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「満天の星空を見上げる」

 相変わらず、今日も晴れない気分だ。

 ゴロリ、と床に転がる。

 視界にチラつく鏡が鬱陶しい。自分の部屋ぐらい自分の姿なんて見えなくなっていいじゃないか。と母親が勝手に設置した大きな鏡を恨む。

 こんなのはただの八つ当たりだ。そんなことぐらいわかっている。

 だけどこうでもしないと気がおかしくなってしまいそうだった。

 別に何かをされた訳でもない。何かをした訳でもない。ただ鬱屈とした気持ちがもやもやと胸に巣食う。


 ……ん?

 一瞬、鏡の中の自分が歪んだような気がした。しかしそれはほんの一瞬。

 僕が瞬きしたその一瞬に歪みはどんどん広がっていき、ついには僕の部屋とは似つかない誰かの部屋を写し出した。

 目の前にいたのは白い肌に、金髪で青い瞳の少年。

 少年はくりくりとした目をこれでもかと言うぐらい広げ、惚けていた。


 僕もきっと同じ顔をしているのだろう、そう思うとなんだか笑えてきた。

 いや、笑えない。なんなんだこれ?この鏡は一体どうなっている?

 恐る恐る近づき、鏡に触れてみるが、鏡面を指が突き抜ける……なんてことは起きない。

 目の前の少年は1歩後退りをしていた。


 何となく。何となく。声を掛けてみる。

「聞こえますか?」と。

 少年はコクコクと首が外れてしまいそうなぐらい、激しく頷いた。

 言葉は通じるようだ。

 ええと、こういう時なんていえばいいんだろう?こんにちは?こんばんわ?

 適当な言葉が思い浮かばず沈黙する僕に少年は話しかけてきた。

「初めまして。僕の名前はアルコル。君の名前は?」

 そうか、初めましてといえば良かったのか、と意味のわからない所で感心しながら僕は名乗る。

有佐(ありさ) 添星(てんせい)

 よろしく、と手を差し出そうとして、鏡の向こうに行けないことに気がつく。

 仕方がなく握手は諦めて、微笑みかけることにした。

 その時の笑顔は歪んでいなかっただろうか?少し心配だ。


 アルコルはありきたりに言えばとてもコミニュケーション能力が高く、僕達はすぐに打ち解けた。

 これまで友達とも言える友達がいなかった僕にとって彼はかけがえのない存在だった。

 彼の住んでいる国は不勉強な僕にはよくわからなかったけど、まあ見た目からしても日本人ではなかった。ヨーロッパあたりが怪しいかな、と思っているけれど。よく分からない。


 星はいい。

 キラキラと輝く星は嫌なこと全てを忘れさせてくれる気がして。上手く言葉では表せられないけど。

 その感覚を彼にもわかって欲しくて、1人で山に登った時に撮影した星空の写真を見せることにした。


 アルコルは写真を見ると、少し難しそうな顔をする。

「命の灯火だね」

 詩的な発言だった。アルコルはそういうことを言うタイプじゃない、と思っていただけに出てきた発言に驚く。

「綺麗……だよね?」

「そりゃ勿論。命の灯火だもの。綺麗じゃないわけがない」

 アルコルは目を細め、そして黙ってしまった。どうしたのだろう?なんだかいつもと雰囲気が違う気がした。


「僕はね、星になりたい」

 沈黙を破ったのは彼のそんな言葉。

 星になりたい、とはなかなかダイナミックな夢だ。でもそんな詩的なアルコルのことも嫌いじゃなかった。新たな彼の一面を見られた気がして。

「星になりたい、って死にたいってことか?」

「死ぬのとは少し違うよ。星になると命尽きるまで輝き続けるんだ」

「へえ……」

「キラキラと輝く夜空の星になれるなんて素敵なことだと思わない?」

 少し芝居がかったセリフにちょっと笑えてきたけれど、笑ったりはしない。

 でもまあ、空に浮かぶお星様になれたら……こんな僕でも誰かに綺麗だって思ってもらえるのかな?



「聞いてくれ!テンセイ!僕はもうすぐで星になれるんだよ!」

 アルコルはある日突然、そんなことを言ってきた。その表情はとても嬉しそうである。

「……どういうこと?もう会えなくなるってことか……?」

 アルコルは黙り込む。

「そんなの僕は嫌だよ……?アルコルはそんなに喜んで、僕と話せないのがほんなに嬉しいのか?」

「話せなくはなるけど、けれどこれはとても名誉な……ことなんだから……」

 ぽつりぽつりと呟くように彼は言う。

 名誉……?何の話だ?アルコルの話は抽象的過ぎてたまによくわからない。


「じゃあ、アルコルは死ぬのが嬉しいってことか……?」

 そう聞くと、アルコルは俯いた。座り込み、拳を握り締め、唇を噛んだ。

「……嬉しいわけがない。でももう決まってしまったことなんだ!!」

 この言葉で何となく察した。そうか、彼の寿命はもう少ないんだ。見た目は何も変わらないけれど、そういう病にかかってしまったのだろう。

 なら、死にたいのか?なんて聞いた僕は、なんて、なんて、不謹慎だったのだろう?

 彼はきっと死ぬことを受け入れ、受け止め、僕に話してくれた、というのに……

「ああ、、泣かないでくれ、テンセイ。僕は死ぬわけじゃないから。空に浮かぶ星のひとつになって君のことを見守っているから、だから君も空を見上げる時に思い出して欲しい。僕という人間がここにいた、ということを」

 本当に泣きたいのはアルコルの方だろうに……、アルコルは僕を慰めるように、にこりと笑った。

 僕は泣いた。泣いて、泣いて、そしてお別れをした。

 その日以来、鏡が違う部屋を写すことは無かった。

 でもこの部屋からは北斗七星がよく見える。

解説

〝星喰い〟世界に突如現れた怪物はあるもの全てを喰らい続けると言う。

やつに対抗するすべを人類は持っていなかった。

そんな中、ある1人の科学者が発明をする。〝星喰い〟が寄ってこない灯、〝人の灯火〟を。

しかしその灯は人の命を燃料として消費するのであった。

人々は決死の手段として、〝人の灯火〟になる為に生まれ、生きていく一族を作る。彼らは〝アステール〟と呼ばれた。

〝アステール〟は、ある程度の年齢までいくと〝人の灯火〟として消費されることになるが、それまでの間の暮らしは他の誰よりも裕福な暮らしが約束されていた。


〝アステール〟の命で出来た〝人の灯火〟それを、天井にビッシリと埋め込むことで、人類は〝星喰い〟の恐怖から逃れることが出来たのであった。

〝人の灯火〟は命の続く限り輝き続け、人々を照らす。その様はまさに星のよう……。


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