そして突然消える世界
あらすじにもある通り「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」のその後の話です。
前作で満足された方にとっては、蛇足となる恐れがありますのでご注意ください。
道路を埋め尽くさんばかりのたくさんの自動車。閉まるまでに何度も試行される満員電車の扉。
楽しそうに話しながら学校に向かう学生。生気のないサラリーマン。
きっとこの国でよくみられる朝の風景。
いつもと変わらない、朝の風景。
そのはずだった。
学校で授業を受けて、会社で仕事をして、家で家事をして、公園で遊んで。
そんな当たり前の日々が始まる。
そのはずだった。
それをあざ笑うかのように地面が割れた。
あっけにとられた人が、割れた地面に落ちていく。
それを見た人が悲鳴を上げる。
そんな中、世界の中心ではマントで全身を覆った人が光り輝くものを手にしていた。
そして突然世界は消えた。
◆
さてこれで何度目の世界になることか。合間合間で100年微睡んでいるので、存在している時間のわりに回数は少ないのだけれど、たぶん全存在の中で最も世界を渡り歩いたのではないかと個人的には思っている。
だから十分に働いたのではないかと思い、亜神になる時に神様に――そういえば、神様って何神様なんだろうか――生きるのに飽きたら消してくれるって約束があったことを言及してみたのだけれど、「亜神になった時点でもう生きてはいないだろう?」といわれてしまった。
契約神に対して、契約の不履行とはどういうことだと詰め寄る予定だったのに、ばっちり対策を打たれていたというわけだ。
契約の穴をついてくる感じがなんとも人間っぽいのだけれど、そういわれてしまうのであれば仕方がない。
実際亜神とか神とかいうのは、生きているのとは少し違う。
存在しているというのが、言葉としては近いのかもしれない。
そしてこんな風に楯突いたせいか、そのあとの世界は何とも面倒くさいところに飛ばされた。
世界崩壊が決定してから、崩壊するまでの記録を取れとかいう、頭おかしいんじゃないの系の依頼だ。
その世界で大体1000年過ごした。1000年とか生きる種族がいない世界だったので、定期的に移動しないといけないし、非常に面倒くさかったのを覚えている。
何より人々がちょっかいかけてくるので、事件に巻き込まれたり、それを放置して恨まれたり、返り討ちにしたりと散々な世界だった。
この時ばかりは、文月とルルスに感謝した。
面倒くさいことは、大体丸投げしたから。丸投げされても笑顔で動いてくれたから。
解決できたとは言わないけれど。
うん、あの「主人と一緒に異世界転移! ~ご主人様が起きないのであたし達が養います!~」みたいなラノベタイトルが付きそうな世界の話はやめておこう。
ラノベといえば、今回の世界は通山時代に生きていた世界によく似ている。
森の木々のように立っているビルに、道路を走るおびただしい量の自動車。何だったら満員電車も見ることができた。
「なんだか懐かしい景色だね」
「そうですね。同じ世界ではないですが、似たような経路をたどった世界だと思いますよ」
「うわぁ~、自販機まである」
お上りさん……とはちょっと違うけれど、それくらいのテンションの高さで、興味あるものに突き進んでいく文月を横目に今日からの三日間をどう動くかを考える。
この世界で私がすることは、崩壊直後まで残っていたものを拾って帰ること。
だから崩壊に至るまでは、好き勝手に行動していい。
だけれどこの手の世界は、まぎれるのが面倒くさいのだ。
戸籍とかきっちり管理されているし、お金を得るために働くのにも身分の証明が必要だし、記憶喪失を装うにしても手続きやらに時間がかかるし。
そして時間をかけるだけかけて、無理だったなんてことも珍しくない。
あと目立つ。とがった耳くらいなら髪で隠せるのだけれど、その髪が緑色なのでとても目立つ。外国人っぽい顔立ちをしているのも理由だろうか。
逆に文月はよく馴染んでいる。
本当に通山が生まれた世界にそっくりな世界だ。もしかしたら、生きている人も同じような人たちの集まりなのかもしれない。
別世界というよりも、並行世界と言った感じだろうか?。
その辺考え出すと、三日では終わらないので考えないけど。
私に言えることは、近い世界であるからこそ、緑髪の少女っぽい存在が町中に堂々といても、ちょっと見られるくらいで基本的には無視してくれているということだ。
都会万歳。
並行世界なのか別世界なのかよりも、この世界がどうして崩壊するのかの方が気になる。
世界の消耗はなかなかのもので、世界目線遠からずという感じもするのだけれど、それこそ100年から1000年単位の時間が必要になる。
それなのに、この世界は後三日――正確には二度夜を明かしたら――もすれば崩壊するのだという。
だとしたら……木漏れ日が降り注ぐ公園のベンチに座ってそんなことを考えていたら、なんだか眠たくなってきた。
隣にやってきた猫のように、丸くなって眠りたい。否、微睡みたい。
「この世界って本当に崩壊するのかな?」
いつの間にかやってきていた文月の言葉に「どうなんでしょうね」と答えておく。
この世界は神様的にものすごく違和感があるなんてことは、言わないでおこう。
違和があろうとなかろうと、私の仕事は変わらない。
むしろ私の想定よりも早く崩壊してくれるのは、嬉しい限りだ。
そしたらまた100年微睡んでいられるから。
「まあ、崩壊してくれれば、私はいいんですよ。正直あとは文月に任せて、私は帰りたいんですけど」
「もう、フィーニスちゃんは……」
「代わりにルルス連れてきますので」
「ルルスちゃんが来てないのって、こういった世界だと浮いちゃうからじゃなかったっけ?」
「私もたいがい浮いていると思うんですよ」
「でもどう動けばいいかはわかるよね?」
「まぁー、一応はー、そーですねー」
ルルスがこの世界に来れば、力技で何でも済ませてしまいそうだから。
目立つというか、人々と敵対しかねない。
だからというか、そもそも私が動かないといけない案件だから仕方がないのだけれど、いつかはこの仕事を放棄して存在が消えるまで微睡んでいたいと思うのだ。
働いたら負けなのだ!!!
「とりあえず、二晩をどこで過ごすのかを考えましょうか」
「そうだねぇ……二晩でいいっていうのが、逆に難しいよね。戸籍とか捏造する手間が面倒だけど、夜に町中をぶらついていたら補導されるだろうし」
「交番も見かけましたしねー。適当に山の中にでも身を隠しましょうか」
「なんとかお金が手に入ればいいんだけど、すぐにとなると手荒な方法くらいしか思いつかないしね」
そんなわけでとりあえず、町から離れることにした。
◇
二日目。明日世界が崩壊するなんて思えないほどの穏やかな陽気。
人目のないところで一夜を明かし、また町中に戻ってきた。
今日も平日なのか、朝から多くの人が電車に詰め込まれている。
「こういうのを見ると、都会だなーって思わない?」
「通山時代にここまで都会の学校に行かずによかったとは思いますね」
「そうだよね。あたしだったら3日でギブアップしそうだもん」
「人間案外なれるものですよ」
「神様的には?」
「走った方が速いです」
空を行けば数秒で世界を一周できるだろう。
だけれど、こういう世界ってそんなことをすると何かで感知されかねないのでやらない。
「そういえば、どうして町まで戻ってきたの?」
「この世界の崩壊について、気になることがありまして」
「やっぱり何か気づいていたんだね」
「これでも神様ではありますから」
権能がなんとも使いづらいけれど。
文月はそれ以上質問をすることはなく、私は勝手に町を歩く。
違和感のある方へ歩みを進めた先には、雑踏の中に謎の人物を一人見つけた。
マントを羽織り、フードで顔を隠してしまっているので、男か女かもわからないけれど、明らかに浮いている。
しかしながら誰もその人物に注目しない。
私と似たようなものかと思わなくもないけれど、私の場合にはすれ違う時に二度見されることもしばしばあるので都会パワーのおかげということではなさそうだ。
都会パワーといえば、服装だけなら私よりも奇抜な人がいた。
さすがは大都会だ。
道理で私への注目も二度見程度で済んでいるわけだ。
まじめな話、場所が場所なら緑髪というだけで差別対象である。
崩壊直前の世界に行くわけで、治安もよくなく、人々の不満が溜まっていることが多いからという理由はあるだろうけれど。
「あの人、この世界の人じゃないね」
「あのマントとかこの世界の代物じゃないですしね」
「どうするの?」
「どうもしませんよ」
十中八九あの人のせいでこの世界は崩壊するのだろうけど、私が手を出すことではない。
それに私がここにいるということは、あの人が何をしようとしまいと、この世界は崩壊することは確定しているのだ。
でも、後学のためにどうして世界が崩壊するのかを聞いてみても良いかもしれない。
この世界を作った神なら知っているのだろうけど、私は大まかなことしかわからない。
「というわけで、話くらいは聞いてみたいと思います」
「どういうわけかわからないけど、何しているかは気になるね」
文月も大いに賛同してくれたので、こっそりとマントの人物に近づく。
相手は私たちの存在に気が付いていないのか、まさか見つかっているとは思っていないのか、水晶のようなものを見ていた。
「初めまして、異世界人さん。いえ、シルビアさん」
「……まさかわたしが見えているの?」
「はい。ばっちり見えていますよ。いかしたマントですね。ぜひ私も欲しいんですが、譲ってくれませんか?」
私がシルビアさんに尋ねると、シルビアさんは答えの代わりにドンと私にぶつかってきた。
どうやら、マントで隠したナイフを突き刺してきたらしい。
こんな往来で何をするんだか。これで私が倒れでもしたら目立つことこの上ないというのに。
いやその場合、私が急に倒れたことになるのだろうから、彼女が注目されることはないのか。
「で、譲ってくれませんか?」
「なっ……それならば」
私が平気そうだからか、今度は突き刺したナイフを起点に魔術だか魔法だかを使ってくる。
今みたいに条件さえ揃えば、ドラゴンすら死に至らしめるであろう攻撃は、残念ながら私には効かない。文月に使えば数日寝込むくらいのダメージは与えそうな感じ。
「とりあえず、話をする気はありませんか?」
「何故?」
「私たちは貴女の邪魔をする気はないですから。ちょっと話をさせてくれれば、あとは傍観しますよ」
「証拠は?」
「それを私が出す必要はないですね。貴女が選べるのは、今死ぬのか、話を聞かせてくれるのかのどちらかです」
そういって、彼女を覆うバリアを指先一つで破壊する。
フードの向こうに見えた顔は、見た目私と同じくらいの少女の顔で、驚きと絶望がないまぜになったような表情をしていた。
脅すために死ぬかなんて言ったけれど、話してくれなくても殺す気はない。
多分殺すと世界崩壊が遅くなるから。
「話を……するわ」
「それなら、場所を移動しましょうか。貴女の計画に時間的余裕はありますか?」
「邪魔がなければ、準備は終わっているわ」
「それじゃあ、ついてきてくださいね。文月行きますよ」
うなずく文月を確認して、人目につかない場所へと移動することにした。
◇
「話の前に一つ聞かせて。貴女たちは何者なの?」
今はもう使われていないっぽいビルの一室。私と文月だけがぼろぼろの椅子に座って、相対する。
早速話を聞こうかなと思ったところで、シルビアさんの方から質問があった。
答える義理はないのだけど、答えた方が話がスムーズに進みそうなので、話がスムーズに進みそうなので!!
しかたなく答えることにする。
「私はデアコンティラルフィーニス。年齢はもう忘れちゃった。
もともとは一般男子高校生だったんだけど、気が付いたら一般終末神になっていた、可愛そうな女の子。今はこの世界がもうすぐ崩壊するって聞いたから、お使いを頼まれたの。よろしくね!」
「……終末神はこの世界の崩壊には関与しないのね?」
「そうですよ。私の役目は世界が崩壊した直後ですから。可能であれば今すぐにでも崩壊して、仕事して、帰りたいんですよ」
文月があきれ顔で見てくる中、いつものように挨拶をする。
シルビアさんは納得していないような顔ではあったけれど、私の言葉を一応信じてくれるらしい。
「聞きたいことというのは?」
「どうやってこの世界を崩壊させるかですね。これでも神様ですので、この世界がまだ崩壊する感じではないのはわかるんですよ」
「神といっても万能ではないのね」
「万能だったら私に終末神なんて役割は与えられないですよ」
私だって瞬間移動とかしたい。
空間跳躍とか、時間遡行とかやってみたい。嘘。延々と微睡み続けたい。
「それでも一応予想はできているんですけどね。この世界の核となるもの、この世界のエネルギーの根源を貴女の世界に取り込もうとしているんですよね。
気が付かれないように、少しずつ、少しずつ同化させて、明日完全にあちらの世界に送るんじゃないですか?」
「わたしが知っているのもそれくらい。わたしが失敗しても、同化は不可逆のはずよ」
「でしょうね。そうじゃないと私がここにいられませんから。神的にもどうにもできない状況です」
「そう、それならよかったわ」
「それじゃあ、聞きたいことも聞けたので私たちはこの辺で。お仕事頑張ってください」
安心した声を出すシルビアさんに別れを告げると、彼女は驚いたような顔をする。
本当に何もしないとは思っていなかったのかもしれない。
彼女にとっては完全にイレギュラーだろうし、ちょっと悪いことをした。
◇
そして突然世界が消える日。
前兆などなく、いきなり足元がなくなる日。
人々はいつもと変わらぬ朝を迎えていた。
「今日で終わりだね」
「今日で終わりですね。むしろ今からが本番って感じですが」
「崩壊直後に残ったものを回収するんだっけ? 何が残るんだろうね?」
「十中八九『人』だと思いますよ」
だからわざわざこんな世界を作ったのだろうし。
もしくは増えすぎたから、剪定するつもりだったのかもしれないけど。
結局のところこの世界の神はただ見ていただけ。でもただ見ているのに飽きたから、ちょっとだけ手を付けようと私を派遣したのだろう。
いうなれば神の気まぐれ。
ちょうど私が亜神だった時に、血濡れの剣を滅んだ村に放り投げたような感じだ。
なんて考えていたら、足元が崩れた。
もう何度目にもなる世界の崩壊。その中でも、よく見るパターンといえば、よく見るパターン。
強いていうなら、速度が速い。
きっと人々がことを理解する前に世界は崩壊するだろう。
できて悲鳴を上げるくらいだ。
地面が消え、海が消え、町が消え、空が消え。
あたりに何もなくなった一瞬。それでも世界崩壊を認められないとばかりに、わずかに存在していたもの。
私はそれを拾い上げる。
いうなれば、人の魂。身体はないが、意志の力だけで一瞬だけ世界の崩壊に抗った。
それが消えないように拾って、神様に渡して終了だ。
◇
「フィーニスちゃん」
「何ですか? 寝たいんですが」
一仕事終えて、さて寝ようかというときに文月に声をかけられた。
せっかく人が寝ようとしていたのに。寝たら100年起きないけど。
「拾った魂ってどうなるのかな?」
「たぶん、崩壊の原因になった世界に転生させるんじゃないですか?」
「やっぱりそうなるんだね」
文月は特に驚いた様子もなく納得する。
私にはほかの神の考えていることはわからないけど、壊れた世界も壊した世界も、同じ神が作ったことくらいはわかる。
「答えてくれてありがとう。それじゃあ、おやすみ」
「また100年後に」
同じ神が作ったということで、思いつくこともあるけれど、それは私たちには関係ない事。
次に起きるころには完全に、いくつもあった崩壊していった世界の一つになることだろう。
それにしても今回の仕事は簡単だった。
これくらい簡単なものばかり続けばいいのに。そう思うと同時に、以前あった同じくらい簡単だった世界を思い出す。
たまには思い出す約束だったし、あの居心地のよかった世界を夢に見るのも悪くないだろう。