オコジョ爆発
吾輩はオコジョである。名前はまだない。
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「よし!とってこい!!」
吾輩の朝はこの一言から始まる。この合図とともに、起きていようが、いまいが、吾輩は走りだす。
否、走りださなければならない。少しでも遅れると、朝食が抜きになる事を、吾輩は知っている。
目的のブツを探す。
今日はどうやら、穴の中にあったらしい。木の上や、水中ではないのは、見つけやすくて大変助かる。
もう少し若い頃であれば、何処であろうとも、喜んで取りに行ったののだろうが……、最近はどこを走ってもすぐに息が切れて仕方ない。これが年を取った、言う事なのだろうか……いやいや。
「よくやった」
そう言って、今日の飯を差し出してくる。
ふむふむ。今日の肉は、ネズミか……悪くない。
この飼い主は、吾輩が上手くやろうが、決して吾輩を撫でたりはしない。
然し、そんな所が、寧ろ、好ましい。
丁度良い距離感、というのだろうか?いぬっころの様に、撫でられるのはどうにも性に合わん。全身がむずがゆくなる。
この朝のルーティーンが終われば、あとは自由時間である。
走り回ろうが、泣き叫ぼうが、怒られることはない。とは言え、ここ最近は昼寝をしてばかりだが……。気持ちが良いのだから仕方ない。
あ。
ただ、極稀に、良く分からない指示を受けることがある。これをあそこに置いて来い、だとか、これを取ってこいだとか、走り回るだけで良いこともあったな……。
何をしたかったのか、吾輩には分からぬが……、それをこなした日には豪勢な飯が出てきた。
だから、なんか簡単な仕事をしたら、豪華な飯が食べられる、ラッキーな日。みたいな認識である。
今日もまた、呼び出された。
しかしいつもとは、少し様子が違う。
体に何やら、色々なものを取り付けられる。
それだけではない。
何か、いや、何、と言われても困るのだが、何かがいつもと違う。
なんだろうか、この違和感は……。
思わず毛を逆立てると、ペしり。とおしりを叩かれた。
振り返ると、吾輩の飼い主である。
いつも通りの無表情な眼をこちらに向けてくる。
相変わらず何を考えているかは分からない。
「よし!いけ!」
いつも通りの掛け声。
何かを考える間もなく、反射的に体が動く。
走りながら、飼い主の方を振り返るが、いつもと変わらない無表情。
それでも、何かがいつもと違う気がした。
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しばらく走った頃だろうか。
それは森の中だった。
急に体が浮く。
どうも何者かに掴まれたらしい。
バタバタと手足を動かしてみるが、状況は何も変わらない。
仕方なく、顔を上に向けてみると、そこにいたのは、飼い主と同種だった。いや……飼い主よりも、かなりちっこい。まあ、吾輩より大きい事には変わりないのだが。
それを抜きにしたって、何というか、威厳がない。飼い主と比べて、言う事を聞く気になれないと言うか……、比べるまでもなくもなく、従う気になれない?
もう一つ違う点は、ある。
敬う気も起きない代わりに、何というか、可愛い?守ってあげたくなる?そんな感情を覚えているのも事実なおのだ。
故に……逃げようと思えば、嚙みつくなり、引っ掻くなりすれば、逃げられたのだろうが、そんな気も起きなかった。
結果的に、吾輩は森の中の小さな小屋に連行されていくことになる。
中にいたのは、老婆だった。
そこからの記憶はない。
ただ、その老婆の驚いた顔が、酷く脳裏に焼き付いた。
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結局の所、何が何だったのか、小さな脳味噌しか搭載されていない吾輩には、良く分からなかった。
分かった事、と言うか、現状としては、最後のあの日に括りつけられた大量の……何か?はすぐに外された。
餌は……まあ、質素にはなったが、近くの森があるので取りに行けば何の問題もない。
……たまに野ウサギを捕まえようとして、返り討ちに合うが、それも楽しみの内だろう。
そういえば、以前よりも体調がすこぶる良いのは、この大自然のお陰だろうか?
何にせよ、吾輩の体もまだまだ捨て物じゃないらしい。
一つ不満があるとすれば、新たな飼い主の……同居人である。
吾輩的には、どうにも、年上な感じはしないので、守るべきものだ。と、認識している物の、面倒な物は面倒なのである。
見かけるたびに、撫でられたり、追いかけまわされたり、玩具を投げられたこともあったっけか。
それでも、今の生活は、まあ、悪くはない。
前の飼い主の事は、気にはなるが、戻る気にはなれない。
それでも、良くしてくれていたとは思うので、どこかで幸せにやってくれればいいな、と思う。
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吾輩はオコジョである。名前はシロだ。