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今、一昔。

作者: 村坂幸介

南改札口を出ると、そこには昭和の雰囲気を残したコンクリートの建物がいくつもそびえたっている。枯れたつる植物のように見えるヒビがその前時代感により一層拍車をかける。灰色の中に、最近出店したカレーチェーン店が混じっているが、周囲に飲み込まれ、完全に馴染んでしまっている。


無駄に高く建てられたビルのせいで、今日のような雨の日は特に、空の色と相まって押しつぶされるような感覚に陥る。ほうら、君ってなんでもないだろう?と言われているような気になってしまう。


鬱々とした気分を抱えながらも。ビル群の中に足を踏み入れ、商店街の方を目指す。


今日の依頼は倉庫に住みついたカミサマの駆除。依頼主は川田商店の店主。


こういった、寂れたところからの依頼はほとんどなかったのだが、最近は増え続けている。


やれお店の跡取りだ、やれ開発担当だ、若い人が多い。


近年頻発するようになったカミサマの被害が、多くの人々に恐怖を植え付けた。その結果である。いつ、神様による殺傷事件が起きるのかと、世間は戦々恐々としている。


商店街へと突き当たり、左に曲がる。アーチを描いたうすぼんやりとした屋根のおかげで傘をさす必要はなくなったが、より薄暗くなったあたりの様子と人気のないシャッター通りが何やら冷たく肌を濡らすようである。


スポーツ用品店や、音楽教室の看板がいずれも縦書きで、店の二階部分から、足元のもう空くはずのないシャッターを見つめている。ここに確かに昔は活気があり、子供たちであふれていたであろうことを語るそれらはしかし、限りなく無に近く見えた。


商店街から横へと延びる細道の壁面には排水管の陰に隠れるように相合傘のマークと、かろうじて判別できる二人の名前がその下に書かれていた。いつ書かれたのか定かではないが、確かに人の息づかいを感じさせるものに、ふと顔が緩む。


アーチ状の屋根に落ちる雨滴の音を聞きながらぶらぶらしていると、川田商店に到着した。


みせは締まっているようなので、わきにある恐らく玄関であろう扉の呼び鈴を鳴らすと。「リンゴーン」というやたら壮大なような感じのチャイムとともに、若い女の人が現れた。


カミサマの駆除の件で参ったと伝えると、一も二もなく倉庫の前へと連れていかれた。


へぇ、あんたがカミサマの駆除人でぇ、、、。


ありありとそういった目で見て来る川田商店の店主から、説明を受ける。


どうやらカミサマは居ついてもう3、40年になるらしい。先代はありがたがってそのままにしておいたようだが、先代が亡くなったことで、立ち退きを要請したそうな。しかし、うんと言わず。再三の要求をはねのけるだけでなく、蔵の商品を次々と不良品にするという抵抗に出てきたそうだ。


「何とか頼むよ。うちらぁただでさえ苦しいんだ。我慢しろっちゅわれても、何が起こるかわかんねぇしな。」


トタン屋根の倉庫を見上げて店主はさぞ困っているようだった。


「わかった。」


ここで待っていてくださいと言い。一人、蔵の中へ入り、鍵を閉めた。


川田商店は今でいうコンビニのような役割をしている店であり、その倉庫は、仕入れの段ボールのにおいの他にも、生の野菜やら、化粧品やら、様々なにおいが混じっていた。


「おい、でてこい」


そういうと、恐る恐るといったように、窓から入る光の陰から、ヌラッと薄汚い子男が姿を現した。背は曲がり、なんだかのロックスターが描かれているTシャツは首元が寄れている。やせ細った手足。細い首の上には頼りなさげに大きな頭が乗っており、ぐらぐら揺れる。揺れと同調するように顔すべてを覆う前髪がゆっさゆっさと揺れている。


ああ、こいつはもうしばらくのところだったのだなと確認できた。人からの信心を失い、自我を保てなくなり、或るべき姿へと戻るところだったのだ。


「こちらへ来い。楽にしてやる。」


ふるふるとそいつは首をふる。


「もとに戻ってもよいが、それではかえって名を与えてくれた者たちを苦しめるだけだぞ。」


ぴた。と、一瞬動きを止めたようにも見えたがまた、再び動き始める。いよいよ首がぐるんぐるんと回り出し、途端に、倉庫内に気流が出来上がった。


「なるほど、天災であったか。それならば仕方あるまい。」


風がどんどん強くなっているのを感じながら、そいつへと近づいていく。


あぁ、またこうなるのか。


この瞬間が一番私は嫌いだ。


「いただきます。」


私は大きく口を開けた。






店主から、少しばかりのお礼をもらい、店を後にした。多少の被害が出てしまい、その分ひかれてはしまったが、まあ良しとしよう。


再びシャッター街を歩く。


仕事の後はいつも複雑な気分だ。


私だって、カミサマなのだから。


文明という名の、カミサマなのだから。



清く澄んだブルーの瞳の小さな少女は、シャッター街に似つかわしくない真っ赤な傘と真っ赤な長靴を履いていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラストの主人公の正体が分かるところがとても文学的で、切なさを感じるところが良かったです。
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