大声
ゴールデンウイーク最終日。明日から学校だというのにいつ退院できるのかも、帰る家も誰も教えてくれない。このままずっと病院の中に閉じ込められたままなのだろか。首の痛みは少しだけ良くなった。昨日よりも痛かったらいよいよ発狂してるところだった。
あの後、なんだかぎこちない空気のまま彼は病室を出た。「また明日」と言わなかった。もう会えないのかもしれない。あの人と父はよく似ている。私にも妹がいたらあんなふうに見た目も声も喋り方も似るのだろうか。
小学1年生になったばかりの頃、妹が欲しいと思ったことがあった。私と華菜は幼稚園からの幼馴染でよくお互いの家にも遊びに行っていた。彼女には六つ上の兄がいる。今は大学の近くで一人暮らしをしているためなかなか会えてないがお兄さんは私のことも妹のように可愛がってくれていた。いつしか優しくて頼りになるお兄さんに憧れを抱くようになっていた私は両親に妹が欲しいと言った。だが、母は悲しそうな顔をして「ごめんね」と言って私の頭を撫でた。それ以来妹のことを口に出すのはやめた。
もうすぐ祖父が来る時間だ。
「体の調子はどうだい」
待っていると病室には祖父ではなく病院の先生が入って来た。聞いたいことがあったから丁度よかった。
「痛みはあるけど昨日に比べたらだいぶましになりました。先生、私っていつ退院できるんですか」
「それはよかった。退院ならもうすぐできるよ」
打撲とむち打ちにしては長い入院期間な気がした。先生と入れ違いで祖父が来た。
「おじいちゃん、私もうすぐ退院できるんだって」
嬉しい報告なのに祖父の表情は暗い。
「話があるんだ」
話の内容はあまりいいものではなかった。両家で話し合った結果、私は父方の祖父母の家に引き取られることになった。毎日学校へ送り迎えすることは難しく祖父母の家から近い学校に転校しなくてはならない。私はもう中学3年生だ。生まれてからずっと今の家に住んでいる。祖父はいきなり知らない土地に行くことへの不安を分かっていないのだと思った。
「仕方ないんだ」
分かってる。それでもそんな一言で片付けないでよ。体の奥の深いところから沸々となにかが込み上げてくる。
「これ以上私からなにも奪わないでよ」
溢れ出した感情はとどまるところを知らず、やがてそれは涙に変わり頬を伝った。
「僕が引き取ります」
祖父の後ろから声がした。
「大樹!もうここには来るなと言っただろう」
「父さん、その話は今関係ないよ」
その話がなんのことなのか全く分からなかったが二人の間にピリピリとした空気が流れていることは確かだ。
「とにかく、そんな勝手なことは許さないからな」
「それは父さんの意見。これは咲希ちゃんが決めることだよ」
彼は私が通ってる学校の近くに住んでいる。会って数日の人にお世話になるなんて普通はありえない。例えそれが大好きだった父の弟であったとしても。だが、今はごちゃごちゃ考えてる暇はない。
「大樹さんのところに行きたい」
誰よりも彼が驚いていた。自分で出した提案なのにどうしてそんな顔するのよ。私の決心が揺らいでしまうからそのあほ面を今すぐやめて欲しい。
「本当にいいのか」
再確認する祖父になぜか少しだけイラッとした。
「大樹さんだからじゃない。私は転校したくないの。それ以外なんの理由もない」
祖父は「そうか」と言ってそれ以上はなにも言わなかった。