きくなった時に帝国と名を変え、フランネア帝国ができあがったという。


 そのフランネア帝国でも元々の母体となるフランネア王国時代からの忠臣である3大公爵家は特に王家の信頼も厚く重用されている。皇子の臣籍降下または皇女の降嫁により爵位が与えられたのが始まりのため、その血筋はどの貴族よりも尊いとされ、一目置かれているのだ。


 その中の一つであるのがこのルスネリア公爵家である。

 

 つまり、帝国の中でも特に由緒正しいとされる大貴族なのである。




 その大貴族に仕える使用人は大変な名誉と誇りを持っていきいきと働いている。




 ……はずだ。






 公爵令嬢の豪華な部屋から場所は変わって、品の良い調度品が並ぶ質素でもセンスの良い部屋にて、二人の使用人がソファに並んで座って向かい合っていた。




「憧れのルスネリア公爵家が、こんなところだとは思わなかったわ。あのお嬢様って本当に高貴なルスネリア公爵家の血が流れているのかしら?なんであんなに性格悪いの? 乱暴だし。顔だけは美しいけど、それを加味してもあの性格の悪さはいただけないわ。仕える主人としては間違いなく最悪ね。あなたがいなければ、私はここで無駄な時間を浪費することに耐えられなかったでしょうね」



 ――つまりはすぐに辞めていたはずだと。


 そう言外に匂わせる彼女はミリアーナ・コートレット。アマンダ付きの優秀な侍女のひとり。伯爵令嬢である。毒舌は彼女の持ち味だとティアナは思っている。




「そう言わないでミリィ。アマンダ様はかわいそうな方なのよ。ルスネリア公爵様は実の娘である彼女に対してさえあまり関心を寄せられていないのだもの。……両親からの愛情がなければ、私だって捻くれて育っていたかもしれないわ」




 ティアナはメイドとしてたくさんの仕事を抱えている。


 アマンダに呼び出されて遅れた分の仕事を取り戻そうと気合を入れて励んでいたところ、ミリアーナに有無を言わさずこの彼女の部屋まで連行され、傷つけられた頬を見せろと脅された。


 ミリアーナはティアナの額の傷を確認しながら薬を塗り、「ああ、綺麗に治りそうでよかったわ」と悲しそうな顔をしながら続けた。




「ティアはそう言うけど、私はそうは思わない。ティアがアマンダの立場だったら、こんな風に人に怪我させるようなことは絶対にしないと断言できるわ。それに、あなたは血筋も確かな歴とした公爵令嬢なのよ。由緒正しいルスネリア公爵家の令嬢が自分の屋敷で使用人として働いているなんてあり得ないの。こんな虐待といっても過言でない扱い普通の貴族の感覚じゃ考えられないし、知られたら外聞が悪いなんてものじゃないわ。ここの当主は一体何を考えているのかしら」


 ミリアーナはぷりぷり怒っていたが、その後は減速して申し訳なさそうに続けた。


「かく言う私も知っていて助けられないのだから同罪ね。本当にごめんなさいね、ティア」




 二人はティアナがルスネリア公爵家に来て以来仲良くしており、今ではお互いを愛称で呼び合い、親友と呼べる程の仲となっている。



(仮に血筋は由緒正しいとしても、実際は市井で育った平民の私が、生粋の貴族令嬢として生まれ育った彼女と仲良くするのも恐れ多いと思っているのだけれど――)




 ティアナは黙って首を横に振る。



「私はここに引き取ってもらえなかったらきっと一人で路頭に迷っていたわ。そのことだけでも感謝しているの。私の父親はルスネリア公爵家の人間だったかもしれないけれど、私は市井で育ったし、平民だったっていうのも本当のことだもの」


 ミリアーナは由緒正しき伯爵令嬢で、ティアナは平民育ちのにわか公爵令嬢。

 貴族にとって“血筋”が何より大事とは聞くが、ミリアーナとティアナには明確な差がある。


「一歩外に出ればちゃんと公爵令嬢として扱われているし、使用人は皆優秀な人たちばかり。私が使用人をしていることなんてそうそうバレることはないんじゃない? 優秀な使用人は主人の秘密は一切口外しないものよ。だからミリィは正しいわ。謝る必要なんてない。この状況を本当にどうにかしたいのなら、動くべきなのは私なのだから」


 そうなのだ。ティアナは結局この状況から抜け出そうと思っていない。


「私は今のままで十分なの。それに、今更貴族令嬢として扱われてもどうすればいいのかわからないしね」


 ただ、それに尽きる。ティアナは立派な令嬢として生きていく覚悟がないのだ。

 けれど……。


「私はこの家の令嬢として婿をとらなきゃいけないみたいだし、そうなったらさすがにこのままではいられないでしょう? だから、言ってみれば結婚するまでの修行? あ、花嫁修行? みたいなものじゃない? ……できれば暴力はやめてほしいけど」




 そう言って諦めたように笑った途端、怪我がひきつれてピリっとした痛みが走った。


(地味に痛いて……!)




 憤慨していたミリアーナはそんなティアナの様子に毒気を抜かれたのか、苦笑いをして言った。



「もう。ティアはいつもそうなんだから。しかも花嫁修行ってなによ。こんな花嫁修行しなきゃいけないなら貴族令嬢はみんな逃げ出しちゃうわよ」


(容姿も性格も美人で血筋も確かで……私の親友ったら完璧すぎるわ。アマンダなんかよりティアこそ皇太子妃に相応しいのに。でもまあ、皇太子殿下がティアに相応しい方かどうかはお会いしたことがないからわからないものねぇ……)


 ミリアーナは口に出すには非常に不遜で不敬なことを考えながら、ティアナと二人、目を合わせて笑い合ったのだった。

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