今日から勇者!
神々に愛された大地、その名はユグドーラ。神の寵愛の元、人は生を受け、豊かな自然と人々の知恵より生まれし様々なアイテムにより、人々は平和に暮らしていた。
しかし、その輝かしき日々に陰りを落としたものがいた。
その名は魔物。奴らは人を襲い、人の土地を侵略し、やがては、魔王と名乗るものが現れ、魔族以外に対して宣戦布告を行った。
戦火は世界へと広がり、数多の命が散っていった。魔王とその配下である魔人たちの強大な力により、劣勢を強いられた人類だったが、神の寵愛か人の意地か、ある時から体に特殊な紋様を携えた者が現れ始めた。その者たちは様々な力を宿し、一度剣を振るえば悪しき力は断ち切られ、祝詞を唱えれば奇跡を起こし、魔物たちを瞬く間に葬っていった。
人々はこの者たちを勇者と呼び、崇め奉った。
そして、災厄の大戦と呼ばれる戦いから二百年の月日が経った。
「えー…。では、今日よりリズナ、汝を勇者と認定する。……以上!終わり!」
「……え?これで終わりですか!?」
今日も一人、勇者が生まれた。
朱色の髪を後ろでまとめ簡素な革の鎧を纏った少女は勇者として認められる十六才の誕生日を迎えたので村の近くのそこそこ大きな町であるライノールで、祝福を受けているところであった。
「いやぁ、昔はそこそこ大層な儀式とか、軽いお祭りとかしてたんだけどね?もう、勇者も珍しくないからさ。経費削減といいますか…むしろ勇者多すぎて邪魔といいますか」
「ひどいっ!」
最初に勇者が現れてから、二百年経った今でも勇者は増え続けていた。戦いはとっくに終わりを告げており、たとえ勇者が現れても宝の持ち腐れ。振るう先のない力は邪魔にしかならず、しかし、放置するわけにもいかない。かつては魔族と戦い、そして世界を開拓していった冒険者たちの根城である冒険者ギルドはそんな力を持て余した勇者たちを管理する場所へと変わり、過剰戦略な勇者たちは仕事をこなしすぎ、今では魔物の討伐や世界の開拓なんて仕事は一握りのものに任され、町の人たちの不満を解決する何でも屋とかしていった。
(勇者が溢れるようになってから、どこも勇者を持て余してるって聞いてたけど……。いくらなんでも雑すぎるよ……)
「ごめんね、あんまり一人に時間を割けないんだ。この後もまだ何人も認定待ちの人いるから……」
バツの悪そうに神官に言われて、後ろを見てみると十人以上も人が並んでいた。
彼らから向けられる視線は同情のような哀れみのような気持ちとと自分もかすかに抱いていた希望を砕かれた複雑な感情がこもっていた。
(複雑な気分……そして彼らもこんな雑な儀式で勇者になるのね……)
軽く溜息を吐いた後、後ろの同志たちに励ましの視線を向けながら教会を後にした。
ライノールの中心に位置する広場の中央にある噴水に設置されているベンチに座りながら少女はこの先のことを考えていた。
(勇者の印が出た時から村を出ることは決めてたけど、具体的なことは考えてなかったな……やっぱり冒険者に登録するのがいいかな?普通の仕事を探すのも難しそうだしなぁ)
ちらりと壁に貼ってある壁紙を見てみるが、窃盗に関する注意書きや、犯罪者の人相書き、冒険者ギルドの紹介などなど。
いくら探しても求人の張り紙はなかった。
というのも、勇者認定のために地方から人が集まるため、町にはその町に住んでいる人が優先的に職が回される傾向がある。そのため、わざわざ街まで出てきても、冒険者になるかそのまま故郷にとんぼ返りする人も少なくはなかった。
世知辛い世の中である。
(家に帰るわけにもいかないし、冒険者になるしかないか……)
世に言う冒険者は荒くれ者も多く、最近の評判は良いとは言えないが、選択肢など残っているはずもなく、少女は嫌々ながらも冒険者ギルドへと向かうのであった。
「では、冒険者として登録するということでよろしいでしょうか」
「……はい。……あの、なんで机の上で裸の男が殴り合ってるんでしょうか」
「では、こちらの用紙にお名前とお生まれになった村、または町の名前を書いてください」
「あっ、はい……あの、なんで机の上で」
「書いてください」
「……はい」
流石悪名高い冒険者ギルド。入って一番最初に視界に入ったのは裸の男の殴り合いだった。
そのまま引き返そうとした少女であったが、気付くと後ろにいた受付嬢に腕を掴まれ、そのままあれやこれやとしている間にいつのまにか冒険者登録することになっていた。
しかし、本来の目的を果たしているはずのリズナの頭にあるのはただ1つだった。
(なんとかして逃げ出さないと……)
流されて書類まで書かされてしまったリズナだが、予想していた状態よりも斜め上な方向にやばかった冒険者ギルドに完全に引いていた。
周りを見渡してもいるのはムキムキの男ばかり。そして机の上では裸の男が殴り合いをしている。その周りでは真昼間からビールを片手に囃し立てる男たち。
控えめに言って地獄絵図だった。
(同年代の子とかいないかなーとか、かっこいい人と素敵な出会い、なんて少ししか考えてなかったけど、どうしてこんなことに!…とりあえず何とかして断る理由を考えなきゃ)
「では冒険者登録料として五千ディル……」
「い、今待ち合わせがありませんでした!」
「……は私が出しときますね!」
「なんで?!」
受付嬢の瞳は絶対に逃がすつもりは無いと語っていた。
「で、でも悪いですし、私やっぱり…」
どのみち冒険者になるしか無いのだが、今のリズナの頭の中は生理的嫌悪感しかなく、当初の目的などつゆほども残ってはいなかった。そんな逃げようと必死に言い訳を考えていたリズナの手を受付嬢はとり、瞳を潤ませながら訴えた。
「お願いします!もうこんなむさ苦しい男たちばかりの職場は嫌なんです!可愛い女の子がいないとやってられないんですよ!勿論女性の方も所属していますよ?でもみなさん基本的にこの場所に顔出さないんですよ!ダンジョン攻略専門になってしまったり、王都の方まで行ってしまったり!もう、耐えられないんです……」
涙ながらに語る彼女はリズナの手を砕く勢いで握りしめ、懇願するように見つめていた。これだけで彼女がどれだけストレスを抱えていたのかが容易に想像できるだろう。とうのリズナはそれどころではなく、
「あ、あの手!手がっ痛いです!……わかり、ました…っ!冒険者になるのでっ!ハナシ…いたたたた!!」
「よかったっ!ではこれからよろしくお願いしますね、リズナさん!」
(て、手が砕けるかと思った……)
先ほどまでの涙は何処へやら、仮にも勇者であるリズナの手を砕かんばかりに握っていた受付嬢は、満面の笑みを浮かべながら自己紹介を始めた。
「私の名前はコロナ・イルミナスと申します。これからあなたに様々なお仕事を紹介することになると思いますので、末長くよろしくお願いしますね、リズナ・クロウェットさん」
「はぁ……よろしくお願いしますコロナさん」
そして釈然としない思いを飲み込みながら、リズナは受付嬢ことコロナから差し出された手を握り返した。