壊れる音
翌日、荷物をまとめて退院の準備をする。もっと引き止めたりするのかと思ったが祖父は呆気なく折れた。
「ありがとうございました」
先生に挨拶を済ませ大樹さんが待つロビーへ向かう。もう学校は始まっている。明日は学校に行けるかな。ロビーに着くとまた祖父と二人で怖い顔をしてなにかを話している。仲悪いのかな。楽しそうに笑って会話しているところを見たことがない。近づきにくいけどこのままでは帰れない。
どうしようか悩んでいると私が立ち尽くしてることに気づいた大樹さんが私を呼ぶ。そこにはさっきまでとは違ってにこやかな二人が立ってた。どっちが本当の姿なんだろう。
病院を出て別々の方向へ歩き出す二人。大樹さんの後ろを歩きながらどんどん小さくなっていく祖父の姿を目で追っていたがこちらを振り返ることはなかった。
大樹さんと並んで歩くことに少しだけ抵抗があり斜め後ろを歩いた。
「歩きで来たんですか」
「車に乗るの怖いかなって思ってさ」
また気を遣わせてしまった。
「お通夜は明日行うそうだよ」
なんの前触れもなく言われたことに驚き思わず足を止めそうになった。
「そう…なんだ。知らなかった」
「せっかく退院できたのに暗い話してごめんね」
どのみち今日中には私に言わなくてはならないことだから仕方ない。
それから会話することなく無言で私は大樹さんとの距離をキープしたまま歩いた。
「着いたよ」
顔を上げると大きなエントランス付きのマンションが建っていた。マンション内に入ってエレベーターに乗り3階のボタンを押す。エレベーターを降りて右に曲がり角にあるのが大樹さんの家だ。鍵を開けて中に入る彼に続いて私も家に上がる。一人暮らしにしては少し広めの1LDKの部屋だ。一通り家の中を案内してもらいリビングのソファに腰掛ける。
明日はお葬式。そのことが頭から離れない。入院中なるべく考えないようにしていた。心のどこかで両親はまだ生きてると思っている自分がいた。
一つ一つの思い出が短い動画のように頭の中で再生される。消えない。止めようとしてもその映像はどんどん再生される。何度も何度も私を呼ぶ声がする。
小学生の頃、運動会の徒競走で転んでしまいビリになってしまった。泣いてはいけないと我慢して父と母のところへ行った。
「強い子だ。偉いぞ」
そう言って褒めてくれた。運動は苦手だが勉強は得意だった。両親に褒められたくて頑張った。
「すごいじゃないか!よく頑張ったな!」
いつも頑張ったら頑張った分だけ褒めてくれるからそれが嬉しくてまた頑張れた。
「咲希はお母さんたちの自慢の娘よ」
ああ、どうして自分だけが助かってしまったのだろう。なんのためにこれから生きていけばいいのだろう。気づかないようにしていた。私の心はとっくにボロボロだった。プツンとなにかが切れる音がした。