「海で遊んだ後、花火をする」
暑い。
旅行で行った沖縄なんかよりも遥かに暑い。
そんな部屋の中へ星を運び込む。
じんわりと出てきた汗を拭った。
棚の中にびっしりと詰め込まれている星を見て、これを詰め込んでいる時のことを思い出した。
花火の玉込め。
花火作りの主役とも言っていい作業。
僕はてっきりそこそこの年数が経たないと出来ないものなのだろうと鷹を括っていたのだけれど、全くそんなことはなかった。
何せ僕みたいなペーペーの新人もやらされたのだから。
僕が込めたのは割物、菊……という1番オーソドックスの形のものだ。色は青色。
星を綺麗に並べ、紙を何枚も重ねて貼っていき……。
とても大変な作業だった。
まあ初めだしきっとそこまで綺麗なものにはならないだろうけど。
僕の初めての花火だ。
僕の初めての花火は海で打ち上げられるらしい。打ち上げの準備は朝から始まる。
筒を固定させたり、火薬を詰めたり、と忙しい。ふと海の方を見ると、彼女がいた。
何故彼女が?と筒を蹴飛ばしそうになる。
危ない危ない。
いやでも今は仕事中だし……と、作業に戻る。
「おい、角度が違うぞ」
怒られた……。
花火を発射する角度。これはとても大事なのだ。少しでもずれがあると目標のところに上がってくれない。
ちらりと彼女の方を見ると、ひらひらと手を振ってきた。き、気付かれてる……。
僕は花火の筒の調整に……、
「おい、ちょっと遊んできたらどうだ?」
親方が言った。
「……どういうことでしょうか?」
「いや、作業ももう終盤だろ?それに他ごと気にしてるお前なんて戦力ゼロどころか足でまといだ。だからさっさとあっちいってこい」
早口で言い、手をしっしっと振る。顔はこちらを向けてはくれない。
「……ありがとうございます!」
では、あとはよろしくお願いします。と彼女の元へ駆け寄る。
彼女は駆け寄ってくる僕に少し驚いた顔をした後、ニッコリと笑った。
「花火の出来は……?どんな感じ?」
「うーん、それは打ってみないとなんとも……」
「そこは嘘でも、いい感じになった!っていう所でしょ」
彼女はぷくりと頬を膨らませた。
「上代さん、喜んでくれるかしら?」
ポツリと呟いた。
「どうかな」
ざばんざばんと波が蠢く。
乾いていた砂は海に飲み込まれ、削られた跡を残した。
あの人ならきっと、ニコニコしながら何度も凄い、凄い、と言って、頭を撫でてくれる。そういう人だ。
「違うでしょ!そこはきっと喜んでくれるよ……って言うところじゃない!」
そう言って彼女は海の水をかけてくる。
うわ、危な。これから仕事だぞ!
っていうかそれ言うなら喜んでくれるかな?が僕のセリフなんじゃないか……?
とか思ったけど、言わない。
全ての不満を水に込め、彼女にかける!
それからは交わす言葉もなくただただ水をかけあった。
おかげで僕はビシャビシャになり、親方に餓鬼かよ、と呆れられたわけですけど。
夜。
空は満天の星空……というわけではなかった。雲がかかっていて、どんよりとしている。雨は降らない……よね?花火大会中止になると悲しすぎる。スマホの予報を見る限りでは大丈夫らしいけど。
実は花火にも最新技術が応用されていて、ボタンを押しただけで花火が打ち上げられる。
僕は押さない。
ぼんやりと打ち上がっていく花火を眺める係だ。大好きな花火を特等席で見られるわけである。灰とか物凄い降ってくるけど。
海の反対側を見ると、かなりの人がもう集まっていた。屋台も出てきていて、そこに並ぶ人々。
ああ、たこ焼きあるのかな、たこ焼き食べたくなってきた。
そんなことを思いながら開始時間を待つ。
「そろそろ初めるぞ、五秒前、四、三、二、一……」
親方がボタンを押した。
ひゅぅぅぅと言う音と共に、空に、一輪の花が咲く。
あちら側のどよめきがここまで聞こえてくる。
僕の作った花火ではないけれど、なんとなく誇らしく思えた。
そこからは連続だ。どぉーんどぉーん、ぱらぱらぱら……花火が光を撒き散らしては消えていく。
「おい、そろそろお前のだぞ」
そう言われ、僕は唾を飲み込んだ。
上代さん、元気でやっていますか?
僕は元気です。
今はドキドキとワクワクと緊張と……なんだか色々な気持ちが混ざりあっていて変な気分です。
初めての花火をあげる時、貴方も同じような気持ちだったのでしょうか?
僕はあなたと同じく花火師の道を目指すことになりました。
そして……花火には鎮魂の意味も込められている、と貴方から聞きました。
なので僕の初めての花火をあなたに捧げたいと思います。
どうか、安らかに眠ってください。
どおん!と打ち上がった花火はひゅるひゅると天高く登っていき、そして、
少し歪な円を描いて、ぱらぱらと消えていった。