その日は突然に
遠くから声が聞こえる。目を覚ますと目の前には知らない天井。
「目、覚めたんか!」
祖父の声だ。急いでなにかのボタンを押す。白衣を着た男の人が近づいてくる。そこでここが病院だということにようやく気づく。
「もう大丈夫だからね」
目覚めたばかりで朦朧としていた意識が少しずつ戻っていく。祖父母の家に向かっている途中うたた寝をしてしまった私は大きな衝撃音で目が覚めた。だが、あまりにも一瞬でそのときなにが起こったのか分からなかった。
「あの、父と母はどこですか」
病室の空気が重たくなった。気がした。
「残念ながら…」
嫌な予感が的中してしまった。
対向車線から猛スピードでトラックが突っ込んできたらしい。私たちが乗っていた車は前半分が大破したそうだ。スマホでもいじっていたのか、居眠りでもしていたのか、その運転手がどうなったのか、そんなことは私にとってどうでもいい話だった。
病室を出てすぐのところで祖父の声がする。
「うちで引き取るとなると転校させないといけなくなってしまう」
誰かと電話をしているようだ。おそらく母方の祖父母と連絡をとっているのだろう。家はとても遠いところにあり車だと3時間はかかってしまい頻繁には行けない。頑固で口うるさくて少しだけ苦手だから家の場所が逆じゃなくてよかったなと思う。
「少しくらいは咲希のことを考えてやってくれんか」
体、痛いな。
「どうしていつもそうなんだ」
揉めてるのかな。
「咲希のことなんてどうでもいいのか」
うるさいな。黙ってよ。
「父さん」
その声は父にそっくりで思わず見てしまった。祖父のことをそう呼ぶ人は父以外知らない。その人に呼ばれ、祖父は冷静さを取り戻し電話を切った。
二人はなにか小声で一言二言話すとその謎の男の人だけ病室に入ってきた。
「はじめまして、咲希ちゃん」
はじめましてなのにどうして名前を知っているのだろう。誰かと話す気力がない私はベッドに横になったまま会釈だけした。
「俺は咲希ちゃんのお父さんの弟で大樹って言います」
少し緊張気味の挨拶にも会釈だけで返した。父に弟がいたなんて初耳だ。年末年始の親戚の集まりでも一度も見たことも話に聞いたこともない。
「今日は挨拶に来ただけなんだ。数時間前に目を覚ましたばかりだって聞いて。色々と混乱もしてるだろうから長居はしちゃいけないと思ってね」
気遣いのできる好青年って感じだ。さすが父の弟。青年と言っていい年齢ではなさそうだが。
「すみません、無愛想な態度とって」
「謝らないでいいよ。明日も来ていいかな?」
そんな名残惜しそうな顔をされると来るなとは言えない。無言で頷くと彼は優しく笑って「また明日」と手を振って病室を出た。
その姿が「いってらっしゃい」と笑顔で見送ってくれた父に似ていて、少しだけ泣けた。