閑話 sideジルベール
私の弟は、脳筋だ。
私の愛妹は、天使である。
*
妹が寝込んだと聞いた。
何度目か、私の可愛い妹は体が弱いらしい。
外で何かしたわけでもないし、病にかかっているわけでもないのに、妹はよく部屋に閉じこもってしまう。
学園は無事に卒業したし私も何か言うことがあるわけではないけど、やはり心配になるのは兄心だ。
妹は可愛い。
生まれた時から天使で、さして他人に興味のなかった自分が唯一愛しいという感情を持てたのが、妹に対してだった。
阿保はシスコンとほざいていたが、シスコンの何が悪い。というかお前もだろうと言ってやりたい。
3つ離れた妹とは、学園に通う間お互い離れ離れで、とにかく恋しかった。
おにいさまー!
と、世界一の笑顔で抱きついてくれる瞬間が、何より幸せだった。
そんな妹もいつからか兄離れし……引きこもりに。
ううっ(涙)
それはともかく、妹が心配なのとは別に、そろそろ私も本格的に政に参加しなければならない。なんせ成人してから5年、20歳になった私は、いつ父の後を継ぐかも分からないからだ。
第一王子として、やるべきことをやらなければ。
優秀な人材とは言い難い大臣たちにも口を酸っぱくして言われ、ある会議に出席することになった。大きな会議、様々な国の重鎮の集まりなんかには参加したことはあったが、小さいものには参加したことは無かった。
こちらは父親ではなく宰相や元老長の管轄だからだ。
私も一目を置いている宰相のディミトリさんに連れられ、会議室に着く。まだ数人しかいない大臣達が談笑しており、大きな会議とは程遠い緩い雰囲気だった。
私の考えていたことを察したのか、ディミトリは苦笑まじりに、言った。
「今回こちらに来られるゲストの方が、以前言われたのですよ。〝会議中だけの会話では情報もなにも掴めない。どうせ集まったなら、自分がいようがいまいが、領地の話でも会議についてでも、話を進めるのが効率的だろう〟と。面白い方でしょう?」
たしかに、黙って会議を始めて、終わったら解散する。それだけのために何人もが集まって、最悪一言も話さずに帰るのは、勿体ない。
なるほど……考えもしなかったな。
「その方は……」
「殿下、来られたようです。リリアカーネ様、ご足労いただき感謝します」
「ディミトリ殿、お久しぶりね。薬のストックはまだ残っているかしら?」
「はい。体力回復薬は―――」
その者は、長く尖った耳、ミントグリーンの優しい色合いの髪に黄金の瞳……目を離せないほどに美しいエルフの少女だった。
驚いた……世の中にこれほどの、システィに並ぶほどに美しい人がいるとは。
彼女は凛と響く声音で、ディミトリと会話をしている。
さすがはエルフというか、あり得ない量の回復薬を仕入れているらしい。成る程、ここ最近魔法薬の質が上がっているという話は、目の前の少女のお陰だったのか。
正直見惚れてしまったし、私自身エルフを見るのは初めてだった。
聡明さが伺えるその佇まいや話し方も惹かれるものがあって、こんな感情を抱いたことも無かった。
少々話が変わり、今夜の逢瀬のような……妖しげな雰囲気の話になった。どうやらこの二人は恋人には見えないが、私が思っていた以上に親密な仲らしい……。
それで少し悔しかったというのもあり、挨拶がてらにじっと観察してしまったのが私の落ち度だった。
「エルフの特技をご存知ですか?」
そう尋ねられた時の私の驚きようとは、きっと皆衝撃を受けただろう。
私らしくもなく、間抜け面を晒してしまったと思う。私はそのまま全てを見透かされ、言い負かされてしまった。
私がこうして品定めを行うと、反応はいくつかに分かれるものだ。
なにをと問うもの、不躾なと怒るもの、時間に身を任せ待つもの、見当違いなことを囀り始めるもの……。
その僅かな時間に、私は大抵の人間性を判断する。
元老長が一つの例であった。
私がまだ少し幼い頃、かの御仁を試そうとしたことがあった。
老師は私が見た途端、大声で笑った。
ふぉっふぉっふぉっ。老いぼれに何を求めても無駄ですぞ。ひよっ子に抜かれるものなど何もありますまい!
そう高らかに叫んだかの方には、いつまでたっても勝てる気はしない。あの出会い以来、私の師匠はあの方のみだ。
ここにいる優秀な男、宰相のディミトリは、出会いこそ微妙なものだったが、後々に隠された実力に気付かされた。
だが、そのどちらとも違う。
彼女の他社を圧倒するカリスマ性、話術、知性、そしてエルフの魔法力。どれを取っても彼女に勝るとは思えなかった。
それも、愛する妹システィの友人と聞いて、妙に納得する。
あの子もとても賢い子だし、二人が並べばさぞ美しいだろう。この世のどんな宝石にも負けないくらいの輝きと、華やかさを持った女性。
気付けば会議が終わり、私は若干嫌がる彼女をデートに誘っていた。
宰相ディミトリが信じられない物を見る目で見ていたのを覚えている。同時に、嫉妬の視線も感じた。しかし、そんなものは無視だ無視。どうせ夜に約束があるのだろう?―――私は彼女がいい口実を見つけてしまう前に、とっとと連れ出してしまった。
***
「それで、リリアは何が欲しいの?」
「そうね。食糧は勿論なんだけど、他にも衣類と野営のためのテントなんかも欲しいんだけど……ジルはお店分かる?」
強引に愛称で呼び合わせた私は、リリアと呼び、ジルと呼ばせた。ただ名前を呼ばれることがこんなに嬉しいとは……いや、〝ジル〟と呼ばせたのは、リリアが初めてだ。なんというか、胸がこそばゆい感じがするが、嫌じゃない。
しかし、不思議だ。冒険者として名が通っているはずなのに、なぜそんな初めて野営をするように物を揃えるのだろうか?
「そんなに物を買うなんて、まるで旅の初心者みたいだね」
「えっ、ああ、そうね。これまでは慣れた友人に借りていたのだけど、最近はこうしてこちらの国から出ることが増えたから、自分で新調しようと思って」
エルフの友人だろうか……。
まあ、リリアは噂で聞くにとても強くて、冒険者としても最高のSSランクだという。長く依頼をこなしていると、物も壊れやすくなるのだろうか。私は遠征の経験が無いからその辺りの知識は文面上のものでしかない。
「では、上級冒険者御用達という『グラークスの鍛冶屋』に行こうか」
***
「ごめん下さい」
そう言ってリリアが店内に入る。
入って早々、私はまたもや吃驚させるものを目にしてしまった。
「おう……姉ちゃん、兄ちゃん、一見さんかって…………ああ!!?エルフ!?出てけ!!!!」
奥から出てきた薄汚れた小柄な男が、リリアの顔……特に耳を見ると、物凄い剣幕で怒鳴りつけてきた。
リリアは少し目を見開いて驚いたが、直ぐに納得したような表情に変わった。
「そう。グラークスさんって、ドワーフだったのね……ごめんなさい、嫌な気分にさせてしまったわ」
「「!!?」」
私は、グラークスがドワーフ族であることは勿論知らなかったし、まさかプライドがエーベルト山よりも高いと言われる種族エルフのリリアが謝ったことに驚愕した。だが、グラークスもまた驚いていたらしい。
「エ、エルフが頭を下げただと!?信じられん、騙すためであろうと絶対に頭を下げんだろうに……!」
「グラークスさん、同族の非礼は私が詫びるわ。エルフとドワーフが良好な関係で無いことは承知の上よ。だけど私は、ここへ買い物をしに来たの。どうか一人の客として見てもらえないかしら」
グラークスというドワーフは、まじまじとリリアを見ると、ほぉだかへぇだかよく分からない声を上げ、近くにあった椅子にどかっと座った。
SSランクの冒険者と王子の前であるにしては、それこそかなりの非礼だと思うのだが、リリアが何も言わないので口を挟むのはよした。
「……儂もすまんかった。エルフだからと、門前払いをするなんてな。儂がやったことは、儂が嫌いなエルフどもと同じことだったな。本当に悪かったな……お前さんたち、名前は」
「私はリリアカーネ。冒険者よ。こっちは友人のジル」
どちらも変装は全くしていないのだが、顔も知らないとはこのグラークスという男はかなりの世間知らずのようだ……。
「成る程なァ。あんたがリリアカーネだったか……SSランクの」
「あら、名前は知っていたのね」
「流石にその名前は有名だ。SSランクなんざ世界に10もおらなんだ、冒険者をやってる女エルフも少ない。儂もリリアカーネという名は仲間から聞いていたんだがな」
「そうなの?私はドワーフの中でなんて言われてるのかしら」
「ぶわっはははは!!!これがたまげた、エルフの癖に偉ぶらない、ドワーフに優しい別嬪だと!!全く信じられんかったわ!!」
なるほど、リリアは有名人らしい。それも当然だが、彼の言う通り、エルフはこの国でも数百人いればいいほどだし、野蛮と思われている冒険者になるエルフも少ない。なにより女性が元より冒険者には少ない。
極め付けに言えば、現在SSランクの女性冒険者は二人だけ。もう一人は80を超えるご老人と聞く。当然、リリアもエルフなのだから年齢不詳なのだけど、SSランクのエルフもリリアの他に男が一人しかいないのだ。
これは、リリアが注目されるのも仕方ないと言うものだ。
「んー、この国のドワーフの知人というと、デルブディクとブラックジャルさんくらいしか浮かばないけど?」
「おお!デルブディクはまさに奴だ!縁とは面白いな!!ブラックジャル……ん?ブラック!?本当かそれは!?あの旦那は大のエルフ嫌いで有名だぞ!」
「あー、そういえば最初はグラークスさんみたいに怒鳴っていたわね。魔導具の話をし始めてから意気投合ちゃったの。あの人は本当に素晴らしい匠だわ」
「すげぇな……儂らでも認められている奴はほんの一握りだっちゅうのに……よし、アンタァ本物だ。好きなだけ見ていけ。儂のこともグラークスでいい。そこのジル坊もな」
ジル坊……。
急に話が振られたかと思えば、ジル坊か。
まあ、エルフやドワーフから見れば私達は孫のようなものだろうか。
ちらっとリリアを見れば、クスクスと小さく笑みをこぼしていた。王子の私が坊と呼ばれるのがそんなに面白いのだろうか――。だが、そんな風に笑うリリアはとてつもなく可愛らしかった。
*
「どうして鍛冶屋でと思ったけれど、グラークス、武具以外でもとても腕が良かったわね」
「ああ、あれ程仕入れられるとは、ああ見えてツテも多そうだね」
ホクホク顔のリリアと、いくつかの店を見回りながら談笑する。最初に訪れた『グラークスの鍛冶屋』は特にご満悦だったようで、色んな店に連れて行ったが、終始ご機嫌にグラークスの話をしていた。もちろん、他の店でも買い物をして、全てリリアお手製という魔導収納袋に収まっていったが。
やはり、エルフの魔法力は尋常じゃない……その中でも、リリアは規格外のような気もするが。
「あ、ジル。お店はこれでいいわ」
「そう?もう少しまわっても私は構わないけど……」
何より、もっと長く君と過ごしたい……そんな欲をひた隠しにして、リリアを見るけど、リリアは微笑んで言った。
「あの、お礼というか、よかったら近くのカフェでお茶を奢らせて欲しいの。駄目かしら……?」
私は思わず飛び上がりそうになりながら、もちろん、と答えた。
*
「ジル。買い物付き合ってくれてありがとう。正直助かったわ」
「いいや。君が少し嫌な顔をしてるのを無視して誘ったのは私だ。こちらこそありがとう。だけど、お役に立てて良かったよ」
純粋にお礼を伝えてくれるリリアに、少し申し訳なくなって、本当のことを打ち明けてしまう。リリアには嘘をつきたく無いと、そう思ってしまうのだ。
けれど、リリアは気にしていないとばかりに首を振り、店員が運んできたばかりのケーキに手を伸ばした。
「このミルフィーユ、美味しい……」
一口食べ、まんべんの笑みでそんなことを言うリリアが可愛すぎる。その耳や顔を隠す外套が落ちたことにも気付かずに、物凄く美味しそうに食べている。
とても綺麗な顔なのに、とても愛らしくて、私まで笑顔になってしまう。
「ジル、どうかした?そんなに見つめて」
「いや……とても美味しそうに食べるから。君はこんなもの、これまでたくさん食べてきただろう?」
長寿のエルフは、人間の食べ物を好んで食べないと父に聞いたことがある。けれど、リリアは首を横に振った。
「食は常に発展しているし、すぐに新しいものが生まれるから。魔法と同じよ?常に新しいことを追求するの。私……ここのミルフィーユは初めて食べたわ。とっても美味しい」
聖女のような、美しさを象ったような笑みに、思わず小さく唾を嚥下する。
店内の客、店員問わず全員の視線がリリアに注がれ、リリアは困ったように整った形の眉を下げた。
リリアが場の空気を変えようと店員を呼ぶと、待ってましたとばかりに待機していた店員が駆けつけ、紅茶のお代わりを持ってきた。店員もボーッと見惚れるようにリリアを見つめていたが、当のリリアは気付いていないのか気にしていないのか、構わずに届いた追加の紅茶をカップに注いだ。
「多くのエルフは、人間に対して好意を持っていないと聞いていたけど、リリアは例外なんだね」
「まあ、古い歴史の中で、人間によるエルフ狩りや森を焼き尽くすなんて非道な行為、許すことはできないけれど。変えるべきはいまと未来だと思っているから……」
我が国では既に廃止されているエルフの奴隷。他の奴隷は、王都にはいないものの、他の領では未だに存在していると小耳に挟んでいる。
私も、迫害の歴史を学ぶまで、奴隷を廃止することに寧ろ反対に近い意見を持っていた。けれど、奴隷が存在する国で完全な平和を築けないことは事実だ。
私はリリアの言葉を待った。
心なしか、周囲の人間もリリアの一言一句に耳を傾けているような気がした。
「それにね。私は人間のこと、嫌いじゃないもの」
人間を等しく愛するエルフ――ドワーフさえも、友と認めるほどの、心の広さ。同族も受け入れられた私とは、やはり大違いだ。
「そうかな?私にはあまり、そうは思えないんだけどな」
「ふふ、要領の悪い人間は嫌いかしら?」
「まあ……ね。学ぶ努力をしない者は特に」
私の愛妹システィは、大きな才能を持っていた。非凡とは言い難い。そして、努力家だ。今でこそ引きこもっているものの、学園時代は私の後を継ぐように常にトップの成績で生徒会長をこなしてみせた。
反して、愚弟は努力という言葉を知らなかった。本当に私と血が繋がっているのかと疑いたくなるほどに平凡、いや、それ以下で、出来ないことを出来るようにする努力をしない。システィは出来ないことがあるとすぐに周りの優秀なものに教えを請う。まあ、元が優秀だからかその者を容易く超えてしまうのだが……私はそんな弟が心底嫌いで、ずっと前に関係上は縁を切っている。
リリアはそれを見透かすかのように、困ったような微笑を浮かべた。
「人間は愚かで、そんなところも可愛らしいわ。明け透けな明日なんてつまらないもの。この世界に共存する以上、嫌いなんて感情で生きているのは息がつまるわ。好きになるのは、毎日が幸せになるということよ」
「リリアの考えることは大きくて、私にはとても手が届かないな……でも、君の話はとても素敵で、全て理解したくなる。君自身のことも」
自分がちっぽけな存在だと、実感させられる。
獅子の振りをした私に、お前は蛙だと突きつけるような。
その言葉は厳しくとも、とても優しいものだ。
そんなリリアだからこそ、この感情を抱いてしまったのだろうか。
「ジル。私とお友達になりましょ。そうしてたくさん話せばいいの。私たちは今日出会ったばかりだわ」
「そうだね……うん、友達か。そこから始まれば、今はいいか」
初めて恋愛感情を抱いた存在が、エルフだとは。
それに、彼女相手だとかなり苦戦しそうだ。ライバルも多いし、宰相との関係性もある。それに何より、リリアはとても鈍感なようだし。
ああでも、今はそれよりも……
「ところでリリア―――そろそろ外へ出ようか?とても目立っているから」
え?と不思議に思い手を頭にやったリリアは、どうやら外套が肩に落ちていたことに気付いていなかったらしく、慌ただしく外套外套を被り直すと、さっさと会計に行ってしまった。
ああ、会計は私が自然に払おうと思っていたのに、残念だ……。
*
「驚いたわ。こんなに時間が経っていたなんて」
外に出ると辺りは既に暗く、空には夜空があった。
ああ、そういえば夜は宰相との約束をしていたか。
「ごめんなさい、今日は付き合わせてしまって。この後約束があって「それ、私も行ってもいいかな?」
「えっ…!?」
食い気味に邪魔を仕掛けた私は、ダメ元で参加を希望してみることにした。
この際リリアがどうであろうと、これからの宰相との関係性をどうにかすれば問題ない。断られたら次にどうするかと考えていると、意外にも
「構わないけど……」
と煮え切らない返事ではあるが、是と返ってきた。
少し言葉を濁したことが気になって、聞き返す。
「けど?」
「今夜見たこと聞いたことを他言しないこと、約束できる?」
「なんだ、そんなことでいいの?もちろん」
その程度で二人の間に入れるというのなら、安いものだ。
二人の関係性を知らなくては……。
*
「ヒィック、りりあサァン、ったく、聞いてくださいよぉ……ヒック、あのオヤジども……まーたボクに仕事を押し付けてぇ……」
リリアに連れられて来たのは、少し上等な酒場だった。
そこの個室で、ぐでっとだらしなく愚痴をこぼす男は、まさかの宰相ディミトリだ。
「あらあら、個室とはいえ私が来るまでは飲むなと言っているのに。この人ったら、よっぽど溜まっていたのね……ストレス」
私は恐る恐る尋ねる。
「……あの、二人はどういう仲なの?」
「ん?私とディミトリ?まあ、簡単に言えば飲み仲間という名の友人ね」
友人。
私はいらぬ心配をしていたのか?
いやほら、会議の前の会話はかなり怪しかったと思う。
だが、よく考えてみれば、いや視点を変えればただ愚痴を聞く約束、飲む約束に聞こえなくもない……か?
リリアは入店時に頼んだ酒が届いた同時に、思いっきり呷った。
意外といける口なんだろうか。
「りりあサン?聞いてますぅ?」
「聞いてる聞いてる。あれでしょう、財務大臣が隠れて懐に小金をしまってるだろうって話…………ああ、そうそう。さっきも言ったけれど、ジル、ここで聞いた話や見たものは誰かに言わないようにね」
「……分かった、私は何も見ていないし聞いていない」
ん、いいこ。
とそう言って少々目元を赤らめて笑い、私を撫でるリリアは、少し酔っているのかもしれない。
なんだか新鮮だ。
「んん?なんです、そのオトコはぁ?」
「こらこら、あなたの国の王太子でしょうが」
……この男、だいぶ酔ってるな。
確かに優秀な男なのだが、国のお荷物達を相手にするのはかなりストレスが溜まるらしい。その捌け口がリリアとは。
少々認識を改めなければならないかもな。
「おまえ……りりあサンに手ェ出したら許さないからなああうぅぅぅぅ」
「ちょっと、お前ってディミトリ、もぉ……ジル?冗談だと分かっているわね?来たいと言ったのは貴方なのだからね?それから今日のことは忘れなさいよ?」
この男が宰相で優秀だとか、酒癖が悪いだとか。
リリアがこの男と男女の関係ではないだとか。
いま〝お前〟呼ばわりされたとか。
そんなことはどうだっていい。
ただ一つ確かなことがある。それは。
……この男が、リリアに想いを寄せる一人だということだ。
「勿論……口外はしないよ。リリアの為に、ね」